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第二章
22.はぐらかす
しおりを挟む「フレッド様?」
「少しこのままで……」
馬車へエスコートされたチェルシーは、進行方向とは逆に座ろうとした。が、しかし後から入ってきたフレッドに腰を引き寄せられて、彼の膝の上にちょこんと座ることになった。状況が理解できると、ジワジワと頬に熱が集まってくる。重くはないだろうか?
「ええっと……」
しかし背後から抱きしめられて、鈍感な方であるチェルシーにもフレッドの様子がおかしいことに気付いた。チェルシーも偶然会えて嬉しかったから、彼もそうなのかと思ったが、まるで無事を確認しているかのような必死さが伝わってくる。
何か嫌なことでもあったのだろうか?そう思わずにはいられない。
「…………っ!」
チェルシーはピンと閃いた。フレッドは優秀だが若さだけはどうしようもない。あり得るとすれば今日の会食で、そのことについて嫌味でも言われたのかも?
想像しただけで憤りを感じる。毎日真面目に執務に励んでいるフレッドを知っているから尚更。お陰でランサム家の治める領地はとても安定しているというのに。
「もしかしてお仕事で何かあったのですか?」
振り返りながらそう尋ねるも、返事はない。チェルシーの首元に顔を埋めているので頭頂部しか見えないからどんな表情をしているのか分からなかった。普段は頼もしいフレッドが甘えているようで、途端に愛しくなり頬を摺り寄せる。可愛い。夫が可愛すぎる。
フレッドに嫌味を言った(と勝手に決めつけている)、顔も知らないおじさん達へ怒るよりも、まずは彼を慰めて甘やかしてあげよう。
「私でよければ何でも吐き出して下さいませ。フレッド様のお力になりたいです」
頬を擽るフレッドの髪を、梳くように優しく撫でる。すると更に腕に力が強まり、さすがに苦しいと彼の腕を軽く叩いた。
「あの!少し苦しいので、ちょっと緩めて下さいな」
「す、すまない!」
慌てながら漸く顔を上げた気配がして、チェルシーはもう一度振り向いた。バチリと臙脂色の瞳とぶつかる。このところ頻繁に肌を合わせていても、至近距離で瞳がぶつかるのは少し恥ずかしくて、頬に熱が集まるのを抑えられない。
「フレッド様……っ!」
しかしフレッドの瞳が揺れているのに気付いて、我に返った。やっぱりおかしい。
そのまま身体をずらしたチェルシーは、フレッドの膝の上で横抱きにされているような体勢をとった。こうすれば顔が良く見える。何か心配事でもあるならば、目と目を合わせて話をしたい。
「一体どうしたのですか?難しいことは分かりませんが、お話ならいくらでも聞きますよ」
彼の頬を両手で包んでそう問えば、いつもキリッと上がっている眉尻が少しだけ下がった気がした。それに気付いたチェルシーは確信を持つ。
「フレッド様を悲しませるなんて!私が文句を言って差し上げます!」
「チェルシー……」
プンプンと頬を膨らませているチェルシーがあまりにも可愛すぎて、フレッドの気持ちは随分と回復した。しかも彼女はなんと、フレッドのために怒ってくれているらしい。ムゥッと突き出た唇を堪能したいが、さすがにそれは真剣な彼女に申し訳ないと思い自重する。
しかし詳しく話すわけにはいかない。何をどこから話したらいいのかも悩ましいが、フレッドとしてはこれ以上ラルフのことを思い出して欲しくなかった。
「大丈夫だ。少し疲れただけだから。それよりいいものは買えたのかな?」
「あ……はい。おかげさまで素敵な商品に出会えました」
はぐらかしたのはお互い様で。チェルシーもさすがにこの場では、あなたを夢中にさせたくて刺激的な下着を買いました!……なんて言えるはずもなく。一方フレッドも、どんなものを買ったのか非常に気になってはいたが言葉にするのは憚られた。
十中八九購入したのは下着だとして、それはフレッドが見せてもらえるものだろうか?
(やはり……)
店の前でチェルシーを待っていたときに過った、いやな想像を再び思い出す。もしフレッドの前で、新調した下着を着てくれなければ……。一体どうしたらいいのだろう。いやいや、あの店の品揃えは分からないが、実は下着以外もあって、それを買った可能性だってあるじゃないか、と思い直す。
少し冷静にならなければ。なんせチェルシーは今フレッドの膝の上で、心配そうな表情を浮かべている。彼女の心は真っ直ぐフレッドへ向いているではないか。そのことを素直に喜びたい。
「わざわざ君が出向くこともないだろうに。これからはあの店の店主を屋敷に呼んで、ゆっくり選べばいい」
親切な言葉を掛けたようでいて、その実、屋敷から出さないつもりで。
フレッドは不安に渦巻く心に蓋をして微笑んだ。些かぎこちなかったが、普段から表情筋の働きは悪いので、チェルシーが気付くことはなかった。それよりも少し上がった口角にチェルシーは安堵したほどだ。だからフレッドの様子は気になったものの、男性には色々あるのだろうと、それ以上の詮索はやめた。
「はい。ありがとうございます」
チェルシーの柔らかな微笑みに胸が締め付けられる。彼女はフレッドが渇望して、用意周到な計画で以って漸く手に入れた最愛の妻だ。大切な、大切なチェルシーを外に出さなければ、ラルフに会う可能性も潰せるだろう。会いさえしなければ、発展すらしない。そのことを安心材料にすることにした。
今までラルフがランサム家の屋敷を訪れたことは、幼少期を除き一度もない。領地は隣とはいえ、伯爵位を継いだフレッドと未だ父親が健在で伯爵家嫡男でしかないラルフは、事業などでも関わり合うことはない。大丈夫。もう会うこともないだろう。夜会なんて片っ端から断ってやる。
臙脂色の瞳の奥がメラメラと燃えていたが、それを見たチェルシーは、やっぱりあの色にして正解だったわ、とのんびりと心で頷いていた。
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