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第6話 波乱の夜のはじまり
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パーティー会場に着いて受付を済ませると、ビューホ様は人でごった返している会場内を見た後、私を見て言う。
「ここからは自由行動にしよう。帰りも別々だ。子供じゃないんだから1人で帰れるだろう?」
「……わかりました」
きっと私を残して帰るつもりだわ。
帰る足がなくて困れば良いと思っているのかしら。
ビューホ様は胸の小さい人間はお嫌いらしく、特に私に対しては書類上は妻だから、何をしても良いと思っている様だし…。
それなら、私はジェリー様達に挨拶を終えたら帰らせてもらう事にしましょう。
どうやら、ビューホ様も用事がある様だから、すぐには帰らないでしょうし、事情を話せばジェリー様も早く帰らせてくださるはず。
今日のパーティーの主催者はフェルエン侯爵家で、この事がわかった時点で、ジェリー様のお友達が侯爵令息という事がわかり、ジェリー様はやはり公爵令息なのでは? と思いつつも、そうではない事を祈っていた。
なぜなら、ジェリー様が公爵令息だったとしたら、今までの事をどれだけ詫びれば良いのかわからないから。
現実逃避していると言われてもかまわない。
そうでない事を祈るのみだわ。
人の邪魔にならない場所でジェリー様の姿を探していると、向こうの方から見つけてくださり、近付いてきて下さった。
「トライト伯爵夫人! 今日は無理を言って悪かったな」
「とんでもございません」
「あまり多くの人に知られたくない話をしたいから、場所を移動しようか」
そう言ってジェリー様に連れてこられたのは、会場の近くにある休憩用の個室だった。
既婚者の私がジェリー様と2人きりになるのはまずいのでは?
と思ったけれど、すでに個室の中には少年がいて、私とジェリー様が入るとソファーから立ち上がった。
「あなたがトライト伯爵夫人?」
「……はい」
「トーマ、少し落ち着いてくれ。トライト伯爵夫人、彼は今日のパーティーの主催者のフェルエン侯爵家の嫡男のトーマだ。俺とは長い付き合いで、今回は彼の婚約者の件で、あなたに協力を仰ぎたいと思って来てもらった」
「はじめまして。ラノア・トライトと申します」
ジェリー様が紹介して下さったのは、私と同じくらいの背丈の赤色の髪を持つ吊り目の少年で、可愛らしい顔立ちはされておられるけれど、話しかけにくいオーラを放っていた。
とてもピリピリしている様に思えたから余計にかもしれない。
「トーマ・フェルエンだ。あなたを巻き込んで悪いんだが、これも緊急事態だ! というか、あなたにも責任がある!」
フェルエン侯爵令息の言葉の意味が分からず聞き返す。
「何の話でしょうか? 私がフェルエン侯爵令息に、知らない間にご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
「正確にはあなたの夫が悪い!」
「……ビューホ様が何かしたのでしょうか?」
フェルエン侯爵家のトーマ様はたしか、今年で12歳だという記憶はある。
背が高くて顔立ちは大人びていらっしゃるけれど、中身はまだ子供だし、何か誤解されている事があるのかしら?
なんて事を焦りながらも考えていると、ジェリー様がフェルエン侯爵令息を注意してくれる。
「おい、少しは落ち着けと言っているだろ。彼女は何も知らないんだ。責めてもしょうがない」
「そうかもしれないけど、全く悪くないとは言い切れないだろう! 愛人を認めるだなんて良くない! 本妻ならもっと文句を言うべきだ!」
「何を言ってるんだよ! この国の貴族の男性は愛人を持つ事が法律で認められてるんだ! それにトライト伯爵夫人はお前の婚約者がトライト伯爵の愛人だという事なんて知らないと言っているだろ!」
「そ、それはそうかもしれないけど、酷すぎる! 僕の婚約者なのに…!」
ジェリー様とフェルエン侯爵令息の話を聞いて、恐ろしい事しか頭に浮かばなくて、恐る恐る口を挟んでみる。
「あの…、もしかして、私の夫がフェルエン侯爵令息の婚約者の女性に何か…?」
「フェルエン侯爵令息なんて長いだろ! トーマでいい! あなたの夫が僕の婚約者にちょっかいをかけてるんだ! どうにかしてほしいんだよ!」
「も、も、申し訳ございません!!」
謝るという事しか今は頭に思い浮かばなかったので、床にひれ伏して謝る。
「私の夫が大変失礼な事をしてしまい申し訳ございません!!」
「トライト伯爵夫人、あなたが謝らなくていいと言っているだろ。わかっていて放置していたのはトーマだ。その点についてはトーマも悪い。だけど、トーマはもうすぐ12歳になる子供なんだ。その点は許してやってくれ」
「ぼ、僕もあなたにそこまでして謝ってもらうつもりじゃなかった。顔を上げてほしい。言い過ぎたよ。でも、本当にショックで…、どうしたら良いのかわからなくて…」
顔をあげると、トーマ様は先程のピリピリしていた表情から打って変わって、子供らしい今にも泣き出しそうな表情になっていた。
トーマ様の婚約者の方って、どんな方だったのかしら?
もし、彼と年が変わらなかったら、侯爵令息の婚約者に手を出す事も犯罪だけれど、年齢的にも犯罪なのでは…!?
自分ではわからないけれど、私の顔色がすごく悪くなっていたようで、ジェリー様が私にソファーに座る様に促してくる。
「とにかく座って話をしよう。立てるか? 助けが必要なら手を貸すけど」
「だ、大丈夫です。それよりも、あの…」
「トーマの婚約者はあなたと同じ年だから、年齢の件を気にしているなら大丈夫だ。大丈夫という言葉が正しいかどうかはわからないけど…」
ジェリー様が苦笑しながら、手を差し伸べてくれたので、手を取らないのもおかしい気がして、手をお借りして立ち上がってからソファーに座った。
お二人から詳しい話を聞くと、ビューホ様は社交界では有名なレディーキラーらしい。
それをわかっていて遊びとして付き合う女性と、純粋に引っかかってしまう女性がいるらしく、トーマ様の婚約者は後者なのだそうだ。
彼女の両親がいくら止めても、ビューホ様と会う事をやめようとしないらしい。
「僕が子供なのが悪いのかもしれないけど、一応、婚約者なんだし、堂々と浮気するのはどうかと思うんだ」
トーマ様が泣きそうな顔をして言うと、ジェリー様が苦笑する。
「浮気は絶対に良くないから、トーマがそう思う気持ちはおかしくない」
「そうですわ。トーマ様は悪くありません。愛はないといえども、トライト伯爵は私の夫です。もう一度深くお詫び申し上げます」
立ち上がって頭を下げると、トーマ様は慌てた声を出す。
「本当にあなたの事を悪いとは思ってないんだ。それに、あなたも結婚したばかりだし、本当は辛いんじゃないか?」
トーマ様からの質問に、ゆっくりと顔を上げて苦笑して答える。
「……先程も申し上げましたが、愛はありませんので…」
「では、離婚するのか?」
まだ子供のトーマ様にどこまで話したら良いか困っていると、扉が叩かれた。
ジェリー様が返事を返すと、漆黒のドレスに身を包んだ妖艶な美女が入ってきたと思ったら、マチルダ様だった。
「現場をおさえに行くわよ。あの男、私の妹にまで手を出そうとしたのよ。絶対に許さないわ。しかも、新婚だというのに他の女性とパーティー会場で浮気だなんて!」
マチルダ様の言葉を聞いて目眩がした。
どういう事なの。
フィナ様と愛し合ってるんじゃなかったの?
侯爵令息の婚約者と浮気しているだけじゃなく、他の高位貴族の女性にも手を出そうとしたの?
このままだと、もっと他にも出てくるんじゃ…?
考えるだけで頭がおかしくなりそう。
このままでは慰謝料問題などでトライト家は確実に没落するわ。
そうなる前に浮気現場をおさえて離婚するのに有利な展開にもっていかないと…。
しばらくは、お飾りの妻を演じるつもりでいたけれど限界があるわ。
「行きましょう、ラノアさん!」
「は、はいっ!」
マチルダ様に名を呼ばれ、私は慌てて立ち上がった。
「ここからは自由行動にしよう。帰りも別々だ。子供じゃないんだから1人で帰れるだろう?」
「……わかりました」
きっと私を残して帰るつもりだわ。
帰る足がなくて困れば良いと思っているのかしら。
ビューホ様は胸の小さい人間はお嫌いらしく、特に私に対しては書類上は妻だから、何をしても良いと思っている様だし…。
それなら、私はジェリー様達に挨拶を終えたら帰らせてもらう事にしましょう。
どうやら、ビューホ様も用事がある様だから、すぐには帰らないでしょうし、事情を話せばジェリー様も早く帰らせてくださるはず。
今日のパーティーの主催者はフェルエン侯爵家で、この事がわかった時点で、ジェリー様のお友達が侯爵令息という事がわかり、ジェリー様はやはり公爵令息なのでは? と思いつつも、そうではない事を祈っていた。
なぜなら、ジェリー様が公爵令息だったとしたら、今までの事をどれだけ詫びれば良いのかわからないから。
現実逃避していると言われてもかまわない。
そうでない事を祈るのみだわ。
人の邪魔にならない場所でジェリー様の姿を探していると、向こうの方から見つけてくださり、近付いてきて下さった。
「トライト伯爵夫人! 今日は無理を言って悪かったな」
「とんでもございません」
「あまり多くの人に知られたくない話をしたいから、場所を移動しようか」
そう言ってジェリー様に連れてこられたのは、会場の近くにある休憩用の個室だった。
既婚者の私がジェリー様と2人きりになるのはまずいのでは?
と思ったけれど、すでに個室の中には少年がいて、私とジェリー様が入るとソファーから立ち上がった。
「あなたがトライト伯爵夫人?」
「……はい」
「トーマ、少し落ち着いてくれ。トライト伯爵夫人、彼は今日のパーティーの主催者のフェルエン侯爵家の嫡男のトーマだ。俺とは長い付き合いで、今回は彼の婚約者の件で、あなたに協力を仰ぎたいと思って来てもらった」
「はじめまして。ラノア・トライトと申します」
ジェリー様が紹介して下さったのは、私と同じくらいの背丈の赤色の髪を持つ吊り目の少年で、可愛らしい顔立ちはされておられるけれど、話しかけにくいオーラを放っていた。
とてもピリピリしている様に思えたから余計にかもしれない。
「トーマ・フェルエンだ。あなたを巻き込んで悪いんだが、これも緊急事態だ! というか、あなたにも責任がある!」
フェルエン侯爵令息の言葉の意味が分からず聞き返す。
「何の話でしょうか? 私がフェルエン侯爵令息に、知らない間にご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
「正確にはあなたの夫が悪い!」
「……ビューホ様が何かしたのでしょうか?」
フェルエン侯爵家のトーマ様はたしか、今年で12歳だという記憶はある。
背が高くて顔立ちは大人びていらっしゃるけれど、中身はまだ子供だし、何か誤解されている事があるのかしら?
なんて事を焦りながらも考えていると、ジェリー様がフェルエン侯爵令息を注意してくれる。
「おい、少しは落ち着けと言っているだろ。彼女は何も知らないんだ。責めてもしょうがない」
「そうかもしれないけど、全く悪くないとは言い切れないだろう! 愛人を認めるだなんて良くない! 本妻ならもっと文句を言うべきだ!」
「何を言ってるんだよ! この国の貴族の男性は愛人を持つ事が法律で認められてるんだ! それにトライト伯爵夫人はお前の婚約者がトライト伯爵の愛人だという事なんて知らないと言っているだろ!」
「そ、それはそうかもしれないけど、酷すぎる! 僕の婚約者なのに…!」
ジェリー様とフェルエン侯爵令息の話を聞いて、恐ろしい事しか頭に浮かばなくて、恐る恐る口を挟んでみる。
「あの…、もしかして、私の夫がフェルエン侯爵令息の婚約者の女性に何か…?」
「フェルエン侯爵令息なんて長いだろ! トーマでいい! あなたの夫が僕の婚約者にちょっかいをかけてるんだ! どうにかしてほしいんだよ!」
「も、も、申し訳ございません!!」
謝るという事しか今は頭に思い浮かばなかったので、床にひれ伏して謝る。
「私の夫が大変失礼な事をしてしまい申し訳ございません!!」
「トライト伯爵夫人、あなたが謝らなくていいと言っているだろ。わかっていて放置していたのはトーマだ。その点についてはトーマも悪い。だけど、トーマはもうすぐ12歳になる子供なんだ。その点は許してやってくれ」
「ぼ、僕もあなたにそこまでして謝ってもらうつもりじゃなかった。顔を上げてほしい。言い過ぎたよ。でも、本当にショックで…、どうしたら良いのかわからなくて…」
顔をあげると、トーマ様は先程のピリピリしていた表情から打って変わって、子供らしい今にも泣き出しそうな表情になっていた。
トーマ様の婚約者の方って、どんな方だったのかしら?
もし、彼と年が変わらなかったら、侯爵令息の婚約者に手を出す事も犯罪だけれど、年齢的にも犯罪なのでは…!?
自分ではわからないけれど、私の顔色がすごく悪くなっていたようで、ジェリー様が私にソファーに座る様に促してくる。
「とにかく座って話をしよう。立てるか? 助けが必要なら手を貸すけど」
「だ、大丈夫です。それよりも、あの…」
「トーマの婚約者はあなたと同じ年だから、年齢の件を気にしているなら大丈夫だ。大丈夫という言葉が正しいかどうかはわからないけど…」
ジェリー様が苦笑しながら、手を差し伸べてくれたので、手を取らないのもおかしい気がして、手をお借りして立ち上がってからソファーに座った。
お二人から詳しい話を聞くと、ビューホ様は社交界では有名なレディーキラーらしい。
それをわかっていて遊びとして付き合う女性と、純粋に引っかかってしまう女性がいるらしく、トーマ様の婚約者は後者なのだそうだ。
彼女の両親がいくら止めても、ビューホ様と会う事をやめようとしないらしい。
「僕が子供なのが悪いのかもしれないけど、一応、婚約者なんだし、堂々と浮気するのはどうかと思うんだ」
トーマ様が泣きそうな顔をして言うと、ジェリー様が苦笑する。
「浮気は絶対に良くないから、トーマがそう思う気持ちはおかしくない」
「そうですわ。トーマ様は悪くありません。愛はないといえども、トライト伯爵は私の夫です。もう一度深くお詫び申し上げます」
立ち上がって頭を下げると、トーマ様は慌てた声を出す。
「本当にあなたの事を悪いとは思ってないんだ。それに、あなたも結婚したばかりだし、本当は辛いんじゃないか?」
トーマ様からの質問に、ゆっくりと顔を上げて苦笑して答える。
「……先程も申し上げましたが、愛はありませんので…」
「では、離婚するのか?」
まだ子供のトーマ様にどこまで話したら良いか困っていると、扉が叩かれた。
ジェリー様が返事を返すと、漆黒のドレスに身を包んだ妖艶な美女が入ってきたと思ったら、マチルダ様だった。
「現場をおさえに行くわよ。あの男、私の妹にまで手を出そうとしたのよ。絶対に許さないわ。しかも、新婚だというのに他の女性とパーティー会場で浮気だなんて!」
マチルダ様の言葉を聞いて目眩がした。
どういう事なの。
フィナ様と愛し合ってるんじゃなかったの?
侯爵令息の婚約者と浮気しているだけじゃなく、他の高位貴族の女性にも手を出そうとしたの?
このままだと、もっと他にも出てくるんじゃ…?
考えるだけで頭がおかしくなりそう。
このままでは慰謝料問題などでトライト家は確実に没落するわ。
そうなる前に浮気現場をおさえて離婚するのに有利な展開にもっていかないと…。
しばらくは、お飾りの妻を演じるつもりでいたけれど限界があるわ。
「行きましょう、ラノアさん!」
「は、はいっ!」
マチルダ様に名を呼ばれ、私は慌てて立ち上がった。
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