笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ

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3   憎い騎士隊長

 グロールは性格とは違い、爽やかそうな見た目をしている。実年齢は三十代後半だが、二十代前半と言われても疑わないくらい若く見えるので、彼も水を飲んで容姿を若返らせているのだと思われる。

 推測でしかないのだが、コップ一杯の水で10年ほど若返るそうで、若返りにも限界があり、10代後半くらいまでの見た目が限界らしい。効果が持続する期間は10日程。水を飲むのをやめれば、そこから、少しずつではあるが、元の年齢の容姿に戻っていくらしい。

 グロールは公爵家の次男だったが、公爵家にふさわしくない人間性という理由で除籍、追放されている。

 普通なら、その時点で平民扱いになる。でも、グロールはテッジ殿下に拾われ、今は一番隊の騎士隊長であり、テッジ殿下の付き人でもある。

 こんな奴が騎士隊長だなんてと思うと、わたしの表情は嫌悪感で歪んだ。

「そんなに怖い顔をしないでくださいよ。本当にあなたは、私のことが嫌いですね」
「……嫌いにならないほうがおかしいでしょう」
「私を責めないでくださいよ。言い出したのは殿下です。私だって、罪悪感を感じていますし、あなたと仲良くしたいんですよ」
「おい、やめろ。あの時のことは、さすがの俺だって反省しているんだ」

 大して反省しているようには見えない表情でテッジ殿下は言った。それを聞いたグロールが笑う。

「私は殿下の気持ちはわかっておりますよ。それに、まあ、子供の頃の話ですし、もう時効ですよね」
「わたしの中では時効なんてないわ」

 二人の会話に割って入り、頭一つ分背の高いグロールを見上げて睨みつける。グロールは肩をすくめて殿下に目を向けた。

「殿下、どうします?」
「リーン、そんなに怒らないでくれよ。あの時のことは本当に悪かったと何度も言っているだろう。これでも本当に反省しているんだ」
 
 テッジ殿下は手を合わせて謝る。その仕草が余計にわたしを苛立たせた。

「反省しているのなら、わたしを解放してください。若返りなんて必要ないでしょう」
「それは無理な話だな。君のおかげで、王家の財政は潤っている」
「自分たちのことしか考えていないのですか。せめて、国民に還元してはどうなんです?」

 強い口調で言い返すと、グロールが答える。

「あの女の墓を建ててあげたんですから、もう良いじゃないですか。いつまでも血の繋がらない姉のことを引きずるのはおやめなさい」
「そうだよ。死んだ人間よりも生きている人間のほうが大事だ」

 反省なんて絶対にしてないわね……。

 勝手なことを言う二人は無視することに決めた。遠巻きでわたしたちの様子を見守っていた騎士たちに近づき、バケツを差し出す。

「これ、持って行ってください」
「わかった」
「……あまり、殿下や隊長の機嫌を損ねるな」

 騎士の一人が小声で言った。口には出さないけれど、他の騎士も同じことを言いたげな様子で、わたしを心配そうに見つめている。

 ここにいる騎士たちは、お姉さまが亡くなり、自暴自棄になりそうだったわたしを助けてくれた人たちばかりだ。今も、お姉さまの話をすると、お姉さまを守れなくて申し訳なかったと涙してくれる。
 お姉さまの月命日には、仕事が休みの日であっても、必ず家の横にある墓に花を手向けてくれるし、わたしが人の心を忘れずに済んだのは彼らのおかげでもある。

 彼らはグロールを止められなかった自分たちを責めていた。でも、彼らはその場にいなかったので責める気にはならなかった。

「わかっているけど、どうせ、彼らはわたしを殺せない。身分は彼らのほうが上かもしれないけれど、立場はわたしのほうが上よ」
「……そうだな」

 騎士たちは悲しげな表情で頷き、水の入ったバケツがのった荷台を引いていく。

「騎士たちと仲良くできるなら、私とも仲良くしてほしいものですよ」

 グロールはわたしの横を通り過ぎる際に、鼻で笑いながら言った。そんな彼に言い返す。

「これ以上、わたしを苛立たせないで。若返りの水が飲めなくなるのは困るでしょう」
「なんだかんだと言いながらも、あなたは水を汲むことをやめません。なら、飲めなくなることはないですね」
「……あんたのために、水を汲んでるわけじゃない。怪我をした人の治療をするためよ」
「そのおこぼれをいただいています」
「ふざけないで」
「二人共、喧嘩をするのはやめろ!」

 睨み合うわたしたちの間に、テッジ殿下が割って入った。さすがのグロールもわたしに喧嘩を売るのはやめて引き下がる。

「テッジ殿下のお望みですので、ここは引いておきましょう」
「そう思うなら、二度とわたしの目の前に現れないで」
「それは無理ですよ」

 グロールは鼻で笑い、わたしに背を向けて歩き出す。

「じゃあ、また来るから」

 テッジ殿下はわたしの肩に手を置いて言うと、グロールの後を追うように歩き出した。

 お姉さまはいつか終わりがくると言っていたけど、本当にそうなの?

「……わたしはこのまま、あいつらに好き勝手に使われるだけなの? そんなの絶対に嫌!」

 二人の背中を睨みつけながら呟いた瞬間、水面に数え切れないほどの波紋が現れ、わたしの周りにだけ突風が吹いた。

「……何なの?」
 
 この時は、この現象に意味があるだなんて思っていなかった。

 それから数時間後、グロールの妹の髪と瞳の色が、突然、ダークパープルに変わったと聞かされるまでは――
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