元聖女になったんですから放っておいて下さいよ

風見ゆうみ

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閑話 王太子の側近の憂鬱

「なぜだ、なぜ、ミーファから連絡がないのだ!?」

 王太子は執務室の机の椅子に座ったまま、机の上に置かれていた紅茶の入ったカップを、側近に向かって投げつけた。

 避けようものなら、もっと不機嫌になってしまう恐れがある為、側近はカップとその中身を体で受け止めてから答えた。

「申し訳ございません、殿下。その理由につきましては私には、さっぱりわかりません」

(普通の人間なら考えなくてもわかる事だが、素直に理由を伝えたら、何をされるかわからない)

 側近は心の中でそんな風に思いつつも、たとえ、何を話しても怒らないと言われて、自分が思う事を彼に伝えたとしても理解できないだろうと考え、自分もわからないと答えておいた。
 
 カップに入っていた紅茶は冷めていた為、火傷はしなかったが、側近の着ていたシャツやズボンは紅茶で濡れ、足元には、ふかふかのカーペットのおかげで割れずに済んだカップが転がっていた。

 しかし、彼にとってはこんな事は日常茶飯事なので、着替えには戻るつもりだし、後でメイドにカップや床は片付けさせるつもりではあるが、王太子にカップを投げつけられた事に対しては、特に気にもしていなかった。
 
「おかしいだろう!? この俺が助けてやると言っているんだぞ!? しかも、婚約してやると! こんな有り難い事はないだろう! なのに、どうして返事がすぐに返ってこないんだ!! 普通なら、すぐに返事をよこしてくるはずだろう!? もしや、スコッチ辺境伯がミーファに手紙を見せていないのか!? そうか、そういう事か!」

 何がそういう事なのか、側近にはさっぱりわからなかったが、自分一人で納得している王太子を見つめながら、側近は思う。

 いつまで、このお子様の面倒を見なければならないのだろうと。

 国王陛下の様子から、王太子や他の王子達も、もしかすると…、という懸念は昔からあった。
 しかし、第二王子と第三王子が立派に育っていったため、兄である王太子も、弟達の姿を見て変わっていくだろう。
 周りは、彼も含め、そんな甘い考えでいた。

 それがいけなかった。
 何をしても許されると勘違いした王太子は、ただのワガママ王太子に育っただけだった。

 宰相や貴族達の間では密かに、次の国王は今の王太子ではなく、第二王子を推す声が増えてきている事を側近は知っている。

 危ない状況だというのに、王太子は危機感が全くなかった。
 何より、王太子はそんな事か起きるはずがないと思い込んでいるのだから。

 よほどの事でない限り、この国では長男が国王の座に着いてきた。
 今回はよほどの事の様な気がするのだが…と、側近が考えた時だった。
 
 足音が近付いてきたかと思うと、部屋の扉が叩かれた。

 側近が扉を開けると、侍従が手紙を差し出してきた。
 魔法で手紙が送られてきた様で、王族の場合は差出人が誰からのものであろうと、一度、危険物のチェックが行われる。
 そして、危険物ではないとわかった時点で、それぞれの元へ届けられるのだ。

 封が開けられた状態の手紙を受け取り、側近は封筒を裏返して、差出人の名前を見た。
 
 そして、王太子の方に振り返り、差出人の名を伝える。

「スコッチ辺境伯から手紙が届いております」
「やっとか!」

 王太子がミーファと婚約しても良いと書いて、手紙を送った時間から、まだ半日も経っていないが、待つ事が嫌いな王太子には、とても長く感じられた様だった。

 ご機嫌で封筒から手紙を取り出し、読み始めた王太子だったが、読み進めていく内に、どんどん表情が渋いものに変わり、最終的には憤怒の表情に変わった。

(わかっていた事だが、良くない返事が返ってきたようだな…)

 側近が、近くにある本などを投げつけられてはたまらないと、距離を取った時だった。

「どういう事だ!? 俺との婚約を断ってきた上に、リュークと婚約するだと!?」

 リュークという名を聞いて、側近はすぐに王太子の従兄弟の事を思い出した。

(たしか、スコッチ辺境伯の長男で、リーフ殿下やカイン殿下と仲が良かったな。ミーファ様に見る目があった良かった。いや、王太子殿下の本性を知っていて、付きまとってるのは聖女様達くらいか…。その聖女様達も最近はそれどころではないようだが)

 側近は王太子に気付かれないように小さく息を吐いてから反応する。

「王太子殿下はミーファ様に婚約したいと申し上げられたのですか?」
「違う! 婚約してやってもいい、だ」
「失礼いたしました。ですが、ミーファ様は国王陛下から追放された身ですが、婚約など許されるのでしょうか?」
「父上に確認したら、お前の好きなようにしたら良いと言われた。宰相に聞いたが、ミーファが結界を張った地域は100日経っても破られていないらしい。その事を父上に伝えると、そんなに役に立つなら戻らせてやっても良いと許可も降りている。何やら、父上もミーファが王都に入れないと不便な様でな」

(そんな事になるなら、最初から調べておけばいいものを…。それに国王陛下がなぜ、ミーファ様が王都に入れないと不便なんだ?)

 そんな気持ちや疑問が浮かんでいる事など表情には一切出さずに、側近は納得した様に頷いた。

「宰相はミーファ様を城に戻そうと尽力されておられましたから、色々なデータを集められたのでしょうね」
「そうだ。ミーファは使い物になる。だから俺の妻にする事によって、それを理由に城に戻させてやるんだ」
「失礼ですが、王太子殿下はミーファ様の事を、どう思ってらっしゃるのですか?」
「う! うるさい! お前にそんな事を答える必要はないだろう!」

 顔を真っ赤にして言う彼を見て、答えを聞かずとも答えがわかった側近は、恭しく頭を下げた。

「申し訳ございませんでした。あの、王太子殿下」
「何だ?」
「服を着替えに戻らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「勝手にしろ! 俺はスコッチ辺境伯へ手紙を書く事にするから、書いている間に戻ってこい!」

(勝手にしろ、と言っておきながら、どっちなんだ…)

 側近はもう一度頭を下げた後、廊下に出ると、扉の前に立っていたメイドに部屋の中の片付けを頼むと、急いで自分の着替えを置いてある休憩室へと向かった。
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