元聖女になったんですから放っておいて下さいよ

風見ゆうみ

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20 失礼させていただきます

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「お願い? 俺に願い事をすると言うのか?」

 気に食わないのか、眉間に深いシワを寄せて、国王陛下が尋ねてくる。

 国王陛下なだけあって、威圧感が凄いけれど、怯む訳にはいかない。

「今のところ、私が聖女に復帰しようと復帰しまいと現状は変わりません。結界を張ったり、回復魔法を使うという事は、元聖女であっても出来る事です。ですから、私としては無理に聖女に復帰する必要はないのです。今、こうしている間も結界を張りに行く事は出来るんですから」
「そ、それはそうかもしれんが。聖女の称号があった方が、民にも崇めてもらえるだろう?」
「そんな事を望んだから聖女になった訳ではありません」

 きっぱりと答えると、陛下は大きく息を吐いてから尋ねてくる。

「何が望みだ?」
「望みをお伝えする前に、確認しておきたい点が何点かございます」
「何だ、言ってみろ」
「望みは、何でもきいていただけるのですか?」
「現実的なものであるならな」

 国王陛下が苦虫を噛み潰したような顔で頷く。

「現実的なもの、というのは、私や多くの人が考える現実的なものであるなら良い、という事でしょうか」
「俺が考える現実的なものと、お前らが思うものは違うというのか?」
「私はそう思っております」
「まどろっこしい言い方はするな! 好きにすればいい! だが、俺に死ねだとかいう、そういうものはなしだぞ!」
「もちろんでございます」

 私は頷いてから、当主様の方を見る。
 当主様は、私の視線を受けて、陛下にお願いする。

「ミーファが望みを言う前に、今回の会議に魔道具を使ってでの参加となりますが、同席したいと仰る方がいらっしゃいますので、魔道具を使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「相手は誰だ?」
「国王陛下がよく知っておられる人物です」

 当主様は、テーブルの上に手のひらサイズの大きな白い石を置いた。
 すると、その白い石が光り、石の真上に一人の人物が映し出された。

 映し出された人物を見て、陛下が驚いた顔をする。

「リーフ?」
「お久しぶりです、父上」

 映像は粗いけれど聞こえてくる声は、とてもクリアに聞こえるので、相手が誰だか、陛下もすぐにわかったみたいだった。

「遠方からですが、今日の議題が気になりましたので、参加させていただく事にしました。かまいませんよね?」
「あ、ああ、まあ、それはかまわんが…」
 
 陛下は困惑の表情を浮かべながらも頷いた。

「ミーファ、今、どのようなところまで、お話は進んでいるのかな?」
「私を聖女に復帰させる為の条件をお伝えしようとしていたところです」
「そうか。わかった、ありがとう」
「お話を続けても大丈夫ですか?」

 リーフ殿下を見ると、向こうにも私の姿が見えているから、視線に気が付いたリーフ殿下は静かに首を縦に振ってくれた。

「では、言わせていただきます。陛下、私の願いになりますが、国王陛下の退位をお願い致します」
「な…、なんだと…?」
 
 信じられない様なので、もう一度口にする。

「国王陛下の退位を」
「二度も言わずともわかっておる!」

 国王陛下はテーブルを叩きながら叫ぶ。

「この俺に退位しろというのか!? 一体、どういうつもりだ!」
「そう私に考えさせた陛下の行動を、皆さんの前でお話させていただいた方がよろしいでしょうか?」
「やめろ!」

 私がアンナから話を聞いている事は気付いているだろうから、それをバラされては困ると思ったのか、国王陛下が大きな声で叫んだ。

 すると、リーフ殿下が口を開く。

「父上、何をそんなに焦っていらっしゃるんです? 僕はミーファから、彼女にそんな事を思わせた父上の行動というものを聞いてみたいのですが」
「そ、そんなものは聞く必要はない! どうせデタラメな事を言うだけに決まっている!」
「デタラメかどうかは聞いてみてから調べれば良い事です」
「リーフ、お前! 父に意見するというのか!」
「聞いてみたいと希望を申しただけです」
「聞く必要などない! 退位などせんのだから一緒だ!」

 取り乱す陛下に、宰相が静かに手を挙げる。

「私はぜひ、ミーファ様からお話を伺いたいものです。まさか、私どもの陛下が退位を迫られるような事をされるだなんて夢にも思いませんので。ミーファ様がどんなをされるのか、興味があります」
「私も興味があります」

 一人が言うと、協力者の人達が次々に声を上げていく。
 もちろん、当主様もギークス公爵も同じ様に声を上げてくれた。

「父上、これだけの人が父上を、ミーファの話を聞き、反論しようとされています。まさか、この状態でも聞かなくても良い、だなんて言われませんよね?」
「……好きにしろ!」
「だそうだ。ミーファ、話してくれるかな」

 許可が下りたので、私は陛下がアンナにしてきた事を、皆の前で暴露した。
 もちろん、アンナから当主様も含め、他の貴族の人達に話しても良いと了承を得ている。

 国王陛下が退位してくれるなら、自分の話をしても、家族に迷惑をかけないと思ったみたい。

 協力者の人達にはまだアンナの話はしていなかった為、私の話を聞いた人達は、ギークス公爵や宰相も含め、嫌悪感が隠せない様子だった。

「おい、何だお前たち! その顔は何だ! 俺を疑っているのか!? 全て、この女の妄想だ! 嘘だぞ!」
「申し訳ございませんが陛下、あなたがスコッチ辺境伯令嬢に送られた手紙は全て証拠として残っています。まさか、こんな日が来るだなんて思ってもいなかったでしょうから、手紙というわざわざ残るものにされたのですかね? 結果的に、こちらとしては証拠になるものが残りましたので、大変助かりましたが」
「お前はもう聖女ではないんだぞ! ただの男爵風情が、この俺を馬鹿にすると言うのか!」

 国王陛下が立ち上がり、私に向かってこようとすると、当主様が立ち上がり、私と陛下の前に立ちはだかってくれた。

「無礼だぞ! わかっているのか!」
「娘を護るのが父の役目です」
「アンナと俺の事は気付かないでいたくせに、今更、血の繋がっていない娘には父親面するつもりなのか!」
「やはり、ミーファの今の話は本当なのですね」
「何!? …あ、いや、それは」

 さっきまでの勢いはどこへやら、怒りで口を滑らせた事に気が付いた陛下が、急にしどろもどろになった。

「いや、違う、アンナは俺の姪じゃないか。だから」
「陛下、証拠があると言っていますよね。それに、あなたがパーティーで事あるごとに、アンナに近付こうとしているのを私も、妻も、息子も目撃しています」
「……リュークがいつも割って入ってきていたのは、それでか!」

 そこで、また国王陛下は自分が失言した事に気が付いた。

「いや、今のは違うんだ」

 慌てて取り繕っても、もう遅い。
 貴族たちから陛下へ質問が飛ぶ。

「国王陛下、今のミーファ様の話は本当なのですか? それとも嘘なのですか?」
「そ、それは、嘘に決まっているだろう! この女が俺を貶めようとしているだけだ!」
「どうして、ミーファ様がそんな事をする必要が?」
「北の辺境伯の結界を張ったのは、ミーファではなかったのに、ミーファだと断定して追放したからだ! その事で俺に恨みを持ってるに違いない!」
「やはり、ミーファではなかったのですね」

 リーフ殿下がぽつりと言った言葉に、部屋中が一瞬にして静まり返った。
 けれどすぐに、国王陛下がその静寂を破る。

「…そ、そうだ、違ったんだ。俺だって間違う事はある」
「では、なぜわかった時点でミーファに謝罪されなかったのです?」
「それは、その、一国の国王が、間違えて聖女を追放しただなんて言えるはずがないだろう!」
「言えないんじゃなく、言いたくなかっただけでしょう」

 国王陛下にむかって今度は宰相が言った。
 すると、国王陛下は宰相の方に体の向きを変えて叫ぶ。

「さっきから何なんだ、お前達は! 今日は聖女を復帰させるかどうかの話し合いなんだぞ!? 俺の罪を暴く会議じゃないはずだ!」
「そうせざるを得ない状況にしたのは父上ですよ」

 リーフ殿下はそう言うと、一段と低い声で言う。

「ミーファにした事やアンナにした事、一国の国王がする行為ではありません。父上、退位していただけますよね?」
「い、嫌だ! まだ俺は!」
「まだ俺は、何です?」
「モーリスが国王になれば、それこそ国が潰れてしまうぞ! それでもいいのか!?」
「では、こうしましょう、父上。あと2年、父上には猶予をあげましょう。それまでに王位継承権を兄上から剥奪して下さい」
「何を言ってるんだ! あいつが継がなければ誰が…!」

 そこまで言って、自分で気付かれた様で国王陛下は顔を歪めた。

「いつから、こんな事を企んでいた!」
「企んでなんていません。これでも父上や兄上の事を、いつか変わって下さると、心のどこかで信じていたんですよ」

 リーフ殿下は一度、下を向いてから、顔を上げて言葉を続ける。

「けれど、ミーファやアンナの話を聞いて、父上の事も兄上の事も信じられなくなりました。兄上が継ぐくらいなら、僕が継いだ方がマシだとも思うようになりましたよ。もちろん、僕だって今からもっともっと努力はしますけどね」

 リーフ殿下が言い終えると、宰相が立ち上がる。

「陛下、これからの事についてお話したいと思っております。ですが、この場にいる全ての人に話さなければいけない話ではありません。本来の議題の為に来ていただいたミーファ様は退室していただいてかまいませんね?」
「……勝手にしろ」

 国王陛下は自分の椅子に倒れ込むようにして座ると、テーブルに肘をつき頭を抱えた。

「ミーファ、もうお前は出ていっていい。これから話が長くなるだろうから、リュークと一緒に先に屋敷に帰っていてもいいぞ」
「いえ。リュークと一緒に待っています」

 答えてから立ち上がり、映像のリーフ殿下に頭を下げた後、扉の前に立ち、複雑そうな表情になっている貴族の面々を見てカーテシーをする。

「では、本日はここで失礼させていただきます」

 異論がなかったので扉を開けて部屋を出る際に、陛下が叫んだ。

「あの時、聖女が嘘をつかなかったら、こんな事にはならなかった!!」

 そんな問題じゃないという事に気が付いてらっしゃらない事に驚いたけれど、わざわざ、誰に向かって言っているのかわからない叫びに答えを返してあげる必要もないので、静かに扉を閉めて、廊下に立っていたメイドにお願いして、リュークの所まで連れて行ってもらう事にした。
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