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第6話 希望
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陛下が側近に問いただしたところ、ルークスは自分の存在が足枷になるかもしれないと考えて、陛下の手の届きにくい他国に逃げた様だった。
他国の公爵家に友人がいたルークスは、その人から王家に紹介してもらい、その国の王太子から推薦を受けて、また違う他国の王族に謁見している事もわかった。
それを聞いて思う。
ルークスは貴族達だけでは陛下の意見を覆らせる事は無理だと考えて、他国の王家を味方につける事にしたのね。
「勝手なことをしやがって! 息子のした事の責任を取らせる! ラゼル公爵を今すぐ城に呼び出せ!」
「申し訳ございませんが、それも無理です」
「どうしてだよ!?」
「ラゼル公爵は自分の領地の管理を他の貴族に振り分け、彼や彼の家族もルークス様と同じく、この国にはおられません」
「ふざけた事を! どうして僕に何の連絡もなかったんだ!」
「申し訳ございませんでした」
「謝ればいいってもんじゃないんだぞ! くそっ! 人質に使えそうな人間が減ったじゃないか!」
陛下は近くにあったカップを側近に投げつけた。
中身は入っていなかったみたいだから、カーペットも彼のズボンにも雫がかかったくらいで汚れは目立たない。
「次からは貴族に不審な動きがあれば、何でもすぐに連絡しろ! 今回はリゼアの前だから多めに見てやるが、次はないぞ」
「承知いたしました。申し訳ございませんでした」
側近は深々と頭を下げた後、それ以上は何もないと言わんばかりに口を閉ざし、カーペットに転がっているカップを拾って、元の位置に戻した。
「残念だったね、リゼア。元婚約者は腰抜けで君を取り返そうとはせずに違う国に逃げたんだ。これで吹っ切れるんじゃないか?」
ルークスがこの国にいないとわかった衝撃で、私が命をたとうとしている云々の話は、もうどうでも良くなったみたいだった。
ただ、私としては、シラージェからいつまでも命を狙われるのかと思うと気が気じゃない。
結婚したくない相手と結婚させられそうな上に、そのせいで殺されるだなんて絶対に御免だわ。
「ええ。色々と吹っ切れました」
私が少し派手に動いても、ルークスや彼の家族に迷惑がかからない事が分かったし、私にとっては良い情報だった。
陛下は私の真意には気付いていないらしく、頬を緩めて言う。
「これで死のうだなんて思わないよね?」
「最初からそんな事は考えていませんので。もし、私に何がありましたらシラージェを疑って下さい」
「それはどういう…」
「そのままの意味です。では、失礼致します」
陛下は何か言いたげにしていたけれど、踵を返して扉の方に向かうと、陛下の側近が扉を開けてくれた。
「ありがとう」
色んな意味で礼を言うと、若くて真面目そうな雰囲気の側近は小さく頭を下げた。
私と一緒に部屋の外に出た彼は、扉を閉めてから小声で言う。
「ラゼル公爵令息はあなたを見捨てたわけではありません」
「……ありがとう」
微笑むと、側近はまた小さく頭を下げてから、部屋の中に入っていった。
廊下で待ってくれていたメイドが私の部屋に向かう途中で問いかけてくる。
「何か良い事があったのですか?」
「どうしてそう思うの?」
「失礼ながら、リゼア様の柔らかな表情を見たのが初めてでして…」
メイドに言われて、小さく息を吐く。
「そうね…。今までは心が休まらなかったから……。今も全てが解決したわけではないのだけど、気持ちが楽になる様な事があったの」
「それは良かったです」
陛下は仕事が出来ないのではなく、やりだからない。
自分の気に入った人間には優しいけれど、気に入らない人間は容赦なく殺そうとする。
私が来てからは人を殺す事は控えているらしいけれど、私がいなくなったらどうなるかわからない。
メイドと雑談をしながら、部屋に向かっていた時だった。
「どうして失敗するのよ! あなたは発注する事も出来ないの!?」
「申し訳ございませんでした。メイド長から止められてしまいました」
「私とメイド長、どちらが偉いと思っているの!?」
誰に聞かれるかわからないのに、シラージェは私の部屋の前の廊下で、私に毒の事を教えてくれたメイドに怒鳴っていた。
「シラージェ」
声をかけると焦った顔をして振り返る。
「……リゼア…、戻ってきたの…。陛下はなんて?」
「あなたは陛下に私が死のうとしてるなんて言ってたらしいわね?」
「そ…、それは…」
「どういう事なの?」
厳しい口調で問いかけると、シラージェは視線をそらす。
「な、何もないわ」
「何もない事はないでしょう。どうして、そんな嘘の話をしたの」
「あなたが危うそうに見えたから…」
「ふざけないで。自分の考えが間違っていたと陛下に謝ってきて!」
「……!」
シラージェは私を殺したい。
だから、不審な死を遂げてもおかしくない状況を作ろうとしている。
それなら、私は逆の行動を取るしかない。
陛下に私は生きる事を望んでいる。
だから、私に何かあれば、それは仕組まれたものであると思わせればいい。
さすがの陛下でも、シラージェが私を亡き者にしようとしたとわかれば、彼女を許さないはずだから。
「陛下は私のものよ…!」
「あなたのものかどうかはわからないけれど、少なくとも私の陛下ではない事は確かよ」
そう答えてからシラージェに続ける。
「あなたは私が死んでしまうと思って心配してくれたのなら、その気持ちは有り難いと思うわ。だけど、私は大丈夫だから。謝るのが嫌なら誤解だったと否定してきて欲しいの。あなたの陛下でしょう? あなたが言った方が信用して下さるから」
信用して下さる、という言葉に満足したのか、シラージェは「わかったわ」と頷くと、陛下の部屋に向かって歩いていった。
他国の公爵家に友人がいたルークスは、その人から王家に紹介してもらい、その国の王太子から推薦を受けて、また違う他国の王族に謁見している事もわかった。
それを聞いて思う。
ルークスは貴族達だけでは陛下の意見を覆らせる事は無理だと考えて、他国の王家を味方につける事にしたのね。
「勝手なことをしやがって! 息子のした事の責任を取らせる! ラゼル公爵を今すぐ城に呼び出せ!」
「申し訳ございませんが、それも無理です」
「どうしてだよ!?」
「ラゼル公爵は自分の領地の管理を他の貴族に振り分け、彼や彼の家族もルークス様と同じく、この国にはおられません」
「ふざけた事を! どうして僕に何の連絡もなかったんだ!」
「申し訳ございませんでした」
「謝ればいいってもんじゃないんだぞ! くそっ! 人質に使えそうな人間が減ったじゃないか!」
陛下は近くにあったカップを側近に投げつけた。
中身は入っていなかったみたいだから、カーペットも彼のズボンにも雫がかかったくらいで汚れは目立たない。
「次からは貴族に不審な動きがあれば、何でもすぐに連絡しろ! 今回はリゼアの前だから多めに見てやるが、次はないぞ」
「承知いたしました。申し訳ございませんでした」
側近は深々と頭を下げた後、それ以上は何もないと言わんばかりに口を閉ざし、カーペットに転がっているカップを拾って、元の位置に戻した。
「残念だったね、リゼア。元婚約者は腰抜けで君を取り返そうとはせずに違う国に逃げたんだ。これで吹っ切れるんじゃないか?」
ルークスがこの国にいないとわかった衝撃で、私が命をたとうとしている云々の話は、もうどうでも良くなったみたいだった。
ただ、私としては、シラージェからいつまでも命を狙われるのかと思うと気が気じゃない。
結婚したくない相手と結婚させられそうな上に、そのせいで殺されるだなんて絶対に御免だわ。
「ええ。色々と吹っ切れました」
私が少し派手に動いても、ルークスや彼の家族に迷惑がかからない事が分かったし、私にとっては良い情報だった。
陛下は私の真意には気付いていないらしく、頬を緩めて言う。
「これで死のうだなんて思わないよね?」
「最初からそんな事は考えていませんので。もし、私に何がありましたらシラージェを疑って下さい」
「それはどういう…」
「そのままの意味です。では、失礼致します」
陛下は何か言いたげにしていたけれど、踵を返して扉の方に向かうと、陛下の側近が扉を開けてくれた。
「ありがとう」
色んな意味で礼を言うと、若くて真面目そうな雰囲気の側近は小さく頭を下げた。
私と一緒に部屋の外に出た彼は、扉を閉めてから小声で言う。
「ラゼル公爵令息はあなたを見捨てたわけではありません」
「……ありがとう」
微笑むと、側近はまた小さく頭を下げてから、部屋の中に入っていった。
廊下で待ってくれていたメイドが私の部屋に向かう途中で問いかけてくる。
「何か良い事があったのですか?」
「どうしてそう思うの?」
「失礼ながら、リゼア様の柔らかな表情を見たのが初めてでして…」
メイドに言われて、小さく息を吐く。
「そうね…。今までは心が休まらなかったから……。今も全てが解決したわけではないのだけど、気持ちが楽になる様な事があったの」
「それは良かったです」
陛下は仕事が出来ないのではなく、やりだからない。
自分の気に入った人間には優しいけれど、気に入らない人間は容赦なく殺そうとする。
私が来てからは人を殺す事は控えているらしいけれど、私がいなくなったらどうなるかわからない。
メイドと雑談をしながら、部屋に向かっていた時だった。
「どうして失敗するのよ! あなたは発注する事も出来ないの!?」
「申し訳ございませんでした。メイド長から止められてしまいました」
「私とメイド長、どちらが偉いと思っているの!?」
誰に聞かれるかわからないのに、シラージェは私の部屋の前の廊下で、私に毒の事を教えてくれたメイドに怒鳴っていた。
「シラージェ」
声をかけると焦った顔をして振り返る。
「……リゼア…、戻ってきたの…。陛下はなんて?」
「あなたは陛下に私が死のうとしてるなんて言ってたらしいわね?」
「そ…、それは…」
「どういう事なの?」
厳しい口調で問いかけると、シラージェは視線をそらす。
「な、何もないわ」
「何もない事はないでしょう。どうして、そんな嘘の話をしたの」
「あなたが危うそうに見えたから…」
「ふざけないで。自分の考えが間違っていたと陛下に謝ってきて!」
「……!」
シラージェは私を殺したい。
だから、不審な死を遂げてもおかしくない状況を作ろうとしている。
それなら、私は逆の行動を取るしかない。
陛下に私は生きる事を望んでいる。
だから、私に何かあれば、それは仕組まれたものであると思わせればいい。
さすがの陛下でも、シラージェが私を亡き者にしようとしたとわかれば、彼女を許さないはずだから。
「陛下は私のものよ…!」
「あなたのものかどうかはわからないけれど、少なくとも私の陛下ではない事は確かよ」
そう答えてからシラージェに続ける。
「あなたは私が死んでしまうと思って心配してくれたのなら、その気持ちは有り難いと思うわ。だけど、私は大丈夫だから。謝るのが嫌なら誤解だったと否定してきて欲しいの。あなたの陛下でしょう? あなたが言った方が信用して下さるから」
信用して下さる、という言葉に満足したのか、シラージェは「わかったわ」と頷くと、陛下の部屋に向かって歩いていった。
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