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4  家を出たい

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 自分から言い出された話なのに、マオニール公爵閣下は何度も確認してくる。

「即答してくれるのは、僕としてはありがたいんだけど本当にいいのか? 自分で言うのもなんだけど、結婚前からお飾りの妻って言ってる男だなんて信用できないだろ?」
「結婚したあとに言われるよりかは良いかと思いますわ」
「それはそうかもしれないけど、普通の政略結婚でも、結婚前から、お飾りの妻になってほしいだなんて、そんな話は普通はしないよね?」

 マオニール公爵閣下が困った顔をするので聞いてみる。

「あの、逆にご迷惑でしたでしょうか?」
「いや、違うんだ。有り難いんだけど、申し訳ない気持ちのほうが強いんだよ。それに君は子供がほしいとか、そういうのはないの?」
「そちらに関しては特に願望はありません。小さい頃から妹の世話をしていましたが、妹がワガママだったせいか、あまり可愛いと思えなくて。ですから、子供は少し苦手なんです。自分の子なら可愛いと思えるかもしれませんが、今のところは特に興味はございません」

 そこまで言ったところで、気になることがあって質問してみる。

「跡継ぎ問題はどうなさるのでしょうか?」
「それについてはちゃんと考えてるよ。そういえば、君の家のほうこそ大丈夫なのか?」
「大丈夫ですわ。ココルの旦那様になる人に婿入りしてもらえれば良いですし、冷たい言い方をしますが、最悪、ノマド家がなくなっても気にはなりませんから」

 お祖父様とお祖母様には申し訳ないけれど、お父様は爵位を継ぐべき人ではなかったわ。

 マオニール公爵閣下は「嫌なことを聞いてごめん」と謝ってくれたあと、最終確認をしてくる。

「結婚について、本当にいいんだね? 考える日にちはいらない?」
「いりません。気遣ってくださるお気持ちはありがたいのですが、私は少しでも早く家を出たいんです」

 そこまで言ったところで、私はロバートとまだ婚約している状態である事に気が付いた。

「申し訳ございません。考える日にちはいりませんが、現状、私には婚約者がいますので、婚約破棄、もしくは解消後でもよろしいでしょうか」
「もちろん。それについては、僕も後押しをしよう」

 マオニール公爵閣下が後押ししてくださるのなら、すんなり婚約破棄できそうだわ!

 さっきまでは絶望的な気分だったのに、そんな気分は一気に吹き飛んでしまった。

 そして、マオニール公爵閣下に自分の名前を名乗っていない事に今更ながら気付いて、自己紹介をはじめる。

「あの、遅くなりましたが、マオニール公爵閣下にお目にかかれて光栄です。わたくし、アイリス・ノマドと申します」

 カーテシーをすると、マオニール公爵閣下は微笑む。

「知ってるよ。あの劇が始まってから、すぐに付き人に調べさせたんだ。だから、ここに来るのが少し遅くなったんだよ。ごめんね」
「遅いだなんて! それよりも、お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」
「もう、君は謝らなくてもいいよ。それに、おかげで、僕は花嫁を見つけられたわけだし。ただ、君の家族や婚約者、それから、君を笑ってた二人には、ちょっと怖い思いをしてもらわないといけないね」

 意味深な言葉を口にしたあと、マオニール公爵閣下は微笑む。

「僕も自己紹介が遅れてごめん。知ってると思うけど、僕の名前は、リアム・マオニール。これからよろしく」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「妻になってもらうんだから、世間がやっているような事をするつもりはないから安心して」

 何の事を言われているのかわからなくて聞いてみる。

「世間がやっているような事、ですか?」
「妻を娶ったのはいいものの、その妻を放っておいて、他の女性に会いにいったりする事だよ」
「……マオニール公爵閣下が望むのでしたら、そうしていただいても構いませんが?」

 小首をかしげて言うと、マオニール公爵閣下は苦笑する。

「さっきも言ったけれど、僕はそこまで女性に興味はないんだ。かといって、僕のことを好きで妻になってくれる人に愛せなかったらごめん、なんて言うのも失礼かな、なんて思ってたんだよ」
「公爵閣下なのですから、そこまでお気になさらなくても」
「まあ、考え方が色々とあるって事だね。僕は嫌なだけだ。君は僕に恋愛感情がない。だから、それを利用させてもらう形になって済まない」
「マオニール公爵閣下が謝られる事ではありませんわ! それに私にも大きなメリットがあるのですから、お気になさらないでください」

 そこまで言って、ふと、気になる事が心に浮かび上がった。

 マオニール公爵閣下はこう言っているけれど、使用人や隠居されているご両親は、私のことをどう思われるかしら。

 公爵家でいじめられたりしたらどうしよう。
 
――マオニール公爵閣下も今は優しいけれど、結婚したら豹変するとも限らないし。

 そこで、厚かましいけれど、お願いする事にした。

「大変、申し訳ないのですが、結婚前に契約書を交わすことは可能でしょうか?」
「もちろん。婚姻届と一緒に用意する事にしよう。契約書の中身に関しては、要相談ということでいいかな?」
「もちろんです。本当にありがとうございます」

 さっきまで目の前が真っ暗だったのに、一気に視界が開けてきた気がした。

「とにかく、会場に戻ろうか。ここでジッとしていると体を冷やすよ」

 そう言って、マオニール公爵閣下は、自分の着ていた上着を脱いで、私の背中にかけてくれた。

「ありがとうございます」

 こんなことをロバートにもされたことがなかったので、少しだけドキドキしてしまった。



◇◆◇
 


「アイリス! やっと帰ってきたか!」

 マオニール公爵閣下と共にパーティー会場に戻り、借りていた上着をお返ししたところで、お父様が近付いてきた。

 お父様は私の隣にいる彼の存在に気付かないくらいに憤慨しているようで、目を吊り上げ、顔を真っ赤にした状態で続ける。

「お前が笑わないから、何人かの人に不愉快だと怒られたんだぞ! お前のせいだ!」

――まともな人がいてくれて良かったわ。

 そんな風に思っていると、何も言わない私にもっと腹が立ったのか、お父さまは言う。

「謝りなさい、アイリス。今すぐに皆の前で! 家族や婚約者は悪くない、自分が悪いのだと!」
「自分だけが悪いとは思っておりませんが、皆様には謝るつもりではありました。パーティーを台無しにしてしまう様なことを、お父様達がはじめてしまったのですから」
「何を言ってるんだ! お前が良いリアクションをしたあと、周りにご迷惑をおかけしたと謝っておけば、それで済んだというのに!」

 お父さまは人目があるというのにも関わらず、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
 
「家に帰ったら罰として、これからしばらくは朝食は抜きだからな!」

 罰がくだらなすぎて笑いそうになってしまった。

――別に私が厨房で隠れて食べても気付かないくせに。

 お父様はそう叫んだあと、お母様達を呼びに行くのか、私から離れていく。

「朝食抜きなの? お可哀想。あら、よく見たら、同じ学園だったノマドさんじゃない? 愉快なご家族と婚約者で羨ましいわ」

 お父様と入れ替わりに、先程、パートナーと一緒になって、私を馬鹿にしていた子爵令嬢が耳元で囁いてきた時だった。

「不愉快だな」

 横に立っていたマオニール公爵閣下が、子爵令嬢に聞こえる様につぶやいた。
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