幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

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 実家を発ってから数日後の夕方、私の乗った馬車はマオニール公爵邸に到着した。

 パーティーの時は夜だったこともあり、マオニール公爵邸がどんなものか確認できなかったった。
 今、改めて見てみると、当たり前だけれど、私の家とは比べ物にならないほどの大きな本邸に、今、確認できるだけで別邸が2棟見えた。
 木々に隠れていて今は見えないけれど、使用人の寮なども敷地内にあるらしく、門から本邸のポーチに辿り着くにも、馬車を使わないといけないくらいに敷地は広い。

 マオニール公爵邸は繁華街から少し離れた小高い丘の上に建っていて、敷地の周りには先の尖った鉄柵が張り巡らされており、その外側は牧草地になっていた。
 
 質の良いドレスは持っていなくて、私なりの一張羅に着替えてやって来たけれど、屋敷を見ただけで、自分が場違いなところに来てしまったと感じた。

 大丈夫かしら、と不安になってきたところで、馬車がとまり、私達はポーチに足をおろした。

 すると、中から扉が大きく開かれ、屋敷の中の様子が見えた。

 エントランスホールにはたくさんの使用人が通路用の赤いカーペットをはさんで、ずらりと並んで待ってくれていた。

 トーイ様や執事らしき男性に促され、屋敷内に足を踏み入れると、使用人の中の1人が口を開く。

「奥様、お待ちしておりました!」

 その言葉を合図に使用人達が一斉に頭を下げた。

 なんと答えたら良いのかわからず、困惑していると、マオニール公爵閣下の声が聞こえた。

「アイリス嬢、長旅、お疲れ様。トーイ達もありがとう、ご苦労様」

 エントランスホールの真正面にある階段から現れた閣下は、黒のシャツに黒のズボンに身を包んでいるせいか、余計に肌の白さが際立っている。

「マオニール公爵閣下、本日から、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね。疲れただろう?」

 カーテシーをすると、閣下は笑顔で私の前にやって来て、私の顔を覗き込んで続ける。

「辿り着いてすぐな上に、疲れているところに申し訳ないけど、一応、何部屋か君の部屋を用意したんだ」
「何部屋か、ですか?」

 普通は一室ではないのかと思って聞き返すと、閣下は苦笑する。

「ああ。それは驚くよね。母上が君の好みもあるだろうからと、何部屋か作ったんだよ。だから、君の好みの部屋を選んでくれないかな。もちろん、全て気に入ったなら、全ての部屋を使ってくれてもいい。ただ、どの部屋も気に入らなかったりしたらごめん。その場合はとりあえず一番マシな部屋を選んで使って欲しい。改めて君好みの部屋を作るから」
「私のために用意してくださったのに、気に入らないだなんてありえません!」
「人には好みがあるからね。遠慮なく言ってくれたらいい」

 閣下は笑顔でそう言ってくれるけれど、義理のお母様が選んでくれたものを拒むなんて、嫁入り前からはさすがに無理だわ。

「リアム樣! 奥様は今、着いたばかりでお疲れなのですよ!」
 
 静かだったエントランスホールに、女性の声が響き渡った。
 驚いて声のした方向に目をやると、並んでいた使用人の中から、茶色の地味なミモレ丈のドレスに身を包んだ女性が難しい顔をして、閣下を見ていた。
 背が低く痩せ気味の小柄な体型で、綺麗な真っ白の髪をお団子ヘアにしたお婆さんは、こちらに歩を進めながら続ける。

「逃げられてしまったらどうするんですか! 奥様、申し訳ございません。これから、奥様好みの男性に変えていってもらえればと思っております」
「そ、そんな、閣下は十分に魅力的ですが!?」

 お婆さんの言葉に首を横に振ると、閣下が言う


「ありがとう、アイリス嬢。ミトア、いくらナニーだったからって、そこまで言う必要ないだろ」 
「リアム様に嫁ぐと決めてくださった、心のお優しい女性を最優先しろと大旦那様と大奥様から命令されております」

 お婆さんは閣下に答えたあと、私の方に向き直った。
 すると、さっきまでの厳しい表情はどこへやら、穏やかな表情に一変させて話しかけてくれる。

「大変失礼致しました。お初にお目にかかります。奥様にお仕えさせていただける中の1人になります、ミトア・ナセリと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。アイリス・ノマドと申します」

 頭を下げてくれたミトアさんに私も慌てて頭を下げると、閣下が言う。

「ミトアは本当は父上の屋敷のメイド長なんだけど、アイリス嬢が来てくれるということで、こっちに出向してきてもらったんだ。あと、彼女と彼女の夫が、この屋敷で1番の古株だよ。ちなみに、彼女の旦那はあっちにいる」

 そう言って、閣下が指差した方向に私も目を向ける。
 すると、向かって左側の列の玄関から1番離れた場所で、いかにも好々爺といった感じの雰囲気のお爺さんの姿が見えた。

 スーツ姿の背の高いお爺さんは、私と目があうと微笑んで頭を下げてくれた。

「奥様、お疲れでしょう? まずはバスタブにお湯を張りますから、ゆっくりお浸かり下さい。その前に軽食も用意致しますが、奥様は食べ物の好き嫌いはございますか? アレルギーなどは?」
「お風呂の件なのですが、奥様には苦手な匂いなどございますか!? バスタブにお花を浮かべようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「お身体は私が洗わせていただきます!」
「え? え? あの!」

 ミトアさんとメイド達に囲まれて困惑していると閣下が苦笑する。

「ごめん、アイリス嬢。母上が君にこの家を気に入ってほしくて、至れり尽くせりの生活を送ってもらうようにと使用人達に指示してるんだ。だから、嫌なものは嫌だとはっきり言ってくれていい」
「嫌だというわけではないのですが、私達はまだ、結婚したわけでは!」

 私の言葉に対して、閣下が答える前にミトアさんが聞いてくる。

「ご迷惑でしたでしょうか?」
「あ、いえ、迷惑というわけでは……! ただ、私がこんなに歓迎してもらっていいのかと」
「良いんだよ」

 閣下が頷くと、ミトアさんや他のメイド達も表情を輝かせて私を見た。

 マオニール公爵邸でうまくやれるか、不安もあったけれど、今のところ、皆さん優しそうだし、なんとかやっていけそう。

 安易な考えかもしれないけれど、そう思ってしまった。

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