だって愛してませんもの!

風見ゆうみ

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17 馬鹿だと思うけど

 結局、リュージ様に離婚届にサインしてもらう事はできなかった。
 痛みに悶絶して気を失ってしまったからだ。
 これに関しては自分が悪いので今回はしょうがないと諦めることにする。

 エントランスホールに寝転ばせていても邪魔なので、今までのようにライナオナ病院に運んでもらうことにした。
 フットマンももう慣れたもので、リュージ様が目覚めて馬車を呼べと病院側に言った際には、御者に行き先をカイセイク公爵家だと伝えてもらうように頼んでおくと言ってくれた。

 これでしばらくは、リュージ様はこの家に帰ってこれないはず。
 カイセイク公爵邸からタワオ邸はかなり離れているし、馬車を降ろされたリュージ様がタワオ邸に戻って来るには自分で馬車を手配しなければ帰ってこれないからだ。
 カイセイク公爵家が馬車の手配をしてくれる可能性はあるけれど、一度送り返した人間にそこまでするような人たちだとは思えない。
 リュージ様がタワオ邸に帰ってきた際には、門の前で止めてもらい、離婚届にサインしなければ入れないようにさせようと思う。

 その日の晩、騎士や使用人用の食堂で、一人で夕食をとっていたジェドの向かいに座って話しかけてみた。

「リュージ様がタワオ邸に返されたとなると、ルワ様はリュージ様が嫌になったということかしら」
「わかりません。カイセイク公爵令嬢のことですから、近い内に何か言ってくるでしょう」
「そうね。それまでにセイフをどうにかしたいわ」
「そういえば、トノツリ様の姿は見えませんね」

 使用人用の食堂には6人がけテーブルが10卓あり、食事の時間帯なのか、騎士や使用人たちでほとんどのテーブルが埋まっていた。

 それなのに、セイフの姿は見えない。

 わざと時間をずらしている可能性はあるけれど、リュージ様の一件があっても彼は表に出てこなかったので、屋敷内にはいないのかもしれない。

「どこかへ出かけているのかしら。セイフには監視をつけているのよね?」
「ええ。屋敷にいるのなら定時連絡でそう報告が来ますが、定時連絡がないので、たぶん出て行っているのでしょう」
「出て行っているっていうのは、やっぱり娼館かしら?」
「でしょうね」

 周りに人がいるからか、ジェドは言葉遣いを崩さない。
 こういうところは、昔から本当に変わっていない。

「ジェド」

 シルーク卿と呼ばなかったからか、ジェドは返事をせずに私を見つめた。
 言い直せと言いたいようだけれど、それは無視して尋ねる。

「私は虐げられている人を助けられているかしら」
「……いじめられている人を公爵令嬢だからこそ守れるし、見た以上は絶対に助けると言ったレイティア様は変わってません」
「……覚えてたの?」
「初めて会った時の話だろ? あの時はレイティアもいじめられていたよな」

 ジェドは周りに聞かれないように、小声でそう言って苦笑した。


 5歳の時の私はいじめられていた。

 私たちの住んでいる国は、5歳から学校に通う。
 親の爵位は幼い子供にとってはあまり関係ないというよりかは意味がわかっていない。

 でも、大人は別だった。 
 公爵令嬢ということで、一部の先生は私をどこか特別視していたため、子供のたちの中では、それが気に食わず私のことをいじめてくる女子たちがいた。

 言い返すこともできずに泣いてばかりいた。
 それなのに、両親に相談しようという気にもならなかった。
 だけど、ある日、堪忍袋の緒が切れた私は言い返して相手を泣かせてしまった。

 先生がやって来て喧嘩の原因を聞いてきたので、私は正直に答えた。

『キモいとか、死ねとか言われたからです』

 すると、相手の子と仲の良い女子が言った。

『言ったのはナラシールさんです』
『そうです! 悪いのはナラシールさんです!』
『私はそんなことは言っていません!』

 必死になって否定したけれど、クラスメイトは相手の女の子の味方をした。

『ナラシールさんが悪いんです』

 口々に私のせいにするものだから、先生もそれを信じて私に注意してきた。

『ナラシールさん、人に死ねだなんて言ってはいけませんよ。謝りなさい』

 悔しくて悔しくてしょうがなかった。
 私はそんなこと、一言も口にしていなかったのに、どうして謝らなければならないのかと思った。

 その時だった。
 私と相手の子と先生を取り囲んでいる輪の外から声が聞こえた。

『先生。ナラシールさんは、そんなことを言うのはやめてと言い返しただけです。死ねとか、酷い言葉を口にしたのはナラシールさんではなく、彼女のほうです』

 助けてくれたのは、たまたま私のクラスに遊びに来ていた隣のクラスの男子生徒だった。

「レイティア様、どうかしましたか?」

 過去のことを思い出していて無言になっていたからか、ジェドが尋ねてきた。
 向かい側に座っている彼の目の前のお皿の上には何一つ残っておらず、綺麗に食べ終えていた。

「ごめんなさい、大したことじゃないわ。昔のことを思い出してたんだけど、相手の名前と顔が思い出せないのよね」
「……もしかして、あの時の相手のことを忘れていたりしますか?」

 ジェドが驚いた顔をして聞いてきたので聞き返す。

「え? シルーク卿は覚えてるの?」
「覚えてるも何も、相手はカイセイク公爵令嬢ですよ」
「えっ? じゃあ、彼女が私のことを嫌っているのは……」
「あの時のことだけが原因ではないと思いますよ。彼女があなたに絡み始めたのは数年後の話ですから」
「……でも、あの方、執念深そうじゃない?」
「それは否定しませんが……」

 ジェドは日勤のため、食事を終えたあとは夜勤の騎士にバトンタッチすることになった。

「トノツリ様のことはまた明日にご連絡いたします」

 ジェドは私が部屋に入る前にそう言った。
 この日の晩は久しぶりに安心してぐっすり眠れるような気がした。


*****


 次の日の朝、身支度を整えているとジーネがやって来た。

「おはようございます、レイティア様。お客様がお見えになっています」
「まさか、リュージ様がもう帰ってきたの?」
「いえ、違います! カイセイク公爵令嬢がいらっしゃっているのです!」
「ルワ様が……?」

 リュージ様のことで文句でも言いに来たのかしら?

「とにかく応接室にお通しして。冷めたお茶は嫌がられるから、気を付けてちょうだい」
「承知しました」

 ジーネは頭を下げて部屋を出ていく。
 急いで身支度を整えて部屋を出ると、ジェドが廊下で待ってくれていた。

「おはようございます。レイティア様。私もお供させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。お腹は減ってない? 朝食はもう終えたの?」
「終えてますのでお気遣いなく」
「早起きなのね」
「色々とやることがありますので」

 時刻は朝の7時でナラシール公爵家ではこの時間に朝食をとっていた。
 だから、この時間に朝食をとるのが普通だと思っていたけれど、人によって違うものなのね。
 かといって、人の家に押しかけてくる時間帯でもないわ。

 頭を切り替えて応接室の中に入ると、ちょうどジーネがお茶を淹れてくれているところだった。
 ルワ様の向かい側のソファーに座り、ジーネがお茶を淹れ終えて出ていくと、ルワ様が挨拶もなしに話し始める。

「ちょっと、レイティア様! あなたの旦那様、少し、いえ、かなり変わっていらっしゃいますわね!」
「あの、ルワ様はリュージ様がお気に召されなかったのでしょうか 顔とスタイルだけは良いはずですので、中身を気にされないルワ様にはちょうど良いかと思ったのですが……」
「顔とスタイルが良いことは認めますわ! ですが、あなた、リュージ様と離婚するつもりなのでしょう? それに、私の可愛い下僕たちにも偉そうにするんですのよ!? リュージ様だって私の下僕ですのに!」

 すごい発言が飛び出してきたわね。
 ルワ様にとって取り巻きの男性は下僕だったのね。

 引いてしまっていると、ルワ様は私の後ろに立っているジェドに気付く。

「シルーク卿? どうしてここに? まさか、レイティア様、堂々と浮気をされているの?」
「違いますわ。彼は私の護衛騎士として、ここに来てくれることになったのです」
「護衛騎士ねぇ」

 信じられないと言わんばかりに、ルワ様は鼻で笑ったあとに話題を変えてくる。

「それよりもレイティア様。あなたはもう終わりですわよ」
「終わり……?」

 また、何か変なことを言い出すのかしら?
 そう思って、ルワ様を見つめる。

 すると、ルワ様は勝ち誇った表情で叫ぶ。

「あなたの家の執事、悪いことをしていますわよ!」
「はい?」
「やっぱり知らなかったのですわね。詳しく教えてほしいですか?」
「ぜひ、お聞かせ願いたいですわ」

 頷くと、ルワ様には私の表情が焦っているものに見えたらしく、上機嫌で口を開く。

「下僕が悪いことをした時に、私はバツとして下僕を市井に働きにいかせるのです。なぜかと言いますと、下僕たちは私と1秒でも離れることを嫌がるからで」
「あの、ルワ様、申し訳ございませんが本題に入っていただけますでしょうか?」
「最後まで話させないなんて失礼な人ですわね。まあ、いいですわ」

 不満そうにしていたルワ様だったけれど、話し出すとすぐに笑顔に変わる。

「今回も罰として、人気の娼館の案内係として働かせていたんですの」
「そうなんですのね」
「昨日の晩、あなたの家の執事がやって来たらしいんですの。それはまだ良いとして、娼婦じゃない女性従業員を無理やり部屋に連れて行こうとしたらしいですわよ。しかも、暴力までふるったそうですわ」

 私は後ろを振り返ってジェドを見ると、彼が首を縦に振る。

 連れて行った女性を従業員として働かせていたってことかしら。

 ルワ様は私たちがかなり動揺していると思ったようで、上機嫌で話を続ける。

「その女性が騒ぎ立てたため、他の従業員の女性があなたの執事を止めたらしいですわ。その女性にも暴力をふるったそうです。最終的には娼婦が彼をなだめて落ち着かせたようですけれど、こんな醜聞が貴族内で知られたのなら、タワオ家はもう終わりね」

 タワオ家の終わりイコール私の終わりらしい。

 まあたとえ、リュージ様の道連れで平民落ちになったとしても、離婚してしまえばどうにかなるわ。

「ルワ様、その話は警察には?」
「もちろん届けるつもりですわ。嫌がる女性、しかも従業員に暴力までふるったんですもの!」

 ルワ様は嬉しそうだ。
 嬉しい気持ちはこちらも一緒だわ。

 暴力をふるわれてしまった女性には申し訳ないけれど、これで警察が娼館の調査に入れる。

 だって、証言しているのは公爵令嬢なんだもの。
 無視なんてできないし、娼館側も店の従業員がルワ様に話したと言われてしまえば、立ち入り調査を拒むことなんてできないはず。

 きっと、従業員には口止めしていたでしょうけれど、ルワ様の下僕さんはルワ様を優先したんだわ。

 笑みがこぼれそうになるので、扇で顔を隠して言う。

「ああ、大変だわ。そうなんですのね。どうしましょう。今すぐに行かれますの?」
「ええ、もちろんですわ」

 ルワ様は私が困っていると思ったのか、勢いよく立ち上がって言葉を続ける。

「どんなことになるのか楽しみですわね」
「本当に行かれるのですか?」

 困ったふりをして見つめると、ルワ様は余計に満足気な表情になった。

「ええ、今すぐに行ってまいりますわ!」

 そう言って、ルワ様は出されたお茶に口を付けずに部屋から出ていく。

「こんなに都合良くいって良いのかしら。ルワ様に助けられてしまったんだけれど」
「悪人には罰が当たるってことだろ」

 不自然なこともなく2人きりになったからか、ジェドは口調を崩して続ける。

「そろそろ入れ違いに奴も帰ってくるかもしれないな」
「そうね。さすがに焦っているかしら」
「馬鹿じゃなければ」
「馬鹿だと思うけど」

 そんなことを話しながら部屋から出たところで、セイフが泥酔状態で帰ってきたとジーネが教えてくれた。
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