『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第一話・4:鼓動が告げる覚醒』

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(通った……! いや、これ魔剣が放つ斬撃か!?)
刃が空気を裂いた瞬間、血の奥底が“鉄の旋律”を奏でるように震えた。
一撃の感触が、俺の記憶の奥底で何百回も繰り返された戦いと重なっていく。

「……やった、当たった……っ!」

一瞬の後退。
リリアはすかさず、左手にもう一つの魔法陣を展開した。

「紅の火精よ、風を裂いて矢となれ──!」
「えっと、えっと……! ファイアレット・スプレッド!!」

魔法陣が一瞬だけまぶしく脈動し、焦げた空気が頬を撫でた。
火矢が三発、一直線に獣へと放たれる。

ズンッ、バシュ、ジュッ!

そのうち二発が命中。
残る一矢が岩肌をかすめ、熱の残滓が霧のように漂う。
煙が立ちこめ、視線がぶれる。

……だが、ワイルドウルフ達は止まらなかった。
煙の奥から覗いた瞳は燃えるような赤。怒りと殺意が形を持って迫ってくる。
「──きゃっ!」

リリアはとっさに剣を盾にしたが──牙の衝撃が全身を叩きつけた。
腹の奥に響く衝撃、骨が軋み、肺の奥で空気が潰れる。
金属と牙の鈍い衝突音が、耳の奥で爆ぜた。
剣越しに伝わる獣の体重と殺気が、巨岩のように全身を押し潰す。
靴底が泥に沈み、地面が割れ、足元から鈍い振動が這い上がる。

それでも剣を放さず、リリアは叫んだ。
「……こ、こんなの──まだっ……!」

筋肉が悲鳴を上げ、腕の中の剣が自分の意志よりも重く感じられる。
それでも、心臓が火打ち石のように鳴り、火花のような意志が灯った。

「今度こそ、倒す──!」

その瞬間、彼女の全身が光のようにしなり、反撃の一撃を振りかぶる。

──だが、足がもつれた。

踏み込みの瞬間、視界が反転する。
大地の感触がふっと抜け、重力が遅れて身体を追い越した。
光が砕け、影がほどけていく。
すべての輪郭が柔らかく崩れ、音が遠くの水底へ沈んだ。
瞳の光が揺らぎ、剣先から火花が散り落ちた。
白い指が震え、握力を失っていくのが分かる。

鼓動が荒れ、血が世界のリズムを失う。
息を吸うたび、熱と痛みが胸の奥でぶつかり合い、視界が歪む。
荒い呼吸が喉を焼き、焦燥が顔を歪めた。

頬に落ちた一滴の汗が、涙みたいに地面に吸い込まれる。
その滴が消える音が、やけに鮮明に響いた。
まるで「終わり」の合図のように。

(あ……マズい……本当にマズイぞ……!)
(くそっ、動けよ俺……! リリア立ってんのに──なんでぬいぐるみが指一本動かせねぇんだ!)
(……いや待て、フラグ立った? “ここで倒れる”とか、そんな安い展開やめてくれよ……!)

リリアの唇がかすかに震えた。
「守らなきゃ……みんな……ワン太も……絶対に……」

声は霞に触れた羽のように震え、空気の中で消えかけていた。
「……あっ……や、だ……気持ち……遠のく……」

(リリア……! 倒れるな……立て、まだ終わってねぇ!)

──その瞬間、獣の咆哮が空気を裂いた。
爆音が衝撃波となって襲いかかり、リリアの身体を宙へ弾き飛ばす。

──ドサッ。

乾いた音が響いたあと、世界から音が消えた。

衝撃が骨を伝い、鈍い痛みが胸郭の奥で鈴のように鳴る。
白い息がこぼれ、それが冬の欠片みたいに空気へ溶けていく。
胸の奥で何かが途切れる音がした。
指先が空を掴もうとして、何も掴めずに止まる。
震える手が、見えない糸を探すように宙を彷徨った。
その動きが、世界の静寂を割る最後の鼓動になった。

風も声も止まり、ただ「倒れた」という事実だけが空気を支配していた。
沈黙の中で、戦場そのものが“死”という形に変わっていく。

世界の色が一つずつ落ちていく。緑は灰に、赤は鈍色に。
リリアの瞳から光がすっと引いた。
その瞳に映る世界さえ、ゆっくりと色を失っていく。
残ったのは、戦いの熱でも、剣の重みでもなく──たったひと欠片の風だけだった。

“ぬいぐるみ”であることを呪った。
声も届かず、手も伸ばせず──ただ見ていることしかできない無力。
こんな形で“勇者”を名乗っていいはずがなかった。

心の中で、意志が軋む音がした。
それは機械でも魂でもない、“存在の根”が割れる音だった。
その瞬間、世界が息を止めた。

光が滲み、視界が白に染まっていく。
静寂が白の中で膨張し、世界そのものを包み込んでいく。
白は色ではなかった。すべての音と痛みを吸い込み、ゼロへ還る原点だった。

光が境界を溶かし、影を呑み込み、世界を塗り替えていく。
痛みも、音も、色さえも──すべてがひとつに溶け合い、静寂の中へ消えていった。

(……なんだ、これ)

意識がふっと遠のく。
けれど──それは“気絶”ではなかった。

遠くで、鐘の音が鳴った。
誰のものでもない、世界そのものの警鐘のような音。
頭の奥が熱を帯び、胸の内で何かが軋みながら開く。

光の波紋が空を裂き、空間の端に細い亀裂が走る。
そこから零れ出した光が、世界の皮膚を焼くように滲み出した。
光は血潮のように流れ、時間の縫い目を逆流する。

痛みと混ざり合い、崩れていく世界の奥で、ひとつだけ鮮明な意志が燃え上がる。

(まさか……これで、終わりなわけ、ないだろ……)
(立て、リリア……! まだ倒れるな、ここで止まるな!)

(お前は……笑って生きるはずの人間だろ!
 世界の端っこでも、誰かを救うために立つ人間だろ……!)

(頼む……神様でも、運営でも、なんでもいい。
 俺の命でもなんでもくれてやるから──彼女を、生かしてくれ……!)

その祈りは声を失い、それでも沈黙の奥で震えながら光に焦げついた。

音ではなく、存在そのものが命を叫んでいた。
言葉ではなく、世界の根を貫くほどの“命令”になった。

その瞬間、法則が揺らぎ、運命のコードが軋む。

光の奥で、何かが脈を打つ。
脈動は鼓動になり、鼓動は炎になった。
ぬいぐるみの胸の奥で、ひとつの灯がともる。

その瞬間、“外側”から風が吹いた。
そして、“リリアを救う”という意思が、運命を上書きした。

世界が裏返る。
上下も左右も、色も音も、すべてが一度に反転した。
真っ白な光の中、誰かの手が差し伸べられ──その手が、確かな温もりを返してきた。

それはぬいぐるみの綿ではなく、“生きている肌”の感触。
指先から心臓へ、確かな“命”の震えが伝わる。
その瞬間、リリアの唇がかすかに微笑み、胸の奥で新しい鼓動が始まった。
その脈打つ音が、新しい世界の始まりを告げていた
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