『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第三話・2:呪いのビキニと、新たなる分岐』

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ぴり……と、首筋に冷たい感触。

肌が、風の刃でなぞられたように粟立った。

(……え……? 今、なにか……触れた……?)

視線を落とす。

白い肩を滑り落ちるように、細いひもがほどけかけていた。

胸元は大きくはだけ、谷間の奥まで無防備に晒されている。

腰骨から脚の付け根まで、覆うのは極細の布切れだけ。

生地の間を風がすり抜けるたび、羞恥と冷気が、一緒に刺してきた。

「…………っ……なに、これ……!?」

(これ……この身体……まさか……)

一瞬、脳裏が真っ白になる。

(……そうだ、前にも──たしか戦闘不能のあと、こんな……。)
(まさか……また、“呪いの装備”……!?)

目を逸らしたくても、現実のほうが先に消えていた。
世界のどこにも、まだ生きている色がなかった。

気づけば──世界はすでに、形を変えていた。
焼け焦げた空。ねじれた木の残骸。裂け目だらけの岩肌。

(……全部、消された……誰かに……)

風がひゅうと抜け、髪をかすかに揺らす。
その音がやけに大きく、心臓の鼓動まで数えられそうな静けさだった。

生ぬるい風だけが、焼け跡をなぞっている。
その空白の底で、何かが静かに呼吸している気がした。

(……怖い……でも……)

胸の奥に、得体の知れない“誰かに使われていたような”感覚だけが残っている。
温もりでも冷たさでもない、不気味な残滓が皮膚の奥にまとわりついて離れない。

それは、夢の底で何度も見た“敗北の残像”に酷似していた。

わたしは、誰?
なんで、こんな服?
何が──あったの……?

問いだけが、心に降り積もる。
答えはどこにもなく、風の音だけが形を持っていた。

リリアは両腕で胸元を抱き、立ち尽くしていた。
風だけが、呪われたビキニのひもをくすぐるように揺らしている。

まつげが震え、何かを思い出しかけた気がした。
けれど、その記憶はすぐ灰の中に沈んでいった。

「……そうか……」
ぽつりと呟く。

「……あたし……また……やられちゃったんだ……」

その声には、不思議な“諦め”と“納得”が同居していた。
涙を堪えるような震えの奥に、敗北を知り尽くした者の微笑が、かすかに浮かんでいた。
まるで──これが“宿命”だと、どこかで理解していたかのように。

「戦闘不能になると……毎回こうなるんだよね……」
その言葉は、過去の影をなぞるように響いた。
誰に聞かせるでもなく、ただ焼け焦げた空の彼方へ──視線が、ゆっくりと溶けていった。

「教会……行かなきゃ。あそこに行かないと、戻れない……」
「……でないと……この装備……ずっと、このままだから……」

胸元を押さえ、うつむいた横顔には、どこか覚悟の色が宿っていた。
それは、今のリリアというよりも──
何度倒れても立ち上がり、戦いと敗北を繰り返してきた“彼女”の表情だった。

ぽつり、ぽつりとこぼれる声が、乾いた風に溶け、音もなく消えていく。

風が止んだ。
静けさの中で、リリアはようやく現実を思い出したように、腕の中のぬいぐるみへ視線を落とした。

「……ワン太……」
抱き寄せ、小さく揺らす。

「……大丈夫……? ねえ、無事……?」
震える声は、泣き出す一歩手前だった。

一陣の風が吹いた。灰が舞い、陽の光が一瞬だけ揺れる。

──そのとき。

(……う、ん……)
どこか遠くで、颯太の意識が浮かび上がる。

(……あれ……? なんか……柔らかい……? ぬいぐるみ……また?)

──ぱちり、と意識が開く。

(って、うわあああああああっ!!)
(また“ぬいぐるみボディ”じゃねえかーーーッ!!)

ふわふわの詰め物、小さく丸い手。
軽すぎる身体に押し込められた屈辱と、リリアの胸に抱きしめられる甘い温もりが──同時に押し寄せてきた。

(……ちょ、まっ……! この感触……!)
(近い! 近すぎるって!! てか、これ……女の子の──!?)

柔らかい匂いが、鼻の奥をくすぐった。
胸の下で、規則的な鼓動がかすかに伝わる。
そこでようやく気づく──この温もりは、リリアだ。

「ワン太!? 大丈夫……?」
耳元でリリアの声。温かく、でもどこか不安げだった。

(……ってことは……!)
(さっきまで、俺がリリアだったんだよな!?)
(そうか……だから今、こうなって……戻ったってことか……!)
(じゃあ今、目の前にいるのが──本物のリリア……!?)

だが、颯太の胸の奥では──
まだ、彼女の心臓の鼓動が“自分の中”で鳴り続けている気がした。

あの一体化の感覚だけが、まだ身体の奥に残っている。
それは、敗北でも絶望でもなく──
静かに幕を開ける、“次の物語”への合図だった。

……風が、かすかに鳴った。
呪いの水着のひもが、灰の光を受けて、かすかに揺れていた。
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