『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第八話・1:静寂の果てに、迎え来る光』

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……すべてが、静まっていた。

音も、風も、魔素の気配すら、今はなかった。
ただ、焼け焦げた石の匂いと、空気の底に沈む灰の粒子だけが、
静けさの中で、ゆっくりと呼吸していた。
世界そのものが、「息の仕方を忘れた」みたいに止まっている。
風が、遠い場所でまだ迷っているようだった。

空は、嘘みたいに澄み切っていた。
けれどその青ささえ、薄い硝子越しに覗いているようで、どこか遠い。

リリアは、無言のまま、ただそこに立っていた。

──その時。
耳元のイヤーチャームが、かすかに光を宿した。

空気の層が一瞬だけ震え、
水面をなぞるような波紋が、意識の奥で静かにほどけていく。

『……リ……リア……リリア……聞こえる……?』

「……!」

音ではない。
それは、心の鼓膜をやさしく撫でるような声だった。
灰の静寂を縫うようにして、思念の糸がそっと届く。
その糸は、指先ほどの温もりを帯びていた。

久しく忘れていた“他者の気配”が、胸の奥に流れ込んできた。
焦げた空気がふっと揺れ、沈黙の底で、やわらかな灯がともる。

リリアは無意識に耳へ触れた。
指先に感じるのは、金属の冷たさではなく──懐かしいぬくもり。

「……ごめん。ちょっと……派手にやりすぎちゃったみたい」

かすれた声。
けれど、その端にかすかな笑みが混じっていた。
セラフィーは、その一音を聞き逃さなかった。

『……ほんとに、無事でよかった……! ねえ、そっちはまだ危険? まさか、あの存在がこの領域まで侵入するなんて……! 念のため、魔素濃度を測定──』

声は早口。
でも、その奥に隠しきれない安堵の震えがある。

「ん……もう大丈夫。全部、終わったよ」

灰を吸い込むような声。
それでも、その響きにはやわらかな微笑があった。

『……ほんとに……無事だったのね……。
ずっと見ていたけど……あの闇は、言葉の届かない場所から“来た”わ。
干渉すれば、祈りごと焼かれてた……』

思念の波が、そっと揺れた。
空気の奥に、雨が降りそうな気配が滲む。

リリアは一拍置いて、息を小さく吐いた。

「……ったく。心配性なんだから」

甘い声音に、少しだけ照れを隠すニュアンスが滲む。
それは、完璧に“リリア”の声だった。

けれど──胸の奥のどこかで、かすかな“きしみ”が鳴った。
それは、リリアとしての言葉を口にするたびに、
颯太という名の残響が、微かに軋む音だった。

灰の静寂が、ふと戻ってくる。
自分の声が、少しだけ他人のものに聞こえた。

(……もし、セラフィーが“中身のオレ”を知ったら……)
(この声も、この仕草も、ぜんぶ“借り物”だってわかったら……)
(……あいつ、どんな顔するんだろうな)

答えは出ない。
けれど、その問いは、灰のように胸に降り積もっていく。

「……わたしが、帰れない子に見える?」

『……見えるわよ。だって、無茶するんだもの』

「ふふ……かもね。でも……大丈夫」

リリアは、そっと息を整える。
喉の奥に残る魔素の煤が、言葉を少しだけかすれさせた。
それでも、空気は優しかった。

セラフィーは、いつも“リリア”って呼ぶ。
オレの中身がどうであれ……その響きが、あったかすぎて。
気づけば、オレは“昔のリリア”として息をしていた。
あの頃、ただのゲームの中で動かしていた“彼女”が、
今はこの身体を借りて、静かに目を覚ましている。

――どちらが“本物”なのかなんて、もうどうでもよかった。
ただ、その呼び方だけは……壊したくなかった。

唇が、ひとときだけ震えた。
戦場に残る余煙よりも重い、静かな甘さが、胸の奥に静かに沈んでいった。

『……いま、各塔の魔核が再び動き出してる。
あと少しで、転移門を開ける──すぐ行くから、動かないで』

「……うん。……待ってる」

まっすぐな“リリア”の声。
けれど、その奥では──ほんのわずかに、“颯太”が息を呑んでいた。
その一呼吸が、二つの心を一瞬だけ、重ね合わせた。

……どれくらい経っただろう。
焦げた匂いだけが、まだ空気の底に残っていた。

やがて、遠くで風が生まれた。
灰の粒子がふわりと舞い、静けさを撫でるように流れていく。
空気の層がひとつ、音もなくめくれ、
まるで世界そのものが、彼女の再生を祝福するように──光が、そっと差した。

そして、その中心から。

白銀の髪を揺らし、杖を片手に──セラフィーが現れた。
その瞳は濡れたように光り、胸を押さえながらも、まっすぐこちらを見ている。

声は届いていた。
けれど、実際にその姿を見た瞬間、胸の奥が痛いほど鳴った。

(……ああ、本当に、来てくれたんだ)

焼け跡に立つその姿は、残火の中の救いであり、
そして、“次の物語”を灯す光だった。
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