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『第八話・6:ぬいぐるみの瞳、少女の声』
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しばし、沈黙が流れた。
安堵がゆるやかに満ち、ランプの炎が穏やかに揺れている。
セラフィーが小さく息を吐き、リリアは目を閉じかけた。
──そのとき。
ぐらり、と馬車が大きく揺れた。
「うわっ……!」
一瞬、身体が浮く。
車輪が段差に乗り上げた衝撃が、木製の車体を軋ませ、
窓の外の景色が跳ね上がる。
吊り下げられたランプがぶらんと揺れ、
橙の光がめまぐるしく車内を塗り替えていく。
天井の梁から舞い上がる埃が、
その光に溶けながら宙を漂った。
車輪の鉄が、悲鳴のような音を立てる。
リリアは思わず身を支えようと手を伸ばした。
その拍子に、どさっ──とショルダーバッグの中身が揺れ、
足元へ何かが転がり落ちる。
それは──“ぬいぐるみ”だった。
わずかに、空気が止まる。
「……っ!」
その瞬間、ぬいぐるみの黒曜石のような瞳が、
淡く赤く、瞬いたように見えた。
息を呑む間もなく、空気がかすかに震える。
まるで溶岩の奥底から火花が一滴だけ弾けたみたいに、
朱の光がちらりと揺らめいた。
──そして次の瞬間。
世界の輪郭が、ゆっくりと溶けていく。
颯太の意識が、一瞬にして遠のいた。
頭の奥がぐわりと波打ち、視界が白く滲む。
手足の感覚が、するりと自分から離れていく。
(……あ……そっか)
(……そうだよな、俺は、あの子のための……)
──ぱたり。
柔らかな音とともに、リリアの身体がそっと座席に横たわる。
暗闇の底から急に、水面へ引き上げられるような感覚が襲う。
重く鈍い自分の鼓動と、どこか遠くで響く別の鼓動が重なり、
視界がじわじわと形を取り戻していった。
(……戻ってきた……ワン太の中に……)
硬い布地と綿の感触が、自分の全身を包み込んでいる。
耳に届くのは、車輪の軋みと──
すぐそばで、かすかに震える“あの子”の息づかい。
綿が軋むたび、骨のない身体に擬似的な痛みが走る。
それでも、その内側にはたしかに“命”の響きが宿っていた。
声を出そうとしても、布の奥で反響するばかりで、
外へは一音も漏れない。
喉があるのに声が出ないような、もどかしい沈黙。
けれど、その沈黙の中でこそ──
自分が確かに“ここにいる”という実感が、静かに満ちていった。
「大丈夫? リリア?」
セラフィーが素早く肩を支え、その体温があの子を包む。
その温もりに誘われるように──
「……ん、う……?」
震えるまぶたが、ゆっくりと開く。
細い指先が、夢の中を探すように宙を泳いだ。
「……ここ……どこ……?」
ぽつりと零れたその声は、高くて澄んでいて──どこか幼かった。
泉の底から鈴の音が響くような、頼りなくて危なっかしい声。
その一言に、馬車の空気が一瞬で変わる。
さっきまでの重さが抜けて、ただ彼女の声だけが残った。
夜明け前に鐘が鳴ったような、静かな澄み方で。
セラフィーは息をのむ。
「リリア……? あなた、本物のリリア?」
驚きを隠すように笑ってみせたが、その目は震えていた。
澄みすぎて怖いほど純粋な声に、
安堵と畏れが同時に胸を締めつけていく。
「えっ……そうですけど……セラフィーさん……? わたし……どうし……」
──言葉は震えて途切れ、空気に溶けた。
ただの混乱の声のはずなのに、
やけに生々しくて、あまりに“無垢すぎた”。
安堵がゆるやかに満ち、ランプの炎が穏やかに揺れている。
セラフィーが小さく息を吐き、リリアは目を閉じかけた。
──そのとき。
ぐらり、と馬車が大きく揺れた。
「うわっ……!」
一瞬、身体が浮く。
車輪が段差に乗り上げた衝撃が、木製の車体を軋ませ、
窓の外の景色が跳ね上がる。
吊り下げられたランプがぶらんと揺れ、
橙の光がめまぐるしく車内を塗り替えていく。
天井の梁から舞い上がる埃が、
その光に溶けながら宙を漂った。
車輪の鉄が、悲鳴のような音を立てる。
リリアは思わず身を支えようと手を伸ばした。
その拍子に、どさっ──とショルダーバッグの中身が揺れ、
足元へ何かが転がり落ちる。
それは──“ぬいぐるみ”だった。
わずかに、空気が止まる。
「……っ!」
その瞬間、ぬいぐるみの黒曜石のような瞳が、
淡く赤く、瞬いたように見えた。
息を呑む間もなく、空気がかすかに震える。
まるで溶岩の奥底から火花が一滴だけ弾けたみたいに、
朱の光がちらりと揺らめいた。
──そして次の瞬間。
世界の輪郭が、ゆっくりと溶けていく。
颯太の意識が、一瞬にして遠のいた。
頭の奥がぐわりと波打ち、視界が白く滲む。
手足の感覚が、するりと自分から離れていく。
(……あ……そっか)
(……そうだよな、俺は、あの子のための……)
──ぱたり。
柔らかな音とともに、リリアの身体がそっと座席に横たわる。
暗闇の底から急に、水面へ引き上げられるような感覚が襲う。
重く鈍い自分の鼓動と、どこか遠くで響く別の鼓動が重なり、
視界がじわじわと形を取り戻していった。
(……戻ってきた……ワン太の中に……)
硬い布地と綿の感触が、自分の全身を包み込んでいる。
耳に届くのは、車輪の軋みと──
すぐそばで、かすかに震える“あの子”の息づかい。
綿が軋むたび、骨のない身体に擬似的な痛みが走る。
それでも、その内側にはたしかに“命”の響きが宿っていた。
声を出そうとしても、布の奥で反響するばかりで、
外へは一音も漏れない。
喉があるのに声が出ないような、もどかしい沈黙。
けれど、その沈黙の中でこそ──
自分が確かに“ここにいる”という実感が、静かに満ちていった。
「大丈夫? リリア?」
セラフィーが素早く肩を支え、その体温があの子を包む。
その温もりに誘われるように──
「……ん、う……?」
震えるまぶたが、ゆっくりと開く。
細い指先が、夢の中を探すように宙を泳いだ。
「……ここ……どこ……?」
ぽつりと零れたその声は、高くて澄んでいて──どこか幼かった。
泉の底から鈴の音が響くような、頼りなくて危なっかしい声。
その一言に、馬車の空気が一瞬で変わる。
さっきまでの重さが抜けて、ただ彼女の声だけが残った。
夜明け前に鐘が鳴ったような、静かな澄み方で。
セラフィーは息をのむ。
「リリア……? あなた、本物のリリア?」
驚きを隠すように笑ってみせたが、その目は震えていた。
澄みすぎて怖いほど純粋な声に、
安堵と畏れが同時に胸を締めつけていく。
「えっ……そうですけど……セラフィーさん……? わたし……どうし……」
──言葉は震えて途切れ、空気に溶けた。
ただの混乱の声のはずなのに、
やけに生々しくて、あまりに“無垢すぎた”。
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