53 / 161
『第十話・3:封印回廊に映る、もうひとりの私』
しおりを挟む
石の通路は、ゆるやかに下っていた。
ひと足進むたびに、空気の温度が変わる。
湿り気が、ほんのすこしずつ冷たくなっていく。
「……なんだか、変な感じ」
リリアは呟く。けれど、歩みは止めなかった。
壁に刻まれた紋様は、進むにつれ明滅を始めていた。
青白い光が、呼吸のように脈打つ。
まるで、生きているかのように──
(……完全に“起動フェーズ”じゃねえか、これ)
ワン太の中で、颯太は眉をひそめる。
(リリアが触れただけで、動き出してる。……いや、“選ばれてる”ってことか?)
彼女の背を見つめながら、心のどこかに焦りが芽生えていた。
(昔の俺は、ここを──力でこじ開けた)
(でもリリアは……呼ばれて、通されてる)
(同じ“回路”に踏み込んでるのに、何もかも違う。……なんだよこれ)
リリアが、ふと足を止めた。
「……音がする」
静寂の中、微かな振動のようなものが足元を伝ってくる。
──ゴゥン……ゴゥン……
それは、地下聖堂の鐘が地脈を通じて鳴り響いているかのようだった。
石壁の内側で反響し、骨の髄にまで“心臓の鼓動”を流し込んでくる。
ひと響きごとに肺が揺さぶられ、胸郭の奥が勝手に震える。
「ねえ、ワン太。これ……」
リリアの声が届いた瞬間、胸の奥で何かが反応した。
(……聞こえてる。完全に、封印、動いてるな……)
ただ、静かにうなずくように──小さく首を傾けた。
返事はできない。けれど、確かに“そこにいる”ことだけは──リリアにも伝わっている気がした。
そのときだった。
空気が、一瞬、息を止めた。
世界が深呼吸をやめた瞬間、光がふわりと揺れた。
そして、リリアの周囲にふわりと魔素の粒子が舞い上がる。
蒼く淡い光。
だが近づくほどに、頬をかすめる冷気は針みたいに鋭く、耳の奥にチリチリとした耳鳴りを残した。
風のない空間で、まるで意志を持つかのように、彼女の周囲を渦巻いていく。
その粒子は光でありながら、同時に“影の欠片”でもあった。
刹那ごとに形を変え、瞼の裏で残像が燃える。
まばたきひとつのあいだに、世界が反転する。
「……なにこれ……?」
リリアが指先を差し出すと、魔素の粒は吸い寄せられるように集まり──
──記憶が、揺らいだ。
「……あれはなに?」
思い出すよりも先に、映像が脳裏に焼きつく。
灰の空。崩れた尖塔。焼け焦げた都市の縁。
逃げ惑う人影、その全てを飲み込む炎と衝撃波──
そして、その中心に立っていたのは──紛れもなく、自分の顔をした“誰か”だった。
手にした剣からは黒い雷のような魔力が溢れ、足元の大地を易々と砕きながら、すべてを消し飛ばしていく。
「……っ……これ、わたし……?」
胸の奥が冷たくなる。
呼吸が浅くなり、足先が震える。
石畳を踏み外しかけ、慌ててバッグを胸に抱き寄せた。
指先は氷のように冷え、布の感触すら遠のいていく。
知らないはずなのに、確かに“この手”が覚えていた。
剣を振る重み、地面が砕ける感触、焼けた風の匂い──全部、自分のものだった。
「……私、こんな顔……したことない……!」
声は震え、喉がひりつくほど乾いていた。
鏡を覗き込んだときの自分の仕草と重なって見え、否定すればするほど恐怖が増していく。
胸の奥で、何かが崩れた。
(……これが……私? 私が……やってきたこと……?)
否定したいのに、映像はあまりにも鮮明で、嘘を挟む隙間がない。
記憶はない。けれど、この感触、この剣の重み、この足元を砕く衝撃……身体のどっかが覚えてる。
──その瞬間、胸の奥で“もうひとりの自分”が笑った。
冷たい指先で心臓を撫でられたように、全身が総毛立つ。
(……やめろ……こんなもの、見せるな……!)
颯太の胸にも、あの日の感触──血の匂いと焦げた風が蘇る。
リリアの肩の震えが、布越しに伝わってきた。
(……助けてやりてぇ……! この手が届くなら、どんな罰だって受ける……!)
(泣くなって言ってやりてぇのに、声が風にもならねぇ……!)
(せめて今だけは――その痛みを俺にくれ……!)
その沈黙を縫うように、いくつもの声が重なる。
──“これが本当のあなた”
──“忘れてはいけない”
──“剣を振れ”
──“壊すことが、救いになる”
──“それでも、手を伸ばすのか?”
甘いのか苦いのか分からない響きが、呪いみたいに心臓を締めあげてくる。
炎に包まれた街。
瓦礫に沈む人影。
剣を振るたびに、世界の色が失われていく。
そのすべてが、鏡に映る自分の仕草と重なって見えた。
「……違う……こんなの……私じゃない……はず……!」
声は震え、涙が視界を滲ませる。
だが耳の奥では、誰のものとも知れない声が絶え間なく囁いていた。
──“そう、これが本当のあなた”
──“お前は破壊者だ”
──“受け入れろ”
──“それが、お前の運命”
否定しても、その声は消えなかった。
むしろ──甘く、重く、心臓の奥を撫でるように絡みつき、呼吸の隙間まで締めあげていく。
(……違う……お前は、そんなんじゃねぇ……!)
颯太の叫びが、ぬいぐるみの布の内側で震えた。
だがその音は届かず、リリアの瞳には、光と闇の狭間で微笑む“もうひとりの自分”しか映っていなかった。
ひと足進むたびに、空気の温度が変わる。
湿り気が、ほんのすこしずつ冷たくなっていく。
「……なんだか、変な感じ」
リリアは呟く。けれど、歩みは止めなかった。
壁に刻まれた紋様は、進むにつれ明滅を始めていた。
青白い光が、呼吸のように脈打つ。
まるで、生きているかのように──
(……完全に“起動フェーズ”じゃねえか、これ)
ワン太の中で、颯太は眉をひそめる。
(リリアが触れただけで、動き出してる。……いや、“選ばれてる”ってことか?)
彼女の背を見つめながら、心のどこかに焦りが芽生えていた。
(昔の俺は、ここを──力でこじ開けた)
(でもリリアは……呼ばれて、通されてる)
(同じ“回路”に踏み込んでるのに、何もかも違う。……なんだよこれ)
リリアが、ふと足を止めた。
「……音がする」
静寂の中、微かな振動のようなものが足元を伝ってくる。
──ゴゥン……ゴゥン……
それは、地下聖堂の鐘が地脈を通じて鳴り響いているかのようだった。
石壁の内側で反響し、骨の髄にまで“心臓の鼓動”を流し込んでくる。
ひと響きごとに肺が揺さぶられ、胸郭の奥が勝手に震える。
「ねえ、ワン太。これ……」
リリアの声が届いた瞬間、胸の奥で何かが反応した。
(……聞こえてる。完全に、封印、動いてるな……)
ただ、静かにうなずくように──小さく首を傾けた。
返事はできない。けれど、確かに“そこにいる”ことだけは──リリアにも伝わっている気がした。
そのときだった。
空気が、一瞬、息を止めた。
世界が深呼吸をやめた瞬間、光がふわりと揺れた。
そして、リリアの周囲にふわりと魔素の粒子が舞い上がる。
蒼く淡い光。
だが近づくほどに、頬をかすめる冷気は針みたいに鋭く、耳の奥にチリチリとした耳鳴りを残した。
風のない空間で、まるで意志を持つかのように、彼女の周囲を渦巻いていく。
その粒子は光でありながら、同時に“影の欠片”でもあった。
刹那ごとに形を変え、瞼の裏で残像が燃える。
まばたきひとつのあいだに、世界が反転する。
「……なにこれ……?」
リリアが指先を差し出すと、魔素の粒は吸い寄せられるように集まり──
──記憶が、揺らいだ。
「……あれはなに?」
思い出すよりも先に、映像が脳裏に焼きつく。
灰の空。崩れた尖塔。焼け焦げた都市の縁。
逃げ惑う人影、その全てを飲み込む炎と衝撃波──
そして、その中心に立っていたのは──紛れもなく、自分の顔をした“誰か”だった。
手にした剣からは黒い雷のような魔力が溢れ、足元の大地を易々と砕きながら、すべてを消し飛ばしていく。
「……っ……これ、わたし……?」
胸の奥が冷たくなる。
呼吸が浅くなり、足先が震える。
石畳を踏み外しかけ、慌ててバッグを胸に抱き寄せた。
指先は氷のように冷え、布の感触すら遠のいていく。
知らないはずなのに、確かに“この手”が覚えていた。
剣を振る重み、地面が砕ける感触、焼けた風の匂い──全部、自分のものだった。
「……私、こんな顔……したことない……!」
声は震え、喉がひりつくほど乾いていた。
鏡を覗き込んだときの自分の仕草と重なって見え、否定すればするほど恐怖が増していく。
胸の奥で、何かが崩れた。
(……これが……私? 私が……やってきたこと……?)
否定したいのに、映像はあまりにも鮮明で、嘘を挟む隙間がない。
記憶はない。けれど、この感触、この剣の重み、この足元を砕く衝撃……身体のどっかが覚えてる。
──その瞬間、胸の奥で“もうひとりの自分”が笑った。
冷たい指先で心臓を撫でられたように、全身が総毛立つ。
(……やめろ……こんなもの、見せるな……!)
颯太の胸にも、あの日の感触──血の匂いと焦げた風が蘇る。
リリアの肩の震えが、布越しに伝わってきた。
(……助けてやりてぇ……! この手が届くなら、どんな罰だって受ける……!)
(泣くなって言ってやりてぇのに、声が風にもならねぇ……!)
(せめて今だけは――その痛みを俺にくれ……!)
その沈黙を縫うように、いくつもの声が重なる。
──“これが本当のあなた”
──“忘れてはいけない”
──“剣を振れ”
──“壊すことが、救いになる”
──“それでも、手を伸ばすのか?”
甘いのか苦いのか分からない響きが、呪いみたいに心臓を締めあげてくる。
炎に包まれた街。
瓦礫に沈む人影。
剣を振るたびに、世界の色が失われていく。
そのすべてが、鏡に映る自分の仕草と重なって見えた。
「……違う……こんなの……私じゃない……はず……!」
声は震え、涙が視界を滲ませる。
だが耳の奥では、誰のものとも知れない声が絶え間なく囁いていた。
──“そう、これが本当のあなた”
──“お前は破壊者だ”
──“受け入れろ”
──“それが、お前の運命”
否定しても、その声は消えなかった。
むしろ──甘く、重く、心臓の奥を撫でるように絡みつき、呼吸の隙間まで締めあげていく。
(……違う……お前は、そんなんじゃねぇ……!)
颯太の叫びが、ぬいぐるみの布の内側で震えた。
だがその音は届かず、リリアの瞳には、光と闇の狭間で微笑む“もうひとりの自分”しか映っていなかった。
20
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる