『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十話・1 : 静夜、赤く裂ける』

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夜は深く、古本店には静かな時間が流れていた。
棚を揺らす風もなく、紅茶の香りだけがまだ残っている。
リリアは、空になったカップをそっと指でなぞっていた。
静けさが、どこか深すぎた。

(……ミルフェリアへ行く。)

ワン太は肩に寄り添い、セラフィーは静かに本を閉じる。
店内には、ほんの小さな“温度”だけが灯っていた。

そのとき――かすかな震え。
古書棚が、わずかに、ほんの数ミリだけ揺れた。

「……地鳴り?」

カップの中の紅茶が、わずかに波打った。
店内の静けさが、薄い膜のように震えている。

外で、ばたばたと人の足音が増えていく。
砂利を蹴る靴音、荒い息、抑えきれないざわめき。

「……誰か、走っている……?」

店の前で誰かが叫んだ。
「……っ、で、伝令──! 道……あけて……!」

次の瞬間、扉が荒々しく押し開かれた。
冷たい夜気と、焦げた布と血の鉄の匂いが流れ込む。

煤と血に焼かれた鎧の兵士が、足元から崩れ落ちるように倒れ込んだ。

呼吸はもう声にならず、喉の奥でかすれた風が擦れるだけ。
その腕には、指の跡が白く残るほど握り締められた──急報の筒。
焦げた髪がぱち、ぱち、とまだ火の名残を鳴らしていた。

「……セラフィー様……っ! ……っ、い……っ……!」

セラフィーが姿を見せた瞬間、兵士の膝が崩れ落ちる。
リリアは反射のように手を伸ばし、倒れかけた身体を支えた。

兵士は唇を震わせながら、かすれた声を絞り出す。

「……王都……ミルフェリアが……」

ミルフェリア。
アルシェ王国の中心であり、セラフィーが護るべき都。

「……城が燃えて……魔王軍が……城門まで来ている……夜なのに、空が赤い……っ……!」

声に合わせて胸が上下するたび、息が漏れる音が掠れていく。
それでも、彼は使命だけは手放さなかった。

震える指が、急報の筒をセラフィーへ差し出す。

「アルシェ王国、国王……ミルド=レーヴ六世より……」
「聖女セラフィー殿……至急、王都へ……!」

「聖騎兵……隊列が……っ……崩れて……っ……!すでに半数を……!」

「……ザッハの神殿も……聖火が黒く染まって……」

「……誰も……止め……られ……っ……なくて……!」

「このままでは……王都が……落ちます……っ……!」

セラフィーの指先が、わずかに震えた。
胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちる。

ザッハ――王都をそっと包む守りの結界。
“永い加護”であるはずのそれが、燃えている。

セラフィーは一度、まぶたを閉じた。
わずかに、吐息が滲む。

「……ええ。」
「行かなくては、なりませんね。」

その声は静かだったが、
言葉の端だけが、かすかに揺れていた。

その瞬間、兵士の瞳に微かな安堵が灯った。
その言葉を聞いた途端、兵士の身体から支えていた力がすうっと抜けていく。

指が、リリアの服の端をそっと離した。

セラフィーがすぐさま両手をかざし、淡い光で兵士を包む。

「《癒光(メリア・ヒール)》──!」

温かな光が兵士の身体を包む。
裂けた傷口は塞がり、血の流れも止まる。

息が少しだけ深くなる。胸が、かすかに上下した。
だが瞼は、まだ開かない。

「……大丈夫。命はつながっている。」
「ただ、限界を超えているわ。今は眠らせてあげて。」

セラフィーはそっと指を離し、目を閉じた。
その表情には、迷いも言い訳もなかった。

リリアはそっと兵士を横たえ、静かに拳を握りしめる。
その手の中で、震えはもう止まっていた。

その横で──ワン太が小さく動いた。
倒れた兵士のマントを“ちょい、ちょい”と前足で引っ張る。
だが、その仕草はただの無邪気さではなかった。

淡い光が、前足から滲んだ。
兵士の胸が、ふ、と深く息をした。

癒しではない。
もっと、はじまりの側にあるもの。

静けさの底で、かすかな息だけが続いていた。

その光景に、ブッくんはごくりと唾を飲む。

(あれ、癒し……いや、ちゃう……生かしとる。魂ごと、引き戻しとる……)
(こやつ……いったい、何者や……)

そのときだった。

──カン……カン……カン……!

塔の警鐘が、夜を切り裂いた。
最初は一度、ためらうように。
次に、強く。早く。起こすように。

「……警鐘……」
リリアは息を呑んだ。

通りのざわめきが膨らみ、戸口の外の影が走り抜けていく。
店の外の世界が、静かな夜から、一瞬で戦支度の色に変わっていった。

塔の鐘の音は、夜気を震わせながら街へ広がっていった。

リリアは、ゆっくりと息を吸った。
気づけば、もう立ち上がっていた。

ワン太が袖をくい、と引いた。
リリアは、その小さな手にそっと触れる。

塔の鐘は、まだ鳴り続けている。
夜空の向こうで、雲がひと筋だけ、赤く焦げていた。

静かな夜は、もうどこにもなかった。
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