『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十三話・3 : 災厄の剣、沈黙の夜に』

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夜の大地に、重苦しい沈黙が降りた。
黒い湖はまだ泡立ち、空気はなお焦げた匂いを孕んでいる。

リリアは剣を下ろしたまま立ち尽くしていた。
だがその背を覆う六翼の残光は、なお夜空を裂き、周囲を焼き尽くす勢いで燃え盛っていた。
瞳は虚ろに光り、彼女自身の意識がそこにないように見えた。

「リリア……!」
セラフィーが震える声で呼びかける。
だが、その声は彼女の耳に届いていない。

嫌な予感が胸を突き上げ、セラフィーは掌を翳した。
低く、震えるような声で詠唱を紡ぎ始める。

「──我が視よ、真理を穿て。
 数値を記せ、理を顕せ。
 秘匿された存在を暴き出せ……
 《解析術式〈アナライズ・コード〉》ッ!」

淡い光がリリアの全身を包み込み、夜の闇に術式の紋章が浮かび上がる。
彼女の掌に展開されていた解析UIは、すでに数値の羅列ですらなかった。

【Lv:♾️9999 over】
【攻撃力:99999+???/測定不能】 
【防御力:99999+???/測定不能】
【速度:ERROR_ERROR_ERROR】
【存在値:──世界律逸脱──】
《警告:観測不可能》
《警告:存在が規格外です》
《警告:観測者の精神が侵食されます》

赤い警告窓が、次々とオーバーフローのように重なり、視界を埋め尽くす。
フォントが崩れ、符号が意味をなさず、現実の理までもが崩壊していく錯覚。

数値は止まらず、文字化けが空気ごとノイズを撒き散らす。天地を覆う黒炎よりも、今やリリアの存在そのものが「世界の災厄」だった。

「……これじゃ……」
セラフィーが声を失う。
「デモリオンどころじゃない……リリア自身が世界を壊す……!」

ブッくんは頁をばたばた震わせ、絶叫する。
「ちょ、ちょい待ちィィ!! ワイのレベル51やぞ!? セラフィーだってレベル62やぞ!?
魔王討伐に必要なのがせいぜいレベル50!
それが9999 overって……存在バグとかいうレベルちゃう!
運営も神様も手ぇ出されへん最終バグやんけェェ!!」

「……リリア!! 目を覚ましてッ!!」
セラフィーの悲鳴が夜を裂いた。

だが、リリアは答えない。

剣を握る腕も、虚ろに燃える黄金の瞳も、もはや「誰かを守る意思」ではなかった。
そこにあるのは、制御を失い暴走する力の残滓──振り下ろされれば、味方ごと大地すら斬り裂くと、セラフィーは直感で悟った。

(……だめ……このままでは……!)
喉が凍りつき、心臓さえ掴まれるように震える。
ほんの一瞬後に、自分たちが光の奔流に呑まれる未来が鮮明に浮かんだ。

その刹那──。

ワン太が歩み寄り、
何のためらいもなく──ぽん、とリリアの手に鼻先を触れた。

一瞬、世界の喧騒が止んだように見えた。
暴走する数値も、灼き尽くす六翼の残光も、触れたその場所から静かに揺らぎ、力を失っていく。

狂乱していたUIがノイズ混じりに点滅し、赤警告は軋むように砕け散った。
やがて波形は収束し、荒れ狂う光は吸い込まれるように静まっていく。

【Lv:♾️9999 over → 999】
【攻撃力:99999+???? → 9999】
【防御力:99999+???? → 9999】
【速度:表示不能 → 9999】
【存在値:──安定】

赤の警告ウィンドウは霧散し、代わりに淡い蒼光のUIが浮かぶ。
暴走は収束し、すべての数値が「999」で固定された。
だが、それでもなお──魔王討伐級の十倍を超える力は、人の領域を超えたまま“安定”を刻んでいた。

リリアの黄金の瞳に、ようやく理性の光が戻る。
「……っは……」
肩で荒い息をつき、剣を握る手がかすかに震えた。

(……俺……いま、何してた……?
デモリオンをぶった斬ったまでは覚えてる。
けど、そのあと……記憶が、真っ白だ……)

リリアの肩が小さく震え、剣を握る指先に、ようやく“人間の温度”が宿った。

セラフィーは、全身から力が抜けるのを感じながら、呟いた。
「……ワン太……あなたが、リリアを繋ぎ止めたのね……」

彼女は深く息を吸い、恐怖を隠さず告げる。
「……落ち着いた……でも……あなたは、もう……」

ブッくんは頁をばたばた震わせ、震え声で絶叫した。
「おいおい……! リリアは……リリアはもう、デモリオンよりヤバいんちゃうんか!?
レベル9999 over!? 攻撃力99999!? ……はぁぁ!?
核兵器どころやないわ! 宇宙兵器やんけ!!
世界、何回リセットされんねん!!」

リリアは答えなかった。
ただ剣を握りしめ、俯いたまま、震える息を殺していた。
勝利の余韻よりも、自分が「災厄」と紙一重の存在であることを知ってしまった恐怖が、胸を覆い尽くしていた。

(いや……おい待て。俺が何をしたってんだ……?)

あれだけの怪物を討ち倒したんだ。
安堵と歓声に包まれていいはずだった。

なのに耳に届いてくるのは、仲間の歓声じゃない。
セラフィーの怯えを帯びた囁きと、ブッくんの半狂乱の絶叫──それだけ。

(……ふざけんなよ。
俺はあの地獄を、この手でぶった斬ったんだぞ。
命張って、全部終わらせたんだ。)

(……それに、やったことだって、ただラムタフが開けちまった地獄の尻拭いだ。弟子の無茶を片付けて、暴走の後始末して……みんなを守る“つもり”で剣を振っただけ。)

それだけのはずだった。

なのに──耳に届くのは歓声じゃなく、動揺と戸惑い。
仲間たちの顔に浮かんでいたのは、勝利の笑みではなく、怯えを宿した突き刺す視線だった。

守るために振るった剣は、いつの間にか仲間を遠ざける刃へと変わり、
怪物を討ったはずの力は、怪物そのものとして恐れられていた。

(……これじゃ……俺はもう勇者なんかじゃねぇ。
ただの“災厄”と変わらないじゃないか……)

夜風は、祝福ではなく沈黙だけを運んでいた。

その静寂は、歓声を奪った沈黙ではなかった。
――歓声すら許さない存在へと、自分が堕ちてしまったことを突きつける沈黙だった。

それこそが、何よりも残酷な“敗北”だった。
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