『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十四話・1 :  女神の眠る夜、王都に漂う噂』

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夜の王都は、まだ戦の余韻に沈んでいた。
遠くの鐘は低く鳴り、黒煙が屋根瓦にまとわりついて夜空を曇らせる。
崩れかけた城壁には布で塞がれた穴があり、道端には砕けた槍や破れた旗が散らばっていた。
兵士の呻き声、石を運ぶ民の息遣い──どれも小さく、恐る恐る音を出しているようだった。
生き延びたこと自体が奇跡だと、誰もが顔を伏せたまま噛みしめていた。

けれど、夜気に混じって流れる囁きは一様ではなかった。
「……女神様が倒れられたらしい」
「いや、嘘やろ、あの勇者が?」
「医療塔に運ばれるのを見たって奴がいたんだ」
「でもな、聞いたで。女神様がデモリオンを討ち倒したんやと!」
「違う、あれは暴走して、王都ごと消えかけたんや……」
希望と恐怖、祈りと怯え──相反する噂が錯綜し、火の粉のように人々の間を漂っていた。
老女が胸の前で十字を切り、少年は怯えながらも「きっとまた立ち上がってくれる」と呟く。
市場の薬草屋は「女神様が戻らなければ薬も売れん」と嘆き、井戸端では洗濯女たちが「また水が赤く染まるんじゃないか」と顔を曇らせていた。
それぞれの声が重なり合い、王都そのものが一つの巨大なざわめきとなっていた。

その喧噪を隔てるように、医療塔の白い石壁だけが異様に静かで、まるで別世界のように立っていた。
その中で、リリアはまだ眠り続けている。

「……ごめんね、リリア……」
セラフィーは扉の前に立ち尽くし、胸に拳を押し当てた。
その声は囁きにもならず、ただ夜気に溶けて消えた。

あの瞬間、刃を振り下ろそうとした自分の手の震えを思い出すだけで、呼吸が止まりそうになる。
信じるべき仲間に刃を向けかけた――その罪悪感が、心臓を握り潰すように彼女を苛んでいた。

(私……守れなかった。仲間として、友達として……)
瞼の裏に浮かぶのは、倒れ落ちるリリアの姿。
あれほど強く立ち続けていた背中が、自分の腕の中で崩れた時の重み。
刃を構えた右手の感触と、崩れる身体の温もりが交錯して、彼女の胸を裂いていた。

「セラフィーはん……」
ブッくんが涙でしわしわになった頁を震わせながら、掠れ声で言った。
「自分を責めすぎや。リリアはん、あんたのこと恨んどらんよ。仲間やから命張ったんや」

「……でも」
セラフィーの声は、自分でも驚くほど細く掠れていた。
「私は刃を振り下ろそうとした……ほんの一瞬でも、あの子を殺すことを選びかけたのよ……」

その時――。
足元で、小さな“ぽふっ”という音がした。
見下ろすと、ぬいぐるみのようなワン太が前足で石畳を“とん、とん”と叩いていた。
黒い瞳をまっすぐに向け、小さく首をかしげている。
裾をちょんと引き、柔らかな毛並みを彼女の手の甲に押し当ててきた。

「……ワン太……」
セラフィーの胸が震え、喉の奥が熱くなる。
声はなくとも、その仕草は確かに伝えていた――「立ち止まるな」と。

「な? セラフィーはん」
ブッくんが頁をばさばさ揺らし、無理やり笑みを作った。
「今は悔やんでる暇あらへん! 霧氷の谷に行って、リリアはんを取り戻すんや!」

セラフィーは膝を折り、ワン太の頭を両手でそっと撫でた。
指先に触れる毛並みの柔らかさが、胸の奥の冷たい棘を少しずつ溶かしていく。
温もりが、深い夜の底に灯火を点すように広がった。

「……リリア、ごめん。本当に、ごめん。
 でも今度こそ、あなたを守り抜く。凍てつく夜でも、この胸の火だけは消させない。
 その火は、噂に惑う人々の灯にもなるだろう。魂ごとでも、命ごとでも――必ず」

その誓いは低く重く、廊下に反響して残った。
外から吹き込む夜風が頬を撫で、氷の気配を含んだ冷たさが迫る旅路を告げていた。

「さぁ行こか、セラフィーはん!」
ブッくんが叫ぶ。
「リリアはん待っとるんや! はよ助けに行かんとな!」

ワン太はもう一度、とん、とん、と前足で床を叩いた。
その合図に、セラフィーは涙を拭わず、ただ静かに頷いた。

黒雲の切れ間から月光が差し込み、三人の影を長く伸ばす。
胸の奥に宿った光だけを頼りに、深い夜を切り裂くように歩き出す。

「行こう。霧氷の谷へ」

──けれど、その前に。

「……あ、そういや」
ブッくんが急に思い出したように声を上げた。
「ワイら、王様にまだ報告してへんやろ? デモリオンの暴走とか、リリアはんの容態とか。
 それにな、ワイ、どさくさで褒美もろてへんねん! このまま旅立ったら損や!」

その声に、セラフィーは呆れと安堵が入り混じった吐息をこぼした。
緊張の糸をほぐすような愚痴は、逆に背中を押す力にもなる。

「……そうね。報告を怠れば、また誰かが無駄に傷つくかもしれない。
 リリアのためにも、まずは王に伝えなければ」

彼女は白い塔を振り返り、低く言った。
ワン太は“ぽふっ”と小さく跳ね、同意するように尻尾を振った。

三人が夜の石畳を踏み出すと、遠くに王城の塔が見えた。
いまだ火煙を上げ、戦の爪痕を抱えたその姿は、王都の痛みそのものだった。
そして背後から、錯綜する噂が追いすがる。
「女神様は本当に倒れたのか」「いや、デモリオンを討ったんだ」「暴走を止められなかったって話もあるぞ」――恐怖と祈りが交錯する声。

三人はただ黙って歩いた。
月光に照らされた影は長く伸び、やがて王城へ、そして霧氷の谷へと続いていった。
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