『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十話・7 : ザッハトルテ審判 ――戦斧の災、甘さを知らずして散る』

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夜が、音もなく裏返った。

リリアは、斧より先にドレイク・ガルダンの“首筋の魔紋”を見ていた。
足元の灰が、かすかに宙へと舞う。
世界は、まだ斬られる前の姿で、静止していた。

その刹那、白銀の剣閃は空気ごと消えた。

「――《白聖・無垢斬》。」

誰も、剣が振られた瞬間を見ていない。
世界は“斬られた”という事実を、一拍遅れて思い出した。
音が、世界から抜け落ちる。

ドレイク・ガルダンの巨躯が、重さを取り戻したように、ゆっくりと膝を折った。
振り上げられていた戦斧は、ただの鉄へ戻り、鈍い音だけを残して地に触れた。

首筋に走るのは、一筋の白い裂け目。
魔紋が、最後の呼吸をするように淡く光り――そこで終わった。

――遅れて、空気が“裂けた音”だけを落とす。

倒れながら、彼はまだ気づいていない。
自分の“生”が、この世界からすでに剥がれ落ちていることに。

ドレイク・ガルダンは、ただ地に還った。

理解が追いつくより早く、巨躯は灰となり、炎の風へと溶けていった。

本当に――息をする音さえ、どこにもなかった。

静寂は、世界が息を止めていた証そのものだった。

だが、戦場は悟っていた。

祈りではない。
救いでもない。
ただ、“触れてはならないもの”が、ここに立っている。

リリア・ノクターン。
レベル999。

世界の理(ことわり)でさえ、目を逸らす天災。

燃える街路に、風がそっと通り抜ける。
――その“存在”を、世界が思い出した瞬間だった。

その瞬間、未来が消えた。

魔物の軍勢は、“敗北”ではなく“死”を悟った。

「ギャァッ……!」「ヒィィィ!!」

悲鳴は伝染ではなかった。
全員が、同時に“死”を思い出した。

狼型は、味方を噛み砕いてでも退こうとし、
甲殻の巨体は石壁に鈍い音を立てて体当たりしながら、出口のない逃走を試みる。
兵に似た影たちは、踏みしめた背骨の感触すら無視して互いを踏み台にしながら、
ただ“あれの前に立ちたくない”と四方へ散った。

恐怖は、呪いではない。
生き物が、生き物に触れてはならぬと悟ったときの反射だった。

統率は、一瞬で崩れた。
群れは“軍”ではなく、ただの逃げ惑う肉へと変わる。

残されたのは、砕けた戦斧と、
焼け焦げた大通りだけ。

灰が、雪のように舞い落ちる。

誰も、リリアの背に近づこうとはしなかった。
“近づく”という概念が、この場から消えていた。

足元に転がる斧を一瞥し、リリアは刃を払った。

「ザッハトルテを知らない時点で、もう終わってたんだよ。
彼は“殺す”以外、何も持っていなかった。」

「嬉しいも、苦いも、誰かと分け合う甘さも――知らなかったんだ。」

「だからやつには、生きる“明日”がなかった。」

リリアの声は震えていた。
それは憐れみでも、軽蔑でもない。

「知ろうとしなかった者」への、静かで深い怒り。
それは、かつての自分に向けた怒りでもあった。

空気がいったん、無音になった。

次の瞬間、ブッくんは紙の顔面を真っ青にして絶叫した。

「基準そこぉぉ!?
 お菓子知らんだけで死刑とか、あんさんとこの法体系どうなっとんねん!!
 国会で審議せぇや!!」

セラフィーは額を押さえて、乾いた笑みを漏らした。

「……お菓子で生死を決める宗教なんて、記録にも伝承にも前例がないわね。
 神話でも創世記でも、そこだけページ破れてたのかしら。ねえリリア?」

ブッくんはページをバッサバッサ振りながら号泣する。
「未知の領域にワイら突っ込んでいっとるやん!!
 新種宗教の創立瞬間やん!! 開祖誰や!! 主犯どこや!!」

(いやだから俺じゃねぇっつってんだろ……
 そもそも俺、教祖にされた覚えないんだが!?)

「ひぃぃっ!
 ワ、ワイは“モンブラン派”なんや!!
 それ……セーフなんか!?
 アウトなんか!?
 宗派違いで異端認定されるやつなんか!?
 ワイ、次の弾で焚刑やろか!!!」

セラフィーは、ため息とも苦笑ともつかない息を落とした。
「……落ち着きなさい。誰も宗教を作ってるつもりはないわ。ただ――」

そして、ごく当たり前のことのように続けた。

「まあ、リリアは、ガトーショコラ直系(本家)だから。」

「本家とかあるんかいッ!!!!」
ブッくんは崩れ落ちた。

「ケーキ界、貴族制なん……?
 階級社会なん……?
 ワイ庶民なん……??」

(いやほんとにな……
 どこをどう歩いたら“ザッハトルテ未履修=死刑法”の世界線に入るんだよ。
 俺、知らん間にスイーツ宗教のトップに即位した?
 戴冠式してないんだが??)

(ていうかあいつ……
 見た目だけ“濃厚深淵”ぶってたけど……
 あんこの入ってないどら焼きみたいだったんだよな。

 ……空っぽなのに、濃い顔してた。それが一番、腹立つ。)

その呟きは、誰にも届かなかった。

風さえ、触れることをためらっていた。

次の瞬間、人々は息を呑み——そして、歓声が爆ぜる。

「敵の副将ドレイク・ガルダンが……討たれたぞ!」
「生き延びた……!」

兵は剣を掲げて天に祈り、子どもはすすり泣きながらも「女神さま!」と叫んだ。
血に塗れた母は子を抱き、嗚咽しながら膝をつく。
すすけた顔に灯った光は、絶望の夜をほんの少しだけ照らす炎になった。

その場にいた誰もが、理解していた。
畏れでも、崇拝でもない。
ただ――そうであるとしか言えなかった。

名付けるほうが、遅かった。
リリア・ノクターンは、“女神”としてそこに在った。

リリアは剣を下ろした。刃に残った光が、夜へと吸い込まれていく。
炎の音さえ、彼女の前では遠かった。

誰も、息をすることすら忘れていた。

(……いやほんとにさ。
 今の、ただの“ザッハトルテ未履修チェック”で処刑判定出ただけなんだよな……?)

(俺、知らん間に“ケーキで世界を統治する側”になってない? )

(宗教ビジネスって……儲かるのかな……いや違う違う違う!!
 俺は教祖じゃない!! 俺はただの一般人だ!!!)

──王城前の戦いは終わった。
だが、これが終焉ではなく――“夜の前章”にすぎなかった。

世界はまだ知らない。
リリア・ノクターンという名に宿る、“本当の夜”を。
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