3 / 36
『第一話・2 : 蝋燭の灯に、旅立ちのスープを
しおりを挟む
鐘の音が街に溶け、やがて夜がそっと降りてきた。
灯りの増えた石畳の路地を抜けると、小さな看板の下で、木造の扉が柔らかい光に照らされていた。
「ここよ」
セラフィーが立ち止まり、指先で扉を押し開ける。
中は広くない。
壁には乾いたハーブが吊るされ、素朴な木のテーブルがいくつか並んでいる。
窓際のランプがゆるやかに揺れ、店主らしき老人が静かに頷くだけで迎えてくれた。
賑わう酒場とは違い、ここはまるで──時間がゆっくりと溶ける避難所のようだった。
二人は奥の席に並んで腰を下ろす。
卓上の蝋燭が揺れ、その小さな炎が、互いの横顔を淡く撫でていく。
「……こんな落ち着いた店、知ってたんだね」
リリアが少し照れたように言うと、セラフィーは肩をすくめた。
「昔から、出立の前はここで食べてたの。……勝率が上がる気がして」
「ジンクスなんだ」
「ええ。でも、あなたと来るのは初めて」
(……おいおい、それって完全に“特別扱い”じゃん。ていうか雰囲気、どう見てもデートだろこれ!)
運ばれてきたのは、温かなスープと黒パン、香草で煮込まれた肉料理。
陶器の器から立ちのぼる湯気に、ハーブの香りが溶けて空気を満たす。
肉が煮汁の中でほろりと崩れ、パンにしみる音が、まるで“心をほどく”ように静かだった。
リリアはスプーンを手に取り、一口すくう。
舌に広がる塩気と甘み──思わず目を細めて、小さく吐息をこぼした。
「……こういう時間があると、ちゃんと“現実”なんだなって思う」
「どういう意味?」
「旅とか、魔王とか、封印とか……大げさなことばかり考えてても。
こうして一緒にごはん食べてるだけで、不思議と安心できるんだ。」
セラフィーは驚いたように瞬きをしたあと、
ゆっくりとグラスの水を揺らし、その表面に蝋燭の光を滲ませた。
「……そう。なら、ここに連れてきてよかった」
(ちょ、待て待て待て……その返しは破壊力ありすぎ! 完全に告白の流れだろこれ……!)
短い沈黙が落ちた。
蝋燭の炎が揺れ、その明滅のあいだだけ、互いの表情が幼さを帯びて見えた。
リリアはパンをちぎりながら、少し冗談めかして呟く。
「でも……もし、わたしが代金払わずに逃げたら、どうする?」
セラフィーは間髪入れず、無表情のまま答えた。
「その場で斬るわ」
(うわ、真顔で即答……! 冗談返しのつもりだったのに……ってか俺、なんで食い逃げネタなんか振った!?)
慌ててスープをすする。
けれど熱さで舌を火傷し、思わず小さくむせた。
セラフィーが、わずかに目を細める。
蝋燭の炎がその瞳に映り、いたずらっぽい光が一瞬だけ宿った。
「……ほんと、変わらないわね」
(……やっぱり、“優しさ”の言い方が反則だって……!)
ふっと笑うセラフィーの横顔に、リリアは少しだけ息を呑んだ。
炎の明滅に溶けたその笑みは、冗談の続きに見せかけて──どこか、遠い優しさの色をしていた。
(……っぶな! フォローされた感あるけど、これ完全に“気まずいのを笑って流された”やつだよな!? ほんと、俺なにやってんだよ……)
彼女はグラスを置き、視線を宙に泳がせながら、ぽつりとこぼした。
「こうして座ってると……昔、一緒に修行した夜を思い出すわ」
「……あのときも、パンとスープだったね」
「うん。でも、今のほうが──ずっと美味しい」
その声には、料理の味だけではない、淡い感情が滲んでいた。
蝋燭の炎がゆらめき、光が二人の影をゆっくりと重ねていく。
失敗した会話も、くだらない冗談も、なぜか心の奥でほどけずに残っていた。
それはきっと、この夜がただの“食事”じゃなく──
“明日へ繋がる、小さな約束のような時間”だったから。
やがて店主が静かに木の皿を運んできた。
そこにあったのは、素朴な焼き色を纏ったチーズケーキ。
切り分けられた断面から滲む蜂蜜が、蝋燭の光を受けて小さな星のように輝いていた。
リリアは息を呑む。
(……やば。魔王討伐前夜にチーズケーキって……ギャップがえげつない)
一口。
やわらかな酸味と甘さが舌の奥でとろけ、胸の奥まで静かに染みていく。
その瞬間、世界のざわめきが遠のいた。
「……ほんとに、美味しいね」
リリアの声は、夢の終わりを惜しむように小さかった。
セラフィーは微笑み、静かに頷く。
「この街のチーズケーキは、ね。……昔からの名物なの」
(……こんな時間、もっと欲しい。戦いなんか忘れて、ただ並んでチーズケーキ食べてたい──)
胸の奥で、甘さと切なさが静かに溶け合う。
蝋燭の炎が最後に揺れたとき──
二人の影は、そっとひとつに重なっていた。
灯りの増えた石畳の路地を抜けると、小さな看板の下で、木造の扉が柔らかい光に照らされていた。
「ここよ」
セラフィーが立ち止まり、指先で扉を押し開ける。
中は広くない。
壁には乾いたハーブが吊るされ、素朴な木のテーブルがいくつか並んでいる。
窓際のランプがゆるやかに揺れ、店主らしき老人が静かに頷くだけで迎えてくれた。
賑わう酒場とは違い、ここはまるで──時間がゆっくりと溶ける避難所のようだった。
二人は奥の席に並んで腰を下ろす。
卓上の蝋燭が揺れ、その小さな炎が、互いの横顔を淡く撫でていく。
「……こんな落ち着いた店、知ってたんだね」
リリアが少し照れたように言うと、セラフィーは肩をすくめた。
「昔から、出立の前はここで食べてたの。……勝率が上がる気がして」
「ジンクスなんだ」
「ええ。でも、あなたと来るのは初めて」
(……おいおい、それって完全に“特別扱い”じゃん。ていうか雰囲気、どう見てもデートだろこれ!)
運ばれてきたのは、温かなスープと黒パン、香草で煮込まれた肉料理。
陶器の器から立ちのぼる湯気に、ハーブの香りが溶けて空気を満たす。
肉が煮汁の中でほろりと崩れ、パンにしみる音が、まるで“心をほどく”ように静かだった。
リリアはスプーンを手に取り、一口すくう。
舌に広がる塩気と甘み──思わず目を細めて、小さく吐息をこぼした。
「……こういう時間があると、ちゃんと“現実”なんだなって思う」
「どういう意味?」
「旅とか、魔王とか、封印とか……大げさなことばかり考えてても。
こうして一緒にごはん食べてるだけで、不思議と安心できるんだ。」
セラフィーは驚いたように瞬きをしたあと、
ゆっくりとグラスの水を揺らし、その表面に蝋燭の光を滲ませた。
「……そう。なら、ここに連れてきてよかった」
(ちょ、待て待て待て……その返しは破壊力ありすぎ! 完全に告白の流れだろこれ……!)
短い沈黙が落ちた。
蝋燭の炎が揺れ、その明滅のあいだだけ、互いの表情が幼さを帯びて見えた。
リリアはパンをちぎりながら、少し冗談めかして呟く。
「でも……もし、わたしが代金払わずに逃げたら、どうする?」
セラフィーは間髪入れず、無表情のまま答えた。
「その場で斬るわ」
(うわ、真顔で即答……! 冗談返しのつもりだったのに……ってか俺、なんで食い逃げネタなんか振った!?)
慌ててスープをすする。
けれど熱さで舌を火傷し、思わず小さくむせた。
セラフィーが、わずかに目を細める。
蝋燭の炎がその瞳に映り、いたずらっぽい光が一瞬だけ宿った。
「……ほんと、変わらないわね」
(……やっぱり、“優しさ”の言い方が反則だって……!)
ふっと笑うセラフィーの横顔に、リリアは少しだけ息を呑んだ。
炎の明滅に溶けたその笑みは、冗談の続きに見せかけて──どこか、遠い優しさの色をしていた。
(……っぶな! フォローされた感あるけど、これ完全に“気まずいのを笑って流された”やつだよな!? ほんと、俺なにやってんだよ……)
彼女はグラスを置き、視線を宙に泳がせながら、ぽつりとこぼした。
「こうして座ってると……昔、一緒に修行した夜を思い出すわ」
「……あのときも、パンとスープだったね」
「うん。でも、今のほうが──ずっと美味しい」
その声には、料理の味だけではない、淡い感情が滲んでいた。
蝋燭の炎がゆらめき、光が二人の影をゆっくりと重ねていく。
失敗した会話も、くだらない冗談も、なぜか心の奥でほどけずに残っていた。
それはきっと、この夜がただの“食事”じゃなく──
“明日へ繋がる、小さな約束のような時間”だったから。
やがて店主が静かに木の皿を運んできた。
そこにあったのは、素朴な焼き色を纏ったチーズケーキ。
切り分けられた断面から滲む蜂蜜が、蝋燭の光を受けて小さな星のように輝いていた。
リリアは息を呑む。
(……やば。魔王討伐前夜にチーズケーキって……ギャップがえげつない)
一口。
やわらかな酸味と甘さが舌の奥でとろけ、胸の奥まで静かに染みていく。
その瞬間、世界のざわめきが遠のいた。
「……ほんとに、美味しいね」
リリアの声は、夢の終わりを惜しむように小さかった。
セラフィーは微笑み、静かに頷く。
「この街のチーズケーキは、ね。……昔からの名物なの」
(……こんな時間、もっと欲しい。戦いなんか忘れて、ただ並んでチーズケーキ食べてたい──)
胸の奥で、甘さと切なさが静かに溶け合う。
蝋燭の炎が最後に揺れたとき──
二人の影は、そっとひとつに重なっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる