『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)

風間玲央

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『第二話・4: 斬らずに挑む戦場』

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その瞬間、空気が変わった。
霧がざわめき、足元の影が形を持ちはじめる。
十数の異形が、音もなく浮かび上がった。

(……そう来るか。わざわざ前座を用意してくれるとは、意外と律儀だな)

視界の端に青白いウィンドウが点滅する。

【NAME:フォグ・センチネル】
【Lv:48】
【属性:霧/魔鎧】
【耐性:斬-○ 突-△ 火-◎ 雷-×】
【攻撃:鎧剣斬撃(スタン低確率)/霧投射(視界阻害)】
【弱点部位:兜の側面(命中時、行動停止3秒)】
【ドロップ:霧鉄片/曇光の欠片】

十数の影が霧を割って迫る。
鎧は歪み、兜の奥は空っぽ。
息遣いもなく、ただ金属の軋みだけが響いた。

リリアは、わざと一歩下がり、剣を鞘に納める。
足元に淡い金の光がにじみ広がり、円環が描かれる。
複雑な幾何紋が空気の粒を束ね、十重二十重の魔法陣が羽根のように旋回した。
霧の世界が、一瞬だけ呼吸を忘れる。

──兵たちの剣が、一斉に振り下ろされる。
金属が空気を裂き、時間が軋む。
だが、世界が一瞬スローモーションのように沈黙し──
ただ彼女の足元の輝きだけが、鮮烈に残った。

「《オーバースクリプト・フェイズ》──全演算、解放。」

霧が音を失い、色彩が透明に研ぎ澄まされる。
視界が無理やり真実の解像度に引き上げられたようだった。
兵たちの刃が届くよりも早く、光の輪が収束し、背後に六枚の“羽”が展開する。
そこから迸る無数の光条が、楽譜をなぞるように空間を走った。

「消えなさい──《ミリオン・ノーツ》」

音が掻き消え、光の粒が空気を満たす。
けれど、沈黙の奥では──かすかな旋律だけが、まだ世界のどこかで鳴り続けていた。
それは、誰かの旋律を思い出すように、ひとつひとつが優しく瞬いた。
次の瞬間、閃光が走り、兵たちの輪郭が揺らぐ。
鎧が軋む暇もなく、十数体すべてが粒子となって霧へと還った。

静寂。
霧はその場に留まり、まるで“観客”のように揺らめいた。
金色の余韻が風に舞い、音もなく消えていく。
その光は、奏で終えた祈りのように空気へ溶けた。

(……一瞬。秒殺。完封。)
(弱点突く以前に、存在そのものを消す火力……やっぱり桁違いだな。)
(でも──本番はここからだ。あいつは斬っちゃダメなんだ。セラフィーの“師”なんだから。)

光が散り、世界がふたたび息を吸い込む。
霧の粒子が、金色の残響を抱えたまま静かに漂う。
音のない世界が、まるで息を潜めて“次の鼓動”を待っていた。

それは、嵐の前に海が息を潜めるような、嫌に静かな間だった。

リリアは剣を肩にかけ、金の瞳でガルヴェインを見据える。
その瞳に、かすかに映るのは──“まだ人だった頃の影”。

霧の奥で、巨影がわずかに動いた。
そのたびに霧の濃度が変わり、呼吸が重くなる。
空気が沈み、耳鳴りのような低音が骨を震わせた。

そして──沈んでいた鼓動が、ひとつだけ、世界を揺らした。

──その瞬間、リリアの視界に青白いウィンドウが立ち上がった。
冷たい光の中に、敵の構成情報が淡く浮かび上がる。

《対象エネミー》
名称:灰鎧の将(コードネーム:ガルヴェイン)
レベル:BOSS/Aランク
種別:人型霊鎧種(記憶憑依型)
HP:?????/?????
外殻障壁:四層偏向型(霧干渉)
武装:灰鋼の大剣+霧鎧「モルゲンシェル」
弱点:胸甲内部の霊核(※感情刺激時のみ一時露出)
備考:記憶霧との同調率92%。精神干渉を受けやすい状態。

(……感情刺激時限定、か。つまり──この将は“まだ人だった頃の心”を、鎧の奥に縫い止められている……)
(その心が、かつて誰かを想った瞬間にだけ──鎧は“人の形”を取り戻す。)

(なら、狙うのはそこだ。霊核の中心。その一点を貫けば、ガルヴェインの魂は解放される。)
(受けに回って、その瞬間を見極める。それしかない。)

灰鎧の将が、ゆっくりと首を上げた。
その兜の奥から、深い井戸の底のような視線が突き刺さる。
音もなく、右足が一歩、前に踏み出される。

――たったそれだけで、霧がざわめいた。
地面の小石が跳ね、空気の密度が一段階重くなる。
鎧の隙間で、黒い靄が心臓の鼓動に合わせて脈動した。

次の瞬間、それは呼吸のように膨らみ、
静かな海の波のように押し寄せてくる。
その圧は「相手を斬る」のではなく、
「存在そのものを叩き潰す」意志を帯びていた。

一瞬でも視線を逸らせば、飲まれる──そんな確信が走る。
それでもリリアは視線を逸らさない。

(……来い。絶対退かない)

空気が震え、指先に光が集まる。
柄を握る手が締まり、呼吸が細く研ぎ澄まされる。
心臓は早鐘のように打ち、血の音が耳の奥で重低音を響かせた。

そしてガルヴェインが、腰を沈めた瞬間──風が爆ぜた。
霧が跳ね、金属が地を蹴る。
巨大な影が奔流のように迫る。

霧ごと大地を叩き割り、衝撃の波だけで肺が詰まる。
粉塵が閃光の粒となって弾け、光が滲み、現実と幻の境界が溶けた。

だが、その刃が届くよりも──リリアは風の圧に合わせて一歩だけ身を引いた。
紙一重で、刃をかわす。
踏み込みではない。受け流しでもない。
ただ、相手の“意志”を見極めるための──その一歩だけの退き。

彼を斬らずに救う戦い。
それはセラフィーの願いであり、
そして──リリア自身の、覚悟だった。

静寂が戻る。けれどそれは、恐怖の沈黙ではない。
世界が、ふたりの呼吸を見守るように、ただ静かに凪いでいた。
――これは、剣ではなく、
かつての誰かを取り戻すための祈りだった。
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