『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)

風間玲央

文字の大きさ
14 / 36

『第三話・3: 祈りの残響 ― Requiem for the Living World ― 』

しおりを挟む

足元の泥が、微かに震えた。
呼吸ではない。何かが“形を思い出そう”としている。
霧の底に眠っていた残滓が、ゆっくりと揺れ始めた。
リリアは息を呑み、剣先をわずかに下げる。

(……まさか……霊核が、自分で……?)

灰色の靄が再び集まり始める。
空気の粒子が逆流し、時間の縫い目がほどけていく。
崩れかけた鎧の断片が、音もなく浮かび、ゆっくりと元の形を模していく。
だが、それは“再生”ではなかった。
死が拒絶されている。
世界が、祈りの形を無理に保持しようとしている――そんな光景だった。
――それは、世界がまだ“生きたい”と叫んでいるようにも見えた。

「……ガルヴェイン?」

呼びかける声に、応える者はいない。
けれど、鎧の胸部――霊核のあった場所に、淡い光の粒が一つ、静かに浮かぶ。
それは炎でも魔力でもなく、記憶そのものの残響だった。

光の粒が、風もないのに揺れた。
そのたびに、胸の奥で何かが共鳴する。

鼓動のリズムが、外の世界とずれていく。
奇妙な浮遊感。
霧が消えたはずの空間に、音のない波紋が幾重にも広がっていった。
まるで、世界の記憶をなぞるように。

リリアは胸に手を当てた。
その鼓動が、もう自分のものかどうか――わからなかった。

(……これは……心の中に……?)

「――リリア。」

声がした。
耳ではなく、心臓の奥に直接触れるような響き。

その声は、かつてセラフィーが“師”と呼んだ英雄――
その人の記憶が、今も祈りの底で呼吸しているようだった。

「ガルヴェイン……?」

名を呼んだ瞬間、空気がふっとほどけた。
灰色の世界が淡い光に満たされ、音が遠のいていく。
時間そのものが息を止め、光だけがゆっくりと流れていく。

そこに、鎧を脱いだガルヴェインが立っていた。
その姿は、霧の中に溶ける幻のようでありながら、確かに“生きていた”。
現実と記憶の境目が、ゆっくりとほどけていく。

「……すまなかった。
こんな形で、“未来を担う者”に剣を向けることになるとはな。」

「そんなこと……! 私、ただ……!」

言葉が喉の奥でほどけ、声にならない。
ガルヴェインは、静かに微笑んだ。
その笑みには、悲しみでも後悔でもない――ただ“誇り”があった。

「いい。お前は、見事だったよ。
セラフィーが共に歩むと決めた理由が、今ならわかる。」

「最初にお前の話を聞いた時は――とんでもねぇ奴だと思ったが、
その眼差しは、かつてのわしよりもずっと真っ直ぐだ。」

霧の底で、リリアの瞳が滲む。
涙ではなく、魔力の共鳴。
魂が触れ合うたび、世界が微かに音を立てて鳴る。
光が弦のように震え、ふたりの間を結んでいた。

「わしはもう、この世界の理には触れられない。
肉体も魂も、すでに“記録”の彼方だ。」

「……生き返ることはできん。」

「だが――祈りなら、まだ届く。
リリア。お前が抱いた“願い”を手放すな。」

「……聞け。魔王は、すでに復活した。」

「わしらが命を賭して封じたあの“闇”が、
再びこの大地を蝕み始めている。
世界律は乱れ、祈りの記録がひとつ、またひとつと失われていく。」

「このままでは、世界そのものが“忘却”に沈むだろう。
だが――人の心が祈りを繋ぐ限り、闇はすべてを奪えはしない。
それだけが、まだ残された灯だ。」

「……ガルヴェイン……」

ガルヴェインは、ふと空を見上げた。

「……もう一度だけ、この手で剣を握りたかった。
だが、今はそれすら祈りの形でしか残せぬ。
――だからこそ、託せる。お前たちに。」

「セラフィーを導け。
あの子の中には、私が果たせなかった“終焉への鍵”がある。」

「だが、それを開くのは剣ではなく、お前たちの絆だ。」

「闇を斬り裂け、リリア。祈りの剣で、世界を取り戻せ。」

光が彼の輪郭を包む。
指先からほどけるように、世界が淡く揺れる。
それは消滅ではなく、再び“祈り”へ還るような気配だった。

「行け、リリア。剣はもはや、血を断つための刃ではない。命を繋ぐための灯りだ。」

「……その意味を、お前なら知っているはずだ。
ならば――わしを斬れ。」

「今のわしは既に魔王の傀儡と化し、意志も光も澱(よど)んでいる。
この身を残せば、わしはお前たちの祈りを喰らいつくすだろう。」

「だから、お前の刃で、わしを解き放て。
それが、わしが最後にお前へ託す“覚悟”だ、リリア。」

光が収束し、霧が閉じる。
残ったのは、ただひとつ――
その声が、胸の奥でまだ“生きている”という確信だった。

静寂が戻った──はずだった。
だが次の瞬間、空気の奥で“何か”が脈動した。
それは、もう優しい光ではない。
黒く濁った波が、霊核の欠片から滲み出していた。

「ぐあっ」と喉を裂くような叫び。
それがガルヴェインの声だと気づくまで、ほんの刹那。

(……これは……違う……!)

リリアが踏み出すより早く、光は裂けた。
白と黒がせめぎ合い、火花のように弾ける。
ガルヴェインの姿が一瞬だけ苦痛に歪み、
その眼の奥に、かつての温もりとは違う“何か”が宿る。

「ダメだ、抵抗して!」

リリアの叫びに、ガルヴェインの唇がかすかに震える。

「リ……リリア……逃げ……」

その言葉は、黒い靄に呑まれた。

一瞬で身体が崩れ、霧と鉄の混じった“影”に変わっていく。
鎧が軋み、地面を砕いた。
さっきまでの静寂が嘘のように、空気が悲鳴を上げる。

霊核の中心に走った裂け目から、黒い炎が噴き出した。
その炎は燃えるのではなく、周囲の光を喰らいながら広がっていく。

リリアは後退せず、ただ剣を構えた。

「……ガルヴェインの魂を、穢させはしない。」

世界が一瞬、息を止めた。
そして――黒炎の中から異形の鎧が立ち上がる。
かつて“誇り”と呼ばれたその姿は、
今や世界律の外で“呪いの器”として再生していた。

霊核の奥で、わずかに声がした。

『……誇りを……守れ……守れ……守れ……』
その繰り返しが、やがて獣の咆哮に変わる。

「ガルヴェイン……!」

名を呼ぶ声が、戦場に溶けた。
もう、応答はない。

ただ――“英雄の形をした魔王の傀儡”が、剣を抜く音だけが響いた。

それでも、霧の底で――彼の祈りは、まだ息をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

処理中です...