19 / 36
『第四話・4 : 終焉環葬《デグゼノーバ》──滅びの夜に灯る火』
しおりを挟む
リリアの黄金の瞳が、月光を呑み込む。
その奥に灯るのは、もはや感情ではない。
滅びを告げるためにだけ、研ぎ澄まされた、絶対の意志だった。
沈黙が降りた。
風が退き、夜が息を潜める。
世界の音が遠のき、空気が彼女ひとりを中心に沈み込んでいく。
「――見せてあげる。人間の誇りを理解できないお前に、最初で、そして最期の“神を凌ぐ力”を。」
地の奥が呻くように軋み、音が這い上がる。
彼女の唇が、静寂を裂くように動いた。
「──デグゼノーバ《終焉環葬(しゅうえんかんそう)》、起動詠唱──」
その一言が夜に落ちた瞬間、世界が低く軋んだ。
空気が凍り、月明かりは鈍く濁り、遠くで鳴くはずの虫の声も途絶える。
耳の奥で、見えない巨大な歯車が逆回転を始めるような、不快で骨に響く共鳴が広がった。
――《コード干渉:外部演算権限を確認》
――《警告:詠唱権限が上位存在階層に到達──安定度わずか一割強》
空気の縫い目が裂け、世界がひとつ息を飲んだ。
その声は、呪文ではなかった。天地創造の“書き直し”そのものだった。
色が剥がれ落ちていく。
ヴァルクの視界から赤が消え、青が抜け、やがて光そのものが奪われて灰色に沈む。
足元に二重螺旋の影が広がった。
外輪は紅蓮――ただ燃やすのではなく、存在を焼き削ぐ業火の環。
内輪は漆黒――底無しの闇であり、触れた全てを情報ごと消去する虚無の環。
互いを削り合い、擦れるたびに、因果そのものが火花のように砕けて宙に舞う。
「これは……神すら忌避した“終焉の環”。
かつて天界の書に封じられ、人の身が触れることを禁じられた断罪の権能……!」
ヴァルクの瞳に、初めて恐怖が浮かんだ。
「炎よ――記録を焼き、痕跡を灰と化せ。
闇よ――存在を断ち、その名を時の頁から抹消せよ。」
地が鳴った。大地ではなく、“存在そのものの骨格”が悲鳴を上げていた。
魔法陣は地表に描かれたのではなく、世界座標そのものへと刻まれていた。
輪が回転を速めるたび、空間の繊維が軋み、削がれた現実が黒と赤の灰となって降り積もる。
――《干渉警告:対象ID[VALC-07]……存在参照が破損。修復の兆候なし》
「天にあるは輪廻の環。
地にあるは断罪の環。
今ここで二つを合わせ、因果を焼き葬らん。」
渦が膨張する。
炎の轟きと闇の唸りが同時に押し寄せ、世界の“下書き”が耳の奥で破られていく。
遠くの森は輪郭を失い、月は墨を流したように黒く濁り、星は一つずつ潰れて消えた。
「我が詠は輪廻を閉じ、我が環は因果を断つ。
すべての名を頁から抹消し、灰と虚無に還せ。
──これぞ因果断ちの鍵、最終環の執行。」
――《実行承認:終焉プロトコル / フェーズ3》
「デグゼノーバ!!《終焉環葬》!!」
両の環が重なった瞬間、轟音が夜を裂き、二重の衝撃波が大地を叩き割る。
紅蓮は存在を焼き切り、漆黒は痕跡を喰らい、ヴァルクの立つ座標そのものを削り落としていった。
紅蓮の外環が皮膚を剥ぎ、漆黒の内環が骨をなぞりながら内側を崩す。
筋肉が焼ける匂いが夜を満たし、鎧の層が金属音を響かせながら情報の層ごと削られていく。
「う……お……おおおッ!? な、なんだこれは……ッ!」
「や……やめろ……っ、母さん……!」
その声は、魔族の仮面を脱ぎ捨てた“人”の叫びだった。
守りたかったものの名を、最後の瞬間にだけ取り戻した。
だがヴァルクは、歯を食いしばり、虚勢の笑みを貼り付ける。
「……フッ、これで終わりか……だが……“死鋼の刈り手”は……また……」
その笑みすら、炎に焼かれ、闇に呑まれ、骨も影も、そして存在の記録すら霧散した。
――《対象ID[VALC-07]……消去完了》
その場に残ったのは、半径二百メートルの完全消失領域。
そこには草も、土も、石も、空気さえ存在しない。
大地は“切り抜かれた”かのように、真下へ向かって無限に落ち込む、紅に脈打つ黒の奈落へと変わっていた。
境界に立つだけで、自分の“名前”が一文字ずつ削られていく錯覚が走る。
月光さえこの領域を避け、影は存在の余熱だけを残していた。
時間すら、この領域を避けて流れるのをやめたかのようだった。
その淵に――剣を下ろしたリリアがただ一人立つ。
風はなく、音もなく、ただ彼女の呼吸だけが夜を刻んでいた。
彼女はゆっくりと瞼を閉じ、深く一息を吐き出す。
胸の奥で、戦場の熱がようやく静まり、わずかな温もりだけが残っていく。
その温もりは、守り抜いた誇りの証。
セラフィーと、師のガルヴェインが残した“最後の火”が、彼女の胸に灯っている。
その火は小さな痛みと共に、涙を堪えるほどの熱を宿していた。
静かに、確かに――滅びの夜を照らす、最後の火だった。
その奥に灯るのは、もはや感情ではない。
滅びを告げるためにだけ、研ぎ澄まされた、絶対の意志だった。
沈黙が降りた。
風が退き、夜が息を潜める。
世界の音が遠のき、空気が彼女ひとりを中心に沈み込んでいく。
「――見せてあげる。人間の誇りを理解できないお前に、最初で、そして最期の“神を凌ぐ力”を。」
地の奥が呻くように軋み、音が這い上がる。
彼女の唇が、静寂を裂くように動いた。
「──デグゼノーバ《終焉環葬(しゅうえんかんそう)》、起動詠唱──」
その一言が夜に落ちた瞬間、世界が低く軋んだ。
空気が凍り、月明かりは鈍く濁り、遠くで鳴くはずの虫の声も途絶える。
耳の奥で、見えない巨大な歯車が逆回転を始めるような、不快で骨に響く共鳴が広がった。
――《コード干渉:外部演算権限を確認》
――《警告:詠唱権限が上位存在階層に到達──安定度わずか一割強》
空気の縫い目が裂け、世界がひとつ息を飲んだ。
その声は、呪文ではなかった。天地創造の“書き直し”そのものだった。
色が剥がれ落ちていく。
ヴァルクの視界から赤が消え、青が抜け、やがて光そのものが奪われて灰色に沈む。
足元に二重螺旋の影が広がった。
外輪は紅蓮――ただ燃やすのではなく、存在を焼き削ぐ業火の環。
内輪は漆黒――底無しの闇であり、触れた全てを情報ごと消去する虚無の環。
互いを削り合い、擦れるたびに、因果そのものが火花のように砕けて宙に舞う。
「これは……神すら忌避した“終焉の環”。
かつて天界の書に封じられ、人の身が触れることを禁じられた断罪の権能……!」
ヴァルクの瞳に、初めて恐怖が浮かんだ。
「炎よ――記録を焼き、痕跡を灰と化せ。
闇よ――存在を断ち、その名を時の頁から抹消せよ。」
地が鳴った。大地ではなく、“存在そのものの骨格”が悲鳴を上げていた。
魔法陣は地表に描かれたのではなく、世界座標そのものへと刻まれていた。
輪が回転を速めるたび、空間の繊維が軋み、削がれた現実が黒と赤の灰となって降り積もる。
――《干渉警告:対象ID[VALC-07]……存在参照が破損。修復の兆候なし》
「天にあるは輪廻の環。
地にあるは断罪の環。
今ここで二つを合わせ、因果を焼き葬らん。」
渦が膨張する。
炎の轟きと闇の唸りが同時に押し寄せ、世界の“下書き”が耳の奥で破られていく。
遠くの森は輪郭を失い、月は墨を流したように黒く濁り、星は一つずつ潰れて消えた。
「我が詠は輪廻を閉じ、我が環は因果を断つ。
すべての名を頁から抹消し、灰と虚無に還せ。
──これぞ因果断ちの鍵、最終環の執行。」
――《実行承認:終焉プロトコル / フェーズ3》
「デグゼノーバ!!《終焉環葬》!!」
両の環が重なった瞬間、轟音が夜を裂き、二重の衝撃波が大地を叩き割る。
紅蓮は存在を焼き切り、漆黒は痕跡を喰らい、ヴァルクの立つ座標そのものを削り落としていった。
紅蓮の外環が皮膚を剥ぎ、漆黒の内環が骨をなぞりながら内側を崩す。
筋肉が焼ける匂いが夜を満たし、鎧の層が金属音を響かせながら情報の層ごと削られていく。
「う……お……おおおッ!? な、なんだこれは……ッ!」
「や……やめろ……っ、母さん……!」
その声は、魔族の仮面を脱ぎ捨てた“人”の叫びだった。
守りたかったものの名を、最後の瞬間にだけ取り戻した。
だがヴァルクは、歯を食いしばり、虚勢の笑みを貼り付ける。
「……フッ、これで終わりか……だが……“死鋼の刈り手”は……また……」
その笑みすら、炎に焼かれ、闇に呑まれ、骨も影も、そして存在の記録すら霧散した。
――《対象ID[VALC-07]……消去完了》
その場に残ったのは、半径二百メートルの完全消失領域。
そこには草も、土も、石も、空気さえ存在しない。
大地は“切り抜かれた”かのように、真下へ向かって無限に落ち込む、紅に脈打つ黒の奈落へと変わっていた。
境界に立つだけで、自分の“名前”が一文字ずつ削られていく錯覚が走る。
月光さえこの領域を避け、影は存在の余熱だけを残していた。
時間すら、この領域を避けて流れるのをやめたかのようだった。
その淵に――剣を下ろしたリリアがただ一人立つ。
風はなく、音もなく、ただ彼女の呼吸だけが夜を刻んでいた。
彼女はゆっくりと瞼を閉じ、深く一息を吐き出す。
胸の奥で、戦場の熱がようやく静まり、わずかな温もりだけが残っていく。
その温もりは、守り抜いた誇りの証。
セラフィーと、師のガルヴェインが残した“最後の火”が、彼女の胸に灯っている。
その火は小さな痛みと共に、涙を堪えるほどの熱を宿していた。
静かに、確かに――滅びの夜を照らす、最後の火だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる