バンディエラ

raven11

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始まらないと分からない

1-3

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「オーケー、オーケーそれでラストにしていい。ぼちぼち時間だ」 
 コーチの前で二人、十本ずつぐらいメニューを消化しただろうか。
 肉体的にはそんなに疲れてはいない。だが、一本ずつ集中してやったからか精神的に少し消耗した。
 やはり見られていると意識すると、変に力が入ってしまう。それを抑えるようにプレーすると普段より疲れる気がする。でも、失敗はしたくないし。
 まぁ、プレー自体は悪くなかったと思う。
 コーチからドリンクを渡され、ありがたく望月と二人で飲む。
「二人、ポジションは? 希望のポジションでもいいし、やってたとこでもいい。今日のゲームは……そうだな、20分好きなとこでやってもらおうか」
「フォワードです」
「中盤ならどこでも」
「望月はフォワード、瀬野は中盤か……よし、分かった」
 少し考えて、松山コーチが顔を上げる。
「二人は別チームでやってもらう。嶺井、チーム分けはできた?」
「大体できました」
「それじゃ、望月は小林のチーム。あ、ちょっと待って」
 と再び、考えるコーチ。
「小林、お前今日どっちだ?」
 どういう意味だろうか?
「今日はボランチやります」
「おーし、オーケー。望月は小林のチーム、瀬野は嶺井のチームに入って」
「うっす」
「分かりました」
 とりあえず、あいつと同じチームにならなくて良かった。
「よろしくお願いします」
「一年?」
「一年です」
「よろしく、名前は?」
「瀬野です」
「瀬野ね。このビブス着て」
 蛍光緑の6番のビブスを渡される。
「4-4-2の真ん中、俺とダブルボランチな。バランスはどうする?」
 同じボランチで組んだ牧田という先輩はよく話しかけてくれた。
「下がり目でやります。パス出していくので」
「よっし、守備は二人とも戻るからそのつもりでな。後ろから嶺井さんが声掛けてくれるだろうから、それ優先して」
 センターバックに嶺井という先輩が入っていた。牧田先輩が敬語で話しているところをみると三年生だろうか。チームの司令塔の役割を果たしているようだ。
「分かりました」
 他は好きにやってくれ、と笑顔を見せてくれた。
 頭をゲームに向けて切り替える。
 とりあえず、一本、キーパスを送ろう。それがアシストならなおよし、チャンスがあるなら積極的にゴールを狙う。
 そして、望月のキックオフでゲームは始まった。

 調子の良い時はなんだって分かるものだ。
 味方が動き出す瞬間。敵が寄せてくるタイミング。パスを出すコース、出すタイミング、球種、強弱、飛距離。
 歯車が噛み合って回るかのように全てが自分の予定調和に動く。
 相手の動き、味方の動きを見て、数ある選択肢の中から自分がやれる限りの最適解を直感的に善処していく。
 プレー中にも関わらず、他人事のように脳裏にはピッチが浮かんでくる様子はバーチャルでサッカーゲームをやっているようだ。

 パスが回ってくる。相手ディフェンスがコースを限定するため寄せてくるのを確認。
 味方選手が走り出す。それを一瞬で視界に入れておく。
 トラップしたボールにバックスピンがかかり、次に蹴る利き脚に丁度おりてくるのを尻目に、パスを出そうと考えている味方とは逆の方向に視線を動かし、体の向きも腰から下はそちらに向ける。
 こちらの意図を汲んでその方向にいる味方が走り出す。
 ただ、ごめん。敵を欺くならなんとやらってやつだ。そっちの方向にパスを出すつもりはない。でも、その動き出しは無駄にはしない。
 視線を感じ取った相手がそのパスコースを切るため、視線の方向へ体重移動。さらに距離を詰めてくる。
 相手の重心が踏み出した足に移った瞬間、腰を無理やり回転させその反動を利用し、ノールックで視線と逆側に味方が走り込んできているであろう距離の僅か先のスペースにパスを出した。
 ボールには十分な回転を掛けてある。味方のファーストタッチで丁度ボールが収まるような強弱と、逆回転を加えるトラップでボールの勢いが確実に死ぬように。それでいて弱すぎることなく、もちろんライン割るほどは強くないボールだ。
 こちらの意図を汲んで走っていれば簡単にトラップできるように。そう、ある意味このパスには命令が含まれている。
 お前は俺が出す先に走れ、と。
 ワンタッチで綺麗にボールを収めた味方のシュート。
 それは惜しくも枠の外に飛んでいった。
 ヒュー、とどこからか口笛が吹かれる。
「あの一年やるじゃん」
「今のいいパスだった」
「瀬野ナイスプレー」
「……ども」
 されとて、点が入らないと何の意味も無い。
 キーパスを何本通そうが、ゼロでは勝てないのがサッカーだ。
 集中、今の精度を保て。
 どんなゲームでもピッチに立った以上負けたくない。
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