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偽りのフェミ
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「これだから男ってほんと、哀れよね」
白く整えられた爪先でカップを持ち上げながら、蓮水凛花は笑った。ティーカップの向こう、スマートフォンのカメラが録画中の光を灯している。フォロワー十数万、若い女性から“ミズキ様”と崇められるSNSの女王が、また一つ炎上ギリギリの発言を放つ。
「偉そうに女に説教してくる癖に、自分の孤独に気づいてない。だから、ああいうのって絶対に不幸になるの。ね、みんなもそう思うでしょ?」
スマートフォン越しに彼女は微笑む。どこか上から見下ろすような眼差しと、整った横顔。整形を疑う声もあったが、否定も肯定もしないまま、上手に話題を流してきた。
配信のコメント欄には「さすがミズキ様!」「代弁してくれてスッキリした!」「今日も神回」と賛美の言葉が溢れる。
彼女は、強かった。少なくとも画面の中では。
配信を終えると凛花は眉間を押さえた。少し神経を使いすぎた。今日はバズらせるため、いつもより踏み込んだ話題を扱ったからだ。過激に見せながらギリギリを突く。それが彼女の戦略だった。
キッチンカウンターには、ブランドの紙袋。先日「スポンサーさん」に買ってもらったバッグがまだ封も開けられずに放置されている。
スマートフォンの通知が一つ。
《今日、ちょっとだけ会えないかな?プレゼントもあるよ》
相手は五十代後半、建築関連の会社経営者。凛花の言葉を「頭がいい」「勉強になる」と本気で信じている男だった。
「……あー、めんど」
凛花はスマートフォンを放り、ベッドに仰向けになった。上品な配信の声とは別人のように、だるそうな声を漏らす。
けれど切りたくはない。あの男の振り込み一つで生活が変わるのだ。高級ホテルのスイート、整形費用、ブランドバッグ、撮影用照明機材、“女の味方”を演じるための準備は全部男から貢がせたものだ。
「ほんっと、どいつもこいつも全員クソ。男も女も依存してるだけなのに」
フェミニズムを利用しているだけの凜花の本性を見破ったのか、かつて彼女のSNSに批判した女性がいた。凛花の過激な発言に「フェミニズムを歪めている」と真っ当な意見を述べただけの一般女性。だが、それだけで凛花は彼女を晒し、「男に媚びる裏切り者」とフォロワーに断じさせ、SNSから追い出した。
凛花は勝ってきたのだ。言葉の暴力で、計算された涙で、空虚な言葉で。
そして今日もまた、彼女のフォロワーたちは称賛を送る。
画面の中では、正義の女神。現実では、男に金で飼われた女。
だがそんな日々を送っていたある日、DMの通知が鳴った。
『ミズキ様って、本当に私たちの味方なんですか?』
そんな書き出しから始まる長文のメッセージに、蓮水凛花は即座に目を細めた。
まただ。最近になって、こういう“空気の読めない女”が増えてきた。
『支援してますって嘘だったんですね』
『過去のツイート、あれ、女性を晒してますよね?』
『私はあなたに晒されて、人生変わりました』
うんざりしたようにスマートフォンを伏せる。
だが、凛花は無視しない。むしろ即座に行動に出た。
匿名アカウントを複数使い、「この女、自作自演じゃね?」とコメント。自分を批判した女を「メンヘラ」「逆恨み」「ネットリンチの加担者」と印象づけるように、言葉を仕込んだ。
言葉の暴力にかけては、プロだった。
だが、その影で動き始めた者たちがいた。
◆
「……あ、この人も“ミズキ”にやられてる」
カフェの隅、ノートパソコンを開いた紗季は、震える指先でキーボードを打つ。彼女は三年前、凛花に反論しただけで、スクリーンショットを晒され、嘲笑され、「女の敵」と断罪された。その日以来、彼氏とは別れ、職場でも噂され、しばらくはSNSを見ることが出来ない日々があった。
けれど今日、偶然目にした匿名掲示板で数名の凜花の晒し被害者が愚痴を言い合っていた。
『ミズキ様に晒された女性たちって、今どうしてるんだろう』
『私も晒されました。まだ心療内科に通ってます』
『あの人、フェミって言いながら、女すら敵にしてるよね』
同じ傷を持つ者たちが静かに言葉を交わしていた。紗季は迷いながらもメッセージを送った。
『私も…あの人に壊された一人です』
反応は早かった。数人の匿名ユーザーから共感と励ましの返信。やがて、彼女たちは専用スレッドを作り、過去を語り合い始める。
その数日後。スレッド内に男性からの投稿が届いた。
《はじめまして。俺も、彼女に利用されてました》
証拠として送られてきたのは、複数の通帳記録、メッセージのスクショ、ホテルの出入り写真。それも複数の男との記録。男性が言うには、凜花に用済みとして捨てられた男たちのコミュニティが存在しているらしい。
男性の証言の中には「金を渡したら態度が豹変した」「整形費用も支払ったのに連絡を絶たれた」など、生々しい内容も含まれていた。
スレッドの女性たちが息を呑む。彼女たちは今まで、自分たちの傷が“小さな傷”だと思っていた。
でもそれは違ったのだ。
あの女は、誰彼かまわず、利用できる人間を切り捨てて生きてきた。女も、男も。自分が“女”であることを利用して。
だからこそ、彼女は強かった。だがそれは女性の権利を守るという正義とはかけ離れたものだ。彼女の偽りの仮面は剥がれかけていた。
◆
ある暴露系動画配信者の元に、一本のファイルが届いた。件名は「SNSで崇められる偽フェミの裏顔について」。その中には、証拠の山があった。晒しのログ、音声データ、DM履歴、振込明細、顔のビフォーアフター写真。
送り主の名は記されていない。だが、その声には確かな怒りと、悲しみと、そして覚悟が込められていた。
静かだった水面が小さく揺れ始め、やがてそれは濁流へと変わるのだ。
凛花はまだ、何も気づいていない。いつも通り、偉そうな言葉を並べながら、新しい動画の撮影を始めていた。
けれどその背後で、最初の“崩壊のカウントダウン”が、すでに始まっていた。
◆
「凛花さん、例の案件、タイアップの延期が決まりました」
マネージャーの女性が低い声で告げた。蓮水凛花は眉をひそめ、スマートフォンをいじる手を止める。
「延期? 意味わかんないんだけど」
「企業側が…どうも、“イメージの再検討”を進めているそうで…」
「は? あたしが何かしたっての? ちゃんと炎上しないギリで回してきたじゃん」
凛花はそう言いながらSNSを開いた。そして、凍りつく。
タイムラインに並ぶ、見慣れないサムネイル。
【#偽フェミの真実】
【元信者が語るミズキ様の裏側】
【女を守るフリをして女も男も食い物に】
すべて自分に向けられたものだった。
最初に火をつけたのは、あの動画配信者だった。暴露動画の再生回数はすでに数十万を超え、コメント欄には怒りや失望の声が溢れている。
『元信者だけど、本当に信じてた。自分が馬鹿だった』
『こんな女に“女の敵”扱いされたの、人生返してほしい』
『パパ活で稼いでた癖に“自立した女性”って何の冗談?』
動画の中では男に媚びた裏のやりとり、さらには整形前後の変遷も暴かれていた。「フェミニズム」を装いながら、実際は男に金を出させ、都合の悪い女を攻撃していた。
その証拠が、冷酷なナレーションと共に淡々と読み上げられていく。
凛花は何度も否定ツイートを試みた。
『全部デマです。嫉妬に狂った人間の作り話』
『男に飼われてたとか言ってるけど、証拠ないでしょ?』
だがコメント欄は彼女に牙を剥いた。
『その証拠、全部出てるんだよなぁ』
『晒された人の証言、複数出てる時点で詰んでるよ』
『正義を騙った悪が一番タチ悪い』
炎上は一日で収まらなかった。企業は次々に契約を打ち切り、フォロワーは減り続け、まとめブログやニュース系チャンネルにも取り上げられた。
翌日、彼女の名前はSNSのトレンド一位になった。だが、その横に並ぶのは「信者脱退」「過去被害者の告発」「整形詐称」「裏垢晒し」などの不名誉な単語ばかり。
そして、その中で一際、彼女の心を抉ったものがある。
【晒された女性たちが、今どうしているか】
そんな特集をした匿名配信者の動画。
そこには、かつて凛花に晒され、人生を狂わされた女たちが顔も出さずに語る証言が流れていた。
「仕事を失いました。就職活動でも“あの人”の晒し画像が出回っていて…」
「家族にも“ネットで問題を起こした人間”として距離を取られました」
「自殺未遂をしたこともあります。でも、今は…仲間ができて、もう一度立ち上がれたんです」
動画の最後、静かな画面に文字が浮かぶ。
《あなたに晒された私たちは、決して“被害者のまま”ではいない》
凛花の顔が引きつる。自分が支配していたと思っていた相手が、決して倒れてなどいなかった。這い上がり、静かに、着実に、復讐の機会をうかがっていたのだ。
《あなたのアカウントは凍結されました》
画面に表示されたその一文で、凛花の世界は一気に暗転する。フォロワーも、信者も、広告収入も、すべてが瓦解。
スマートフォンを持つ手が震える。
「なんで…あたしが……」
だが、それは始まりにすぎなかった。彼女に金を流していた男たちの企業が調査対象になり、中には脱税の疑いで捜査が入る者もいた。
テレビは彼女を「偽フェミ」「男にも女にも嘘をついた女」と面白おかしく報じる。マスコミに追われ、身を隠し、かつて彼女が「哀れ」と罵った男たちと同じように、蓮水凛花は孤独に陥っていった。
◆
雨は、朝から降り続いていた。蓮水凛花は、傘も差さずに駅前の公衆トイレから出てきた。
ホテルも、タワマンも、仕事もフォロワーも、もうない。金なんて男がいくらでも貢いでくれる、そう考えていた彼女には大した蓄えはなく、企業からの違約金を支払うにはブランド品を売ってどうにかするしかなかった。家賃も支払えず、今はネットカフェを転々とする日々だった。
頼れる男たちは真っ先に逃げた。心酔していた女たちは「利用されていた」と口を揃え、手のひらを返した。
街を歩けば、顔を背ける者もいれば、こっそりとスマートフォンを構える者もいた。
マスクと帽子をかぶっても、整形後の顔はネットに散々出回った。
一度燃えた名前は、二度と洗えない。どんなに匿名で生き直そうとしても、「ミズキ様=蓮水凛花」その公式は、永久に検索結果から消えない。
ある日、ネットに一本の書き込みが投稿された。とある地方都市のビジネスホテルで、身元不明の女が“滞在者の荷物を盗もうとした”という通報。映像に映っていた女の顔はやつれ、目の焦点が合っていなかった。
あれが、ミズキ様なのかと、SNSでは少しだけ話題に上がった。かつての信者たちは、面白がるように「哀れだね」とコメントを残していた。
夜、誰も見ていない高架下で、凛花はコンビニの袋を抱えてしゃがみ込んだ。SNSで声を上げれば、かつては数千のいいねがついた。今は、声を上げても、誰も振り返らない。
目の前を通り過ぎる男がひとり。凛花は、わずかに口元を動かした。
「……ねぇ、ちょっと、泊まるとこ、探してて……」
男は一瞬だけ足を止めたが、無言のまま立ち去った。その背中を見送りながら、凛花は薄く笑った。
雨は止む気配を見せず、街は凛と冷えていた。その寒さの中で、誰にも気づかれぬまま、蓮水凛花は静かに座り込んでいた。
彼女も、誰にも憐れまれぬ存在として、
夜の中に溶けていった。
白く整えられた爪先でカップを持ち上げながら、蓮水凛花は笑った。ティーカップの向こう、スマートフォンのカメラが録画中の光を灯している。フォロワー十数万、若い女性から“ミズキ様”と崇められるSNSの女王が、また一つ炎上ギリギリの発言を放つ。
「偉そうに女に説教してくる癖に、自分の孤独に気づいてない。だから、ああいうのって絶対に不幸になるの。ね、みんなもそう思うでしょ?」
スマートフォン越しに彼女は微笑む。どこか上から見下ろすような眼差しと、整った横顔。整形を疑う声もあったが、否定も肯定もしないまま、上手に話題を流してきた。
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彼女は、強かった。少なくとも画面の中では。
配信を終えると凛花は眉間を押さえた。少し神経を使いすぎた。今日はバズらせるため、いつもより踏み込んだ話題を扱ったからだ。過激に見せながらギリギリを突く。それが彼女の戦略だった。
キッチンカウンターには、ブランドの紙袋。先日「スポンサーさん」に買ってもらったバッグがまだ封も開けられずに放置されている。
スマートフォンの通知が一つ。
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相手は五十代後半、建築関連の会社経営者。凛花の言葉を「頭がいい」「勉強になる」と本気で信じている男だった。
「……あー、めんど」
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けれど切りたくはない。あの男の振り込み一つで生活が変わるのだ。高級ホテルのスイート、整形費用、ブランドバッグ、撮影用照明機材、“女の味方”を演じるための準備は全部男から貢がせたものだ。
「ほんっと、どいつもこいつも全員クソ。男も女も依存してるだけなのに」
フェミニズムを利用しているだけの凜花の本性を見破ったのか、かつて彼女のSNSに批判した女性がいた。凛花の過激な発言に「フェミニズムを歪めている」と真っ当な意見を述べただけの一般女性。だが、それだけで凛花は彼女を晒し、「男に媚びる裏切り者」とフォロワーに断じさせ、SNSから追い出した。
凛花は勝ってきたのだ。言葉の暴力で、計算された涙で、空虚な言葉で。
そして今日もまた、彼女のフォロワーたちは称賛を送る。
画面の中では、正義の女神。現実では、男に金で飼われた女。
だがそんな日々を送っていたある日、DMの通知が鳴った。
『ミズキ様って、本当に私たちの味方なんですか?』
そんな書き出しから始まる長文のメッセージに、蓮水凛花は即座に目を細めた。
まただ。最近になって、こういう“空気の読めない女”が増えてきた。
『支援してますって嘘だったんですね』
『過去のツイート、あれ、女性を晒してますよね?』
『私はあなたに晒されて、人生変わりました』
うんざりしたようにスマートフォンを伏せる。
だが、凛花は無視しない。むしろ即座に行動に出た。
匿名アカウントを複数使い、「この女、自作自演じゃね?」とコメント。自分を批判した女を「メンヘラ」「逆恨み」「ネットリンチの加担者」と印象づけるように、言葉を仕込んだ。
言葉の暴力にかけては、プロだった。
だが、その影で動き始めた者たちがいた。
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「……あ、この人も“ミズキ”にやられてる」
カフェの隅、ノートパソコンを開いた紗季は、震える指先でキーボードを打つ。彼女は三年前、凛花に反論しただけで、スクリーンショットを晒され、嘲笑され、「女の敵」と断罪された。その日以来、彼氏とは別れ、職場でも噂され、しばらくはSNSを見ることが出来ない日々があった。
けれど今日、偶然目にした匿名掲示板で数名の凜花の晒し被害者が愚痴を言い合っていた。
『ミズキ様に晒された女性たちって、今どうしてるんだろう』
『私も晒されました。まだ心療内科に通ってます』
『あの人、フェミって言いながら、女すら敵にしてるよね』
同じ傷を持つ者たちが静かに言葉を交わしていた。紗季は迷いながらもメッセージを送った。
『私も…あの人に壊された一人です』
反応は早かった。数人の匿名ユーザーから共感と励ましの返信。やがて、彼女たちは専用スレッドを作り、過去を語り合い始める。
その数日後。スレッド内に男性からの投稿が届いた。
《はじめまして。俺も、彼女に利用されてました》
証拠として送られてきたのは、複数の通帳記録、メッセージのスクショ、ホテルの出入り写真。それも複数の男との記録。男性が言うには、凜花に用済みとして捨てられた男たちのコミュニティが存在しているらしい。
男性の証言の中には「金を渡したら態度が豹変した」「整形費用も支払ったのに連絡を絶たれた」など、生々しい内容も含まれていた。
スレッドの女性たちが息を呑む。彼女たちは今まで、自分たちの傷が“小さな傷”だと思っていた。
でもそれは違ったのだ。
あの女は、誰彼かまわず、利用できる人間を切り捨てて生きてきた。女も、男も。自分が“女”であることを利用して。
だからこそ、彼女は強かった。だがそれは女性の権利を守るという正義とはかけ離れたものだ。彼女の偽りの仮面は剥がれかけていた。
◆
ある暴露系動画配信者の元に、一本のファイルが届いた。件名は「SNSで崇められる偽フェミの裏顔について」。その中には、証拠の山があった。晒しのログ、音声データ、DM履歴、振込明細、顔のビフォーアフター写真。
送り主の名は記されていない。だが、その声には確かな怒りと、悲しみと、そして覚悟が込められていた。
静かだった水面が小さく揺れ始め、やがてそれは濁流へと変わるのだ。
凛花はまだ、何も気づいていない。いつも通り、偉そうな言葉を並べながら、新しい動画の撮影を始めていた。
けれどその背後で、最初の“崩壊のカウントダウン”が、すでに始まっていた。
◆
「凛花さん、例の案件、タイアップの延期が決まりました」
マネージャーの女性が低い声で告げた。蓮水凛花は眉をひそめ、スマートフォンをいじる手を止める。
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「は? あたしが何かしたっての? ちゃんと炎上しないギリで回してきたじゃん」
凛花はそう言いながらSNSを開いた。そして、凍りつく。
タイムラインに並ぶ、見慣れないサムネイル。
【#偽フェミの真実】
【元信者が語るミズキ様の裏側】
【女を守るフリをして女も男も食い物に】
すべて自分に向けられたものだった。
最初に火をつけたのは、あの動画配信者だった。暴露動画の再生回数はすでに数十万を超え、コメント欄には怒りや失望の声が溢れている。
『元信者だけど、本当に信じてた。自分が馬鹿だった』
『こんな女に“女の敵”扱いされたの、人生返してほしい』
『パパ活で稼いでた癖に“自立した女性”って何の冗談?』
動画の中では男に媚びた裏のやりとり、さらには整形前後の変遷も暴かれていた。「フェミニズム」を装いながら、実際は男に金を出させ、都合の悪い女を攻撃していた。
その証拠が、冷酷なナレーションと共に淡々と読み上げられていく。
凛花は何度も否定ツイートを試みた。
『全部デマです。嫉妬に狂った人間の作り話』
『男に飼われてたとか言ってるけど、証拠ないでしょ?』
だがコメント欄は彼女に牙を剥いた。
『その証拠、全部出てるんだよなぁ』
『晒された人の証言、複数出てる時点で詰んでるよ』
『正義を騙った悪が一番タチ悪い』
炎上は一日で収まらなかった。企業は次々に契約を打ち切り、フォロワーは減り続け、まとめブログやニュース系チャンネルにも取り上げられた。
翌日、彼女の名前はSNSのトレンド一位になった。だが、その横に並ぶのは「信者脱退」「過去被害者の告発」「整形詐称」「裏垢晒し」などの不名誉な単語ばかり。
そして、その中で一際、彼女の心を抉ったものがある。
【晒された女性たちが、今どうしているか】
そんな特集をした匿名配信者の動画。
そこには、かつて凛花に晒され、人生を狂わされた女たちが顔も出さずに語る証言が流れていた。
「仕事を失いました。就職活動でも“あの人”の晒し画像が出回っていて…」
「家族にも“ネットで問題を起こした人間”として距離を取られました」
「自殺未遂をしたこともあります。でも、今は…仲間ができて、もう一度立ち上がれたんです」
動画の最後、静かな画面に文字が浮かぶ。
《あなたに晒された私たちは、決して“被害者のまま”ではいない》
凛花の顔が引きつる。自分が支配していたと思っていた相手が、決して倒れてなどいなかった。這い上がり、静かに、着実に、復讐の機会をうかがっていたのだ。
《あなたのアカウントは凍結されました》
画面に表示されたその一文で、凛花の世界は一気に暗転する。フォロワーも、信者も、広告収入も、すべてが瓦解。
スマートフォンを持つ手が震える。
「なんで…あたしが……」
だが、それは始まりにすぎなかった。彼女に金を流していた男たちの企業が調査対象になり、中には脱税の疑いで捜査が入る者もいた。
テレビは彼女を「偽フェミ」「男にも女にも嘘をついた女」と面白おかしく報じる。マスコミに追われ、身を隠し、かつて彼女が「哀れ」と罵った男たちと同じように、蓮水凛花は孤独に陥っていった。
◆
雨は、朝から降り続いていた。蓮水凛花は、傘も差さずに駅前の公衆トイレから出てきた。
ホテルも、タワマンも、仕事もフォロワーも、もうない。金なんて男がいくらでも貢いでくれる、そう考えていた彼女には大した蓄えはなく、企業からの違約金を支払うにはブランド品を売ってどうにかするしかなかった。家賃も支払えず、今はネットカフェを転々とする日々だった。
頼れる男たちは真っ先に逃げた。心酔していた女たちは「利用されていた」と口を揃え、手のひらを返した。
街を歩けば、顔を背ける者もいれば、こっそりとスマートフォンを構える者もいた。
マスクと帽子をかぶっても、整形後の顔はネットに散々出回った。
一度燃えた名前は、二度と洗えない。どんなに匿名で生き直そうとしても、「ミズキ様=蓮水凛花」その公式は、永久に検索結果から消えない。
ある日、ネットに一本の書き込みが投稿された。とある地方都市のビジネスホテルで、身元不明の女が“滞在者の荷物を盗もうとした”という通報。映像に映っていた女の顔はやつれ、目の焦点が合っていなかった。
あれが、ミズキ様なのかと、SNSでは少しだけ話題に上がった。かつての信者たちは、面白がるように「哀れだね」とコメントを残していた。
夜、誰も見ていない高架下で、凛花はコンビニの袋を抱えてしゃがみ込んだ。SNSで声を上げれば、かつては数千のいいねがついた。今は、声を上げても、誰も振り返らない。
目の前を通り過ぎる男がひとり。凛花は、わずかに口元を動かした。
「……ねぇ、ちょっと、泊まるとこ、探してて……」
男は一瞬だけ足を止めたが、無言のまま立ち去った。その背中を見送りながら、凛花は薄く笑った。
雨は止む気配を見せず、街は凛と冷えていた。その寒さの中で、誰にも気づかれぬまま、蓮水凛花は静かに座り込んでいた。
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