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境界を歩く日常
003 祝詞
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純白の濃霧があたりを包む、湿った感覚が肌にまとわりつく。
街道と危険域の境に、黄色と赤色の警告版が立っていた。
『危険域。無許可立入禁ズ』
先が見えない濃霧の先に赤いロープが伸びていた。
四人が息をのむ。
クロエは、深刻さを感じ始めた四人を一瞥する。
五分。入山の祝詞をつぶやいた。
――問題はこれからだ。
クロエが自分のブーツに灰を塗る。
「皆さんも、この灰を靴底に塗ってください」
「新品のブーツが汚れるじゃないか」
レオンが軽く拒む。
「灰なので洗えばすぐ落ちますよ」
「いいですか。境界を超えるときは縄を絶対に放さないで下さい」
クロエは慣れた手つきで、杖にクリスタル製の鈴をつける。
クロエは、小声で付け加える。
「境で縄を放して帰って来た者はおりません」
先導を切って濃霧の中に入っていった。
「前が見えない…!」
レオンが悲鳴にも近い声を上げる。
「このロープを放した人はどうなったの?」
魔術師シオンの蒼い目の奥が、かすかに光を帯びた。
「虚空を永遠に彷徨うと言われています」
四人が思わず息を飲む。
「ひぃ!」
治癒術師ミリナが奇声を上げる。先頭のクロエが立ち止まる。
「近くに何か黒い影が見えました!」
治癒術師ミリナの報告に、クロエの胸の内に小さな警告が鳴る。
十体ほどの黒い影を一瞥する。
――亡者か。まずい。
「急ぎます」
クロエは、競歩ぐらいのスピードで進む。
「誰だ?声が聞こえる…」
盾剣士ガルドが、小言をつぶやく。
「絶対に返事はしないで下さい」
クロエは息を弾ませ濃霧を進む。
すでに、足元は何を踏んでいるのかすら分からない。
手に伝う縄だけが、現実だった。
「ふむ。幻覚魔法までかかるのか…」
シオンが興味深げにぶつぶつ言っている。
三十分。霧は終わらなかった。
先導するクロエが、霧を抜けた。
薄暗い森林地帯だ。
クロエは、壁のような濃霧の境界を振り返ると四人を待つ。
レオン。ミリナ。シオン。ガルド。全員無事。境を超える。
「死ぬかと思った…」
「まだ声が聞こえる…」
「だめだ。寒い!」
「誰だ!俺の悪口を言うやつは!」
クロエは赤い瞳で四人を確認する。
肩、背、足元。
黒い付着。
四名すべて。――亡者を拾っている。
「一度、除霊を行います。少し黙っててください」
四人をクロエの前に正座させる。
クロエの赤い瞳だけが、暗い森林で灯っている。
クロエは三度、ゆっくりと息を吐いた。
クリスタルの鈴が、間を刻む。
霧は壁。
壁は境。
境は選ぶ。
息ある者を通し、
名なき影を退ける。
森の息よ、静まれ。
石の記憶よ、閉じよ。
根の道よ、乱れるな。
我らは生を携え、
死をここに残す。
影よ、帰れ。
声よ、絶えよ。
虚ろなるもの、道を違えるな。
境を守る導きの神、
ヴェルドールよ、見届けよ。
ここより先は、
生者の歩む道。
鈴の音とともに、霧の層が一歩だけ引いた。
クロエが、一歩。踏み込む。森の匂いが戻る。
最後に四人に灰を振りかける。
クロエが手を叩く。静かな森林に乾いた音。
祝詞が終わると
ガルドとミリナが静かに泣き始め、
レオンが卒倒した。
シオンも顔が土気色だ。
クロエは、倒れたレオンに駆け寄る。
唾液で呼吸が止まらないよう安楽姿勢を取らせた。脈を計る。
ミリナが泣きながら過呼吸を起こしている。
「ミリナさん、深呼吸をしてください」
それでも収まらず、クロエは鞄の中から、紙袋を取り出して渡す。
森の奥は、さらに暗い。
――まだ、入口なんだけど…。
クロエの赤い瞳が虚空で灯る。
街道と危険域の境に、黄色と赤色の警告版が立っていた。
『危険域。無許可立入禁ズ』
先が見えない濃霧の先に赤いロープが伸びていた。
四人が息をのむ。
クロエは、深刻さを感じ始めた四人を一瞥する。
五分。入山の祝詞をつぶやいた。
――問題はこれからだ。
クロエが自分のブーツに灰を塗る。
「皆さんも、この灰を靴底に塗ってください」
「新品のブーツが汚れるじゃないか」
レオンが軽く拒む。
「灰なので洗えばすぐ落ちますよ」
「いいですか。境界を超えるときは縄を絶対に放さないで下さい」
クロエは慣れた手つきで、杖にクリスタル製の鈴をつける。
クロエは、小声で付け加える。
「境で縄を放して帰って来た者はおりません」
先導を切って濃霧の中に入っていった。
「前が見えない…!」
レオンが悲鳴にも近い声を上げる。
「このロープを放した人はどうなったの?」
魔術師シオンの蒼い目の奥が、かすかに光を帯びた。
「虚空を永遠に彷徨うと言われています」
四人が思わず息を飲む。
「ひぃ!」
治癒術師ミリナが奇声を上げる。先頭のクロエが立ち止まる。
「近くに何か黒い影が見えました!」
治癒術師ミリナの報告に、クロエの胸の内に小さな警告が鳴る。
十体ほどの黒い影を一瞥する。
――亡者か。まずい。
「急ぎます」
クロエは、競歩ぐらいのスピードで進む。
「誰だ?声が聞こえる…」
盾剣士ガルドが、小言をつぶやく。
「絶対に返事はしないで下さい」
クロエは息を弾ませ濃霧を進む。
すでに、足元は何を踏んでいるのかすら分からない。
手に伝う縄だけが、現実だった。
「ふむ。幻覚魔法までかかるのか…」
シオンが興味深げにぶつぶつ言っている。
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クロエは、壁のような濃霧の境界を振り返ると四人を待つ。
レオン。ミリナ。シオン。ガルド。全員無事。境を超える。
「死ぬかと思った…」
「まだ声が聞こえる…」
「だめだ。寒い!」
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クロエは赤い瞳で四人を確認する。
肩、背、足元。
黒い付着。
四名すべて。――亡者を拾っている。
「一度、除霊を行います。少し黙っててください」
四人をクロエの前に正座させる。
クロエの赤い瞳だけが、暗い森林で灯っている。
クロエは三度、ゆっくりと息を吐いた。
クリスタルの鈴が、間を刻む。
霧は壁。
壁は境。
境は選ぶ。
息ある者を通し、
名なき影を退ける。
森の息よ、静まれ。
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根の道よ、乱れるな。
我らは生を携え、
死をここに残す。
影よ、帰れ。
声よ、絶えよ。
虚ろなるもの、道を違えるな。
境を守る導きの神、
ヴェルドールよ、見届けよ。
ここより先は、
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クロエが、一歩。踏み込む。森の匂いが戻る。
最後に四人に灰を振りかける。
クロエが手を叩く。静かな森林に乾いた音。
祝詞が終わると
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レオンが卒倒した。
シオンも顔が土気色だ。
クロエは、倒れたレオンに駆け寄る。
唾液で呼吸が止まらないよう安楽姿勢を取らせた。脈を計る。
ミリナが泣きながら過呼吸を起こしている。
「ミリナさん、深呼吸をしてください」
それでも収まらず、クロエは鞄の中から、紙袋を取り出して渡す。
森の奥は、さらに暗い。
――まだ、入口なんだけど…。
クロエの赤い瞳が虚空で灯る。
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