ちょっと嫌な話 ~奇妙短篇集~

黒猫文二

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飛び降りの跡

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「どしゃ降りだな……」

 会社からの帰り道、雨の勢いが増していく中でそうつぶやいていた。
 最近ひとりごとが増えた気がする。
 それだけ疲れているということなのだろうか?
 私の勤めている会社は労働基準法を軽視している、俗にいうブラック企業と呼ばれるような所なのだが、辞めようにも学もコネもないのでズルズルと続けている。
 貯金は大して貯まらない割には疲労ばかりがたまっていく日々だ。
 疲れもとれきれないうえに気分も沈みがちな所にこの大雨のせいで余計に気分が滅入る。

 ボンヤリと歩いていると、ふと、ビルとビルの間の細い路地を見ていた。
 一ヶ月ほど前にここで飛び降り自殺があった。
 若い会社員の男性が屋上から飛び降りたそうだが遺書も残されてなく、詳しい自殺の理由は分からない。
 彼も今の自分のように疲れていたのだろうか?
 それにしても、こんな狭い所に器用に落ちたものだと思う。
 ふらふらと路地に入っていき彼が落ちた場所へと近づいていく。

 そこにはまだ黒いシミのようなものが残っていた。
 私は座って覗き込みこうつぶやいた。

「どんなふうに落ちたんだろな」

 その時だった。

「こんなふうにだよ」

 私の耳元にそんな声が聞こえたその瞬間、逆さまに落ちてきた人間が崩れていく光景が繰り広げられた。
 パックリと割れた頭だったモノからは赤黒い何かが見えていて、地面には血だまりが出来ていた。

「ふぅはっ」

 私は情けない声を出し尻餅をついた。
 その時にはもう目の前には何もなく、先ほどまでと同じく黒いシミが残っているだけだったが、恐怖と混乱でしばらく動けないでいた。

 びしょ濡れになりながら帰宅して、長い事辞めていたタバコを吸ってようやく落ち着いた。

「よし、会社辞めよう」

 あんなものを見て心底と思った。
 先行きは不安だが、少なくとも今の生活を続けて心身をすり減らしてあの男のような結末を迎えるよりはマシだろうから。
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