ちょっと嫌な話 ~奇妙短篇集~

黒猫文二

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90年代の街

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 電車の座席でのんびりと座りながらスマホゲームをプレイする。

「今年もあと数日か」

 正月休みで実家に帰っている所なのだからそんな事は当たり前なのだが、スマホゲームの中でも年末イベントやらなんやらとやっているものだからつい感慨かんがいふけってしまった。
 降りる駅まではまだ遠い。
 ウトウトしてきたのでゲームを切りの良い所までプレイしてから仮眠をとる事にした。

 目が覚めるとちょうど降りる駅に着いていた。
 半分寝ぼけながら急いで電車から降りる。
 外は今まで見たことないほど霧が濃くて何だか奇妙な感じだ。
 周囲に人もいない。
 とりあえず、駅のホームの階段を降りて改札口を出る。
 すると、急に視界が明るくなった。
 見慣れた地元の駅の風景のはずなのだが何か違うような気がする。
 行き交う人々の服装や髪型がファッションにあまり詳しくない自分でも一目で分かるくらい妙に古臭い。
 それに、とっくに撤去されたはずの灰皿が設置されていてサラリーマンの男が堂々とたばこを吸っている。
 大昔のトレンディドラマに出てきそうな若者がこちらに向かって走ってくるので身構えていたら、自分の体をすり抜けてそのまま改札口を通って行った。

(どうなっているんだ……)

 気持ちを落ち着けようと鞄の中に入れていたスマホを取り出すがバッテリーには余裕があったはずなのに画面が真っ暗で電源ボタンを長押ししたりしても反応がない。
 自分の右手首に巻いてある腕時計を見ると急に電池が切れたかのように止まっていた。

(もしかしてこの状況、「俺はとっくに死んでいて走馬灯でも見ている」みたいな怪談話とかでよくあるパターンか?)

 そんな想像をしてみたものの、どっちにしてもこのままじっとしていても仕方がないのでとりあえず駅から出てウロウロすることにした。

 そこは現在(2018年)からは20年以上は前と思われる1990年代の、自分が子供のころの風景だった。
 随分前からすっかり寂れていたはずの駅前の商店街は人が賑わっていて、全滅したはずの本屋や個人のゲームショップ等がまだある。
 ゲームショップに並んでいる商品を見るとスーパーファミコンがメインで置いてあって、後はゲームボーイと一世代前のファミリーコンピューターやPCエンジンやメガドライブ等の本体とソフトが置いてあった。
 ニンテンドー64・プレイステーション・セガサターンという当時のがまだ発売されていないようだから90年代の前半という所か?
 懐かしいラインナップである。
 ビデオゲームというものを初めてプレイしたのは4歳の時にファミコンでスーパーマリオブラザーズをプレイした時だったか。
 それから何年もファミコンで色んなタイトルを遊んだもんだ。
 テレビCMやなんとかPCランドだったか?ゲーム系のテレビ番組の影響でPCエンジンやメガドライブに憧れたりもしたが買って貰えなかったっけ。
 だから、ついにスーパーファミコンを買って貰えたときは嬉しかったな。
 懐かしいゲーム機たちを見てそんなことを思い出したりしていた。

 ゲームショップから離れて商店街を歩いて行くと駄菓子屋が目に入った。
 店の外に青いアーケードゲーム筐体きょうたいが置いてあり、子どもたちが集まっている。
 当時はゲームセンターというと不良のたまり場と言うイメージが強かったし近所にもなかったので、アーケードゲームというと駄菓子屋に置いてあるこの青い筐体でプレイするものだった。
 集まっている子供たちになんとなく見覚えがある気がしたのでその場から足早に去った。
もし、そこにその当時の幼い自分の姿があったら嫌だから。
 別にそれを見たからといって何がどうなるかはわからないが、なんとなく見たくなかったのだ。

 実家から反対方向へと歩いて行き公園のベンチに腰を掛けた。
 犬の散歩をしている親子がいる。
 小太りの子供の方は不安げな様子でキョロキョロとしている。

(あ、あいつだっけか?)

 俺が知っている姿よりも幼いので一瞬わからなかったが確かにヒロシだろう。

 俺がそいつ、ヒロシと出会ったのは中学生の時だった。
 最初は普通に友達という感じだったが、いつしかこちらを馬鹿にしてきたり嫌がらせみたいな事をしてきたり、ちょっと何か言い返されたりすると被害者ぶって騒ぎ出したり、かと思うとしつこく一緒に遊びたがってきては長々と遊びに付きあわせてはこちらの時間を奪ってきたりする。
 最初から悪意を持っていじめを行ってくるようなのならまだわかりやすいがそういうわけでもなく、ただひたすら相手に依存する寄生虫のようなよくわからない奴だった。
 今だとヒロシは恐らく何らかの精神疾患を患っていたのであろう事はわかるし、そういう奴にはとにかく出来る限り関わらずに上手いこと距離を取ればいいと判断できるが当時はそんな知識もなかったし、純粋で内気な子供だったのでわけも分からず振り回されているうちにこちらもジワジワと精神を病んでいき、そいつと絶縁するまでの中学3年間ずっと暗い青春を過ごすことになった。

(もし、まだ俺と出会っていない幼いこいつをここでぶっ殺したら……)

 一瞬、そんな黒い考えが浮かんだが今の自分はこの世界の人間に触れる事が出来ないし、そもそもこいつ一人を殺した所で自分の子供時代がそこまで良くなるとも思えなかった。

 運動神経は悪くはなかったが生まれつき虚弱体質で病気がちだった。
 男で体が弱いとそれだけで下に見られる。
 自分がなにか悪い事をしたわけでもないのにだ。
 無神経に「男のくせに情けない」と言われたりもする。
 思い返すと嫌なことばかり。
 世間からのそういう扱いにウンザリだったし、他に就職先もなかったので高校を出た後は自衛隊の中でも学力もなければ体力の自信のない自分でも受かる可能性が一番あった2等陸・海・空士採用試験を受けた。
 任期制隊員というやつだ、最近では自衛官候補生というのになっているんだっけ。
 今思うとよく身体検査で落ちなかったと思う。
 陸で受けたのに人数が多すぎて「仮合格」となってしばらくしてから空の隊員となった。
 当時は緩かったのだろうか?
 今、自分のようなのが受けて昔と同じく合格出来るかは怪しいと思う。
 にもかくにも運良く自衛官となり元来の我慢強さで今も続けている。
 だが、元々の学力のなさとコミュ力のなさが響いて3曹に昇任出来ないままだ。
 どうしたものやらである。

(そうだ、この休みでこれから先の事を決めようと思っていたんだ)

 ベンチから立ち上がってもう一度駅まで戻ってみる事にした。

 駅まで戻ってはみたものの、そこから何をしようかは思いつかない。
 途方に暮れながらも何かないかと荷物を探っていると見たことのないカードのような物が出てきた。
 定期券だ。
 その定期券には「平成→?」と書いてある。

(そういえば後数ヶ月で平成から年号が変わるんだっけな)

 その定期券を自動改札に入れてみた。
 特にエラーが起こったりすることもなくそのまま通れたのでホームに出たら既に電車がドアを開けて待っていた。
 まるで自分一人を待っていたかのようだ。
 電車に入りソファに腰を掛けたら突然「ドン!」と大きな衝撃が来た。

 思わず前の座席に頭をぶつけてしまった。
 

(あれ?さっきまで自分一人だったのにいつの間に……)

 ポケットに入れていたスマホも勢いで飛び出して地面に落ちていたので拾う。
 普通に電源がついている。
 腕時計も確認すると正常に動いている。
 どうやらに帰ってきたようだ。
 車内に人身事故が起こったのでしばらく停止する事を知らせるアナウンスが流れた。

 ヘトヘトになりながら実家についてからは死んだように眠ったので翌日になってから知ったが、あの時電車に轢かれて死んだのはヒロシだった。
 一緒にいた人物と口論になり駅のホームから落とされたらしい。
 あいつの事だから俺に絶縁された後も同じように誰かにとり憑いては拒絶されてまた別の誰かに・・・なんて事を繰り返していたのだろう。
 自業自得としか思えないし、むしろ突き落とした人に同情する。
 ちょっとスッキリした気持ちとちょっと嫌な気持ちが混ざりあったなんとも複雑な気分になった。

 後数ヶ月で新年号が発表されるそうだが俺の中ではもう、あの苦い「平成」という時代は終わっていた。
 これから先の事を考えよう。
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