ちょっと嫌な話 ~奇妙短篇集~

黒猫文二

文字の大きさ
8 / 15

菊子ちゃん

しおりを挟む
 電車の中、今日も男は獲物を物色していた。
 この男、痴漢の常習犯である。

 切っ掛きっかけは、満員電車でたまたま女性のお尻に手が当たった時に通常ならすぐに手を離す所をいたずら心からそのままにした所からだった。
 故意なのか事故なのか判断が難しいギリギリの所を攻めるスリルにとり憑かれたこの男は気がついたら痴漢行為が止められなくなっていた。
 このような行為をする者に対してよく「猥褻わいせつな創作物の影響だ」とか「男の性欲の暴走だ」等と言う人がいるがどちらも的はずれである。
 本当に猥褻な創作物の影響でそうなるのなら猥褻な創作物を楽しんでいる世界中の人達が性犯罪者になっているはずだし、男性の性欲なんて多くのまともな男性がしているように溜まってムラムラしたのなら自宅やトイレで自慰をして収めてしまえばそれで終わりな生理現象でしかないし、そもそも痴漢行為では性欲は満たされない。
 実際の所は万引き依存症やギャンブル依存症と似たような状態、半分無自覚に破滅へと向かうスリルにとり憑かれた中毒者であった。

 その日、男が目をつけたのは普段は見ることのないゴスロリ衣装の女性だった。
 どこかミステリアスな雰囲気のある女性に吸い込まれるように近づいていき、彼女の体に軽く手を触れようとした瞬間、男の手を女性の手が掴んでいた。
 そのまま女性が少し下側に力を入れると男は立っていられず膝をついていた。

「ついて来ていただけますね?」

 ゴスロリ女性は透明感のある声でそう言った。
 男は不思議とその声に逆らう気持ちが起きず、フラフラと言われるがまま次の停車駅で女性と共に降りてそのまま女性の家までついていってしまっていた。
 そして、女性から出された飲み物を警戒することもなく飲んだ男はグッスリと眠ってしまうのだった。

 眠りと催眠状態から目覚めた男は真っ白な部屋の中にいた。
 ゴスロリ女性が鼻歌を歌いながら何かを持ってきてテーブルの上に置いてから出て行く姿が見えたが、まだ寝起きの状態で声をかけることも出来なかった。
 立ち上がろうとすると動けない。
 男は逃げられないよう椅子に縛られていたのだ。
 目の前のテーブルの上には小ぶりで縦長な木箱とメモが置いてある。
 男は周りを見渡してみたが後は何も置いていない。

(殺風景な部屋だな……)

 ボンヤリとそんなことを思いながら男がもう一度テーブルを見てみるといつの間にか木箱の蓋が開いていた。
 中には市松人形が入っているのが見える。
 次に男がメモを読んでみるとそこには



と書いてあった。

(菊子ちゃん? この人形のことか?)

 そう思った男が木箱の方を見るとは木箱から出ていた。
 男は見間違いかと思い少し目をつむってから目を開けてもう一度見ると、菊子ちゃんは男の方へ近づいていた。
 菊子ちゃんは男が見ている間は止まっているが、目を離すと男の方へ動くようだ。

(こいつが完全にこっちに来たらどうなるんだ?)

 男は椅子ごと動かして逃げ出そうと体を激しく揺らし始めた。
 だが、残念ながら椅子は地面に固定されているタイプで無駄な足掻きであった。
 そんなことをしているうちに目を離してしまっていたからか菊子ちゃんはさらに男の方へ近づいていた。
 男がよく見ると菊子ちゃんの口が少し開いていて、そこには鋭い牙が生えていた。

(これ以上はまずい!)

 余計なことはしないでじっと見つめ続けようと考え始めた男だったが、さっき椅子を揺らしたせいでほこりが舞ったのかどうにも鼻がムズムズしている。
 我慢しようとするも間に合わずに大きなクシャミをしてしまう。
 慌てて菊子ちゃんに目線を戻す男。
 そこには菊子ちゃんの姿があった。
 男は恐怖で小便を漏らしながらも恐ろしい形相の菊子ちゃんを見つめていたが、頭や額から流れてくる塩辛い汗が目に入り……。


「あら、菊子ちゃん。もう全部食べちゃったの?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...