上 下
1 / 141

第1話 死霊術師は勇者の仲間にふさわしくない

しおりを挟む
「ライノ! 貴様はクビだ、このゾンビ野郎!」

 冒険者ギルド併設酒場に、罵声が響き渡った。

 時刻は夕食時。
 酒や料理の並んだテーブルの向かい側から俺を睨み付けているのは、我らがパーティーのリーダーこと、勇者サムリ。
 顔が真っ赤なのは、酒のせいだけではないらしい。

「おいサムリ、大声を出すなよ、食事中だぞ」

 俺は慌てず騒がず、目の前の料理を口に運ぶ。
 今日のオススメ、猪肉の香草焼きプレートだ。

 ……まあこの料理、『香草焼き』などと銘打っているが、所詮は当番のギルド職員が仕事の片手間でこしらえた料理。味はお察しである。
 とはいえ、ダンジョン帰りの冒険者にとってはご馳走には違いない。

 歯ごたえ一杯のスジ肉を噛みしめると、肉の旨味の代わりに野性味溢れる独特の臭気がいっぱいに広がった。

 ……うん、マズい。

 肉は筋張っているし、焼き加減もやり過ぎなくらい火が通り過ぎている。
 だいたい香草ハーブ(笑)がまったく仕事をしていない。

 だいたいこの手の肉の臭みを取るならば、こんな香草もどきの野草ではなくローズマリーなんかがあるといいと思うのだが……防腐効果もあるし。

 まあ、この『お小言勇者様』と同席している限り、どんな美味い料理を出されたとしても豚の餌とそう変わりはないのだが。

「僕がこんな思いをしているのは、誰のせいだと思っている!」

 勇者サムリの小言は席に就く前から続いており、なおも継続中。
 よくも飽きないものである。

 このギルド併設の酒場は、現在夕食のピークタイム。
 早朝からの依頼をこなしダンジョンから帰還した冒険者たちで、ほぼ満席だ。

 そんなわけだから、大声で罵り続けるサムリと罵り続けられている俺に向けられる好奇の視線はさながら槍衾ファランクスの如し。正直、いたたまれない。

「いいか、僕は勇者だぞ? そこのクラウスやイリナだって、どちらも単身でオーガを屠ることができる一流の戦士だ。アイラなんて、ちぎれた手足すらその場で治癒できるほどの腕前を持つ凄腕の治癒術師ヒーラーなんだぞ? それに比べ、なぜ貴様だけ……」

 わなわなと肩を震わせながら、サムリが叫ぶ。

「なぜ貴様だけ、死霊術師なんだ! 邪悪すぎるだろ!」

 ドブチャッ!

 怒りにまかせて振り下ろされたサムリのスプーンが、ホカホカのオムライスを刺し貫いた。
 湿った音を出して潰れたトロトロの玉子からは、潰したトマトで赤く色づけされたライスがはみ出していて、まるで臓物のようにテーブルを汚している。

 あーあ、もったいない……

「だいたい貴様、僕らのパーティに加わるときに、『盗賊職シーフ』だと言ってたじゃないか! 職業詐称は、ギルドの重大な規定違反だぞ?」

 うーむ、そう言われてもな……

 確かに以前、故あって俺が死霊術師だったのは確かだ。
 そのことを告げずにパーティーに加入したのも間違いない。
 だが今の俺の職業は、正式に盗賊職で登録されている。

 それにダンジョン各階層のマッピングや罠回避に解除に索敵など、タンジョン探索のエキスパートたる盗賊職の仕事をきちんとこなしていた。

 前職のことでアレコレ言われる筋合いはないはずだ。

「ま、まー落ち着けよサムリ。アイラだってライノの機転で無事蘇生できた・・・・・・・んだ。結果オーライだろ」

 勇者サムリの隣で彼をなだめているのは、大柄な体躯の重戦士クラウス。
 元貴族であるサムリの元侍従であり、彼の剣の師匠だ。
 もっともサムリが勇者に覚醒した途端、その剣において一瞬で追い抜かれたらしいが。

「その過程が問題だと言っている! アイラ、君からも言ってやれ!」

「え、ええと……ごめんなさいサムリ。まだ気分が悪いの。おぷっ」

「大丈夫か、アイラ。ほら、水を飲みなさい」

 潰れたオムライスを見て、ふわふわの金髪で小柄な美少女――治癒術師アイラが青い顔で口元を押さえた。
 つい半日ほど前に自分の身に・・・・・起こったこと・・・・・・を思い出してしまったらしい。

 そしてその傍らで、中性的な顔立ちの美女――魔法剣士イリナがアイラに水を差しだしている。

 彼女らは姉妹で、サムリの幼なじみ――つまり貴族出身だ。
 俺は数ヶ月前にこのパーティーに加入したから多くは知らないが、どうやらサムリを始め、この四人は自身の領地を追われて冒険者に身をやつしたらしい。

 つまり俺だけ部外者だな。ハハハ。

 まあ、それはいい。

 ちなみにサムリは十二の誕生日に、屋敷の裏庭に置かれていた大岩に刺さった聖剣を悪戯心で引き抜いたら、そのまま勇者に覚醒してしまったそうだ。

 ただの貴族の三男坊がなんと勇者に、だ。

 まあ、嫉妬やら権力争いやら何やらで、サムリたちの身の回りが大変になったのは想像に難くない。

「クラウス。それについては僕だってよく分かっている。でも、それはそれ、これはこれ、だ。だいたい……」

 サムリが吊り上がった目で俺を睨み付け、続けて言い放つ。

「仲間をゾンビ化するやつが、どこにいる!」

 途端、シンと周りが静まりかえった。

(……ゾンビ? 誰がだって?)
(俺見たぜ! 早朝に、教会にゾンビ化した死体が運び込まれていたんだよ)
(だから誰だよ! まさか『治癒天使』アイラちゃんがゾンビ少女に……?)
(オイオイ、マジかよ! あんな美少女がゾンビ化してたのか? なんつー俺得っ!!)

 周囲の連中がヒソヒソ声がざわめきに代わり、それらの視線は今日の朝まで文字通り生ける屍だった……アイラに集中した。

「うう……イヤあっ! もうあんな思いはイヤなのおおぉッ!」

 ガタン! とアイラが突然立ち上がる。
 顔面蒼白で涙目だ。

 先ほど……ダンジョン内で起きた、アレを思い出してしまったらしい。
 そのまま口を押さえつつ、トイレに猛ダッシュして消えた。

「アイラッ!? 待つんだアイラ!」

 イリナが慌ててその後を追って、同じくトイレに消えた。

「どーすんだよ、この状況……」

 重戦士クラウスが呆れたように肩をすくめる。ホントだよ……
 勇者の空気の読めなさは絶望的だった。

 もちろん、俺だって好き好んでアイラをゾンビにしたわけじゃない。
 やむにやまれぬ事情があってのことだ。
 
 まあ、要するに……
 一言でいえば、アイラはダンジョン内で魔物に襲われ……命を落とした。

 とはいえ、一度死んでも蘇生は可能だ。
 死亡から半日以内に、ここヘズヴィンにある教会に搬送したうえで、神官による神聖魔術《蘇生》を施すことができれば……の話だが。


 
 俺たちアタックしたダンジョンは、ここ最近見つかったものだった。
 多くのルートは未踏破だった。
 けれども勇者サムリをはじめ、戦力は充分だった。
 だから俺たちは意気揚々と最深部を目指した。

 実際、それは快進撃だったのだ。
 普通の冒険者ならば十日かけて到達すべきダンジョン深層に、たった二日で到達したのだから。それも、未踏破の、だ。快挙と言っていいだろう。

 けれども、好事魔多し。

 第二十階層目に到達したとき、それは起こった。
 調子に乗って俺の前に出たサムリが、魔物湧きの罠をうっかり踏み抜いたのだ。

 気づいたときにはすでに手遅れだった。
 俺たちを取り囲むようにして出現した魔物は、よりによって牛鬼ミノタウロスだった。
 屈強な体躯を誇る牛頭の魔物で、性格は残忍かつ凶暴。
 忠犬冒険者ですら、遭遇した瞬間に撤退を視野に対処すべき魔物だ。

 とはいえ、俺たちパーティーならば大して苦もなく撃破できるレベルの魔物だった。単体ならば。

 それが、三十体が同時に出現した。

 もう、どうあがいても対処のしようがなかった。

 そんな戦いの中、とうとうサムリは絶望に竦んで動けなくなってしまった。
 勇者だというのに、お笑いだ。まったくもって笑えないが。
 ともあれ、ミノタウロスはそれを見逃さなかった。

 アイラは、そんなサムリを身を挺してかばった。
 咄嗟の行動だったようだ。

 その結果。

 彼女は牛鬼が振るう石斧の直撃を受け、ボロクズのようになってあっけなく死んだ。真っ二つに両断されなかったのは、不幸中の幸いだった。

 けれども、みな牛鬼の猛攻を凌ぐのに精一杯で、彼女の遺体を回収して撤退することなど不可能だった。

 ならば、どうする?

 簡単だ。
 死体のアイラに、自分の足で走ってもらえばいい。

 だから俺は、すぐさま彼女に死霊魔術《クリエイト・アンデッド》を掛けた。
 俺は共に戦ってきた仲間を、ゾンビ化したのだ。

 迷いは一切なかった。



 その後、俺たちはミノタウロスの攻撃の隙を縫って何とか突破口を開き、奇跡的にその階層から脱出することに成功した。

 すでに来た道だったため、地上まで脱出するのにはさほど時間は掛からなかった。地上までは、全力で走って約一時間。
 そこからヘズヴィンまでは、全力で馬を飛ばして十時間ほど。

 本当にギリギリだった。

 だが、そのお陰で彼女は生きて、ここにいる。
 もっとも今彼女はトイレで胃の中のものを吐き出している最中だろうが。

 だがそれも、彼女の中身・・がきちんと元通りに、彼女の細い胴体に収まっているからこそできる芸当だ。



「……い! おいライノ! 貴様、僕の話を聞いているのか!?」

 少し回想にふけってしまっていたようだ。
 なにやらまだサムリが喚いている。

「なんだ。どうせ今後死霊術を使うな、とかそういう話だろ?」

「ふ、ふん! 聞いていたならいい。ライノ、どうしてもパーティーに残りたいのなら、今後は死霊術の使用は絶対禁止だ」

「……はあ?」

 思わず聞き返す。

 いやいや、またパーティーに死者が出たらどうするんだよ!

 お前が死体を担いで帰るのか?
 アイラが死んだせいで、完全に戦意喪失していたお前が?

 喉まで、そんなツッコミが出かけた。
 だが……俺はその言葉を飲み込んだ。

 サムリが、ドヤ顔で次の言葉を吐いたからだ。



「死霊術師なんて邪悪な職業、勇者である僕のパーティーにはふさわしくない」



 俺の中で何かがぷつん、と切れる音がした。



 サムリの職業である『勇者』とは、大昔に世界を荒らし回っていた魔王とかいう超常の存在を滅ぼすべく生み出された、由緒正しい存在だそうだ。

 冒険者ギルドが発足したのも、古の時代に勇者を支えるためだったとも言われている。それほどに偉大な職業なのは、間違いないだろう。



 だが、もうガマンの限界だ。



 この勇者は頭が固すぎる。それに独善が過ぎる。



 ……もう、知らん。



「いいな? ライノ。『もう死霊術は使いません』と、僕の前で誓え……おいライノ、急に立ち上がって、どうしたんだ? ああそうか、跪くんだな! 良い心がけだ!」

 席を立った俺を見て、サムリがドヤ顔になる。
 この勇者は、この空気すら読めないのか?

 隣ではクラウスが俺を見て『しまった』という顔をしているがもう遅い。

「……クビで構わん。俺はパーティーを抜ける」

「うんうん…………なんだと?」

 予想していたセリフと全く違ったのか、サムリは一瞬呆けたような顔になった。
 とても勇者とは思えん間抜け面だ。

「俺は抜ける、と言った。勇者サムリ殿。じゃあな」

 俺は食事代を懐から取り出しテーブルの上に置いてから、踵を返した。

 何でもっと早く決断しなかったのだろう。
 それだけが悔やまれる。

 一事が万事、この調子だったからな。

「な……おい待てよ! そんなこと、この僕が許さんぞ!」

「お、おいサムリ! ここで剣を抜くな! おわっ、ギルドの天井がっ!?」

 ――ドゴォンッ!

 轟音が聞こえ、背後でなにやら喚き声やら悲鳴やらが聞こえてくるが、知ったことか。あとは勝手にやってくれ。
 
 俺は振り返ることもせずに、ギルドをあとにした。
しおりを挟む

処理中です...