新任チート魔王のうまうま魔物メシ~勇者パーティーを追放された死霊術師、魔王の力『貪食』と死霊術でらくらく無双&快適メシライフを満喫する~

だいたいねむい

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第91話 路地裏の闇

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「まいど! また来てくれよな!」

「ああ。またな」

 会計を済ませ『潮騒の海猫亭』を出ると、すでに通りは静まりかえっていた。

 左右を見回してみるが、数件の酒場から時折酔っ払いの笑い声が漏れてくるくらいで、ほとんどの飯屋の窓は鎧戸で閉じられている。

 どうやら、知らぬうちに長居をしてしまったようだ。
 確かに料理と酒は美味かったからな。

「さて、帰るか。……二人とも、歩けるか?」

「う、うん、だいじょー……けっぷ」

「む…………問題ない」

 そういうものの、パレルモとビトラは満腹で眠そうだ。
 二人とも満足げな顔をしているのはいいのだが、ふわふわとした足取りで少し夜道が不安だな。

 ……仕方ない。
 夜風に当たりながら、ゆっくり帰るとするか。



 ヘズヴィンの夜は暗い。

 王都やその周辺に散在する商業都市とは違い、多数のダンジョンが周囲に発見されたことにより小さな宿場町から都市へと急激に発展したこの街には、そんな変化にとり残され、過去の佇まいを残したままの区画があちこちに存在する。
 いわゆる旧市街、というやつだ。

 そして、そんな辺鄙な場所に街灯などという洒落たモノはない。
 ただただ、静かに淀む闇が横たわっているだけだ。

「ラ、ライノー。ここ、暗くて足元が見えないよー? 魔素灯、もっとこっち向きでお願い!」

「む。この程度で音を上げるなど、笑止。パレルモは魔王の巫女としての自覚が足りな……むぎゅっ」

 おっと。
 言っているそばからビトラがずっこけた。
 見れば、壁から剥離したレンガの欠片か何かに躓いたらしい。
 この辺は建物も老朽化したまま放置されているからな。

 俺は盗賊職シーフの恩恵か、スキルとまではいかないまでも多少は夜目が利く。常人ならば視界がインクで塗り潰されたような真っ暗闇でも、薄闇程度にしか感じない。
 だが、ビトラはそうもいかなかったようだ。

「大丈夫か、ビトラ」

「……む。今のはなし。ノーカン」

「はいはい、暗くてよく見えなかったですよっと。……ほい」

 ビトラの手を引いて助け起こしてやる。
 転んだ際に鼻でも打ったのか、少し涙目だ。

「……ぷぷ」

 妙な気配を感じたので何気なくパレルモを見ると、サッとそっぽを向かれた。
 肩が小刻みに震えている。笑いを堪えているようだ。
 つーかパレルモ、お前はたまたまビトラの後ろにいたから転倒を免れただけだと思うぞ?

「む。ライノはなぜ、こんな暗い道を進む選択をした」

 非難がましいジト目で俺を見るビトラ。

 あー、それな。
 彼女の怒りももっともだ。 

 だが、こんな辺鄙な場所を歩いているにはもちろん訳がある。
 この辺ならば、何があっても・・・・・・邪魔が入ることもないからだ。

 ふむ。そろそろ頃合いか。

「いやあ、最近ダンジョン探索系の依頼を請けてなかっただろ? ちょっとしたリハビリだよ。それに、二人とも食後の軽い運動が必要だろ?」

 俺は努めて気楽にそう言い、何気ない動作でビトラを転ばせたレンガの欠片を拾った。

 ここのところの習慣で、《気配探知》を常時発動しているからな。
 尾行者なんぞ、とっくの昔にバレバレだ。

「――《投擲》。シッ!」

 スキルを発動し放ったレンガの礫は、狙った場所に寸分狂い無く命中し――

 ギィンッ。

 鋭く重い金属音が真っ暗な路地に響いた。
 刹那、白い火花が路地の闇を拭い取り、一人の男の姿を浮かび上がらせる。

 どこにでも居そうな、目立たない顔立ちの男だ。
 背丈は中肉中背。目つきは鋭い。
 黒装束に身を包み、抜き身の小剣を携えている。
 小剣――いや、あの特徴的な反りの入った片刃は、小太刀か。
 暗闇でも目立たないように、その刀身は黒く塗りつぶされている。

 状況から考えて、男はグレン商会の手の者だろうな。
 だが、まさかこんな本格的なヤツを寄越してくるとは。

 一体、俺が何をしたというのだ。
 まったく心当たりがないんだが。

「……ほう。気配は完璧に殺したはずだが。吾輩の《隠密》に綻びでもあったというのか?」

 黒づくめの男が不思議そうに呟くが、答えは簡単だ。

 ここのところ常時《気配探知》を展開している俺が、店を出ようとした瞬間に急に気配を消した・・・・・・・・客の存在を見逃すわけがない。

 おまけにこの《隠密》とやらは『あらかじめ、自分に意識を向けさせない』ことが効果の本質のようだ。逆に言えば、対象に発見された状態でスキルを発動しても、何の意味もなさない。

「最初から丸裸だったぞ、大将」

「……ふむ、それは失敬。だが吾輩が丸裸ならば、お主はお主で丸腰のようだ。年端もいかぬ少女らを護りつつ、吾輩にどう抗ってみせるつもりかな?」

 黒づくめの男が、興味深げな口調でそう問うてくる。

 確かに俺は丸腰だ。
 先ほどのゴロツキ程度ならそれでも問題なかった。
 だが、スキルで放った礫を小太刀で弾く相手となれば、話は変わってくる。
 そんなことが可能なのは、相当の手練れだ。

 イリナやクラウスほどの腕があるかまでは分からない。
 だがそれでも、俺が丸腰のまま応戦できるほど容易くはないだろう。

「――パレルモ、《ひきだし》にしまっている鉄串を十本ばかり出してくれ。肉を刺してないまっさらなやつだぞ」

「がってん!」

 確かに俺自身は、丸腰だ。
 だが、別に武器になりそうなモノを携行していないわけでもない。

「ふむ。それはクナイか……? 先ほどの技といい、まさかお主も同業か?」

 ドヤ顔のパレルモから受け取った鉄串と俺の顔を交互に見て、そんなことを言ってくる黒づくめの男。
 いいえ、これは串焼き用の鉄串です。

 とはいえ、コイツにこれ以上手の内を晒すこともない。

「答える必要はないな。――《時間展延》《投擲》」

 調理用の鉄串が武器かどうかは判断が分かれるところだが……少なくとも、俺が使えば必殺の武器と化す。
 数千倍に引き延ばされた時間の中で《投擲》の効果を乗せて放つ鉄串の速度と威力は、クロスボウで撃ち出された矢をはるかに超えるからだ。

 それを、わずかに時間をずらし、三本放った。
 一つは小太刀を持つ手、一つはつま先、そしてもう一つは、脇腹。
 どこに刺さっても致命傷となるわけではないが、戦闘不能に陥るには十分な場所だ。

 ――しかし。

 ギギインッ!

「ぐっ、ぬうぅ。この面妖な技……お主、まさか」

 苦しげに顔を歪ませ、膝をつく黒づくめの男。
 横っ腹を押さえた手からは、かなりの量の血が滴り落ちている。
 ……だが。

「おいおいマジかよ」

 音の数倍の速度で放った投擲だぞ?
 もちろん全て、命中させるつもりだった。
 とても目視で避けられるものじゃない。

 それを……二本も弾かれた。
 脇腹を狙った一本も、とっさに身体をよじったらしく掠めただけのようだ。

 まさか、事前に軌道を予測して弾いたとでもいうのか?
 こいつ……並の手練れじゃねーぞ。

 とはいえ、それだけの速度ならば、かすっただけでも強烈な衝撃が腹部を襲ったはずだ。事実、男は脇腹からだけでなく、口から血をごぼりと吐き出している。内臓を痛めた証拠だ。

 こうなってしまえば、いくら回復薬を使ったとしても、高位治癒魔術でも施さない限り戦闘の継続は不可能だろう。

「終わりだ。さっさとご主人様のもとに帰れ。次は頭をブチ抜く」

 鉄串を構えてそう言い放つ。
 ……が、もちろんこのセリフはブラフだ。

 こっちとしても、相手を戦闘不能に陥らせれば充分。
 息の根を止める気はない。
 
 これで実力差を思い知って、大人しく帰ってくれればいい。
 ついでに、どう足掻いても敵わない相手だと自分のボスに報告してもらえるとありがたい。

「ぐっ、くくく……ぐうぅ、くはははっ」

 だが、膝をついたままの男は肩を震わせ始めた。

「くはははっ、嬉しいのう。……臭う。臭うぞ、お主。先ほどの技……やはり貴様・・なのだな。なあ、『ネネ』もそう思うであろう?」

 コイツ、なぜか引きつったように笑いだしたぞ。
 しかも、恍惚とした顔で小太刀に頬ずりしつつ語りかけている。

 『ネネ』ってのは、あの小太刀の銘だろうか?
 つーか、刃で頬がスパスパ斬れてるんだが……

 しかも、その傷だらけの頬から流れ出る血が……不気味に脈動する刀身に吸い取られていくのが見えた。

 これは……アレだ。
 うん、ヤバいヤツだ。

「くは、くははっ……」

 男の引きつり笑いとともに、じゅるじゅると血を啜る気色悪い音が狭い路地に響き渡る。

「ね、ねえライノ。このオッサン、ちょっとおかしいよ」

「む。あれはまごうことなき変態」

「……見れば分かる」

 あまりに異様な光景にパレルモとビトラがドン引きしているが、同感だ。
 さっさとこの場を去りたい。
 だが……さすがにこのまま見逃してくれるとは思えない。

「くくくっ。がはっ……『ネネ』よう、やあっとだ。やあっと見つけたなぁ。彼奴あやつで間違いない。見紛うものか。例え人に紛れようが、年端もいかぬ少女を連れていようが、吾輩の目は誤魔化せぬ。彼奴から臭うのは、紛れもない『魔王』の臭いだからなぁぁ」

 吐血しつつも、男がこちらを見た。
 その双眸には、凄まじい憎悪の炎が宿っている。

 なんだこの状況。

 どうやら男は『魔王』に遺恨だか因縁だかがあるらしい。
 だが、もちろん俺に覚えはない。潔白だ!

 というかコイツ、グレン商会の刺客じゃないのか? 
 訳がわからん!

 気が進まなさすぎるが、これはやるしかない流れかそうなのか。
 面倒くせえなオイ……

 そんなことを思いつつ、鉄串を握りしめた……そのとき。

「――たぁんと喰らえ、『ネネ』よぅ」

 男はそう呟くと、小太刀を逆手に持ち替え――

「カアァッ!!」

 裂帛の気合いとともに――こともあろうか、己の腹に深々と突き刺した。
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