新任チート魔王のうまうま魔物メシ~勇者パーティーを追放された死霊術師、魔王の力『貪食』と死霊術でらくらく無双&快適メシライフを満喫する~

だいたいねむい

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第94話 土下座と実験台

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「さて、どうすっかな……」

 俺は頭をガリガリと掻いた。

 男の顔は蒼白で、息はあるようだが起き上がる気配は全くない。
 それによくよく見れば、小太刀を握ったままの手は骨と皮ばかりだ。
 目は落ちくぼみ、頬はけている。

 昨日は闇夜での戦闘だったが、こんなに痩せていただろうか?
 もともと大して特徴のない顔立ちだし、細かいところまでは覚えていないが……こんな、幽鬼レイスかミイラのような容姿ではなかったはずだ。

 昨日の戦闘の前には、『潮騒の海猫亭』にいたはずだし。
 さすがに料理を食べているところまでは見ていないが、いくらなんでも食事に手を付けずに俺たちのあとを尾行したわけではなかろう。

 となれば、理由はひとつだな。
 俺は男の腰にある小太刀に目をやった。
 今でこそただの刀に見えるが、こいつは妖刀だ。
 男が異形化すると同時に、刃渡りが刀身数倍にも伸びた。
 そのさいに刀が男の血肉やら養分やらを喰らった、といったところだろうか。
 そうだとすれば、今の男は完全に飢餓状態だろう。
 このまま放っておけば餓死してもおかしくない。

 ………。
 
「はあ……仕方ない。よっと」

 俺は迷ったあげく、男を背負って店に移動させることにした。

 ここがダンジョン内ならばともかく、すぐ近くに我が『彷徨える黒猫亭』があるのだ。こんなところで人死にが出たことが広まれば、ただでさえ少ないこの店の客足が途絶えてしまいかねないからな。

 念のため、小太刀は取り上げておく。
 あれほど所有者を蝕んだ妖刀や魔剣は、よほどのことがないかぎり宿主を鞍替えすることはないだろうが、念のため素手での接触を避けるため布にくるんでおいた。

「よし、ここでいいか」

 ひとまず男は邪魔にならないよう、店の床に転がしておく。
 小太刀は男の手の届かない場所に隔離しておいた。

 さて、コイツはもうこのままでもよさそうだが……もう一仕事。
 せっかく店に運び込んだのだ。ここで死なれても困る。

 俺は厨房に入ると、普段使わない奥の方の棚を開けた。

「お、あったあった」

 棚の奥にはいろいろな雑貨に混じって、「応急」と書かれた古びた木箱があった。
 取り出して蓋を開けると、包帯などに混じって回復薬が入っていた。
 箱は古いが中身はきちんと管理されているらしく、使用期限などは問題なさそうだ。

 ひとまず回復薬を男の口に突っ込んでおく。
 低ランクのものだが、腹に流し込んでおけば行動食一回分程度の体力補給にはなるはずだ。じきに目を覚ますだろう。

 よし、その間に仕込みが終わらせておくか。

 男は手足を縛っておこうかと思ったが……やめておいた。
 目覚めたとしても空腹でどうせろくに動けないだろうし、コイツもここに連れてきた以上、一応は客だからな。



 ◇



「ぬ、う……ここは……」

 ちょうど仕込みが終わったころ、男が目を覚ました。 

「よう、目覚めたか。気分はどうだ?」

 カウンター越しに声をかける。
 男はむくりと上半身を起こすと、しばらくキョロキョロと店内を見回し、俺と目があった。

「……お主は……ッ!」

 途端、男は素早く腰に手をやるが……当然妖刀はない。

「ネ、『ネネ』をどこにやった!」

「すまんが、お前の刀は預からせてもらった。言うまでもないが、抵抗するなよ? こんな狭い店内で暴れられるはイヤだからな」

「おいお主っ! 『ネネ』は、『ネネ』は無事なのかっ!?」

 男が目を血走らせ、叫ぶ。
 まるで自分の恋人か家族でも人質に取られたような取り乱しようだ。
 なんだか悪者になったみたいで気分が悪いな。

 それほどまでに妖刀に魅入られているのだろうか?
 実際に妖刀使いを目にしたのはこれが初めてだが、刀に執着するその姿はかなり異様な光景だ。 

「安心しろ、別に刀を破壊するつもりも呪いを浄化するつもりもない」

「そ、そうか……」

 俺の言葉を聞くと、男は放心したように壁に背中を預けた。

「……ここはどこだ」

「あんたが倒れてた場所からすぐ近くの、『彷徨える黒猫亭』っていう小さな料理屋だよ」

「……そうか。まさかお主が料理屋なんぞ開いていたことに驚きを禁じ得ないが……まだお主にも、人の心が残っていたというわけか。ならば、吾輩が敗北を喫したのも頷ける」

「別に勝ったつもりはないが」

「必殺の太刀である『扇』を躱された以上、吾輩の敗北は確定しておった。それが全てだ」

 そう、淡々と口にする。
 妖刀が無事だと知れたからか、男からは敵意が完全に消えていた。

 コイツを助けた主な理由は、あそこで死なれると商売の邪魔だからだが……それは口にしないでおく。

「なあ、お主……いいや、我が友ナンタイよ。恥じ入って、お主に頼みたいことがあるのだが」

 男が急に真面目な顔になって、言った。

 ……んん?

「待て。誰がそのナン……とかいうヤツだって?」

「ぬう? お主、ナンタイであろう? あのような濃密な魔の気配を纏い、人外の技を繰り出す者などこの世に二人とおるはずがなかろう。それともまさかお主、このコウガイを覚えておらぬのか? 『魔王の力』を得、その権能にて何度も身体を乗り換えたのは聞き及んでおる。だが、共に切磋琢磨したあの日々まで忘れ去ったとは言わせぬぞ」

 いやマジで誰だそれ……
 名前からして、東国の出だろうか?

 だがまあ、これで完全に人違いだということが確定したな。

「俺の名はライノだ。ライノ・トゥーリ。生まれてこの方『ナンタイ』つー名前に改名した覚えなどない。というか、人違いだと戦闘中に説明したはずだが?」

「…………それは、まことか」

 目が泳ぎ出す勘違い男こと――コウガイ。
 顔の冷や汗もすごい。

 まあ、異形化したあとは記憶とかブッ飛んでそうではあったから、仕方ない側面はあるが……

「ああ、まこと・・・まこと・・・だ。あんた、完全に人違いだぞ」

 念には念を入れて、キッパリと指摘しておく。

「…………」
 
 その言葉を聞いた途端、コウガイは完全に真顔になった。
 プルプルと震えながらも正座で床に座り直す。
 すでに顔面は完全に蒼白だ。
 頬の痩け具合も相まって、まるで死人だな。

 それから、コウガイはガバッ! と頭を床にこすりつけ、叫んだ。
 土下座というやつだ。

「すまぬライノ殿ッッ! わ、吾輩はなんということをッ!」

 とりあえず誤解は完全に解けたようだ。

「ま、まあ、もう俺は気にしてないから構わんぞ」

「しかし、吾輩は……ライノ殿だけでなく、お連れの方々にも大変な無礼を働いてしまった。とても償えるようなものではない」

 しかしコウガイは床に頭をこすりつけたまま、顔を上げようとしない。

 さて……どうしたものかな。
 ここで死んで詫びられても困る。

 だいたい償わせるといっても、別に俺たちはちょっと不審者に絡まれた程度で、特に被害はない。
 長く冒険者をやっていれば、この程度のトラブルは日常茶飯事だからな。
 ケンカを売られたから返り討ちにした、それでこの一件は終わりだ。

 それに……このコウガイという男、妖刀に魅入られているせいで奇行が目立つもものの、存外誠実な男のようだ。俺に対する敵意が勘違いだと判明した以上、この先敵対することもないだろうし。

 だが、そうは言ってもこの男、償いが必要ないと言っても聞き入れなさそうではある。

 ならば……そうだ。

「分かった。償いが必要というならば、これを食ってみないか」

 おれはそう言うと、通常の仕込みとは別に仕込んだ食材をカリーと一緒に手早く皿に盛り付け、コトンとカウンターに置いた。

「……それはなんだ?」

 コウガイは床で正座したまま、カウンターで湯気を立てるカリーを見つめ、怪訝な顔をする。

「腹が減っているんだろう? ここは料理屋だ。まずは一皿。足りなければ、もう何皿か食っていけばいい。それでチャラにしてやる」

「…………そんなものでいいのか?」

「ああ。ただし、これは魔物肉入り・・・・・の試作品だ。言ってみれば人体実験というヤツだな。これならば、償い甲斐があるだろう?」

「魔物肉、とな」

 コウガイはピンと来ていないのか、キョトンとした表情だ。

「俺や身内の舌だけではどうにも信頼できる評価が得られなくてな。ああ、魔物肉といってもきちんと処理をしてあるから、食べても問題ないぞ」

 もともとこの『彷徨える黒猫亭』で料理人をしている理由は、このためだ。
 すなわち、魔物肉をいかに美味しく調理できるかの追求である。
 そのためのノウハウを得るために、ここで料理人をしているのだ。

 もちろん店主のペトラさんにはわけを話してきちんと許可をもらった上での研究だ。なんの問題もない。

「ぬう……しかし、見たことがない料理だが……えもいわれぬ良い香りでもある」

 いつの間にか、コウガイはカウンター席に就いていた。
 しばらく魔物肉入りカリーを見つめていたが、食欲には勝てなかったらしい。
 ぐう、と腹がなるのと同時に、コウガイはおそるおそるカリーをスプーンですくい上げ、口に運んだ。

「……うむ、不思議な味わいだが、美味い」

 一口、二口、スプーンでカリーを口に運ぶ。
 なにやら考え込むように眉間にしわを寄せて、さらにもう一口。

「…………ほう、ふむ、ふぅむ………」

 コウガイはしばらく味わうようにもぐもぐと口を動かしていたが、すぐに無心でカリーを頬張りはじめた。

「……すまないが、おかわりをもらっても構わないか」

「ああ、たくさんあるぞ」

「かたじけない」

 一皿目を平らげると、あとはもう止まらなかった。
 二皿、三皿と食べ続け……

 結局コウガイは、実験用に仕込んでおいた分を全て平らげたのだった。
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