7 / 36
第七話 静かな半年
エリアスは本当に来た。
力仕事だけでなく、いつの間にか接客もしている。
年配の女性が階段を上がるとき。
「足元、少し急です」
エリアスは自然に手を差し出す。
「うちの階段は商売より古いんです」
小さく笑わせる。
相手の体を気遣いながら、プライドも傷つけない。
婦人が安心して手を置く。
相手に合わせた言葉を選び、
踏み込みすぎず、距離も置きすぎない。
気づけば客は椅子に腰を下ろし、
ゆっくりと布を吟味している。
店は少しだけ賑わうようになった。
以前なら、客の足音が響くだけで指が止まっていた。
だが、今は違う。
針は動いたまま。
笑い声が作業室にいるオーレリアまで届く。
店の空気がやわらいでいた。
自分が前に立たなくても、客は帰らない。
私は表に立つよりも、布に向き合うほうが向いているのかもしれない。
そう思いながら、オーレリアは正装の改良を進めていく。
より軽く。
より整う形へ。
⸻
店が落ち着いた後、久しぶりに実家へ戻った。
お針子のひとりが、例の正装を手に取る。
「オーレリア、着てみてもいい?」
「いいわよ」
布をすべらせ、袖を通す。
肩がすっと収まり、背が自然に伸びる。
鏡の前でくるりと回る。
「すごい……軽いのに暖かい」
「歩きやすそう。肩が楽だわ」
「私も着てみていい?」
笑い声が重なる。
「奥様もいかがですか」
お針子が冗談めかして母を見る。
母は手を振った。
「若い子の服ね。私はいいわ」
やわらかな声。
否定ではない。
ただ、自分は主役ではないという響き。
オーレリアは何も言わなかった。
前の人生で。
母は一度も、この形の服に袖を通さず亡くなった。
そのときの言葉も同じだった。
若い子の服ね。
私はいいわ。
けれど。
亡くなったあと、母のクローゼットの奥から、
丁寧に包まれた自分の正装が出てきた。
一度も袖を通さなかったはずの服。
それでも、しまってあった。
今回はまだ時間がある。
⸻
それから、少しずつ。
街で同じ形の服を見かけるようになった。
市場で若い娘が言う。
「あの店の仕立てだって」
最初は好奇の目だった。
今はただの選択肢。
笑われることも、少なくなっていた。
エリアスは変わらず店に立ち、客を迎える。
オーレリアは変わらず針を動かす。
気づけば、半年が過ぎていた。
⸻
一方、王城。
冬の光が差し込む執務室で、
内政長官ルートヴィッヒの机の上に、一着の正装が置かれていた。
「あの形の服が、城下で広まりつつあります」
侍従の報告。
ルートヴィッヒは無言で布に触れ、縫い目をなぞる。
癖のない針目。
無駄のない裏処理。
丁寧な仕立て。
窓の外に目を向ける。
やがて、布を机に置いた。
「――馬車を」
それだけを告げた。
力仕事だけでなく、いつの間にか接客もしている。
年配の女性が階段を上がるとき。
「足元、少し急です」
エリアスは自然に手を差し出す。
「うちの階段は商売より古いんです」
小さく笑わせる。
相手の体を気遣いながら、プライドも傷つけない。
婦人が安心して手を置く。
相手に合わせた言葉を選び、
踏み込みすぎず、距離も置きすぎない。
気づけば客は椅子に腰を下ろし、
ゆっくりと布を吟味している。
店は少しだけ賑わうようになった。
以前なら、客の足音が響くだけで指が止まっていた。
だが、今は違う。
針は動いたまま。
笑い声が作業室にいるオーレリアまで届く。
店の空気がやわらいでいた。
自分が前に立たなくても、客は帰らない。
私は表に立つよりも、布に向き合うほうが向いているのかもしれない。
そう思いながら、オーレリアは正装の改良を進めていく。
より軽く。
より整う形へ。
⸻
店が落ち着いた後、久しぶりに実家へ戻った。
お針子のひとりが、例の正装を手に取る。
「オーレリア、着てみてもいい?」
「いいわよ」
布をすべらせ、袖を通す。
肩がすっと収まり、背が自然に伸びる。
鏡の前でくるりと回る。
「すごい……軽いのに暖かい」
「歩きやすそう。肩が楽だわ」
「私も着てみていい?」
笑い声が重なる。
「奥様もいかがですか」
お針子が冗談めかして母を見る。
母は手を振った。
「若い子の服ね。私はいいわ」
やわらかな声。
否定ではない。
ただ、自分は主役ではないという響き。
オーレリアは何も言わなかった。
前の人生で。
母は一度も、この形の服に袖を通さず亡くなった。
そのときの言葉も同じだった。
若い子の服ね。
私はいいわ。
けれど。
亡くなったあと、母のクローゼットの奥から、
丁寧に包まれた自分の正装が出てきた。
一度も袖を通さなかったはずの服。
それでも、しまってあった。
今回はまだ時間がある。
⸻
それから、少しずつ。
街で同じ形の服を見かけるようになった。
市場で若い娘が言う。
「あの店の仕立てだって」
最初は好奇の目だった。
今はただの選択肢。
笑われることも、少なくなっていた。
エリアスは変わらず店に立ち、客を迎える。
オーレリアは変わらず針を動かす。
気づけば、半年が過ぎていた。
⸻
一方、王城。
冬の光が差し込む執務室で、
内政長官ルートヴィッヒの机の上に、一着の正装が置かれていた。
「あの形の服が、城下で広まりつつあります」
侍従の報告。
ルートヴィッヒは無言で布に触れ、縫い目をなぞる。
癖のない針目。
無駄のない裏処理。
丁寧な仕立て。
窓の外に目を向ける。
やがて、布を机に置いた。
「――馬車を」
それだけを告げた。
あなたにおすすめの小説
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
見切りをつけたのは、私
ねこまんまときみどりのことり
恋愛
婚約者の私マイナリーより、義妹が好きだと言う婚約者ハーディー。陰で私の悪口さえ言う彼には、もう幻滅だ。
婚約者の生家、アルベローニ侯爵家は子爵位と男爵位も保有しているが、伯爵位が継げるならと、ハーディーが家に婿入りする話が進んでいた。
侯爵家は息子の爵位の為に、家(うち)は侯爵家の事業に絡む為にと互いに利がある政略だった。
二転三転しますが、最後はわりと幸せになっています。
(小説家になろうさんとカクヨムさんにも載せています)
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
【感謝】
第19回恋愛小説大賞にて奨励賞を受賞しました。
ありがとうございます。
9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。
結婚だってそうだった。
良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。
夫の9番目の妻だと知るまでは――
「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」
嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。
※最後はさくっと終わっております。
※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。