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第十四話 春前の布告
朝。
王都の掲示板に、新しい布告が貼り出された。
上部には王家の紋章が金で印され、白地の紙が冬の光を受けてかすかに揺れている。
――― 王都布告 ―――
女性工房を対象とする税制優遇の試行。
王都組合に登録し、三年以上営業実績を持つ工房に限り、
納税額の一部を一年間軽減する。
――――――――――
通りを行き交う人々が足を止め、文面を目で追う。
「三年以上か……」
「うちはまだ二年だ」
「結局、女の工房が得するって話か」
誰も声を荒げはしない。
だが言葉の端には、わずかな温度差がにじんでいた。
⸻
同じ頃、西翼の一室。
掲示された布告文の写しが、静かに机へ置かれている。
「条件が厳しいとの声もございます」
側近の報告に、セレスティアは目を落としたまま応じた。
「当然よ」
穏やかな声だった。
「本来この政策は、独立予定、あるいは独立したばかりの女性工房を支えるためのもの」
指先が紙の端をなぞる。
「けれど元老院は、“実績のない者への優遇”を認めない。
だから最初は、すでに納税し、国に利益をもたらしている工房から試すの」
側近が静かに頷く。
「段階的に、ということですね」
「ええ。順を踏むだけのことよ」
西翼の窓からは朝の光が差し込み、机上の紙を照らしている。
対照的に、東塔の窓はまだ重い影を落としていた。
⸻
午後。
店の扉が荒く開く。
酒の匂いをまとった男が踏み込み、棚の布を指で弾いた。
「聞いたぞ。女の工房は税が軽くなるんだってな」
その声音には、からかいとも苛立ちともつかない響きが混じっている。
「対象となるのは、三年以上営業実績のある工房のみと伺っております」
オーレリアは穏やかに答えた。
「関係ねえよ」
男は吐き捨てる。
「どうせ形だけだ。女が得する仕組みだろ」
一歩近づき、視線を落とす。
「女は黙って針持ってりゃいいんだよ」
次の瞬間、エリアスが静かにオーレリアの前へ立った。
「ご注文でしょうか」
低く抑えた声。
男は舌打ちし、扉へ向かう。
振り返りざま、吐き捨てるように言った。
「どうせ揉めるぞ。見てな」
乱暴に扉が閉まり、店内に静寂が戻る。
「店長、しばらく俺が接客をします。表には出ないでください」
「ありがとう」
オーレリアは小さく頷いた。
彼女は独立してまだ一年にも満たない。
制度の対象ですらない。
それでも人は細かい条件までは読まない。
広がるのは、“女の工房が優遇される”という印象だけだった。
⸻
夕刻。
店の奥で、ルートヴィッヒは仕上がった上衣に袖を通していた。
深い紺地に走る細い金糸が、光を受けて控えめに揺れている。
「よくお似合いです」
オーレリアが告げる。
「北方の金糸は湿気にも強く、擦れにも耐えるので長く持つそうです」
彼は袖口を見下ろし、わずかに腕を動かした。
「……長く持つのか」
「寒さにも強いと聞いております」
しばし沈黙が落ちる。
金糸を見つめるその横顔は、何かを測るようでもあった。
その静けさに耐えきれず、オーレリアは口を開く。
「……別荘で春に骨董市があると伺いました」
彼の視線が上がる。
「行ってみようかと」
言った瞬間、はっとする。
まるで、また別荘を借りたいと言っているようだ。
「あ……いえ、その」
頬がわずかに熱を帯びる。
「商人宿も春になれば再開すると思いますし」
慌てて言い直した。
その言葉に、ルートヴィッヒの視線がわずかに揺れる。
だが、すぐにいつもの静けさへ戻った。
店の奥に、ひととき沈黙が落ちる。
「不具合がございましたら、ご連絡ください」
ルートヴィッヒは短く頷き、外套を翻した。
⸻
やがて彼は店を後にする。
迷いなく馬車へ向かい、そのまま乗り込んだ。
しばらく無言ののち、ルートヴィッヒが低く問う。
「……別荘では、どう過ごしていた」
向かいに座るハインツが答える。
「穏やかにお過ごしでした。使用人とも親しく」
わずかに間を置き、
「紅茶とココアをご用意いたしましたが、紅茶をお選びになりました。
朝食では、レモンのパウンドケーキを」
ルートヴィッヒは視線を窓の外へ向けたまま。
「そうか」
それだけを返す。
窓の外へ向けた視線は、そのまま戻らなかった。
王都の掲示板に、新しい布告が貼り出された。
上部には王家の紋章が金で印され、白地の紙が冬の光を受けてかすかに揺れている。
――― 王都布告 ―――
女性工房を対象とする税制優遇の試行。
王都組合に登録し、三年以上営業実績を持つ工房に限り、
納税額の一部を一年間軽減する。
――――――――――
通りを行き交う人々が足を止め、文面を目で追う。
「三年以上か……」
「うちはまだ二年だ」
「結局、女の工房が得するって話か」
誰も声を荒げはしない。
だが言葉の端には、わずかな温度差がにじんでいた。
⸻
同じ頃、西翼の一室。
掲示された布告文の写しが、静かに机へ置かれている。
「条件が厳しいとの声もございます」
側近の報告に、セレスティアは目を落としたまま応じた。
「当然よ」
穏やかな声だった。
「本来この政策は、独立予定、あるいは独立したばかりの女性工房を支えるためのもの」
指先が紙の端をなぞる。
「けれど元老院は、“実績のない者への優遇”を認めない。
だから最初は、すでに納税し、国に利益をもたらしている工房から試すの」
側近が静かに頷く。
「段階的に、ということですね」
「ええ。順を踏むだけのことよ」
西翼の窓からは朝の光が差し込み、机上の紙を照らしている。
対照的に、東塔の窓はまだ重い影を落としていた。
⸻
午後。
店の扉が荒く開く。
酒の匂いをまとった男が踏み込み、棚の布を指で弾いた。
「聞いたぞ。女の工房は税が軽くなるんだってな」
その声音には、からかいとも苛立ちともつかない響きが混じっている。
「対象となるのは、三年以上営業実績のある工房のみと伺っております」
オーレリアは穏やかに答えた。
「関係ねえよ」
男は吐き捨てる。
「どうせ形だけだ。女が得する仕組みだろ」
一歩近づき、視線を落とす。
「女は黙って針持ってりゃいいんだよ」
次の瞬間、エリアスが静かにオーレリアの前へ立った。
「ご注文でしょうか」
低く抑えた声。
男は舌打ちし、扉へ向かう。
振り返りざま、吐き捨てるように言った。
「どうせ揉めるぞ。見てな」
乱暴に扉が閉まり、店内に静寂が戻る。
「店長、しばらく俺が接客をします。表には出ないでください」
「ありがとう」
オーレリアは小さく頷いた。
彼女は独立してまだ一年にも満たない。
制度の対象ですらない。
それでも人は細かい条件までは読まない。
広がるのは、“女の工房が優遇される”という印象だけだった。
⸻
夕刻。
店の奥で、ルートヴィッヒは仕上がった上衣に袖を通していた。
深い紺地に走る細い金糸が、光を受けて控えめに揺れている。
「よくお似合いです」
オーレリアが告げる。
「北方の金糸は湿気にも強く、擦れにも耐えるので長く持つそうです」
彼は袖口を見下ろし、わずかに腕を動かした。
「……長く持つのか」
「寒さにも強いと聞いております」
しばし沈黙が落ちる。
金糸を見つめるその横顔は、何かを測るようでもあった。
その静けさに耐えきれず、オーレリアは口を開く。
「……別荘で春に骨董市があると伺いました」
彼の視線が上がる。
「行ってみようかと」
言った瞬間、はっとする。
まるで、また別荘を借りたいと言っているようだ。
「あ……いえ、その」
頬がわずかに熱を帯びる。
「商人宿も春になれば再開すると思いますし」
慌てて言い直した。
その言葉に、ルートヴィッヒの視線がわずかに揺れる。
だが、すぐにいつもの静けさへ戻った。
店の奥に、ひととき沈黙が落ちる。
「不具合がございましたら、ご連絡ください」
ルートヴィッヒは短く頷き、外套を翻した。
⸻
やがて彼は店を後にする。
迷いなく馬車へ向かい、そのまま乗り込んだ。
しばらく無言ののち、ルートヴィッヒが低く問う。
「……別荘では、どう過ごしていた」
向かいに座るハインツが答える。
「穏やかにお過ごしでした。使用人とも親しく」
わずかに間を置き、
「紅茶とココアをご用意いたしましたが、紅茶をお選びになりました。
朝食では、レモンのパウンドケーキを」
ルートヴィッヒは視線を窓の外へ向けたまま。
「そうか」
それだけを返す。
窓の外へ向けた視線は、そのまま戻らなかった。
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