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タブレット
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「林、これ使えよ」
夕飯を食べ終えた後、俺は林にブツを手渡した。それは、スマホもなく、テレビも見ない世代の林(俺も同世代)のためを思って用意したブツ。
「……これは?」
「お古のタブレットだ」
俺は、スマホの他にもタブレットを二台所有している。一台は今使っているやつ。もう一台は、最新のタブレットを購入し日の目を浴びることののなくなったお古のタブレット。バッテリー持ちは悪くなりつつあるが、まだまだ使えそうなそれを、俺は林に与えることにした。
「いいの、これ?」
「問題ない。俺のはこれがあるからな」
「スマホにタブレット。あんた、そんなに画面眺めていると目、悪くなるよ?」
「オカンか」
思わずツッコんでしまった。林は本当に俺のことを心配そうに見ながら言っているのが、余計に俺のツッコミ精神を駆り立てた。罪な女だ。
「わー、ありがとう。ただまあ、友達への連絡はさすがに控えた方がいいか」
「そうだな。テレビは見ないそうだが、動画サイトとかゲームとかはやったらどうだ。無論、ソシャゲで課金は止めてくれ。あれは沼だ。俺の携帯利用料がぶっ飛んでしまう」
「あたし、ゲームとか繊細な動きが必要なものは出来ないから安心して」
「だからオカンか」
オカンと言ったら、電子機器の扱いに慣れてなくてスマホとかタブレットを買う度、息子に設定させるのがお決まりだ。そんなお決まりがあるかは知らないが、とにかくこいつ、本当に昨今の十九歳なのか? 甚だ疑問である。
「ただ、動画か。動画は見るかなー。結構好きだよ」
テレビもやってることは変わらんと思うが、違いとは言えば、視聴者の好きな動画を探せるか否か、くらいか。
「どんな動画見るんだ?」
「スカッと動画まとめ集」
「オカンかっ!」
大人になり、社会の不条理さを味わったオカンとかは、そういう動画を好んで見る傾向がある。自分達はスカッと出来なかったからこそ、動画の中でくらいスカッとしたい、ということだろう。古くからは水戸黄門とかの、勧善懲悪な物語だ。
ただ俺はああいう動画が好きではない。勧善懲悪が嫌いというわけではない。ただ、勧善懲悪にもクオリティというものが必要だ。日々動画配信しないと生計が成り立たない連中のあげたまとめ動画は、全部似たりよったりでかつ、あまりに登場人物の頭が悪い。リアリティが感じられないから、俺はああいう類の動画が嫌いだ。
「……まあ、そういう動画を見るのは構わないけど、俺のスマホとかのアカウントと同期されているからな?」
「どういうこと?」
「つまり、お前が見た動画。俺も履歴でわかるってことだ」
他人に見られている。そう思ったら人は、自分の行動を改めるもんだ。
「へえ、それってつまり、あたしもあんたの見た動画を知れるってことだよね」
「そうだね」
平静を保ちつつ、俺は背中に変な汗を掻いていた。墓穴を掘った。そんなことを考えていた。
あのタブレットを今まで、林に渡さなかった理由。それは無論、タブレット内のデータを一度初期化する必要があったからだ。裏で俺は、いそいそと必要な動画を今のタブレットに移行させ、そうして入念に問題ないことを確認した上で、あれを林に渡したのだ。
しかしっ!
履歴は、まずい!
まあ、そういう動画サイト以外ではセンシティブな動画をなるべく見ないようにしているが……最近は、女の子が踊るショートムービーとかあるわけで。深夜帯に何の気なしにショートムービーを見ていると、そういう動画が掘り当てられて、連鎖的に探してしまう日もあるわけでっ!
つまり、まずい!
非常にまずい!
「あんた、今までで一番わかりやすい顔をしているけど?」
「気のせいではない」
「気のせいではないんだ」
「バックアップは取ったぜ、と思っていた」
「バックアップは取ったぜ、と思ってたんだ」
「フォーマットしたから大丈夫、と確信していた!」
「フォーマットしたから大丈夫、と確信していたんだ」
しまった……!
錯乱するあまり、ことの成り行きを全てつつがなく伝えてしまった!
林は、呆れたように目を細めて、しばらくしてため息をついた。
「別に、あんたの性事情にとやかく言う気はないよ。住まわせてもらっている身だしね」
「……身の危険を覚えたりしないのか」
ドメスティック・バイオレンス後の今で、性欲のある男と一つ屋根の下。普通、身の危険を覚えそうなものだ。
「襲うの?」
「するか」
「そっか」
林はため息をついた。
「魅力ないんだね、あたし」
俺は黙った。林に魅力がない。そんなこと俺は、一度たりとて言った記憶はないし、思ったこともない。口に出さないだけだ。
……わからん。
なんというのが正解なんだ。
そんなことないと否定する方が良いのか。ただそれはつまり、俺が彼女に欲情していることを意味する。彼女からしたら身の危険を覚えるだけだろう。
ただ逆は……女としての彼女の尊厳を傷つけてしまう。
くそっ! なんて質問すんだ、あの女は……!
途方もない怒りが、俺の中に芽生えつつあった。彼女からしたら、身に覚えの一切ない怒りである。
「……もう良いだろう。この話は」
「そう? あんたをからかうの、楽しいんだけど」
「勘弁してくれ」
「からかい甲斐があるね、あんた」
まあ、不要な不安を覚えることもなく、道化な俺に笑えるのなら、それで構わない。
「……ありがとう。タブレット」
「ん」
その日の晩、林はタブレットを離すことはなかった。元恋人と同棲している間に、スマホは破壊されたと言っていたが、最新の電子機器に彼女が触れるのは、恐らく数ヶ月ぶりだったことだろう。久しぶりの人類の叡智の結晶に、彼女はご執心だった。
タブレットからは、まとめ動画特有の早口ボイスがそれなりの音量で流れていた。
動画の、相手を貶めたいという心意気だけが伝わるストーリー展開に、俺の睡眠が阻害されたことは言うまでもない。
夕飯を食べ終えた後、俺は林にブツを手渡した。それは、スマホもなく、テレビも見ない世代の林(俺も同世代)のためを思って用意したブツ。
「……これは?」
「お古のタブレットだ」
俺は、スマホの他にもタブレットを二台所有している。一台は今使っているやつ。もう一台は、最新のタブレットを購入し日の目を浴びることののなくなったお古のタブレット。バッテリー持ちは悪くなりつつあるが、まだまだ使えそうなそれを、俺は林に与えることにした。
「いいの、これ?」
「問題ない。俺のはこれがあるからな」
「スマホにタブレット。あんた、そんなに画面眺めていると目、悪くなるよ?」
「オカンか」
思わずツッコんでしまった。林は本当に俺のことを心配そうに見ながら言っているのが、余計に俺のツッコミ精神を駆り立てた。罪な女だ。
「わー、ありがとう。ただまあ、友達への連絡はさすがに控えた方がいいか」
「そうだな。テレビは見ないそうだが、動画サイトとかゲームとかはやったらどうだ。無論、ソシャゲで課金は止めてくれ。あれは沼だ。俺の携帯利用料がぶっ飛んでしまう」
「あたし、ゲームとか繊細な動きが必要なものは出来ないから安心して」
「だからオカンか」
オカンと言ったら、電子機器の扱いに慣れてなくてスマホとかタブレットを買う度、息子に設定させるのがお決まりだ。そんなお決まりがあるかは知らないが、とにかくこいつ、本当に昨今の十九歳なのか? 甚だ疑問である。
「ただ、動画か。動画は見るかなー。結構好きだよ」
テレビもやってることは変わらんと思うが、違いとは言えば、視聴者の好きな動画を探せるか否か、くらいか。
「どんな動画見るんだ?」
「スカッと動画まとめ集」
「オカンかっ!」
大人になり、社会の不条理さを味わったオカンとかは、そういう動画を好んで見る傾向がある。自分達はスカッと出来なかったからこそ、動画の中でくらいスカッとしたい、ということだろう。古くからは水戸黄門とかの、勧善懲悪な物語だ。
ただ俺はああいう動画が好きではない。勧善懲悪が嫌いというわけではない。ただ、勧善懲悪にもクオリティというものが必要だ。日々動画配信しないと生計が成り立たない連中のあげたまとめ動画は、全部似たりよったりでかつ、あまりに登場人物の頭が悪い。リアリティが感じられないから、俺はああいう類の動画が嫌いだ。
「……まあ、そういう動画を見るのは構わないけど、俺のスマホとかのアカウントと同期されているからな?」
「どういうこと?」
「つまり、お前が見た動画。俺も履歴でわかるってことだ」
他人に見られている。そう思ったら人は、自分の行動を改めるもんだ。
「へえ、それってつまり、あたしもあんたの見た動画を知れるってことだよね」
「そうだね」
平静を保ちつつ、俺は背中に変な汗を掻いていた。墓穴を掘った。そんなことを考えていた。
あのタブレットを今まで、林に渡さなかった理由。それは無論、タブレット内のデータを一度初期化する必要があったからだ。裏で俺は、いそいそと必要な動画を今のタブレットに移行させ、そうして入念に問題ないことを確認した上で、あれを林に渡したのだ。
しかしっ!
履歴は、まずい!
まあ、そういう動画サイト以外ではセンシティブな動画をなるべく見ないようにしているが……最近は、女の子が踊るショートムービーとかあるわけで。深夜帯に何の気なしにショートムービーを見ていると、そういう動画が掘り当てられて、連鎖的に探してしまう日もあるわけでっ!
つまり、まずい!
非常にまずい!
「あんた、今までで一番わかりやすい顔をしているけど?」
「気のせいではない」
「気のせいではないんだ」
「バックアップは取ったぜ、と思っていた」
「バックアップは取ったぜ、と思ってたんだ」
「フォーマットしたから大丈夫、と確信していた!」
「フォーマットしたから大丈夫、と確信していたんだ」
しまった……!
錯乱するあまり、ことの成り行きを全てつつがなく伝えてしまった!
林は、呆れたように目を細めて、しばらくしてため息をついた。
「別に、あんたの性事情にとやかく言う気はないよ。住まわせてもらっている身だしね」
「……身の危険を覚えたりしないのか」
ドメスティック・バイオレンス後の今で、性欲のある男と一つ屋根の下。普通、身の危険を覚えそうなものだ。
「襲うの?」
「するか」
「そっか」
林はため息をついた。
「魅力ないんだね、あたし」
俺は黙った。林に魅力がない。そんなこと俺は、一度たりとて言った記憶はないし、思ったこともない。口に出さないだけだ。
……わからん。
なんというのが正解なんだ。
そんなことないと否定する方が良いのか。ただそれはつまり、俺が彼女に欲情していることを意味する。彼女からしたら身の危険を覚えるだけだろう。
ただ逆は……女としての彼女の尊厳を傷つけてしまう。
くそっ! なんて質問すんだ、あの女は……!
途方もない怒りが、俺の中に芽生えつつあった。彼女からしたら、身に覚えの一切ない怒りである。
「……もう良いだろう。この話は」
「そう? あんたをからかうの、楽しいんだけど」
「勘弁してくれ」
「からかい甲斐があるね、あんた」
まあ、不要な不安を覚えることもなく、道化な俺に笑えるのなら、それで構わない。
「……ありがとう。タブレット」
「ん」
その日の晩、林はタブレットを離すことはなかった。元恋人と同棲している間に、スマホは破壊されたと言っていたが、最新の電子機器に彼女が触れるのは、恐らく数ヶ月ぶりだったことだろう。久しぶりの人類の叡智の結晶に、彼女はご執心だった。
タブレットからは、まとめ動画特有の早口ボイスがそれなりの音量で流れていた。
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