俺の妹が最高のオカズだった

Stjimmy182

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とある兄妹の登校前の数分間

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 洗面台で、自分の顔と真剣に向き合ったのは、何年振りになるだろう。

 

 鏡に映る自分が別人のようだった。

 少し髪が短くなっただけで、ここまで変わるものなのか。

 格安カットでも十分だと思っていた俺は、美優に紹介してもらった美容師に長さを整えてもらって、慣れない髪型を他人のようにジロジロと眺めている。

 

 こんなんで学校に行ってみんなに笑われないか。

 不安だけがもやもやと募っていく。

 散髪のために高い金を払ったという事実だけで、前の俺からしたら笑いのネタになるくらいだった。

 

「うーん……」

 

 しきりにブレザーの襟やネクタイを弄って、一向にキマらない格好に、ついには後悔が生まれ始めた。

 妹の口車に乗せられてしまったが、やはり女の趣味に合わせるのは間違いだったか。

 

 美容師に教わった通りにドライヤーをかけて、ワックスまで使ってセットした髪型が、どうにも以前より悪く見える。

 昨日髪を切ってもらった直後は良く見えたのだが、髪の整え方からして素人とは違うらしい。

 

 そろそろ登校する時間が迫ってきて、学校を休みたい気持ちまで起き上がってきた。

 

 ダメだ。

 どうしても恥ずかしい。

 こんな姿を見られるくらいなら、今までのモテない人生の方がマシだったような気もする。

 

「……おにぃ」

 

 洗面所のドアから声が聞こえて、俺は髪を触っていた手を急いで引っ込めた。

 

 ドアから体の半分を出して美優が俺を監視している。

 

「どうしたんだよ。そんな隠れるみたいに」

「別に。いい傾向じゃないかと思って」

 

 支度を終えたはずの美優が、わざわざ洗面所にまでやってきて言うのだから、本心には違いなかろうが。

 

 外見を気にするようになったことがそんなに偉いだろうか。

 世の中は顔より性格で人を判断するべきだなんて言っておきながら、結局は見てくれに拘らなければ爪弾きにするのだ。

 

「鏡の前で髪の毛をいじるとかナルシストっぽくないか……?」

「もちろん、人前でやったらダメだよ。最低限は陰で整えて、外に出たら気にしない。お手洗いでも人目のあるところでは避けること」

 

 妹は講釈を垂れながら洗面所に入ってくる。

 

 俺と真正面に向かい合って、踵から頭の先までサッと目を通した。

 

「うん。全然ダメ」

 

 妹は書類の体裁に厳しい上司みたいにバッサリ否定した。

 

 全然ダメと言われても髪型以外はいつも通りなんだが。

 まあ、それがダメというのも、美優が相手なら納得はできる。

 

 美優の姿を改めて見てみると、キレイだ。

 口説くつもりがなくてもそんな言葉が口を突いて出るくらいには整っている。

 長い髪は埃ひとつなく手入れされていて、スカートやブラウスにヨレはなく、服のサイズはきっと下着のフィット感までピッタリに合わせているのだろう。

 

 立ち姿も実に見事だ。

 背筋、手の位置、足の向き。

 礼儀や作法が形になって、先人たちがそれを花に喩えた気持ちがよくわかる。

 

 制服という、ある種で属性そのものを身に纏った美優の姿は、決して服に着られているわけではないのに、服に人を当てがったと表現する方がしっくりくるぐらいに似合っていた。

 

「このブレザー、しばらくクリーニングに出してないね。シワもつけ過ぎ。どうせ丸めて鞄に入れてるんでしょ」

 

 美優は袖から背部まで俺の服を引っ張って伸ばしていく。

 珍しく感情的な口調だが、乱暴に扱っているようではなかった。

 

「今日は冷え込んでるからジャケットを着てるだけだって。もう衣替えの日は過ぎてるから、来週にはクリーニングに出すよ」

 

 クリーニングなんて母親に言われなきゃ気にもしない。

 そもそもどうやって出すのかも知らないし。

 

「シャツの裾寄りすぎ。腰の位置もおかしい。はい、ズボン脱ぐ」

 

 有無を言わせず美優はベルトを外した。

 今更パンツを見られるくらいワケはないが、脱がされるのは初めてだったので妙に恥ずかしい。

 

 ズボンを下ろされて、シャツを整えられて、ズボンは上げてもらえない。

 

 美優は俺のベルトをしげしげと眺めると、腰に回してその余りの長さに眉根を寄せた。

 

「なにこれ」

「ごめんなさい」

 

 パンツ丸出しの状態で、俺は平謝り。

 美優はウエストに対して長すぎるベルトの金具を外し、その先端を見て溜息をついた。

 

「調節ができるの知らないの?」

「知ってるけど。やり方は、知らない」

「もー!」

 

 妹はぷんすこぷんすこ怒っている。

 ここまで表情豊かな美優を見たのは初めてだ。

 

「ハサミを取ってくるから待ってなさい」

「えっ、いいって。もう出ないと遅刻する…………んだけどなぁ」

 

 美優は俺を無視して部屋へ行ってしまった。

 

 学校までは自転車通学。

 飛ばせば朝礼までには間に合うかな。

 

「──いいですか、お兄ちゃん」

 

 戻ってきて、美優はいい感じにサイズを測ってベルトを切ってくれた。

 元がそれほど長くないベルトだったから、一番奥の穴に留め具を通せば、ギリギリ腹に留まるくらいではあったんだが。

 渡されて、ズボンに通してみると、たしかに下半身のダボつきは無くなったように思う。

 

「ホコリも目立つから取っちゃうね」

 

 美優はついでに持ってきた粘着テープで俺の制服をペタペタする。

 

 まずい。

 本格的に時間がない。

 

 これが終わったらダッシュだ。

 

 行くぞ。

 美優がなんて言っても行くぞ。

 

「うーむ……」

 

 美優が制服のホコリを取りながら唸っている。

 嫌な予感がする。

 

「ネクタイの長さが合ってない」

「わかったわかった! 直すから! 着いたら直す!」

 

 俺は精一杯のジェスチャーで急いでいることをアピールする。

 

 ただでさえうちの担任は口も性格も悪いんだ。

 成績優秀者なら多少の言い訳くらいは聞いてもらえるだろうが、俺みたいな一般人はせめて機嫌を損ねないようにするくらいしか生きる道がない。

 

「いいから」

 

 美優は俺の反発を、穏やかな口調で制した。

 首元に手を伸ばされて、ネクタイやら襟やらを弄られ始めると、俺もすっかり降参モードになる。

 

 互いに無言になって、ひたすらくすぐったい接触だけが続く。

 キュッとネクタイを締められると、自然と背筋が伸びた。

 

「せっかく格好良くなったんだから。遅刻するくらいでちょうどいいよ」

 

 美優は最後にブレザーの前ボタンを閉じる。

 背中を叩かれて、再び鏡に顔を向けさせられた。

 

「おぅ……」

 

 その感嘆の言葉は、決して美優の意見に同意したものではなかった。

 

 サマになっているのである。

 自分ではいくら着方を変えてもダサかったその姿が、特段何が変わったわけでもないはずなのに、ずいぶんと立派に見えた。

 

「ジャケットのボタンは立つときは留める。座るときはボタンを外す」

「ふむふむ」

 

 俺は美優の指示通りにジャケットの2つ目のボタンに手をかけた。

 

 すると、ペシッと、強めにその手を叩かれる。

 

「そっちは留めない」

「はい」

 

 なかなか厳しい妹である。

 

「マナーなんて時代とか地域で変わるものだし。そんなしゃかりきに守らなくもいいんだけど。制服はきちっと着るのが一番見栄え良く作られてるんだから、意識くらいはしといたほうがいいよ」

「りょーかい」

 

 美優はたしかに可愛いし、エロにも寛容で、それだけでも十分な魅力ではある。

 でも、どうしてこんなに美優に惹かれるのかはわからなかった。

 

 その理由が今日、ようやく判明した。

 俺も気づかないところでそんな努力をしてたんだな。

 こりゃ男女構わずモテるわけだ。

 

 俺はやっと洗面所から開放されて、いつのまにか玄関に移動していたカバンを横目に靴を履く。

 

 とても気分が軽い。

 普段はボロボロな革靴が、なんだか輝いて見えた。

 

「……ん?」

 

 これは気分のせいじゃない。

 本当に革靴がピカピカになっている。

 

「今日だけね。イメチェンは初日が肝心だから」

 

 横に並んで美優も靴を履く。

 

 さすがに尽くされ過ぎじゃなかろうか。

 どういう心境なんだ。

 俺はこれから別の女の子を好きならないといけないんだが。

 わかっているのだろうかこの出来過ぎた妹は。

 

「まあ、なんだ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 美優はまたいつもの澄まし顔。

 鞄を前に携えて、本物のお嬢様学校にでも通ってそうな出で立ちなのに、中学が俺と同じなんて違和感が酷い。

 

「そんじゃ学校行くか」

 

 信号の繋ぎがよければ、ギリギリ本令で滑り込みできるかもしれない。

 玄関のドアに手をかけて、どうにか遅刻しないように対策を考えながら、俺は立ち止まった。

 

 よくわからない不安に襲われたのだ。

 頭の中が、背後に人がいるという不協和に怯えている。

 

 そうだ。

 

 俺が美優と一緒に家を出たことは、今まで一度もなかった。

 

「美優も時間だいぶやばくないか?」

 

 つか、確実に遅刻コースだよな。

 

 中学校までは男の俺でも歩いて15分はかかってたし。

 チャリ通学10分の俺が遅刻なんだから、美優も共倒れのはず。

 

「服もまともに着られないお兄ちゃんに付き合っていたら、とても遅れてしまいました」

 

 美優はまるで急ぐ様子もなく、俺を見つめる。

 

 直立不動で。

 何かを待つように。

 

 チャリの鍵を手に持った、この俺に視線を仰いでいる。

 

「あー……」

 

 ワンチャンス。

 滑り込みにかけた希望は、俺の口から紡がれることはなく。

 

「遅刻は、困るよな」

「はい」

「俺は一応、間に合わないこともないんだけど」

「みたいですね」

 

 なおも動かない妹。

 

 ここまで計算済みとは、恐れ入る。

 

「あー! わかったよ! 送ってきゃいいんだろ!」

 

 両手を上げて降参のポーズに、美優はようやくその重たい足を上げる。

 

 誠に遺憾ではあるが、どうあがいても遅刻する運命が確定した。
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