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駅に呼ばれた人たち
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城崎と別れたあと、私はすぐには家へ戻れなかった。
頭の中が、情報で埋め尽くされていたからだ。
帰途駅。
後悔を抱えた人間だけが辿り着く場所。
そして、そこに留まる死者は「終われていない」。
凪は、終われていない。
それはつまり――
私が、終わらせていないということだ。
橋から離れ、川沿いを歩く。昼間の景色は驚くほど平凡で、昨夜の出来事が嘘だったかのように思えてくる。だが、その平凡さが、かえって私を不安にさせた。
携帯電話を確認する。
凪からのメッセージは、それきり届いていない。
代わりに、一通のメールが来ていた。
差出人:城崎
件名:会ってほしい人がいます
本文は短い。
今夜二十三時。
◯◯線・旧第三ホーム。
帰途駅の「手前」です。
「手前」という言葉が、妙に引っかかった。
帰途駅は、存在しない。
ならば、その手前とは何なのか。
だが、行かないという選択肢は、もうなかった。
⸻
夜二十二時五十分。
指定された駅は、すでに使われなくなった古いホームを抱えていた。フェンスで仕切られ、立入禁止の看板が下がっている。
城崎は、当然のようにフェンスの鍵を開けた。
「違法侵入ですよ」
私が言うと、城崎は肩をすくめる。
「ここに来る人間は、法律より重いものを抱えている」
ホームには、すでに三人の人影があった。
一人は、私と同じくらいの年齢の女性。
一人は、白髪混じりの中年男性。
もう一人は、学生に見える若い男。
全員、こちらを見た。
その視線に、共通したものがある。
疲れ切った目。
逃げ場を失った人間の目。
「紹介します」
城崎が言った。
「全員、帰途駅に行ったことがある人たちです」
胸が強く脈打つ。
「……俺以外にも、いたんですね」
「ええ。思っているより、ずっと多い」
城崎は順に視線を向けた。
「この人は藤堂さん。五年前、部下の自殺を止められなかった」
中年男性は、かすかに頭を下げた。
「こちらは三浦さん。事故で娘さんを亡くしています」
女性は、何も言わず、唇を噛んだ。
「そして彼は直哉くん。友人の冤罪を、黙認した」
若い男は視線を逸らしたまま、低く呟く。
「……俺のせいで、人生終わった」
重たい沈黙が、ホームを包む。
「共通点が、わかりますか」
城崎が言う。
「皆さん、大切な誰かを“助けられたはず”なんです」
助けなかった。
助けられなかった。
助ける勇気が、なかった。
「そして全員、同じ駅に行き着いた」
城崎は、私を見た。
「あなたの妹さんも、その一人です」
そのとき、風が吹いた。
古いホームの奥、使われていない線路の向こう側に、霧のようなものが立ち込める。街灯の光が、そこで歪んだ。
――来る。
直感が、そう告げた。
次の瞬間、聞こえた。
電車の音。
ありえない。
この線路は、もう何年も使われていない。
霧の中から、ゆっくりと車両が現れる。
色あせた銀色。
傷だらけの窓。
昨夜、私が乗った電車だった。
「これが……」
三浦が、震える声を漏らす。
「帰途駅行きです」
城崎が言った。
「ただし、全員が同じ場所に降りるわけじゃない」
「どういうことだ」
藤堂が問う。
城崎は、静かに答えた。
「降りる場所は、その人が向き合うべき“真実”によって変わる」
ドアが、開いた。
車内は暗く、底が見えないほど深い。
その奥で、私は見た。
凪が、立っていた。
昨夜よりも、はっきりとした姿で。
目が合う。
凪は、微笑まなかった。
その代わり、確かに口を動かした。
――まだ、話してない。
私は、一歩前に出た。
「待って」
城崎が、私の腕を掴む。
「忠告します。妹さんの真実は、あなたが一番見たくないものです」
「それでも、行く」
即答だった。
凪が、私を呼んでいる。
それだけで、十分だった。
城崎は、ゆっくりと手を離した。
「なら、覚悟してください」
「帰途駅は、救済の場所じゃない」
「――選択の場所です」
私は、電車に乗り込んだ。
ドアが閉まる。
次の瞬間、世界が、闇に沈んだ。
頭の中が、情報で埋め尽くされていたからだ。
帰途駅。
後悔を抱えた人間だけが辿り着く場所。
そして、そこに留まる死者は「終われていない」。
凪は、終われていない。
それはつまり――
私が、終わらせていないということだ。
橋から離れ、川沿いを歩く。昼間の景色は驚くほど平凡で、昨夜の出来事が嘘だったかのように思えてくる。だが、その平凡さが、かえって私を不安にさせた。
携帯電話を確認する。
凪からのメッセージは、それきり届いていない。
代わりに、一通のメールが来ていた。
差出人:城崎
件名:会ってほしい人がいます
本文は短い。
今夜二十三時。
◯◯線・旧第三ホーム。
帰途駅の「手前」です。
「手前」という言葉が、妙に引っかかった。
帰途駅は、存在しない。
ならば、その手前とは何なのか。
だが、行かないという選択肢は、もうなかった。
⸻
夜二十二時五十分。
指定された駅は、すでに使われなくなった古いホームを抱えていた。フェンスで仕切られ、立入禁止の看板が下がっている。
城崎は、当然のようにフェンスの鍵を開けた。
「違法侵入ですよ」
私が言うと、城崎は肩をすくめる。
「ここに来る人間は、法律より重いものを抱えている」
ホームには、すでに三人の人影があった。
一人は、私と同じくらいの年齢の女性。
一人は、白髪混じりの中年男性。
もう一人は、学生に見える若い男。
全員、こちらを見た。
その視線に、共通したものがある。
疲れ切った目。
逃げ場を失った人間の目。
「紹介します」
城崎が言った。
「全員、帰途駅に行ったことがある人たちです」
胸が強く脈打つ。
「……俺以外にも、いたんですね」
「ええ。思っているより、ずっと多い」
城崎は順に視線を向けた。
「この人は藤堂さん。五年前、部下の自殺を止められなかった」
中年男性は、かすかに頭を下げた。
「こちらは三浦さん。事故で娘さんを亡くしています」
女性は、何も言わず、唇を噛んだ。
「そして彼は直哉くん。友人の冤罪を、黙認した」
若い男は視線を逸らしたまま、低く呟く。
「……俺のせいで、人生終わった」
重たい沈黙が、ホームを包む。
「共通点が、わかりますか」
城崎が言う。
「皆さん、大切な誰かを“助けられたはず”なんです」
助けなかった。
助けられなかった。
助ける勇気が、なかった。
「そして全員、同じ駅に行き着いた」
城崎は、私を見た。
「あなたの妹さんも、その一人です」
そのとき、風が吹いた。
古いホームの奥、使われていない線路の向こう側に、霧のようなものが立ち込める。街灯の光が、そこで歪んだ。
――来る。
直感が、そう告げた。
次の瞬間、聞こえた。
電車の音。
ありえない。
この線路は、もう何年も使われていない。
霧の中から、ゆっくりと車両が現れる。
色あせた銀色。
傷だらけの窓。
昨夜、私が乗った電車だった。
「これが……」
三浦が、震える声を漏らす。
「帰途駅行きです」
城崎が言った。
「ただし、全員が同じ場所に降りるわけじゃない」
「どういうことだ」
藤堂が問う。
城崎は、静かに答えた。
「降りる場所は、その人が向き合うべき“真実”によって変わる」
ドアが、開いた。
車内は暗く、底が見えないほど深い。
その奥で、私は見た。
凪が、立っていた。
昨夜よりも、はっきりとした姿で。
目が合う。
凪は、微笑まなかった。
その代わり、確かに口を動かした。
――まだ、話してない。
私は、一歩前に出た。
「待って」
城崎が、私の腕を掴む。
「忠告します。妹さんの真実は、あなたが一番見たくないものです」
「それでも、行く」
即答だった。
凪が、私を呼んでいる。
それだけで、十分だった。
城崎は、ゆっくりと手を離した。
「なら、覚悟してください」
「帰途駅は、救済の場所じゃない」
「――選択の場所です」
私は、電車に乗り込んだ。
ドアが閉まる。
次の瞬間、世界が、闇に沈んだ。
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