神崎蓮と佐倉梓の事件簿-Case1:月影荘の密室-

裏切りの意味

密室のトリックが解き明かされた後も、神崎蓮の捜査は続いた。彼は、書斎に残された血文字の「裏切り」と、絵画の断片が持つ真の意味を追求していた。佐倉梓もまた、その謎に深く関心を寄せていた。

「神崎さん、あの血文字の『裏切り』は、一体誰が書いたものなのでしょうか？ そして、何を意味しているのですか？」

梓の問いに、神崎は静かに答えた。

「佐倉さん、あの血文字は、犯人が書いたものではありません。あれは、被害者である黒崎雅人氏自身が、死の間際に書き残したものなのです」

梓は、神崎の言葉に驚きを隠せない。しかし、神崎は淡々と続けた。

「血痕の飛び散り方、筆跡の不自然さ。これらは、犯人が偽装したものとしては、あまりにも不自然でした。犯人は、被害者の指に布を巻きつけ、それを筆代わりにして書いた。しかし、その行為は、被害者自身が書いたように見せかけるための偽装工作だったのです」

「では、なぜ雅人さんは『裏切り』と書いたのでしょうか？」

「それは、彼自身の後悔の念を表したものだと考えられます。黒崎雅人氏は、祖父である画家・黒崎宗一郎氏の遺志を裏切り、月影荘の美術品を売却し、館を取り壊そうとしていました。彼は、死の間際に、自身の行いが祖父への『裏切り』であったことを悟り、無意識のうちにその言葉を書き残したのでしょう」

神崎の言葉に、梓は深く納得した。雅人の傲慢な態度からは想像もつかない、人間的な弱さがそこにはあった。しかし、犯人は、その雅人の「裏切り」の文字を逆手に取り、特定の人物へのメッセージに見せかけることで、捜査の目を攪乱しようとしたのだ。

次に、神崎は絵画の断片へと視線を向けた。

「そして、この絵画の断片。これは、黒崎宗一郎氏の未発表の絶筆『真実の肖像』の一部です。宗一郎先生は、生前、自身の遺産を巡る親族間の争いを予見しており、その解決策と、月影荘の秘密をこの絵画に託していました」

神崎は、そう言って、梓が発見したスケッチブックのページを指差した。そこには、月影荘の複雑な間取り図と、その中に隠された通路、そして、ある人物の顔が描かれていた。

「この絵画は、月影荘の隠された構造、つまり暖炉の煙突が隠し通路として機能していることを示唆していました。そして、この絵画に描かれた人物の顔。これは、この館の秘密を最もよく知る人物、そして、宗一郎先生の遺志を最も深く理解していた人物を示しているのです」

神崎の言葉に、梓はハッとした。絵画に描かれた顔は、どこか見覚えがある。それは、この館の管理人、青木健太の顔に酷似していたのだ。梓は、青木が画家の秘密を守ろうとしていたことを思い出した。そして、その秘密が、今回の事件の真相へと繋がっていることを悟った。

「つまり、宗一郎先生は、青木さんに、この絵画と館の秘密を託していた、ということですか？」

梓の問いに、神崎は静かに頷いた。血文字の「裏切り」は、被害者自身の後悔。絵画の断片は、画家の遺志と、館の秘密、そして真犯人への手がかり。全ての謎が、一つに繋がり始めていた。