ドS大佐はVチューバー

心雪くん

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ドS大佐はVチューバー④

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三月。
窓の外では、冬の厳しさを忘れたような柔らかな陽光が、芽吹き始めた街路樹を照らしている。
冷たかった風も、いつの間にか春の微熱を帯びた、どこか浮足立つような香りを運んでくるようになっていた。



​暗い部屋に、誰かがいる。
その誰かが私に何かを言っている。

私はただ俯いて、必死に言葉を絞り出そうとしていた。
ぎゅっと握りしめた拳。爪が皮膚に食い込む鈍い痛み。

意を決して手を開くと、掌からは赤黒い血が滲み、床へと音もなく流れ落ちていった……。





「真琴さん!!」

​身体を強く揺さぶられ、真琴は跳ねるように目を開けた。
視界がひどくぼやけている。焦点が合わない意識の端で、キラリと光るものが見えた。
耳朶で揺れる、リングのピアス。

「真琴さん?真琴さんっ、大丈夫っすか!」

「藤堂……さん」

その名前を口にした瞬間、真琴の脳は急速に覚醒した。
自分の上に覆いかぶさるような体勢で、心配そうに覗き込んでくる藤堂律。その距離の近さに心臓が爆発しそうになり、彼女は勢いよく体を起こして距離をとった。

「なっなななっ私の部屋で何してるんでしか!」​

盛大に噛み倒した。恥ずかしさで顔が燃えるように熱い。

「や、ここリビングですよ」

「え……?」

​言われて周囲を見渡せば、そこは見慣れた自宅のリビングだった。
真琴は「はぁー……」と深い溜息をつき、両手で顔を覆った。
すると、指先に冷たい感触が伝わる。

「まじか……」

無意識に流れていた涙を、彼女は慌てて指先で拭った。
「うなされてましたけど……大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫っ!寝る前にスマホゲームしてたら、そのまま寝落ちしちゃったみたいですねー。
 あははっ!」
​無理やり作った営業スマイルで笑ってみせるが、律は納得がいかないように少し眉をひそめた。
「ご心配おかけしましたっ」
その真っ直ぐな視線に耐えられず、真琴は逃げるように自室へ歩き出す。

「やぁ~……にしても、可愛らしい寝顔でしたねぇ」

​わざとらしく声を張り上げる律に、真琴は思わず足を止めて振り返った。
彼は顎にスマホを当てながら、画面を見せびらかすようにひらひらと手を振っている。
その口角は、悪戯っぽく吊り上がっていた。
​「はぁ!? 今すぐ消してください!」
「えぇ~、どうしよっかなぁ」
​面白がって挑発してくる彼に、真琴はドスドスと足音を立てて詰め寄った。
「決闘です」
「えー、また?」
「私と『マオリーカート』で勝負してください!私が勝ったら藤堂さんのスマホをメタメタにしま
 す!」
「メタメタはやめて」
​律は「くくっ」と噛み締めるように笑うと、ソファに腰を下ろした。
そして、ぽんぽんと掌で隣の席を叩いて彼女を招く。
その自然な仕草に、真琴の胸がまた小さく跳ねた。



​藤堂律と出逢って五ヶ月が経っていた。
兄との配信作業で彼が家に来る際、時間を持て余す彼を何気なくゲームに誘ってみたのがきっかけだった。今ではこうして、二人で並んでコントローラーを握る時間も珍しくなくなっている。
一緒にプレイするうちに、彼が普段アクションやRPGをあまりやらないことも分かってきた。

​​律が得意なのは、FPS(ファーストパーソン・シューター)……それも、一瞬の判断ミスが死に直結する『ハードコア・モード』を冠したタイトルだ。

​通常のゲームにあるような「残弾数」や「ミニマップ」といった親切な表示は画面に一切ない。
銃声ひとつで敵の距離を割り出し、味方との連携は耳に刺したインカムの音声だけが頼り。
弾丸がかすめるだけで致命傷になり、闇雲な突撃は即座にチームを全滅させる。

​そんな殺伐とした戦場に身を置くとき、律は「綺麗な少年」から一変する。

​「そこ、死角。……見てろっつっただろ、脳死で突っ込むな」

​冷徹な声がリビングに漏れ聞こえる。
兄の部屋からは時折、二人が毒づき合う声が響くが、主導権を握っているのは常に律のほうだった。

​「だっるっ、今の俺の射線入ったろ。……次は容赦しねぇぞ。邪魔するなら味方ごと撃ち抜くから
 な」

​普段の穏やかな物腰は霧散し、吐き出されるのは研ぎ澄まされたナイフのような暴言。
それはまさに、真琴が画面越しに恋い焦がれた『ドS大佐』そのものだった。

​あと、対戦型格闘ゲームも好きらしい。
兄の部屋からは時折、一方的に蹂躙されている兄の悲鳴が耳に飛び込んでくる。





「クソが!滑ったし。誰だよみかんの皮置いたやつ」
「かかりましたね、藤堂さん。私のトラップですよ~」
「ずるくない?俺、アイテムろくなんでねぇし」
「日頃の行いですかねぇ」
「なにそれ、マジでだるいっ!ぜってー潰す」

​ゲームが始まれば、普段の穏やかな話し方は霧散し、口の悪さが剥き出しになる。
毒づきながらも真剣な横顔。
真琴は、プレイ中にふと斜め後ろから彼を眺めるのが好きだった。
時折、彼がこちらを振り返って楽しそうに笑うたび、彼女の心臓はキュンと音を立てる。



​「ただいまー。なに、またマオカーやってんの?仲いいなお前ら」

​兄の薫が帰宅し、リビングに呑気な声が響く。
(仲良かったら嬉しいなぁ……)
真琴は心の中で密かに呟き、ゲームをセーブして電源を切った。

律も立ち上がり、兄の部屋へと向かう。
ドアの前で足を止めると、彼は真琴に向けて「またねー」と小さく手を振った。

​(かわよ! もはや人ではない……天使、いや神だ!)

そんな限界オタクのような妄想を脳内で爆発させながら、真琴も自分の部屋へと戻っていった。
​だが、閉ざされたドアの向こう側。
リビングでの真琴の涙が、律の心には小さなしこりを残していた。



「ねぇ薫さん。真琴さんって、なんか悩みでもあるんすかねぇ」
「え?知らんけど。なんで?」
配信準備を始める薫の背中に、律が問いかける。
「さっき、泣いてるみたいに見えたから……」
「泣く!? 真琴が? あいつが泣いてんのなんて、子供の時に見たくらいだぞ」
「本当になんも知らないんすか?」
「知らねーよ。そんな深刻な話、しねーもん」
無頓着な兄の返答に、律の表情から温度が消えた。
「……ちっ、使えねーなぁあ!」
「おいおいおい!先輩!先輩!一応な!」
「本っ当の本っ当に、知らねーのね?」
「しつこ!本人に聞けよ、うぜぇなぁ」
律はわずかに目を伏せ、唇を噛んだ。
「……聞けるわけないでしょ。こんな繊細なこと」
「じゃあ仕方ないですねー。おつー」
​薫の軽い言葉に、律は低く冷ややかな声で呟いた。

「……殺しますね(ゲームで)」

​春の穏やかな夜、兄の部屋からはいつも以上に激しい銃声と、大佐の容赦ない怒号が響き渡ることになった。



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