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ドS大佐はVチューバー⑥
しおりを挟むこの世界は『嫌な人間』と『良い人のフリが出来る人間』の二種類で構成されている。
初対面の相手に平気で暴言を吐き、相手の尊厳を脅かす人間に私は何度も遭遇した。
これは、そんな私が出した世界への評価と落胆である。
「うーん、困った。やみそうにないな」
表通りに面した暗い路地。真琴は、深夜の冷気を吸い込んだアスファルトの上にしゃがみこんでいた。両手には、少しだけ温かさを残した『鶏皮くん』の袋と、重たい飲料水のビニール袋を抱えている。
しばらくじっとしていたせいで、雨に濡れた服は肌に張り付き、体温を容赦なく奪っていく。
スマホの画面を叩くと、時刻は深夜一時を回っていた。
重い腰を上げようとした、その時。
「いた!」
夜の帳を切り裂くような声に、真琴は弾かれたように視線を向けた。
「遅い!何してるんすか真琴さんっ」
街灯の光を背負い、銀色の雨飛沫の中を駆け寄ってきたのは律だった。
左手で傘を差し、右手には真琴が忘れていったコートをぎゅっと抱えている。
「藤堂さん、すみません私……」
「今、何時か知ってますよね!?深夜です!夜中!!」
バサッと、乱暴なほどの手つきで頭からコートを被せられた。
「あんた馬鹿なの!?世の中物騒なんすから、とっとと帰って来てくださいよっ!」
『あんた』『馬鹿』。出逢って五ヶ月。
常に一定の距離を保ち、優しく接してくれていた彼から初めて浴びせられる剥き出しの言葉に、真琴は目を丸くした。
「心配するから……まじで」
律はおでこを指で掻きながら、吐き出す息と共に溜息をついた。
彼は真琴の手から重い買い物袋をひったくるように奪い取ると、先に立って歩き出した。
「真琴さん?」
ついてこない彼女を不思議に思ったのか、律が足を止めて駆け寄ってくる。
「真琴さん?どうしたの」
返事はできなかった。
どうしてこの人は、ただの配信仲間の妹のために、雨の降る深夜の街を息せき切って捜し回ったりするのだろう。
真琴は自分だったらそれが出来るだろうかと想像した。
否、答えは一目瞭然だった。
住む世界が違うのだ。光の中にいる彼と、暗がりに慣れきった自分とでは。
「……私はNPCなんですよ」
「は?」
「村を訪れた旅人に、村の説明をひたすらし続けるだけのNPCなの!」
被せられたコートの襟を、両手で強く握りしめる。
「だから!何を言われても仕方ないんです!人権も尊厳もないんだからっ」
俯いたまま、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「傷ついたって泣いてる場合じゃないんですよっ!自分を守れるのは自分だけ!他人は何もしてくれ
ないんだからっ、それが当たり前だからっ!」
自嘲気味に叫ぶ真琴を、律はどんな目で見ているだろう。
面倒な女だと、眉をひそめているに違いない。
「だから心配とか、そんなっ……しなくていいんですよ!私はひとりで全然っ平気なんだから!!」
激しい呼吸と共に、真っ黒な感情が心を支配していく。
もう、他人と関わるのはやめよう。
他人と関わるからこんな気持ちになるのだ。
自分らしくないことをした。
ひとりでゲームをしているだけの世界のほうが、全然楽しいではないか。
陽だまりのような場所に手を伸ばして、届くはずだと信じた自分が馬鹿だった。
どうしてたどり着けると思ったのか。
真琴は無理やり呼吸を整えると、顔を上げ、仮面のような「外面」の笑顔を律に向けた。
「なんてっ……熱語りが過ぎましたね」
さあ帰りましょう、と。彼の横をすり抜けようとした、その時。
「笑わないで」
低く、けれど拒絶を許さない強さを持った声が、真琴の足を止めた。
「無理して笑わないで。大丈夫だから」
三月の深夜の雨が、二人の周りを儚い水の薄紗となって囲い込む。
街灯のオレンジ色が雨粒に乱反射し、まるで世界が止まったかのような静寂が訪れた。
(……あ、だめだ)
『大丈夫』と言ってくれたその言葉が、真琴が必死に築いてきた防壁にひびを入れた。
ぐっと奥歯を噛みしめたが、目頭が熱くなり、視界が歪んでいく。
右手を口元に当てて下を向くと、ぽろぽろと大粒の雫が地面に落ちた。
息を吸おうとするたび、押し殺した声が漏れそうになる。
律は何も言わず、ただ真琴を世間の目から隠すように傘を深くさしかけ、黙って寄り添った。
アスファルトを叩く雨音の奥で、彼の優しい声が、折れそうな心に何度もリフレインし続けた。
積もり積もった、私の感情を
洗っても洗っても、真っ黒なままの私の心を
まるで、肯定して許してくれているかのようだった。
漠然と、ずっと欲しかった言葉を藤堂さんがいとも容易く口にした。
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