ドS大佐はVチューバー

心雪くん

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Season2

ドS大佐はVチューバー③

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​むかしむかしあるところに、「ハイスペックの権化」と呼ばれる青年がいました。

彼は頭の回転が速く、仕事もできて、その上容姿端麗。
コミュニケーション能力も高いときました。

そんな青年のあまりの隙のなさに、周囲のお姫様たちがアプローチする隙すら見つけられないほどでした……。




「藤堂さん、あの……この仕様書、高田さんから『一回確認通しとけ』って言われまして……」
​​
​恐る恐る書類を差し出したのは、先日エレベーターで律に氷のような視線を向けられた佐藤だった。​
後輩社員が差し出した書類を、律はキーボードを叩く手を止めずに、視線だけで受け取った。

左耳にかけられた黒髪の間から、銀色のリングピアスが冷ややかな光を放つ。
彼は左手でマウスを滑らせながら、空いた右手でスッと書類を引き寄せた。

「……了解。すぐ見る」

​伏せ気味の瞳が、紙面に並ぶ文字列を驚異的なスピードで走査していく。

その間も、左手は淀みなくキーボードを叩き続け、画面上のコードを書き換えていく。
まさにマルチタスクの権化だ。





​「……ここ。三行目のパラメータ、論理破綻してる。昨日の修正分、マージされてないよ」
「えっ!?あ、本当だ……すみません、すぐ直します!」

「直す前に、なんで漏れたか後で報告して。二度手間は時間の無駄だから」

突き放すような、一切の無駄を削ぎ落とした硬質な響きを帯びた声。
その冷徹なまでの仕事ぶりに、佐藤は背筋を伸ばして「はいっ!」と短く応じるのが精一杯だった。

​(……怖い。仕事中の藤堂さん、マジで隙がなさすぎて怖い……!)

佐藤は、先日の「彼女の髪を整えていた聖母のような藤堂さん」が幻だったのではないかと疑い始めていた。今の律は、冷徹なまでの仕事の鬼だ。

震え上がる佐藤をよそに、律は手元の黒いスマートウォッチを一瞬だけ確認した。
コンマ一秒の狂いも許さない世界の住人として、彼は自身の脈拍すら管理しているかのようだった。

「……まぁ、そこ以外は筋がいいよ。次は間違えないで」

「……あ、ありがとうございますっ!」

​飴と鞭の「飴」をほんの少しだけ投げ、律は再びモニターへと視線を戻した。

​大手企業のITシステム部セキュリティ課。
そこが、藤堂律の主戦場だ。

執拗なサイバー攻撃から膨大な社内データを守り抜くための鉄壁のシステム構築、システムの急所を突く脆弱性診断、そして解読不能な暗号化コードの生成。

一文字のミスが企業の命取りになりかねない極限の緊張感の中で、彼は誰よりも冷徹に、誰よりも正確に、最適解を導き出し続ける。
​セキュリティの要を担う誇りと、完璧を追求する執念。

それらが、今の彼から一切の隙を奪い去っていた。
仕事という戦場に立つ彼は、もはや一人の男というより、冷たく美しい精密機械のようですらある。

​家で見せる、あの真琴に甘えるような『年下男子』の欠片は、今の彼のどこを探しても見当たらなかった。

捲り上げられたワイシャツの袖口から覗く、骨ばった手首と浮き出た血管。
キーボードを叩く指先の規則正しいリズムと、時折、考え込むように分けられた前髪を指先で払う仕草。その姿は、まるで複雑なパズルを鮮やかに解いていく魔術師のようで。

その無意識の所作に、周囲で見守る女性社員たちはため息を飲み込むのも忘れていた。



​一方、デスクから少し離れた給湯室付近では、まるで「伝説の騎士」について語り合う村の娘たちのように、賑やかな囁きが花を咲かせている。

​「なにあれ。……もう、私いっそキーボードになりたいんだけど」

「やめなって。セクハラ、グレーゾーンだぞ」
「いやいや、なんかエロいのよ!あの人。叩く指が優しそうでさぁ……」
「わかる~!顔面は国宝級に可愛いのに、仕事してる時のあの色気は何事!?」
「分けてる前髪が、ふとした瞬間に目にかかってるとこ。あれ、福利厚生が手厚すぎない?普通に推
 せる。好きだわぁ……」
​女子社員たちの熱っぽい視線は、当の本人には一ミリも届いていない。
彼女たちにとって、律は「憧れの対象」であると同時に、「誰も攻略できない難攻不落の城」でもあった。
​「……彼女とかいるんですかね?」
「いないわけないでしょ!でもさぁ、藤堂さんってあんまり笑わないじゃん?プライベートの影がな
 さすぎて、恋愛してるところが全然想像できないよね」
「……意外と、好きな人の前ではデレデレだったりして」
「それはそれで……アリ!!ギャップで死ぬ!!」
「あ、そういえば!なんかこの間、彼女っぽい人と社内歩いてるのを誰かが見たらしいよ?」
​その爆弾発言に、乙女たちの間に激震が走る。
​「マジ!?どんな人!?お姫様系?モデル系?」
「詳しくは知らんけど……なんか、すごく愛おしそうに髪を整えてあげてたって」

「……なにそれぇ~!!尊いっっ!!あの藤堂さんが!?人を甘やかしたりするの!?」

​全米が泣くレベルの感動と、ほんの少しの嫉妬。

自分たちの想像を遥かに超えた「甘い伝説」に、女子社員たちは身悶え、今日を生きる潤いを見出している。

そんな社内ニュースのトップを飾るような騒ぎを、当の律は知る由もない。
彼はただ、次の「脆弱性」を見つけるために、再び冷徹で美しい仕事モードの瞳に戻るだけだ。




​ふぅ、と小さく息を吐き、律はキーボードから手を離して大きく背伸びをした。
張り詰めていた空気が一瞬だけ緩む。

「藤堂さんっ、これ良かったら」

同じ課の女性社員が、少し頬を染めながらピンク色のマカロンを差し出した。
律は一瞬、眩しいものを見るように目を細めたが、すぐにいつもの涼やかな笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。……手作りっすか?凄いですね」
「全然っ!市販のミックス粉使ってますから」

謙遜しながら他の社員にも配り始めた彼女の背中を、律は珍しく呼び止めた。

「ねぇ。……それ、もう一つもらってもいい?」

「えっ?もちろん、いいですよ!藤堂さん、マカロンお好きなんですか?」

意外そうな顔で差し出された二つ目のマカロンを、律は壊れ物を扱うような手つきで受け取った。
真琴の頬を思わせる、手元のマカロン。
春の陽だまりのようなその色を、愛おしそうに見つめた。
その瞬間。先ほどまで「マージミス」を冷徹に指摘していた瞳が、嘘のようにとろりと甘く、柔らかな光を宿す。

「や、……彼女が好きかと思って」

いつもクールな藤堂律が、臆面もなく、独り言のように愛を溢れさせた。
そのあまりに無防備で幸せそうな表情に、周囲にいた同僚たちは石化した。

「「「「ええええーーーっっっ!?」」」」

オフィスに、全社規模のシステム障害が起きた時以上の衝撃が走る。

「彼女」という単語が、これほどまでに破壊力を持つとは。
自分たちがどれだけアプローチしても崩せなかった鉄壁の城門が、ピンク色のマカロンたった二つで、いとも簡単に開け放たれた瞬間だった。



​「……藤堂さん。さっきのパラメータの件、原因をまとめてきました」
​佐藤は、死地に赴く戦士のような悲壮な面持ちで、律のデスクの横に立った。
手元には、二度手間を防ぐための徹底的な分析資料。今の律は「精密機械」モードのはず。
厳しい追及が来る……と、佐藤はギュッと目を閉じて身構えた。
​「……あぁ、そこ置いといて」
​意外なほど、その声は柔らかかった。
驚いて目を開けると、そこには、さっきまで「論理破綻してる」「時間の無駄」と自分を切り捨てていた、あの冷徹な影は微塵もなかった。
デスクの隅にピンク色のマカロンを二つ並べて、とろけるような目尻を下げている一人の青年がいるだけだ。
​(……え、何その顔。……え、どういう状況!?)
​佐藤が命がけで作成した報告書の上に、あろうことか「彼女用のマカロン」がちょこんと置かれる。
律の瞳は、修正された暗号コードではなく、マカロンの向こう側にいるであろう真琴だけを映していた。
​(……僕の決死の報告、マカロン以下の扱い!?てか、なんでここにマカロンが!?)
​「藤堂さん、あの、原因の報告……」
「んー?あぁ、後で読む。……ねぇ佐藤君、マカロンってさ、どの色が一番美味しそうに見えると
 思う?」
「……僕に聞きます?」

(……彼女さんのおやつってこと?なんだよ……僕、今から処刑されると思って来たんですけど!緊
 張して損したぁー……。こんなことならさっき、こっちの『激甘な藤堂さん』に報告して、聖母の
 ような微笑みで『次から気をつけてね』って言われたかった!!)

佐藤の叫びは、幸せな桃色のオーラに包まれた律には、一ミクロンも届かない。

今の律の耳には、真琴がマカロンを食べて『美味しい』と笑う幻聴しか届いていないのだ。
後輩の怨嗟を完全にシャットアウトした、鉄壁のハッピーバリア。
(……不公平だ。この人、彼女さんの前では脆弱性だらけじゃねーかっ……!)




「……さてと。一気に終わらせるか」
マカロンを潰さないよう、細心の注意を払ってバッグの特等席に収めた律は、ふっと表情を切り替えた。
彼が引き出しから取り出したのは、知的な印象を際立たせる、銀縁のブルーライトカット眼鏡。
クイッと中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。
レンズの奥で思考が極限まで加速し、モニターの光線を冷たく跳ね返した。

(ここから駅まで徒歩五分。十九時〇分の急行に乗れば、十分後には真琴さんのマンションの最寄り
 駅に着く……)

真琴に会うための「最適解」を弾き出した瞬間、彼の指先が残像を描いた。
ログを解析し、脆弱性を塞ぎ、システムを「最適化」していく。
レンズ越しに流れるコードの反射。その横顔は、もはや「ドS大佐」を超えて、聖域を守る冷徹な守護者のようだ。

真琴を想う熱量と、仕事を捌く冷徹さ。
相反する二つの感情をエンジンに、律は世界を再構築するような勢いでタスクを薙ぎ倒していく。
パシッと最後のリターンキーを叩く音が、静まり返ったオフィスに響く。

「……よし。終わり」

眼鏡を外し、少しだけ充血した瞳を指先で押さえる。
バッグの中には、完璧な耐震補強を施されたマカロン。
あとは電車に飛び乗り、彼女のもとへ向かうだけだ。
その瞬間、彼の手元にあるマカロンは、世界で一番甘い「再会の切符」に変わっていた。




「はい、お土産」

リビングのドアが開くのと同時に、律が可愛らしいラッピングを手に持って帰ってきた。

「……なぜマカロン?」

「会社の子がくれたんです。真琴さんと一緒に食べたいなと思って」

女子力の高いリボンを解き、マカロンをひとつ口に運ぶ。
「おいしっ!」
口の中に広がるお菓子の甘さに、真琴の顔が自然とほころんだ。
「なら良かった」
律は安心したようにネクタイを緩めながら、ジャケットを脱ぎ捨てる。
その拍子に、糊のきいた真っ白なワイシャツの襟元から、普段見慣れないリラックスした様子の鎖骨がチラリと覗いた。

仕事中の彼は、一体どんな顔をして他の女の子と話しているのだろうと、そんな考えが頭をよぎった瞬間、急に胸の奥がチリリと疼いた。

「……親しい人なんですか?」

「誰が?」
「これ、くれた人」
「……普通、かな」
「ふーん……」
真琴が露骨に視線を逸らすと、律の唇がニヤリと意地悪く弧を描いた。
彼は間違いなく、真琴の瞳に宿った感情を正確に読み取っている。

「なになに。……やきもちっすか?」

「馬鹿なの!?」

からかうような響きに顔がカッと熱くなり、真琴はそのまま自室へ逃げ込んだ。
バタリとドアを閉め、心臓の音を遮るように鍵をかける。
直後、廊下から「やっべ……調子乗った」という、頭を抱えているような律の呟きが漏れ聞こえてきた。


コンコン、と控えめなノックの音が響く。

「真琴さん、ごめんて。みんなに配ってたやつだから、まじで他意はないんだって」

真琴は返事をせず、ドアに背中を預けて唇を噛んだ。

「……真琴さんが嫌なら、もう二度ともらわないから。ねぇー、お願いだから出てきてよ」

扉の向こうから聞こえるのは、一分一秒を惜しんで帰宅してきた彼の、縋るような情けない声。
そのあまりの必死さに、真琴の頑なだった心はあっけなく解けていく。
ゆっくりとドアを開けると、そこには捨てられた仔犬のような目をした律が立っていた。

「……もらってください。美味しいから」

バツが悪そうに目を逸らす真琴の言葉に、律の瞳がぱあっと救われたように輝いた。



「……よかった。嫌われたかと思って、まじで心臓止まるかと思ったわ」
律はわざとらしく胸を押さえて安堵の息をつくと、真琴の手を優しく、けれど拒む隙を与えない強さで引いた。

そのままリビングのソファまで誘導し、自分はどっしりと腰を下ろす。

そして、戸惑う真琴を自分の両足の間に包み込むように座らせた。背中から伝わる律の体温と、仕事終わりの少しだけ熱を帯びたシトラスの香りに、真琴の心臓が跳ねる。

「……あの、藤堂さん?普通に座りたいんだけど……」
「これ、最後の一つ。半分こしません?」
律の手元には、丁寧にラッピングされた最後の一つのマカロン。
袋をカサリと開け、甘い香りがふわりと二人の間に漂う。

律はそのマカロンを自分の唇に軽く咥えた。

そのまま、真琴の首筋に手を添え、至近距離まで顔を寄せてくる。
レンズを外した後の、少しだけ潤んだ瞳が、熱を帯びて真琴を真っ直ぐに射抜いた。

「真琴さんが半分食ってくれたら、もっと甘くなると思うんだけど……だめ?」

銀色のリングピアスが揺れ、律の長い睫毛が触れそうなほど近い。
真琴の心臓が、マカロンをかじった時よりも激しく、熱い音を立ててビートを刻み始めた。






休日の午後。初夏の光を浴びた風が、リビングを浄化するように通り過ぎていく。
けれど、藤堂律の心はちっとも爽やかではなかった。

​『乙女ゲーム』。理想の相手との疑似恋愛を楽しむ、糖度の高いゲーム。

​(……いや、理想の相手なら今、隣に座ってんだろ)

​そんな不敬なツッコミを飲み込み、律はかれこれ三時間も画面に夢中になっている真琴を横目で見た。彼女は頬を上気させ、楽しそうにコントローラーを握っている。

​「真琴さんて、乙ゲとか興味あったんすね。……なんか意外」

​努めて冷静なトーンで、律は手元のスマホをいじるふりをしながら声をかけた。

​「ないない。梨子さんがおすすめだって貸してくれたの」
​真琴の返事は軽やかだが、その目は画面に釘付けだ。

スピーカーからは、声優の艶っぽい低音ボイスが「愛してるよ、お姫様」だの「君を独り占めしたい」だのと、糖度の高い台詞を吐き出し続けている。
そのたびに律のスマホを操作する指が、ぴくりと不自然に止まる。

​「……うるさい?イヤホンにしよっか?」
​真琴の気遣いを含んだ提案に、律の胸の奥でチリッと苛立ちが跳ねた。
​「駄目」
「なんでよ」
​不思議そうにこちらを振り返る真琴に、律は言葉を詰まらせた。

理由なんて、自分の無防備な感情をハッキングされているようで口にしたくない。
ゲームのキャラクターとはいえ、他の男の甘い言葉に真琴が悶絶する姿なんて見たくない。イヤホンでその声を独占されるなんて、セキュリティエンジニアとして「脆弱性」どころか「侵入」を許している気分だった。

​「……無視されてる気分になるから、やめて」

​絞り出すような言葉に、真琴はぱちくりと目を丸くする。

​「隣にいるのに、真琴さんは他の男とイチャコラしてるし。……つまんねぇ」

律は子供のように拗ねた態度を隠そうともせず、そのままフローリングの床にごろんと横になった。
冷たい床に背中を預け、わざとらしく天井を見上げる。
視界の端で、真琴が困ったように笑った。
​「もー、面倒くさいなぁ」
「はぁ!?面倒くさいってなんだよ!俺は……っ」
その言葉にカッとなった律は、床から弾かれたように起き上がった。
そのまま真琴の細い右手を強引に引き、無理やり自分の方を向かせる。

「……面倒くさいよ。私の彼氏」

​真琴はクスクスと笑いながら、抵抗するどころか律の体にぴたりと密着するように座り直した。
​肩と肩が触れ合い、彼女の柔らかな体温がダイレクトに伝わってくる。

「これなら寂しくないでしょ?」
上目遣いで、無防備な笑みを向けてくる彼女。
その破壊力に、律の肩から一気に力が抜けた。

この人の、こういう計算のない「無自覚」な可愛さに、自分の理性がどれだけ削られているか。
律はテーブルに頬杖をつくと、ゲームを再開した真琴の横顔を、逃さないようにじっと見つめた。
(……今日は俺の負け)
彼女の鼓膜を震わせるのが、あの合成されたような甘い台詞ではなく、自分の生身の声だけでいい日はいつ来るのか。

律は心の中で、ささやかな抵抗として『乙女ゲーム禁止令』の発動を、真剣に検討し始めていた。




「真琴さんは、どのキャラが好みなの?」
平静を装いながら、律はテーブルに置かれたパッケージを指先で弾いた。

「え?好み……。攻略を楽しんでるだけだから、特にないけど」

「そうなの?でも、この中なら誰?」

しつこい自覚はある。けれど、彼女の「理想」の欠片でも知っておかなければ、セキュリティの穴を放置しているようで落ち着かない。

「えー、ん~~……この子かな」
真琴が小さな指先で示したのは、主人公の四つ上の幼なじみ。落ち着いた大人の雰囲気を纏い、知的な光を宿した眼鏡の奥で微笑んでいる男だった。

(……眼鏡、大人、温厚。……全っ然、俺と被ってねぇし)

律の内心は、一瞬で冬の海のように冷え込んだ。
自分に当てはまらない要素だらけの「理想像」に、胸の奥がチリチリと焼ける。

「あーっ!選択肢ミスったぁ~!またバッドエンドじゃんっ。ていうか、バッドエンド多くない!?こ
 ういうもの?」

隣で真琴が悲鳴を上げた瞬間、律の我慢は限界に達した。

「えっ!?ちょっと藤堂さん!返してっ」
ひょい、と長い腕を伸ばしてコントローラーを奪い取ると、律はわざと視線を外さず、逃げ場を奪うようにじりじりと距離を詰めた。
ソファの角まで彼女を追い詰め、逃げられないよう背もたれにドンと手を突く。

「ねぇ。……そろそろ俺のことも『攻略』してよ」

「はひっ!?……っ」

予想外の熱を帯びた眼差しに、真琴が息を呑んで固まる。
耳元に届くのは、画面の中の「大人な眼鏡男子」には到底出せない、生身の男の低くて絶対的な声。

「……安心して?どんな選択肢選んだって、俺にはバッドエンドなんてルートねぇから」

プログラムされたシナリオではない、独占欲が剥き出しになった律の熱量。
(……俺のエンディングを決められるのは、真琴さん、あんただけなんだから)
赤くなって震える真琴の唇を、至近距離で見つめる律の瞳。

「彼女の意志を尊重する」という自らに課した鉄壁のルールを、今にも自分自身でハッキングして壊してしまいそうなほど、目の前の恋人はあまりにも甘い隙を晒していた。





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