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二章
拾壱話
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それから数日が過ぎていたーー。
交信は言葉少なに、けれど決して途切れることなく、毎日続いていた。
仕事帰りのカフェにて、紬はテーブルの下で腕輪にそっと触れてみた。
ひんやりとした感触が、自分だけの秘密みたいに感じられて、心がほんのりと熱を帯びた。
遠征に行く前の真夜中、抱き寄せられた感覚が未だに残っている。
『紬⋯⋯明日から行ってきます。ツアーが終わったら、真っ先に君の元に向かいます』
(確か今日は、サポートのライブだったよね⋯⋯)
昨日姉が、そのバンドを観に行くと聞いていた。どうやら、瑪瑙が提供した曲も演奏されるらしい。
紬自身、まだ完全に聞いてはいなかったが、疾走感ある曲調の中に、琵琶の音も織り交ぜつつ幻想的な曲である。
消えそうだった瑪瑙が、再びこの世界に戻ってきてから、彼はあの時の騒動をかき消すように、活動をしている。
誰にも聞かれないように、心の中でだけ問いかける。
ふとした瞬間に思い浮かぶのは、あの低く静かな声。
ステージで放つどこか鋭い雰囲気とは違う。誰も知らない、香りと共に包まれる安らぎの雰囲気と言葉に、不安なんて感じさせないほどに。
「私が、瑪瑙さんのために、できること……」
言いかけて小さく首を振った。
机の上で揺れるマグカップの影が、柔らかく滲む。
(番としてずっと支えたい……)
ふと、紬は思った。自分は誕生日プレゼントとして、簪を受け取ったが、彼に誕生日というものはない。プロフィールにはもちろん記されてはいない。
いつ生まれたのかも、彼を知る者には誰もわからない。
そもそも、神にはそんなものは存在しないとは思う。
彼と知り合ってから、一年ほどが経とうとしている。
様々な面の彼を知っていき。想いを伝えられる度に心が熱く揺れていく。ファンとしての気持ち以上に、恋人としての特別な気持ち。でも決して周りには知られてはいけない。
世間に知られてしまったら、彼が困ることになりかねない。それでも、今の彼なら周りから責められた時、好きな人の存在を、肯定してしまいそうな気がしてしまう。
ラジオの番組内で、パーソナリティーから理想の相手について、話題を振られた時だった。間を置いた後、静かに彼は答えていた。
『僕は、落ち着ける人でしょうかーー?』
ゆったりとした低音がマイクを通して響いていた。
『見た目や条件はあまり気にしません。一緒にいて静かに時間が流れるような……そんな人に惹かれますか……ね』
パーソナリティが「なるほど~」と相槌を打つ。
リスナーにはあくまで穏やかな回答にしか聞こえないだろう。
だが、その声の奥には、ごく限られた誰かを思い浮かべている色が滲んでいた。
『例えば、食事をしていても、黙っていても……安心できる人。それが理想ですね』
その発言に聞いていたファンのSNSのコメントは、少しざわついていた。
恋愛など無縁だと思われている彼が、穏やかな声音で話すことに、「”瑪瑙に恋人ーー”」という言葉で盛り上がりを見せていた。
紬は、左腕に巻かれた腕紐を強く握りしめた。
(瑪瑙さん……)
きっと今はライブ中だろう。交信が返ってくることがないよう祈った。
その時だったーー。
『紬よ……』
あの時の女性の声が、耳元に響いてきた。窓を見ると、光る青い蝶が目に留まった。
テーブルの上にあるコーヒーを瞬時に飲み終え、慌てて店を出た。
『そこまで、慌てることはないというのに……』
「あ、いえ……あの、今日は何か?」
青い蝶に向かい声をかけると、蝶は目先で羽ばたいたまま声をかけた。
『瑪瑙を支えたいか……?』
「……はい」
『ならば、少しついてこい』
蝶に導かれるまま、紬は歩き出した。人が行き交う中を歩いているが、周りはどうやら蝶の姿がわからないようだ。
やがてあの神社の方へと歩みを進めていた。
「もしかして、神社に行こうとしてますか?」
『そうだが……それとは別の場所だ』
鳥居を潜り、灯りが灯る灯籠の道を進み境内へと踏み入れた時、拝殿に向かうことはなく、小さな祠へと導かれた。
「これは?」
『瑪瑙の荒御魂が祀られている場所だ。さぁ、紬……番として彼を救う気は本物か?』
「……はい」
急に目眩を覚え目を開くと、水が流れる川の情景が広がった。
あの聖域に似た静かで、仄暗い光が辺りを灯している。
「ここはいったいーー?」
見渡すと、そこに一つの人影が現れた。実体はないが、青白い光を纏い、羽衣を背負った美しき女性の幻影。紬は弁財天だと悟った。
『瑪瑙の番であり、琥珀の孫である紬よーー。我が眷属が、同じ血縁のものと結ばれるとは……なんという因果か』
「弁財天様……」
『紬。琥珀から聞いたかもしれぬが、瑪瑙一人だけでは、我が生み出した柘榴たちを消し去ることは難しい……』
「それは……」
弁財天は紬の額に人差し指を当てると、覚悟を問いただすように言葉を発した。
『其方は本当に人ではない瑪瑙を愛せるか?琥珀のように人になれる保証もない。神であるなら、其方が先に老いて死にゆくのは決まっている……』
「……」
『瑪瑙の長く抱えていた苦悩が、お前に出会い動いた。其方への想いは強いだろう……誰が止めようとも決して揺るがず、あいつは其方を永遠に想うだろう』
共に生きると約束したーー。交信で紡がれる声も、奏でられる音色も迷いなく真っ直ぐ自分に届けてくれる。
自分自身の不安をかき消すように、言葉をくれる。
(僕も同じように歳を取ります……もう、元に戻れないとしても、それでいいーー。貴女と歳を重ね、生きたい)
「私は、瑪瑙さんと生きたいです。祖父のように、瑪瑙さんが、人になれなくても……」
『ならば……其方の祈りの力を、あいつに捧げるのだ』
「祈りの力……それって?」
祖父があの時言っていた事を思い出した。弁財天は微笑みを浮かべたまま指先を奥の泉の方へと指差した。
ただ、流れる水の音だけが谺している。
『あの泉で、其方の瑪瑙への想いを祈れ』
「……私の想い」
紬は泉のある場所へと足を進めた。ふと、この泉は彼が生まれた場所のような気がしてきた。
ただ、一人卵から孵ることが遅れ、弱い自分に対して必死に強くなろうとしていたことを。
紬は泉の水面に手を浸した。波紋が広がり緩やかに流れていた水の流れが、跳ねるように飛び上がった。
「っ!!」
泉の底から一つの赤い光が浮かび上がってくるのがわかる。やがてそれは小さな玉となって紬の手の元へと浮かび上がってきた。
「これは……」
『瑪瑙を守るための祈りの結晶みたいなものだ……紬よ、その玉に祈りを捧げるがいい』
弁財天の言葉通りに、紬は赤い玉を手に取り祈りを込めた。
(瑪瑙さんを守れますように……もう傷つきませんように)
願いを込めていると、不意に睡魔が襲い意識が揺らいでしまう。ここで倒れてはいけないはずなのにーー。
(なんでだろ?すごく……眠く……)
紬はそのまま地に倒れ込んでしまった。弁財天は紬の側へと近寄ると、ただ微笑み、彼女の頬を優しく撫でた。
『やはり次元が違う場所に人を連れてくるのは、少し無理があったかーー』
弁財天は紬へ力を放つと、そのまま紬の部屋まで移動をさせた。手には先程現れた、赤い玉を握りしめさせながら。
『……さて、そろそろあいつに会わなければな』
弁財天は、再び青い蝶へと姿を変えると、その場から姿を消した。
***
ステージ上に届く観客の熱がすでに頂点に達しており、アンコールの声と共にステージに向かう頃。自身が作った曲が演奏されることになっている。
ライトが照らされ、一人ずつステージ上に歩みを進めると、観客のメンバーを呼ぶ声が注がれる。
「「瑪瑙ーー!」」
あくまでサポートの為、控えめにいようと思うが既にこのバンドではメンバーと同じように声が注がれるようになっていた。不意に軽く笑みが溢れた。観客に一礼し、ギターに手を掛ける。
(紬の姉が来ているようですね……)
姉は彼女とは正反対な雰囲気で、変わらず盛り上がっている雰囲気を見せていた。ボーカルが最後に登場すると、客席に向け声を発した。
「アンコールありがとう!!今日はこれが最後、いつも俺達のサポートをしてくれてる瑪瑙が作った曲で……また会いましょう。聞いてください「Osmanthus」!!」
疾走感あふれるように、ギターの弦を掻き鳴らし演奏は始まった。
観客は大いに暴れ盛り上がりながら、ライブは終了していった。
ライブが終了した後、楽屋にて談笑していると、マネージャーの橘が瑪瑙に近づき、軽く肩を叩いた。
「お疲れ様です瑪瑙さん!お客さん来てますよ」
「客……?」
振り向くと、他のバンドである如月が来ていた。どうやら今日のライブを観に来ていたようだ。
「瑪瑙、お疲れ。元気そうでよかった」
「如月さん、お久しぶりですね。まさか来ていたなんて」
「ほんと、お前が消えたって聞いた時すごく心配だった。こうしてまたステージで演奏してる姿見たら安心した」
「心配ありがとうございます……」
「明後日から、単独ツアーだろ?頑張れよ。あ、よかったらこれから皆で飲みに行こう」
「えぇ、いいですよ」
しばらくしてスタッフたちと別れ、会場を後にした瑪瑙たちはバーへと向かった。
暗く淡い光が灯る室内で、それぞれお酒を注文し語り合う。しばらく飲んでいると酔いが回ってきたのか、周りは饒舌に話し始める。
「にしても、瑪瑙どうなの?実は彼女いるんだろ?」
ボーカル魁斗の言葉に、瑪瑙はグラスを傾けながら静かに笑った。
「いいえ。僕は音だけですよ……」
「嘘だ~~だって、昇華のアルバムの番-tsugai-って曲、恋愛ソングみたいだし」
「あ、俺もそう思う。音がなんだか柔らかいよな」
「最初のアルバムは静かで、どっか冷たいイメージが多い感じだったけど、今回のは明るい感じだし」
「想像ですよ……前回が暗かったので、今回は明るくしようと思ったのは事実です。でも、皆、番-tsugai-の曲ばかり突っ込みますね」
確かにこの曲は、特別な感情を入れていることは否定しない。永年の時を得て出会えた存在。助けられた存在。生涯共に生きたい存在ーー。
(彼女のことは、僕だけ知っていればいい……)
周りに見えることはない腕紐を軽く撫でた後、瑪瑙はグラスに残るカクテルを飲み干した。
バーを後にし、ホテルへと戻った瑪瑙は、腕紐に声をかけた。
「紬……聞こえますか?」
時計を見ると、もう少しで日付を跨ごうとしていた。彼女はもう眠っているかもしれない。
数分待ったが、彼女からの返答はなく、眠っていると確信し眠りにつこうとした時だったーー。
彼女の声とは違う、懐かしい声が聞こえてきた。
『瑪瑙よーー元気でいるか』
「まさか、主……なのですか?」
そう呟くと、窓の外から青い光が差し込んだ。光はやがて形を変え、目の前にあの時の女神の姿が現れた。
かつての主だった弁財天を目の前にし、瑪瑙は少し動揺しながらも、その場に膝をついた。
『久しぶりだな瑪瑙。我が神霊よ……』
触れている感触はないものの、弁財天の手が頭に置かれる気は感じることができる。懐かしく思い、瑪瑙はしばらく目を閉じ感傷に浸った。
交信は言葉少なに、けれど決して途切れることなく、毎日続いていた。
仕事帰りのカフェにて、紬はテーブルの下で腕輪にそっと触れてみた。
ひんやりとした感触が、自分だけの秘密みたいに感じられて、心がほんのりと熱を帯びた。
遠征に行く前の真夜中、抱き寄せられた感覚が未だに残っている。
『紬⋯⋯明日から行ってきます。ツアーが終わったら、真っ先に君の元に向かいます』
(確か今日は、サポートのライブだったよね⋯⋯)
昨日姉が、そのバンドを観に行くと聞いていた。どうやら、瑪瑙が提供した曲も演奏されるらしい。
紬自身、まだ完全に聞いてはいなかったが、疾走感ある曲調の中に、琵琶の音も織り交ぜつつ幻想的な曲である。
消えそうだった瑪瑙が、再びこの世界に戻ってきてから、彼はあの時の騒動をかき消すように、活動をしている。
誰にも聞かれないように、心の中でだけ問いかける。
ふとした瞬間に思い浮かぶのは、あの低く静かな声。
ステージで放つどこか鋭い雰囲気とは違う。誰も知らない、香りと共に包まれる安らぎの雰囲気と言葉に、不安なんて感じさせないほどに。
「私が、瑪瑙さんのために、できること……」
言いかけて小さく首を振った。
机の上で揺れるマグカップの影が、柔らかく滲む。
(番としてずっと支えたい……)
ふと、紬は思った。自分は誕生日プレゼントとして、簪を受け取ったが、彼に誕生日というものはない。プロフィールにはもちろん記されてはいない。
いつ生まれたのかも、彼を知る者には誰もわからない。
そもそも、神にはそんなものは存在しないとは思う。
彼と知り合ってから、一年ほどが経とうとしている。
様々な面の彼を知っていき。想いを伝えられる度に心が熱く揺れていく。ファンとしての気持ち以上に、恋人としての特別な気持ち。でも決して周りには知られてはいけない。
世間に知られてしまったら、彼が困ることになりかねない。それでも、今の彼なら周りから責められた時、好きな人の存在を、肯定してしまいそうな気がしてしまう。
ラジオの番組内で、パーソナリティーから理想の相手について、話題を振られた時だった。間を置いた後、静かに彼は答えていた。
『僕は、落ち着ける人でしょうかーー?』
ゆったりとした低音がマイクを通して響いていた。
『見た目や条件はあまり気にしません。一緒にいて静かに時間が流れるような……そんな人に惹かれますか……ね』
パーソナリティが「なるほど~」と相槌を打つ。
リスナーにはあくまで穏やかな回答にしか聞こえないだろう。
だが、その声の奥には、ごく限られた誰かを思い浮かべている色が滲んでいた。
『例えば、食事をしていても、黙っていても……安心できる人。それが理想ですね』
その発言に聞いていたファンのSNSのコメントは、少しざわついていた。
恋愛など無縁だと思われている彼が、穏やかな声音で話すことに、「”瑪瑙に恋人ーー”」という言葉で盛り上がりを見せていた。
紬は、左腕に巻かれた腕紐を強く握りしめた。
(瑪瑙さん……)
きっと今はライブ中だろう。交信が返ってくることがないよう祈った。
その時だったーー。
『紬よ……』
あの時の女性の声が、耳元に響いてきた。窓を見ると、光る青い蝶が目に留まった。
テーブルの上にあるコーヒーを瞬時に飲み終え、慌てて店を出た。
『そこまで、慌てることはないというのに……』
「あ、いえ……あの、今日は何か?」
青い蝶に向かい声をかけると、蝶は目先で羽ばたいたまま声をかけた。
『瑪瑙を支えたいか……?』
「……はい」
『ならば、少しついてこい』
蝶に導かれるまま、紬は歩き出した。人が行き交う中を歩いているが、周りはどうやら蝶の姿がわからないようだ。
やがてあの神社の方へと歩みを進めていた。
「もしかして、神社に行こうとしてますか?」
『そうだが……それとは別の場所だ』
鳥居を潜り、灯りが灯る灯籠の道を進み境内へと踏み入れた時、拝殿に向かうことはなく、小さな祠へと導かれた。
「これは?」
『瑪瑙の荒御魂が祀られている場所だ。さぁ、紬……番として彼を救う気は本物か?』
「……はい」
急に目眩を覚え目を開くと、水が流れる川の情景が広がった。
あの聖域に似た静かで、仄暗い光が辺りを灯している。
「ここはいったいーー?」
見渡すと、そこに一つの人影が現れた。実体はないが、青白い光を纏い、羽衣を背負った美しき女性の幻影。紬は弁財天だと悟った。
『瑪瑙の番であり、琥珀の孫である紬よーー。我が眷属が、同じ血縁のものと結ばれるとは……なんという因果か』
「弁財天様……」
『紬。琥珀から聞いたかもしれぬが、瑪瑙一人だけでは、我が生み出した柘榴たちを消し去ることは難しい……』
「それは……」
弁財天は紬の額に人差し指を当てると、覚悟を問いただすように言葉を発した。
『其方は本当に人ではない瑪瑙を愛せるか?琥珀のように人になれる保証もない。神であるなら、其方が先に老いて死にゆくのは決まっている……』
「……」
『瑪瑙の長く抱えていた苦悩が、お前に出会い動いた。其方への想いは強いだろう……誰が止めようとも決して揺るがず、あいつは其方を永遠に想うだろう』
共に生きると約束したーー。交信で紡がれる声も、奏でられる音色も迷いなく真っ直ぐ自分に届けてくれる。
自分自身の不安をかき消すように、言葉をくれる。
(僕も同じように歳を取ります……もう、元に戻れないとしても、それでいいーー。貴女と歳を重ね、生きたい)
「私は、瑪瑙さんと生きたいです。祖父のように、瑪瑙さんが、人になれなくても……」
『ならば……其方の祈りの力を、あいつに捧げるのだ』
「祈りの力……それって?」
祖父があの時言っていた事を思い出した。弁財天は微笑みを浮かべたまま指先を奥の泉の方へと指差した。
ただ、流れる水の音だけが谺している。
『あの泉で、其方の瑪瑙への想いを祈れ』
「……私の想い」
紬は泉のある場所へと足を進めた。ふと、この泉は彼が生まれた場所のような気がしてきた。
ただ、一人卵から孵ることが遅れ、弱い自分に対して必死に強くなろうとしていたことを。
紬は泉の水面に手を浸した。波紋が広がり緩やかに流れていた水の流れが、跳ねるように飛び上がった。
「っ!!」
泉の底から一つの赤い光が浮かび上がってくるのがわかる。やがてそれは小さな玉となって紬の手の元へと浮かび上がってきた。
「これは……」
『瑪瑙を守るための祈りの結晶みたいなものだ……紬よ、その玉に祈りを捧げるがいい』
弁財天の言葉通りに、紬は赤い玉を手に取り祈りを込めた。
(瑪瑙さんを守れますように……もう傷つきませんように)
願いを込めていると、不意に睡魔が襲い意識が揺らいでしまう。ここで倒れてはいけないはずなのにーー。
(なんでだろ?すごく……眠く……)
紬はそのまま地に倒れ込んでしまった。弁財天は紬の側へと近寄ると、ただ微笑み、彼女の頬を優しく撫でた。
『やはり次元が違う場所に人を連れてくるのは、少し無理があったかーー』
弁財天は紬へ力を放つと、そのまま紬の部屋まで移動をさせた。手には先程現れた、赤い玉を握りしめさせながら。
『……さて、そろそろあいつに会わなければな』
弁財天は、再び青い蝶へと姿を変えると、その場から姿を消した。
***
ステージ上に届く観客の熱がすでに頂点に達しており、アンコールの声と共にステージに向かう頃。自身が作った曲が演奏されることになっている。
ライトが照らされ、一人ずつステージ上に歩みを進めると、観客のメンバーを呼ぶ声が注がれる。
「「瑪瑙ーー!」」
あくまでサポートの為、控えめにいようと思うが既にこのバンドではメンバーと同じように声が注がれるようになっていた。不意に軽く笑みが溢れた。観客に一礼し、ギターに手を掛ける。
(紬の姉が来ているようですね……)
姉は彼女とは正反対な雰囲気で、変わらず盛り上がっている雰囲気を見せていた。ボーカルが最後に登場すると、客席に向け声を発した。
「アンコールありがとう!!今日はこれが最後、いつも俺達のサポートをしてくれてる瑪瑙が作った曲で……また会いましょう。聞いてください「Osmanthus」!!」
疾走感あふれるように、ギターの弦を掻き鳴らし演奏は始まった。
観客は大いに暴れ盛り上がりながら、ライブは終了していった。
ライブが終了した後、楽屋にて談笑していると、マネージャーの橘が瑪瑙に近づき、軽く肩を叩いた。
「お疲れ様です瑪瑙さん!お客さん来てますよ」
「客……?」
振り向くと、他のバンドである如月が来ていた。どうやら今日のライブを観に来ていたようだ。
「瑪瑙、お疲れ。元気そうでよかった」
「如月さん、お久しぶりですね。まさか来ていたなんて」
「ほんと、お前が消えたって聞いた時すごく心配だった。こうしてまたステージで演奏してる姿見たら安心した」
「心配ありがとうございます……」
「明後日から、単独ツアーだろ?頑張れよ。あ、よかったらこれから皆で飲みに行こう」
「えぇ、いいですよ」
しばらくしてスタッフたちと別れ、会場を後にした瑪瑙たちはバーへと向かった。
暗く淡い光が灯る室内で、それぞれお酒を注文し語り合う。しばらく飲んでいると酔いが回ってきたのか、周りは饒舌に話し始める。
「にしても、瑪瑙どうなの?実は彼女いるんだろ?」
ボーカル魁斗の言葉に、瑪瑙はグラスを傾けながら静かに笑った。
「いいえ。僕は音だけですよ……」
「嘘だ~~だって、昇華のアルバムの番-tsugai-って曲、恋愛ソングみたいだし」
「あ、俺もそう思う。音がなんだか柔らかいよな」
「最初のアルバムは静かで、どっか冷たいイメージが多い感じだったけど、今回のは明るい感じだし」
「想像ですよ……前回が暗かったので、今回は明るくしようと思ったのは事実です。でも、皆、番-tsugai-の曲ばかり突っ込みますね」
確かにこの曲は、特別な感情を入れていることは否定しない。永年の時を得て出会えた存在。助けられた存在。生涯共に生きたい存在ーー。
(彼女のことは、僕だけ知っていればいい……)
周りに見えることはない腕紐を軽く撫でた後、瑪瑙はグラスに残るカクテルを飲み干した。
バーを後にし、ホテルへと戻った瑪瑙は、腕紐に声をかけた。
「紬……聞こえますか?」
時計を見ると、もう少しで日付を跨ごうとしていた。彼女はもう眠っているかもしれない。
数分待ったが、彼女からの返答はなく、眠っていると確信し眠りにつこうとした時だったーー。
彼女の声とは違う、懐かしい声が聞こえてきた。
『瑪瑙よーー元気でいるか』
「まさか、主……なのですか?」
そう呟くと、窓の外から青い光が差し込んだ。光はやがて形を変え、目の前にあの時の女神の姿が現れた。
かつての主だった弁財天を目の前にし、瑪瑙は少し動揺しながらも、その場に膝をついた。
『久しぶりだな瑪瑙。我が神霊よ……』
触れている感触はないものの、弁財天の手が頭に置かれる気は感じることができる。懐かしく思い、瑪瑙はしばらく目を閉じ感傷に浸った。
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