突然、天才令嬢に転生してしまった 〜異世界で出逢った孤高な王子は江戸の武士であった件について〜 【幼少期編】

ぷりりん

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はじめての宴会

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「お嬢、どうぞ」

 いい笑顔でそう言うと、セルンは私に手を差し出してくれた。

 正直、色気満載のセルンの手を取るのに抵抗はある。しかしここは令嬢らしく華やかにエスコートされるべきところ。おずおずしても仕方がないわ。

 覚悟を決めてセルンに手をかさねた。

 そうして馬車から降りようとした時、ふと耳元にセルンの甘い囁きがひびいたのだ。

「今日は一段とかわいいよ」

「!」

 首元にセルンの吐息が吹きかかって思わず固まってしまった。

 ああ、もうー! また私をからかってきた……っ

 恥ずかしそうにしているからか、最近よくこうしてセルンにからかわれる。
 とはいっても、耳元で囁くだけで実際に私に触れることはない。

 本人はイタズラのつもりだろうけれど、私的にはかなり精神にくるのよ……。

 これから大事な宴会があるから、無意味に茶化してくるの本当にやめてほしい。

 念を押すようにセルンの手をにぎり彼を見たが、本人は分からない風で首を傾げた。

 こういう時だけ鈍感なのね、セルンさん……。

 深呼吸して気持ちを改めると、できれ限り優雅に歩をすすめた。

 転生してから参加するはじめての宴会。これはこの世界に馴染めるための第一歩でもある。

 気を引きしめて頑張ろう……!




  80年と短い歴史しかないこの王国は、豊かな生産量を誇っている。

 本日の宴会は、貴族間の交流を深めるためのもので、イメージとしては、百人ほどの貴族が少し広めの部屋でディナーをとる形だ。

 国王主催だけあって会場はきらびやかなのね。
 壁には美しい壁がけがあり、床には厚めの敷物がひいてある。

 息を吸えば芳しい花の香りがふんわりと伝わってくる。うん、とてもいい匂いだ。

 そうして<貴賓の間> に入り、しばらく周囲を見まわしていると。

「ほら、あちらの方がニロ様ですよ」

「……まあ、噂通りですわね」

 扉の横でなにやらコソコソと話す声が聞こえた。

 ちらりとそのほうをみれば、そこには綺麗な扇で口元を隠す二人の女性がいた。

 二人の視線は、私と同い年にみえる男の子に向けている。

 まあ、なんだか機嫌悪そうな子ね。

 甘い蜜のような黄色い髪。
 眉間に深いシワをよせているのに、整った素の顔立ちの方が目立つくらいの美少年だ。

 あれ? 目が、すごい特殊な色をしているわ。

 美しい銀器のような鈍い銀色。
 光を反射しているかのように煌めいている。
 
 つい彼を見惚れていると、ふいに目があってしまった。

「何を見ている?」

 突然そう聞かれ、ぱっと睨まれた。

 うっ、怖いって……え⁈ こっちくるの⁇

 気づけば、男の子が目の前にやってきた。

「余の顔に文句はあるのか? コソコソと言うのではなく、堂々と言ってはどうだ?」

 凛とした声とともに、クイッと顎を持ち上げられた。

 眩しそうに細められた銀色の瞳は鋭い怒気を帯びていて、幼い顔に似合わない恐ろしい雰囲気を漂わせている。

 ……この子、怖いっ

「お前のその顔が気に食わない」

 私の眼をにらんだまま、男の子がつぶやく。
 その冷たい声にざわざわと鳥肌がたってくるのを感じた。

 恐怖とともに、胸の奥底にモヤモヤとした気持ちがわだかまった。

 たしかに彼をジロジロと見た私がいけない。けれど、いきなり顔が気に食わないとか言わなくてもいいじゃないの。

 この顔のせいでかなり苦労してきたというのに……っ

(なんだ失礼な子だな! 私だって不本意なのよ、好きで無表情にしているわけではないの!)

 ムッとして彼の瞳を見つめ返すと、少年は目をしばたかせた。

「……今、なんと?」

(なんとってなによ? まだなにも言ってないわ。口を動かすのがつらいし、あなたみたいな子に発する言葉なんてないし)

 そうふてくされていると、急に少年が顔を青ざめて後ずさった。

「ま、まただ……。 何故、口は動いていないのに……」

(ん、どうしたの……?)

 訳がわからず首を傾げていれば、少年はひどく取り乱した様子でさっさとこの場を後にした。

 え、なに? なんで逃げたの?

 きょとんとしていると、横からセルンの声が聞こえてきた。

「……お嬢、大丈夫?」

 その声は少し掠れていた。

 どうやらセルンに心配をかけてしまったようだ。大丈夫とうなずけば、セルンはほんの少し顔を緩めた。

「申し訳ない、お嬢。オレが役立たずで……」

 そう口ごもったセルンの拳は、小刻みに震えている。

 護衛として何もできなかったのが悔しいのだろう。

 それもそのはず。
 だって、さっきの子どもは恐らく……いや。確実にブルック王の一人息子だもの。

 名は確か……そうだ。

『ニロ・ブルック・ジュリアス』王子だ。

 セルンだけではない。
 厳密にいえば、侯爵家の私もニロに逆らえない。

 それなのに、身分をわきまえず王子を怒らせてしまった。まさか震えるほどセルンを不安にさせてしまったなんて、本当に申し訳ないわ……。

「……ごめん、セルン」

 唇を噛みしめてそう謝ると、セルンはやや驚いた顔になってから、ぽんぽんと私の頭をなでてくれた。

「ありがとう、お嬢」

 そう言って、セルンは笑顔を見せてくれた。だが、その目はどこか冷たくみえる。

 もしかして、セルンにがっかりされてしまったのかな?

 そう不安がりつつ、周囲の視線が落ち着いたところでセルンと共に席へと移動した。

 そして後からきたドナルド社長とも合流し、ディナーが正式にはじまったのだ。

 ああ、まさか初めての宴会で王子を怒らせてしまうとは、これは大失敗だ。

 貴族の社会は難しい。
 本当になんで転生なんかしてしまったのだろう。……はあ。

 そうげんなりしていれば、いつの間にかディナータイムが終わり、次のイベントである演奏会が始まろうとした、その時だった。

 部屋の扉がゆっくりと開き、そこから再びニロが入ってきたのだ。ちなみに表情は怖いまま……。

 うぅ、まさか王子が戻ってくるなんて……!
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