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甘いケーキ
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「──都内観光ですか⁈」
セルンの叫び声が屋敷中に響きわたった。
目を剥くセルンに反応することなく、ニロは悠然と紅茶をすする。
今日もニロとセルンの雰囲気が微妙だね……。
どうすれば仲良くなってくれるのかな?
無視されるセルンをみかねて、紙に筆を走らせた。
<あのね、セルン。私もニロもまだ都内を回ったことがないから、行こうかって誘ってくれたの>
「……え?」
セルンは訝しげに目を細めて、私の耳元に口元を近寄せた。
「貴族ならまだしも、王子が都内をのうのうと歩きまわるなんてありえないから! 何かを企んでるよ絶対、口車に乗っちゃダメだよ」
あれから5日も経ったのにまだニロを信用していないのか、セルン。
何度もいい人だと説明したのに……。
口車とか大袈裟な部分もあったけれど、確かに一理あるわね。
「……なにが一理ありだ?」
ふと銀色の瞳と視線がからみ、ぎらりと細められた。
あ、いまの思考が……!
(そ、それがね。一国の王子が都内を散策するの危険じゃないかって、セルンはニロを心配していたよ)
「……余を? ふっ」
ニロが怪訝そうな表情を浮かべた。
あれ、セルンと同じ反応じゃない?
意外と似たもの同士かも……と目をつむり、こっそり思った。
「心配無用だ。優秀なキウスがついている」
ソファにふんぞり返って、ニロがセルンを一瞥した。
態度と顔は怖いけど、根はいい人だよ。
うん、あとでもう一度セルンに言おう……。
「当然です、ニロ様」
建前のいい笑顔でセルンが頷いた。
さっきの嫌そうな表情は幻だったの?
「自分は騎士長のキウスを疑っているわけではありません」
「そうか。では明朝フェーリを迎えにくる」
「げっ、違う、ニロさ──」
「──キウス、城に帰る準備を」
セルンの発言を遮って、ニロはそのまま部屋を出ていった。
どうやら話を聞く気はないらしい。
セルンは拳を握り、ピキッと額に青筋を立てたが、すぐに空気をよみ、私と一緒にニロの馬車を見送りにきてくれた。
馬車が見えなくなったとたん、もはや習慣のように「がぁあ~」とセルンはため息をついた。
気疲れしているようだね。
たしかにニロはセルンに少し厳しいのかも。
でもあの時の事件もあったわけだし、これは仕方ないよね……。
2人ともいい人だから、時間がたてばきっと誤解がとけて仲良くなってくれると思う。変に口出ししないほうが無難だね。
そうして屋敷へ戻ろうとしたところ、背後からセルンの声が聞こえてきた。
「……キンシンとか、絶対わざとだ。くぅ、許すまじ」
そうか、謹慎のことをまだ怒っているのか。
行きたい場所でもあるのかな?
首をかしげる私をみて、セルンは困ったような顔を作った。
この5日間、ニロは毎日訪ねてきては、雑談がてらに王国の歴史を話した。
一応教育という名目だから、これでいいのかと心配していたけれど、ニロいわく分りやすくて助かるらしい。
そしてセルンは誓いの儀式で私に心臓をささげたからと言って、以前にも増して私から離れようとしなかった。
やや過保護気味だけど、騎士として普通なのかな?
意外と慎重な性格をしているようで、セルンは全然ニロのことを信用してくれない。
ニロがくると必ずと言っていいほど、セルンはピタッと私にくっついてくる。
結局ニロと2人きりになれず、前世の話を語り合えないでいるのだ。
とは言っても、語りあえるほどの人生でもなかったけどね……。
「──じょう、お嬢!」
どんとセルンが私の進路を阻んできた。
<どうしたの?>
「どうしたの? じゃないよ。ずっと話しかけたじゃないか、……はあ~。やっぱニロ様がきてからお嬢が変だ」
<私が変?>
「ああ、確かに前より少しだけ、ほんの少しだけ生き生きとしているけどさ……!」
といかに微々たるものかをセルンは指で表してみせた。
ほぼ変化ないくらいに見えるけど、気のせい?
「この間まであんなに嫌がっていたケーキをパクパク食べるし、なぜだか紙で会話するようになったし。……ふっ、前より多く言葉を交わせてる感じだけどさ、正直もう少しお嬢の声が聞きたいよ……」
唇を尖がらせて、セルンがブツブツそう言った。
ニロがくる前からあまり喋らなかった気がするけれど、そんなに変わったかな?
突然よろこんでケーキを食べはじめたから、たしかにセルンとしては変かも。
「ニロのケーキ、甘くないから……好き」
頑張って硬い唇を動かすと、ぱぁとセルンが眩しい笑顔をたたえた。だがその顔はまたすぐに暗くなった。
一瞬だけ咲いた花みたいだ……って、そんなことを考える場合ではないわ。
セルンは私の声が聞きたいって言ってなかったっけ?
なんで逆に落ち込んでるの……?
そう不思議がっていたところ、
「──お嬢!」
セルンが私の両肩を掴んできた。
「オレ、負けないぞ! いつか甘くてもお嬢が好きになってくれるケーキを作ってみせるからな!」
ケーキを作るの、騎士のセルンが……?
ぱちぱちとセルンを見つめていれば、ぽんぽんと頭をなでられた。
「待っていてくれよ!」
熱意のこもった目で見つめられて、思わずドキッとしてしまったかも。
セルンの叫び声が屋敷中に響きわたった。
目を剥くセルンに反応することなく、ニロは悠然と紅茶をすする。
今日もニロとセルンの雰囲気が微妙だね……。
どうすれば仲良くなってくれるのかな?
無視されるセルンをみかねて、紙に筆を走らせた。
<あのね、セルン。私もニロもまだ都内を回ったことがないから、行こうかって誘ってくれたの>
「……え?」
セルンは訝しげに目を細めて、私の耳元に口元を近寄せた。
「貴族ならまだしも、王子が都内をのうのうと歩きまわるなんてありえないから! 何かを企んでるよ絶対、口車に乗っちゃダメだよ」
あれから5日も経ったのにまだニロを信用していないのか、セルン。
何度もいい人だと説明したのに……。
口車とか大袈裟な部分もあったけれど、確かに一理あるわね。
「……なにが一理ありだ?」
ふと銀色の瞳と視線がからみ、ぎらりと細められた。
あ、いまの思考が……!
(そ、それがね。一国の王子が都内を散策するの危険じゃないかって、セルンはニロを心配していたよ)
「……余を? ふっ」
ニロが怪訝そうな表情を浮かべた。
あれ、セルンと同じ反応じゃない?
意外と似たもの同士かも……と目をつむり、こっそり思った。
「心配無用だ。優秀なキウスがついている」
ソファにふんぞり返って、ニロがセルンを一瞥した。
態度と顔は怖いけど、根はいい人だよ。
うん、あとでもう一度セルンに言おう……。
「当然です、ニロ様」
建前のいい笑顔でセルンが頷いた。
さっきの嫌そうな表情は幻だったの?
「自分は騎士長のキウスを疑っているわけではありません」
「そうか。では明朝フェーリを迎えにくる」
「げっ、違う、ニロさ──」
「──キウス、城に帰る準備を」
セルンの発言を遮って、ニロはそのまま部屋を出ていった。
どうやら話を聞く気はないらしい。
セルンは拳を握り、ピキッと額に青筋を立てたが、すぐに空気をよみ、私と一緒にニロの馬車を見送りにきてくれた。
馬車が見えなくなったとたん、もはや習慣のように「がぁあ~」とセルンはため息をついた。
気疲れしているようだね。
たしかにニロはセルンに少し厳しいのかも。
でもあの時の事件もあったわけだし、これは仕方ないよね……。
2人ともいい人だから、時間がたてばきっと誤解がとけて仲良くなってくれると思う。変に口出ししないほうが無難だね。
そうして屋敷へ戻ろうとしたところ、背後からセルンの声が聞こえてきた。
「……キンシンとか、絶対わざとだ。くぅ、許すまじ」
そうか、謹慎のことをまだ怒っているのか。
行きたい場所でもあるのかな?
首をかしげる私をみて、セルンは困ったような顔を作った。
この5日間、ニロは毎日訪ねてきては、雑談がてらに王国の歴史を話した。
一応教育という名目だから、これでいいのかと心配していたけれど、ニロいわく分りやすくて助かるらしい。
そしてセルンは誓いの儀式で私に心臓をささげたからと言って、以前にも増して私から離れようとしなかった。
やや過保護気味だけど、騎士として普通なのかな?
意外と慎重な性格をしているようで、セルンは全然ニロのことを信用してくれない。
ニロがくると必ずと言っていいほど、セルンはピタッと私にくっついてくる。
結局ニロと2人きりになれず、前世の話を語り合えないでいるのだ。
とは言っても、語りあえるほどの人生でもなかったけどね……。
「──じょう、お嬢!」
どんとセルンが私の進路を阻んできた。
<どうしたの?>
「どうしたの? じゃないよ。ずっと話しかけたじゃないか、……はあ~。やっぱニロ様がきてからお嬢が変だ」
<私が変?>
「ああ、確かに前より少しだけ、ほんの少しだけ生き生きとしているけどさ……!」
といかに微々たるものかをセルンは指で表してみせた。
ほぼ変化ないくらいに見えるけど、気のせい?
「この間まであんなに嫌がっていたケーキをパクパク食べるし、なぜだか紙で会話するようになったし。……ふっ、前より多く言葉を交わせてる感じだけどさ、正直もう少しお嬢の声が聞きたいよ……」
唇を尖がらせて、セルンがブツブツそう言った。
ニロがくる前からあまり喋らなかった気がするけれど、そんなに変わったかな?
突然よろこんでケーキを食べはじめたから、たしかにセルンとしては変かも。
「ニロのケーキ、甘くないから……好き」
頑張って硬い唇を動かすと、ぱぁとセルンが眩しい笑顔をたたえた。だがその顔はまたすぐに暗くなった。
一瞬だけ咲いた花みたいだ……って、そんなことを考える場合ではないわ。
セルンは私の声が聞きたいって言ってなかったっけ?
なんで逆に落ち込んでるの……?
そう不思議がっていたところ、
「──お嬢!」
セルンが私の両肩を掴んできた。
「オレ、負けないぞ! いつか甘くてもお嬢が好きになってくれるケーキを作ってみせるからな!」
ケーキを作るの、騎士のセルンが……?
ぱちぱちとセルンを見つめていれば、ぽんぽんと頭をなでられた。
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