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セルンの思い
しおりを挟む*********【セルン・ガールド】
コンラッド侯爵家に貸しだされた屋敷の前で、オレはお嬢とニロ様の馬車を見送った。
これはなんの意味もない無駄な行為。
だがいつもお嬢がやっていたから、つい真似してしまっただけだ。
「……はぁ」
目に見えないところでお嬢に何かあればと思うと、息が苦しくなる。
他人のことでここまで思い悩んだのは初めてだ。
28年前、文家派閥の子爵家にオレは生まれた。4男のオレは家から期待されることなく、放置されていた。
そんな家族の気を引きたくて、オレは剣技や学問を必死にがんばった。
そうして十歳の時。少し才能があると周囲に認められ、より良い教育を受けさせるために、親戚の家に送り出されたのだ。
そのままオレはそこの養子になった。それで気付いたのだ。オレは親父に認められたのではなく、家を追い出されたのだ、と。
その時オレは思った。
ならばここで自分の能力を証明して、武家派閥の彼らに認めて貰えれば、親父を見返すことができる。
幼稚なオレは何も疑わずにできると信じた。が、現実はそう甘くはなかった。
なぜなら、オレはそこであいつと出会ってしまったからだ。
遠い親戚で同じ10歳のあいつは、オレより遥かに優秀で、優しくて何事にもマジメで、非の打ち所がないやつだった。
中途半端なオレはいくら頑張っても、あいつには敵わない。オレは瞬時に悟ったのだ。
オレはあいつと同じ苗字になったが、ほぼ居候同然で肩身が狭い思いをして過ごした。
結局、誰一人オレにふり向いてくれなかった……。
凡人のオレをちゃんと見てくれる人などいないとひどく失望して、いつしか笑わなくなってしまったのだ。
そうしてある日、オレはふと思った。
なぜオレはここまで自分を苦しめる必要があるのか?
認めてもらえなくても、才能がなくても別にいいじゃないか?
人生はなんのためにあるんだ?
それは自分一人のためではないか?
たった一度きりの人生を他人のために使うのは馬鹿馬鹿しい。オレは強くそう思った。
そうして人生をもっと楽しもうと開きなおり、オレは自由奔放で好き勝手に生きていくと決めた。
ただそれでも厄介者扱いはごめんだ。
だからオレは常に周りを注意して、場を見極めてきた。そして隙さえあれば屋敷を抜けだし、巷で遊びまわったのだ。
そうして15歳になり、よりよい生活水準を確保しようと、オレはあいつと共に王国騎士団に入った。
努力を重ねて団長になったあいつを支えながら、なんとかオレも副団長にのし上がることが出来たのだ。
これからもオレは自分のためだけに生きる。
そう決めたから、オレはあの不気味な噂を蔑ろにした。
特に気にする必要はない。
ただの噂だと自分に言い聞かせたのだ。
そうしてのうのうと暮らしていくうちに、突然あいつが姿を消した。
オレはひどく焦った。
まさか、くそ真面目なあいつがこんな無責任なことをしでかすとは、信じられなかった。
しかし一方でオレは知っていた。
あいつはあり得ないくらいマジメだから、こんなことをしでかしたのだ、と。
事前に情報を把握していたとはいえ、そもそもオレにできることは何もない。あれはどうしようもなかったんだと、自分に言い訳をしたのだ。
そしてタレント持ちであるキウスの活躍で、凄まじい権力を手に入れたセデック家は、あいつの失踪を喜び、即座にキウスを騎士長に推薦した。
武家の養子だが、オレは文家の出だ。
だから邪魔者扱いされる前に自ら騎士団を去った。
オレは元より1人で生きて行くつもりだった。
だからこれでいいんだと、オレは思ったのだ。
それから職を転々とし、飽きたら別の屋敷へ移動して日々を過ごした。
そうして2年前、なぜだかオレは邪知深コンラッド侯爵家の当主に声をかけられた。
突然の申し出を怪しんだが、コンラッド家に入る機会などそうそうない。なにせ、文家の出身なら皆コンラッド家に憧れているからな。
一見平凡でなんの特徴もない、ただの文家貴族でありながら、裏では4本の指に入るくらい、王国の政治に多大な影響力を持っている。
この屋敷に入れば、もしかしたらあいつの情報が入るかもしれない。そう思い、オレは仕事を引き受けたのだ。
噂どおり、当主のドナルド様はとにかく頭がよく回る人で、彼の策略である程度文家は武家に圧倒されることなく、権力を保ちつづけることができた。
そんな彼を一番悩ませているのは多分、娘のことだけだろう。
お嬢はコンラッド家唯一の息女。1才の時から大人でも難しい本をよみ、その内容を忘れることはないそうだ。
本当かどうか分からないが、社交界ではタレント持ちだと噂されていることで有名だ。
そのお嬢の情報を聞きつけて、武家の下級貴族らはこぞって彼女を狙っている。
既成事実を企んでいるようだが、そんなことしても噂はもみ消されて、家名ごとコンラッド家に潰されるだけ。
しかし訳あってやつらはドナルド様の影響力を把握できない。だからこの恐ろしい権力の差を知らないのだ。
文家今後の権力のために、お嬢の存在は必要不可欠。婚姻や正しい策略、彼女をうまく利用できれば、文武の対立を無くすことさえ可能だ。
そんな大事なコマを狙う奴らを一ずつ潰していくためにも、ドナルド様は辺地から王都に移転することになった。それで貴族社会の学びと称して、お嬢を王城付近の屋敷に連れこんだ。
そうして、オレは幼い令嬢の護衛を任されたのだ。
初めて彼女と接した時、その表情のなさにオレは驚いた。
恥ずかしがり屋で大人しいと聞いたが、初日からただの寂しがり屋だと分かったのだ。
突然知らない場所に連れてこられて、すぐに1人にされたら普通は不安になるだろう。それもそうかと思いつつ、少しでも安心させようと親しみのある口調で彼女に話しかけたのだ。
それで多少イタズラげにからかってみると、まるで人形のような愛らしい面持ちで、お嬢は「一人でも大丈夫」とか強がってみせた。
悪い癖でそんな子どもをからかう以上に楽しいことはない。これは中々いじめがいがありそうだ。お嬢の苦手なことはなんだろう? 試行錯誤しているうちに、意外な形でチャンスが訪れたのだ。
夕食では肉をパクパクと頬ばるお嬢が、なんとおやつに出されたケーキを半日かけて食べるのではないか。そして子どものくせに、大人でも苦い紅茶をごくごくと飲めるのだ。
これはもしや……とその紅茶に砂糖を入れてみると、案の上、紅茶を飲むペースがさがった。そしてオレのイタズラに気づいているようで、じぃと見つめてくるのだが、文句は言ってこない。
噂どおり、傲慢な令嬢ではないようだな、とオレは感心した。
そしていやなら飲まなければいいものを、無理して飲むから可愛くて仕方がないのだ。
そうしてニヤニヤとお嬢を軽くいじめながら、充実した日々を過ごした。
可能な限り声すら発そうとせず、普段から表情を変えないお嬢だが、注意深く観察すると、意外にも豊かな感情を持っているようだった。
初めて紅茶に砂糖が入っていると気づいた時、ピタッと固まったお嬢の反応が面白かったんだよな~。
そんなお嬢の言動が面白くて、背後から彼女の新しい一面を見つけ出すのが、オレの小さな楽しみとなった。
そんな中、唐突に宴会に招かれ、お嬢は不安げな様子を見せた。だが、それでも参加すると強がったのだ。
国王のお達しを受けたドナルド様の立場を配慮して、無理しているのだろう。
8歳にしてはお利口すぎる。
なんだかんだでそんなお嬢の姿が昔のオレと重なって見えたから、率直に哀れだと思った。
この子は親父のために人生を無駄にしている。
バカバカしい、と。
そうして宴会場に到着するや否や、変な噂が流れているニロ様が、見せしめのためか、お嬢を取っ捕まえて目を睨んだのだ。
この時、オレは久しぶりに激しい不安に襲われた。
ただのデタラメな噂だが、万が一お嬢が本当に死んでしまったら、ドナルド様はオレを許さないだろう。オレはそう恐れた。
正直お嬢のことより、相変わらずオレは自分の身の安全を心配した。
それなのに、お嬢はオレを気遣い、逆に慰めてくれたのだ。
ただの護衛のオレにも優しくしてくれるのか。ほかの令嬢とちがうお嬢のことを、つくづく馬鹿だなと思った。
にも関わらず、ニロ様に怯えて俯くお嬢の小さな背中をみていると、ふいに胸が騒ぎ、じっとしていられなくなったのだ。
そうしてらしくないと思いながら、オレは大丈夫だとお嬢をなだめた、その時だった。
ふと振りむいてくれたお嬢がふわっと微笑んでみせたのだ。
オレは中途半端だから、誰にも相手にされない。
適当に生きて、独りぼっちで人生を終えるつもりだった。
それなのに、お嬢のあとげない笑顔が頭から離れられない。
オレとは真逆で、生まれ持ったタレントと権力に恵まれる令嬢。
そんな彼女はオレにだけ、笑みを見せてくれた……。
オレだけの、特別な笑顔…っ
そう思うと体中に電気が走るようだった。
この子なら大事にしてもいいと、オレは思った。
だから噂の真否を確かめにきた王子と合わせたくなかったのだ。
せっかく大事なものを手に入れられそうなのに、このままオレの手からすり抜けてしまいそうで、不安で仕方なかった。
廊下でお嬢を待っているうちに、やり場のない苛立ちと焦燥が胸の底にわだかまり、いつもの冷静な自分でいられなくなった。
またお嬢がいじめられる……。オレの予想通り、お嬢は王子に泣かされたのだ。
一体なにをしたら、大人しくて良い子のお嬢が泣くんだ…っ
込み上げてきた感情が爆発して、オレは王子に手を出そうとしてしまった。しかし意外にも後悔はなかった。
コンラッド家に産まれた時点で、お嬢は醜い権力争いに巻き込まれる運命。
だからいっそのことオレが掻っ攫って国外へ逃走すればいいんだと、瞬時に閃いたのだ。
しかしどういうことか、ニロ様はオレを許してくれた。
宴会の時からニロ様を怖じ恐れるお嬢が、こぶになるほど頭を強くぶつけて、オレの代わりに命乞いをしてくれたそうだ。
真っ赤に腫れ上がったその額をみて、胸がチリチリと焼けるような思いに襲われた。
もし立場が変わっていたら、オレはお嬢のためにここまでできたのだろうか?
彼女が大事だから守ろうとしたんじゃない。
ただ一切の見返りを求めないお嬢の優しさにつけ込んで、自分の飢えを満たそうとしただけ。心の底から、誰かに必要とされたい。
結局オレは、自分のために彼女を利用しようとしただけだったんだ…っ
『これから、ちゃんとセルン、みる……考える』
重たそうな唇からこぼれた尊い言葉。オレなんかには勿体ない言葉だ……。
本当は寂しがり屋で、甘いものが嫌いで、案外気が弱くてすぐに怯える。それなのに、いつまでもどこまでも他人のことを思って、強がってばっかりの変わり者。
そんなお嬢のことを、とてつもなく愛しく思えた。
オレは報われたいわけではない。
単に誰かを大事にしたいと本気で思えたのは初めてだ。
これからもずっと、この子の傍に居たい。
胸を突き上げてくる衝動に、オレはお嬢に心臓を誓った。
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