突然、天才令嬢に転生してしまった ③ 【南の国編】【西の国編】

ぷりりん

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江戸の味 ①

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「あーっ! やっと帰ってきた!」

 木材で作られた二階建ての家に到着するや否や、突如上の方から叫び声が轟いた。
 反射的に見上げると、窓からむっくりとした体を乗り出し、怖い顔で私たちを見下ろす女性の姿が視界に飛び込んだ。

「こんな時間までどこほっつき歩いたっさー!」

 と手すりのない外階段を駆け下りてきた中年女性は、目を吊り上げて三人を睨む。

「すまない。余がしかと時間を確認しなかった故、彼等をこの時間まで付き合わせてしまった」

 そう言ってニロが頭を下げると、私たちに気づいた女性はびくっと表情を一変させた。

「まーまー! あんたさん珍しい外見さね! 今日きた屋敷のお客さん?」

 女性の質問にニロが「ふむ」と頷くと、隣にいるリット君とニタちゃんが声を張り上げた。

「ニロとフェーだってよー! 海外の人だよー!」

「ねえ! 本物だよママ! 本物!」

 明るい顔でそう紹介してくれた。

「まーまー! クニヒト宰相のお客さんで海外のお偉い……さん?」
 と女性は顔に困惑の色を浮かべた。

 ん? なんだろう……。
 まじまじと私たちの体を見ているわ。一応南の服装に合わせているのだけれど、似合わないのかしら?

 近くにあるともしの明かりで自分の身なりを確認すると、ドレスのあちらこちらに土がついていて、小汚く見えた。
 ニロの方にも目をやると、彼の白いシャツには袖から移った木炭のシミが目立ち、私よりも汚く見えた。

 あっ! 塔の中が暗かったからわからなかったのだけれど、二人ともかなり汚れているわ! 

 同じことに気づいたのか、ニロはすかさず口を開いた。

「余とフェーはただの付き人だ。気遣わなくてよい」

「まー! 海外の付き人さんはいいものを着るさね!」
 
 女性はすんなり納得した。

「ねえねえ! ババは? お兄ちゃんとお姉ちゃんをババに紹介したーい!」

 ニタちゃんに腕を掴まれ、女性は腰に手を当てて再び怒り出す。

「あんたらを探しに行ったっさー!」

「そんなー! じゃーオラがババを探してくるよー!」

「待った待った!」

 ぐるりと走り出したリット君の襟を掴んで女性が声を荒げた。

「あんたが行って迷ったらどうするさね!」

「やだやだー! 迷わないから離してよオバ! オラ早くババに二人を紹介したいーって痛てぇ!」
 
 女性にゲンコツされたリット君は両手で頭を覆った。

「ゔぅ……」

「しょうがない子さね! ちょい待ちー! ご飯を炊いたらアタイが探しに行くさー!」

 目尻に涙を滲ませるリット君を見て女性がそう言うと、急にニロが声を発した。

「……であれば余が代わりに炊くとしよう」

 突然の申し出に女性は怪訝な表情を浮かべる。

「まー! あんたさん、ニロって言ったかい。米を炊けるさね?」

「ふむ。味は保証できないが、釜と木炭さえあれば炊ける」

 ニロがそう答えれば、彼女は「まーまー!」と可笑しそうに笑った。

 ん? ニロはそんなこともできるの……? 
 手影絵もそうだったけれど、色々と多才なのね。羨ましいわ……。

「味も何もないさね! 炊いてくれるだけでありがたいさー!」

「ふむ。其方等に心労をかけた余の責任でもある故、気にするな」

 ニロがそう加えると、女性はかっと陽気な笑顔を見せた。

「まーまー! しっかりしたお付きさんさね! ならご飯はあんたさんに任せるさよ! ニタ、ニロに台所の場所を教えー!」

 そしてニタちゃんが「はーい!」と返事すると、女性はたいまつを手にして家を後にした。

 ふくよかなその後ろ姿を照らす淡い光はすぐさま道の闇に呑みこまれた。

 山の上からだと数十軒の家が固まっているように見えたが、意外と間隔が空いているものね。

 一人でぼんやりしていると、突然ニタちゃんに手を掴まれた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん! こっちよー!」

 と二人共引っ張られ、ニタちゃんについて奥の方へと進んだ。

 壁のない一階は解放的な空間になっていて、床も張っておらず、土間になっている。

「ニロー! これ持ってきたよー!」

 とリット君は粘土で作られた小さなかまどを重たそうに運んできた。

 まあ。移動式なのね。意外だわ。

「ふむ。『ニロさん』であろう?」

 リット君から竈を受け取ったニロが顔をしかめてそう指摘すると、彼は少し悩んでから、「ニロ兄ぃ!」と元気よく言い直した。

「オラ火を起こせるよー!」

 快活な声でそう宣言すると、リット君は棒に弓の玄を巻きつけて引っ張った。

 高速で回転する棒が下に敷いてある板と擦れて、きいきいと鳴った。そうして何秒か経つと黒い木屑と共に煙が上がってきた。

 あっ、一瞬で火種ができた! すごいわ……。手慣れているのね、リット君。

「ふむ。よくできた」

 ニロがリット君を褒めれば、ニタちゃんも負けじと米に水を入れた。

「あたしは米を洗えるよー!」

「そうか? ……ふむ。2人共ありがたいが、これでは余の仕事がなくなるな……」

 困ったようにそう呟いたニロだったが、近くで砂抜きされているアサリを目にして、ふと閃いた様子で手を叩いた。

「ニタ、このアサリを拝借してもよいか?」

「あたしが今朝砂浜で取ってきたやつだから全然いいよー!」

 ニロの質問に、ニタちゃんがそう答えれば、

「何言ってんだよ、ニタ! オラの方がいっぱい拾ってきたのにー!」

 下の方からリット君が灰だらけの頭をもたげてそう抗議した。

 そうして誰が一番アサリを多く取ってきたのかで二人が口喧嘩を始めたら、ナック君も両手を高く上げて主張した。

「……ナックも、取った!」

「ふむ。そうか。偉いぞ、ナック」
 
「ナック、えらいぞ……!」

 褒めてくれたニロの言い方を真似て、ナック君は無邪気に笑った。

 うふふ。3人共すっかりニロに懐いているわ。さすが元教師、子供の扱いが上手だね。

「ふむ。醤油と生姜もあるのか?」

 ニロがそう問えば、さっきまで喧嘩していたリット君とニタちゃんがぱっと振り向き、「あるよー!」と図ったかのように声をシンクロさせた。

「あたし醤油持ってくるー!」

「あー! じゃーオラ生姜取ってくるー!」

 お互いの顔を睨み合ってから、2人は争うように走り出した。

「お前ら、足元に気をつけたまえ」
 
「はーい!」
 
 心配するニロに見向きもせず、2人はドドドと忙しなく走りまわった。

 うふふ、元気がいい子たちね。
 私も三人と仲良くなりたいのに、あまり喋れないから、なんだか蚊帳の外にいるみたい。少し寂しいわ。

 そうして2人の後ろ姿を目で追っていれば、

「ふふ、……ふははっ! ……ああ、2人共い奴だな……」

 あ、ニロが声を出して笑った。珍しい! 
 爽やかな笑い声……。ニロはこんな風にも笑うんだ。初めて聞いたかも……。

 なんだろう、今日のニロはいつも以上に輝いて見えるわ。

 ややあって戻ってきた2人に囲まれて、ニロは口元に愉しそうな弧を描いた。それをみて、だんだんと複雑な気持ちが込み上げてくる。

 ニロが、すごく楽しそう……。

 それもそうか……。だってニロは前世から子供が大好きだもの。誰よりも子供たちを大事にしているから、……だから、ニロは……。

 ふとニロの過去を思い出し、ぐっと胸を突き上げてくる衝動に視界がぼやけた。

「……?」

「!」
 
 不覚にもニロと目が合ってしまった。
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