突然、天才令嬢に転生してしまった ③ 【南の国編】【西の国編】

ぷりりん

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細雪の舞う夜

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「ぐぅ、気持ちわりぃ……」

 晩餐会がおわり、静かに積もりはじめた雪の中にオレは1人で立っていた。
 隣で燃えるたいまつの音に混じって、テントの中からお嬢の小さな寝息が聞こえた。

 ふかふかのベッドじゃなくてもちゃんと眠れるようだな。

 よかったと安心すれば、一気に胸がむかむかしてきた。
 胸焼けか?

 久々の酒とはいえ、このくらいで気分が悪くなるとは。
 あ、もしかしてオレはもう歳なのか?

 はあ~、冗談じゃねぇぜ……。

 そうしてガクッとため息をもらした時、真後ろから声がひびいた。

「……大丈夫ですか、セルンさん」

「うげっ! き、キウス……! お前、ずっといたのか!」

 飛びはねるオレをみて、キウスがニコニコと笑った。

「いいえ。いま来たばかりですよ」

 少し酔っ払ったとはいえ、全然キウスの気配を感じなかった。

 タレント持ちと囁かれるだけあって、キウスは若い時から可笑しいくらい強い。
 それでも雪の中に無音で移動できるってどういうことだよ? 

 こいつが騎士団に入りたての頃。
 まだ12才の時だったか?

 あの時はまだわずかな足音を聞きとれたんだがな……ああ、やっぱオレは歳か?

 はぁ、と肩を落とせば、キウスの明るい声が聞こえた。

「セルンさんがいるだけで騎士団の雰囲気が変わります。にぎやかで、団員はみんな楽しそうです」

「いや、あいつらはただ騒ぐの好きなだけだろ。でもまさか、飲み比べでこのオレが負けると金をかけるやつがいるとはな。ふん、なめられたもんだ」

「そうですね。久しぶりに見ましたが、相変わらずのいい飲みっぷりでしたよ」

「あったりまえだろ? オレを誰だと思ってる。あのアホヒゲくらい、10人でかかってもオレには敵わねぇぜ」

 鼻をたかくしてそう言うと、キウスが「ふふっ」と顔をほころばせた。

「……セルンさんのいる騎士団が懐かしいです。いつか戻ってきたいと考えたことないですか?」

 ぼんやりした口調だが、キウスの声は真剣だった。

 そんなキウスに手を左右に大きくふって、興味なさそうな風で返した。

「ないないないない。オレはお嬢に心臓を誓ったんだ。お前もその場にいただろ? オレは自分の居場所を見つけた。もう騎士団には戻らない」

「……そう、でしたね」

 とキウスは残念そうな笑みを浮かべた。
 
 セデック家唯一の令息。
 しかも剣の鬼才と称されるキウスは、子どもの頃からみんなに恐れられ敬遠されてきた。

 キウス本人も大抵うわの空でなに考えてんのか分からない。
 だから正直かなり扱いづらかったんだ。

 16年前。
 初めて会った時から、いつどこで見かけても、キウスは呆然と空を眺めていた。

 その姿はどこか無力で、囚われているようだった。
 
 当時の団長だったアンジェロはガールド家の子息で、キウスの師匠だ。
 だから他の団員の目もあって、騎士団内では特にキウスに厳しくしていた。

 それでキウスの面倒をみてくれとアンジェロに頼まれて、オレは気まぐれでこいつを都内に連れだしたのだ。

 初めて巷のパイを食って、美味しいと驚いた幼いキウスの顔はボケっとしていて、面白かったんだよな~。

 何度かこっそり唐辛子を混ぜて食わせたが、どんなに辛くてもキウスは平気で食えるからつまらなかった。

 そうして2年ほどかかったが、やっとキウスと打ちとけたのだ。

 オレでもかなり手間をかけたから、おそらく今の騎士団の中でも、キウスとくだけた態度で接するやつはいないだろう。

 キウスは生まれた時から強大な権力に恵まれている。
 そんなやつにかける情けなど、オレにはない……がな。

「ってなわけで、お前がお嬢と結婚すればイヤでもオレと毎日あうぞ。うざいくらい騒いでやるから覚悟しとけよ。あ、ちなみにカネもきっちり出してもらうからな?」

 ニンマリするオレにやや驚いてから、キウスが「……はい」と愛想よく笑った。

 うあー、ふわっとしているがいい笑顔。

 強くて権威もあって顔もいいって、普通にズルすぎるだろ、お前……。

 そして拒否できないとはいえ、オレのお嬢と婚約できるなんて、……ぐぅ、くそ。マジで羨ましいぜ!

「……どうしました?」

 ムッとするオレに気づくと、キウスが頭の上に疑問符を浮かべた。

「いや、なんでもねぇよ……」

 情熱にかけて淡々としているが、キウスはいいやつだ。
 政略結婚でもキウスが相手なら、お嬢も幸せになれるだろう。

 お嬢がこのままニロに想いをよせていても、一線を超えない限りキウスは目をつぶってくれる。だから問題にはならない。

 そう考えると本当に厄介なのは、ニロのほうだ。

 どういうわけか知らんが、ニロはお嬢にぞっこんだ。
 解消できない婚約を解消させるためにニロは心血を注いできた。

 あの様子だと何があってもお嬢を手放す気ないだろう。

 あと一歩で確実に条約が改正されるのに、ニロはカッコつけて大きな賭けに出た。
 キャサリン姫を見捨てたらお嬢にがっかりされるって言ったが、それでも無茶すぎるだろ。

 別に嘘にはならねぇし、仕方ないことで通せばお嬢も分かってくれるのに……。

 あー、なんで無理してあんなバカなことをしたんだよ、ニロ!

 このまま失敗してお嬢がキウスと結婚しても自業自得だからな……。
 負けを認めないで変なことをすんなよ。

 はあ~、とオレが困ったように頭をかくと、突然キウスが横を向いたのを感じた。

 なんだ? と頭をもたげたら、遅れてテントに向かってくる極かすかな足音が耳に入ったのだ。

 この足音は、フィンか。
 
 挑発のつもりでわざと軽い足音を立ててきたようだ。
 あー、キウスがもうイライラしてるじゃねぇか……。

 そうして暗がりからキウスを一直線に見すえたまま、フィンは粉雪の上を進んできた。

 はあ~、また何しにきたんだ、この野郎……とオレが口を開く前に、フィンが声を発した。

「キウス・セデック。俺と勝負して欲しい」

「……はっ⁇」

 キウスより先にオレが声をあげた。

「なに言ってんだ、バカ野郎ッ! どういうつもりか知らんが、お前はプロテモロコの戦士長だぞ、フィン。キウスと勝負などあり得ないだろ」

「大丈夫。後ろの林でやれば誰にも見られない」

「いや、そういう問題じゃねぇだろ! ……はあ~。いいか、フィン。悔しい気持ちは分かる。だがキウスがお嬢の婚約者だからって喧嘩売るのやめろ」

 オレが顔をしかめてそう言うと、フィンは視線を地面に落として、ぎゅっと拳をにぎった。

「……俺は喧嘩売りにきたんじゃないぜ、師匠。フェーはこの人を婚約者として受け入れている。さっきの一連の行動をみればこのくらいは分かる」

「ああ、分かるならいい。キウスはいいやつだ。さっきお嬢の口からも聞いただろ?」

「……いい人かどうか俺には分からない。だがもし本当にいい人なら、俺と勝負してフェーを解放して欲しい」

「解放って、なに言ってんだお前? いいか、フィン。お嬢とキウスの婚約は──」

「──分かってる。貴族云々の事情で解消できないだろ? この人にも同じことを散々言われた。婚約の解消が無理なら、フェーをここから連れだせばいい。フェーが自由になれる遠くの場所へ、俺が連れていけばいい」

 とフィンは顔を上げてきた。

「貴族のしばりから俺がフェーを解放すればいいんだ」

 そう言ったフィンの瞳は8年前と変わらず、力強く透き通っている。

 希望に満ちたその表情をみて一瞬戸惑ってしまったが、はっとして「はあ~」と長いため息をついた。

 解放ってそういう意味だったのか。
 勝負でキウスに勝って、お嬢と逃げればいいと思ってんだ。

 ガキだからしょうがないだろうが、甘い!

 王国はもちろんのこと、コンラッド家は西の国の隅々まで情報網をもっている。南のほうではまだ少し弱いが、今後一気に強化されていくだろ。

 オレはコンラッド家の仕組みを把握しているからまだしも、フィンには無理だろ。

「……はあ~、なに寝ぼけたこと言ってんだお前、意味わかんねぇ。ああ、もういいからあっちの野営地へ帰れ、フィン」

 呆れてフィンの肩をかるく押したが、ピクリとも動かなかった。

「帰るならフェーを一緒につれて帰る」

 ガチで言ってるよ、こいつ。

 率直にあり得ないと言ってもフィンは分からないだろうな。
 あ~、どう説明すればいいんだ? とオレが頭を抱えた時、

「……フィン?」
  
 テントの中からお嬢の声がひびいた。

 あ~、お嬢を起こしてしまったじゃねぇか、もう……と困ったオレをよそに、フィンがお嬢に声をかけた。

「もうちょっと待って、フェー。この人と決着して、俺がフェーを自由にしてあげる」

 まだ言ってるし、はあ……。

 いい加減にしろとオレが口を開ける前に、キウスがズイと前に出た。その眉間には深いシワがあった。

 あ、この雰囲気、やばいかも……。

「……何度も不可能だと言ったのに、なぜ理解できない?」

 静かな声だが、激しい怒気を帯びていた。
 
「無理なものは無理だ。楽天的に足掻あがけばなんとかなるものばかりではない。根拠のない希望を人に持たせるな、非常に不快だ」

 不愉快極まりないキウスの表情をみて、ぞっと胸がざわめいた。

 14年前と同じ顔。

 しまった、とうとうキウスが怒った……!

「言葉が通じないならついてこい。夢から目を覚ましてやる」

 そう言い放つと、キウスは林のほうへと向かっていった。

 行くな! とオレはフィンを止めたが、聞いてくれなかった。

 フィンとキウスは両方アンジェロの弟子だ。
 あの鬼の訓練に耐えぬいたから、フィンもそれなりに強いはず。

 だがそれでもキウスに敵うわけがない。実戦の経験の差もあるが、そもそもキウスは普通のやつとちがう。
 
 なぜ分からないんだ、フィン!

 2人を止めに行くべきか? でもオレが行ってもキウスを止められないだろ……。

 仮にもフィンはプロテモロコの戦士長だ。
 あいつになにかあれば大変なことになる。

 どうすればいいと焦っていれば、お嬢の不安げな声が聞こえてきた。

「……セルン、どうしたの? フィンとキウス様が喧嘩しているの?」

 ああ、ダメだ。迷う暇などない。
 お嬢のためにもこの茶番を止めないと……!

「オレが見に行くから、お嬢は外に出ないで! その間知らないやつがテントに入ったらこれを使って、いい?」

 スッとテントの中に短剣を差し込めば、お嬢がすぐに受け取ってくれた。

「……わかった。セルンも気をつけて」

「ああ」

 短くそう返すと、オレは2人の後を追った。
 
 ガシャンと金属音が一つ、夜の林からこだましてきた。大気の振動で木立こだちの枝からぱらりぱらりと雪がこぼれ落ちる。

 どこだ……! と暗い木々の間に目をやりながら、オレはひたすら走った。

 そうして、ふと弾ける火花が目の端に飛びこんだ瞬間、硬質な音と共に鋭い剣圧の波におそわれた。

 くっ、空気に触れるだけで痛いってどういうことだよ!
 ああ、キウスがめっちゃ本気だしてるじゃねぇか……!

 光のみえた場所に駆けこむと、ちょうどフィンの剣が叩き落とされるところだった。

「──がっ!」

 とキウスに蹴られたフィンの体が横に吹き飛び、地に転がった。

「……うっ」

 呻き声を噛みころして、よろよろと起き上がってくるフィンの前にキウスが凛と立っている。

 青白い月光を浴びて、空高く上がった剣は風を巻きおこし、キウスの長い髪をなびかせた。

 その漆黒の眼は極寒のごとく冷たくみえて、全身に戦慄が走った。

 ──やばい! 

 咄嗟に両手で剣をかまえて、勢いよく落ちてきた剣閃を受けとめた。

 ──重っ!

 鋼のぶつかる音が耳の奥に突き刺さってくる。
 渾身の力を振りしぼってもその一撃を跳ねかえせず、腰が砕けそうになった。

 重い、無理、ムリムリむりムリっ!

 どすん、と片膝をついてオレはガッとつかに力をこめた。

 キィン、と手に伝わってくる摩擦の衝撃が地面に分散して、尋常でないその重量にグッと耐えながらなんとか持ちこたえたのだ。

 そうしてだんだんと上から圧が消えていくのをかんじた。

 あ、危ねぇ──っ

 はぁ、と唇から漏れた白い息は身体の熱気に溶けこんで、湯気のように立ちのぼっていった。

「……邪魔しないでください、セルンさん」

 キウスの沈着な声が耳をかすめて、体中に鳥肌がたってくるのを感じた。

 14年前もそうだったが、やはりキウスはキレても平然としたままだ。
 一見冷静にみえるが、やっていることはメチャクチャ。

 いまはまだ言葉が通じるようだが、これはこれで怖えぜ……。

 ゴクリと唾をのんでから、声をだした。

「……フィンはプロテモロコの戦士長だ、キウス。こいつに怪我を負わせたら計画に支障が出てしまう。それにこれでフィンはもう懲りただろ。このあとオレがさらに厳しく言っとくから、今日はこのくらいにしてくれないか?」

 異様に明るくみえる月を背後に、冴えた輝きを放つキウスの瞳をみて、身体の芯から凍りつきそうになった。

 そうして腰付近にある白いハンカチに視線を動かしてから、キウスがゆっくりと剣を鞘に納めた。

「……またフェーリ様にでたらめを吹きこんだら、次は許さない」

 そう呟くと、キウスは夜の雪の中へと消えていった。

 さっきまで張りつめた緊張感がとけて、オレはどさりと地に腰を落とした。

「あー、死ぬかと思ったぜ……」

 はぁあ、と長い長い息を吐き出していると、隣で丸くなったフィンの背中が目に入った。

 自分の膝を抱えて、深く顔をうずめている。

 かけ出しだから自信満々で挑むのはいいが、相手がキウスだと手も足も出なかったんだろう。
 まだまだこれからだが、いきなりあんな実力の差を突きつけられたらそりゃこうなるわな。

 あ~、めんどくせな、マジで……。

 打ちのめされているその姿をしばらく眺めてから、ペシっとフィンの頭を叩いた。

「……だから行くなっつったろ?」

 とフィンをそばに引き寄せて、震えるその肩をトントンしていれば、フィンが悔しそうにすすり泣きはじめた。

 そうしてフィンが泣きつかれて、ある程度落ち着いてからオレはキウスとお嬢の事情を説明しはじめたのだ。

「──そういうわけだから、お嬢とキウスの婚約は決して解消されない。コンラッド家にとって、お嬢はかけがえの無い存在。どんな手を使ってでもドナルド様は必ずお嬢を連れもどすだろうから、逃げたところで無駄だ。お前もドナルド様の影響力を分かっているだろ? お前では何もできない。バカなことをやってお嬢とメルリンさんを困らせるのはもうやめろ」

 やや厳しめにそう言うと、フィンはじぃとしたまま、

 「……わかった」

 と力なくうなずいた。

「……あのな、フィン。キウスにあんなことされた直後であれだが、あいつは基本的にいいやつだ。お嬢をいじめることはないから、安心しろ」

 オレの言葉を聞いて、フィンは心細そうな表情を浮かべた。

「……あの人が悪い人かどうかの問題じゃないんだ、師匠。俺はフェーにはもっと幸せになって欲しいだけ。子どもの時からフェーを思いつづけてきた。そんなフェーの想い人は俺じゃなくても、ただの家族としてでもいいから、俺はフェーの力になりたかった。せめて、フェーを自由にしてあげたかったんだ……っ」

 押し殺された嗚咽おえつの声は悲痛の叫びに似ていた。

「……まあ。こればかりはしょうがねぇよ、フィン。お前がキウスに勝てるとしてもお嬢は自由になれるわけじゃない。貴族の子として生まれた時からそういう定めなんだよ。頑張ればなんとかなるもんじゃねぇって、アンジェロに言われなかったのか?」

 オレがそう訊くと、フィンは弱々しく首を左右にふった。

 1番分かっているはずなのに言ってねぇのかよ、あいつ。
 あー、フィンでまだ夢をみようとしてんのか、あの野郎……。

 鬱陶しそうに頭をかいてから、フィンの肩を軽くポンポンと叩いた。

「運がよかったのかどうか分からんが、お嬢の好きな人は権力を持っている。あいつならこの婚約を解消できるだろうから、お嬢のことはもう心配すんな」

「……フェーの好きな人?」

 とフィンがバッと顔を上げて、オレをみた。

「ああ。誰とは言えないが、両思いだぜ」

 ニッとオレがそう言うと、フィンは少しホッとした様子をみせてから、

「そうか、フェーには好きな人がいるんだ……」

 と悔しそうな風で下を向いた。

「でもフェーが幸せになれるんだ。これでよかったんだ……」

 哀しげな笑顔でそう囁くフィンの姿に、どこか自分に似た無力感が垣間みえた気がする。

 誰一人ふり向いてくれない孤独のどん底に、暗闇の隙間からお嬢が一すじの光を垂らしてくれるんだ。

 また真っ逆さまに落ちてしまうかも知れないが、ひと時だけでもその美しい糸にすがりつきたくなるよな……。

「……そうだな」

 とフィンの頭を軽くなでたら、一気に胸の奥がヒリヒリしてきた。
 酔いが醒めたはずなのに、胸焼けがまだ治らないとは。

 ああ、やっぱオレはもう歳なのか……。

 静かに涙を流すフィンの隣で、オレは澄んだ夜空を見上げた。
 ひらひらと舞い落ちる雪の花がふと目の縁について、すぅと冷たく溶けおちたのだ。
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