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他人の不幸は蜜の味
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食事を終えた夜会の場は、賑やかな笑い声で溢れかえっていた。
席に腰をすえて、吟遊詩人の奏でる軽快な音楽に耳を傾ける人もいれば、中央のほうで優雅に踊る男女もいる。
談笑のどよめきに包まれて、私の隣に座っているキウスは始終無言のまま。
豪華な花で飾り立てられた燭台を呆然と眺めて、どこか悵然としてみえる。
うん、やはりあれは言いすぎたみたい。
キウスは怒っているわけではなさそうだけれど、もう少し落ち着いたらちゃんと謝ろう……。
そう思いつつ、明るい円形の部屋を見回した。
わ、すごい人だかりだわ……。
会場には戴冠式と謁見の儀に参加できなかった中堅貴族もいるから、先ほどより数倍以上の人が群れている。
ザッと数百人以上はいるよね。人海とはつまりこういう状況なのかな。
ここまで大規模な宴会は初めてなので、やや息が詰まるような、居心地悪さを感じた。
こういう場は苦手だから、キウスの優しさに甘えてあまり参加しなかった。しかし、ニロと一緒にいたいなら、そんな風に逃げるわけにはいかない。
ニロみたいに堂々としていられるか分からないけれど、まずは多くの人に見られることから慣れていかないとね……!
すぅっと胸を張り、こっそり覚悟を決めた。
社交の場は、言い換えれば貴族の交流会そのもの。
みな仲良く雑談しているようにみえるけれど、実はお互いの交易や縁談の意向を打診しあっているのよね。
特に王国とプロテモロコは親密な貿易相手だから、型どおりの食事会が終わって早々、ドナルド社長の周りに有力な公爵が集まり会話を始めたのだ。
ちなみに、コンラッド家の親戚の多くはこの国の公爵家の親戚と婚姻を結んでいる。
一応、有力な公爵家の遠い親戚だけれど、そういう貴族は数え切れないほどいるので、国が違えどコンラッド家は特段注目されることはなかった。
とはいえ、人脈はそれなりに広いから、それを利用して2国間貿易の仲介のような仕事をしている。
表向きでは王国の公爵家の補助役だが、実質的に全部コンラッド家の事業なんだ。
ただ傍からみれば、コンラッド家は公爵家から金をもらい、交渉、運搬から販売まで行う、いわば下請けのようなもの。
それで媚びる侯爵家として最初は見下されていただけだが、当主がドナルド社長に変わってから、一気に毛嫌いされるようになったとセルンが言った。
まあ、社長は優秀なだけに利益のないものの見切りが早い。
それで交渉がうまくいかず、逆恨みされているのかも。
私はそう思ったけれど、どうやら理由はそれだけではなかったようだ。セルンによれば、その根本的な原因は、社長と母の婚姻にあるそうだ。
自分の父を褒めるのもあれだけれど、ドナルド社長は頭脳だけではなく、容姿もかなり優れている。
セルンの話では、若かった社長を取り巻いて、当時の令嬢は随分とピリピリしていたとか。
そして下請けとはいえ、コンラッド家の基盤はしっかりしている。
それでプロテモロコの中堅貴族たちは社長を取り込もうと、縁談と共にうまい話を持ち込んでくれたらしい。
その勢いに乗じて、社長はプロテモロコの事業をグングン拡大させたそうだ。うん、さすがは社長、ってところかな。
そうして婚期をギリギリまで伸ばし、たっぷり蜜を吸った社長は唐突に従妹と結婚したのだ。それが相当予想外だったようで、社交界は一時騒然としたらしい。
なんでも、その婚姻に異議を申し立てようと、王国にプロテモロコの貴族が押し寄せてきたくらいだとか。
けれど、国王様と教会が手を合わせて、上手いこと収拾してくれたらしい。
その後、屋敷と母のほうに被害が出始めたから、社長は仕方なく辺境に身を隠して、私が8歳になるまで大人しくしていたみたい。
いつも利益を最優先する社長が愛を選んだのか?
この話を聞き、ふとそう呟いたら、セルンに微妙そうな顔をされた。
確かにドナルド社長のことだから、純粋に感情で動いたと思えない。
ということは、同じコンラッド家の者と結婚したほうが利益があると判断したのだろう。
例えば、……主権の維持? いや、社長が当主と決まっていたらしいから、それはないね。
うーん、なんだろう。まったく思い浮かべるものがないわ。
でもほら、社長だって人間だもの。最後に愛で母を選んだのよ、きっと。
元の屋敷にいた時、食事の場以外で2人が言葉を交わしたところをみたことないけれど……。
まあ、社長の真意はどうであれ、こういう過去があったから、プロテモロコの中堅貴族たちに激しく敵視されているのだ。
でも結局のところ、彼らは社長をうまく利用しようとして、かけ引きに失敗しただけ。だから、一方的に社長が騙したわけではないけどね。多分……。
うっ、私まで睨まれてるっ
ギラリと殺気を放つ貴婦人の眼差しに気づき、慌てて睫毛を伏せた。
もう20年も前のことなのに、みなまだ根に持っているのね。男性よりも、女性のほうが相当社長を恨んでいるのが分かる。
おそらくだが、甘い言葉で彼女たちに希望を持たせて、うまく利用していたからではないか。うん、若き社長って相当罪な男ね……。
いまこうして有力な公爵が近くにいるから、中堅貴族たちはちらちら社長と私を睨んでくるけれど、何も嫌味を言ってこない。
公爵たちがわざと足を運んでくるくらいだから、コンラッド家に手を出すなと暗に示唆しているからね。
……一応遠い親戚だけれど、これは情を遥かに超えているわ。
コンラッド家はこの国でもある程度の影響力を持っているということか? 少なくとも単なる商売相手、だけではなさそうね。
そんな風に思考を巡らせていたところ、ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。
視線を上げると、さっきまで私を睨んでいた貴婦人たちが高価そうな扇で自分の顔を隠し、くるりとそっぽを向いた。
なんだろう? と小首をかしげたら、
「……叔父様、敵意が漏れていますよ。よろしゅうございますの?」
「ふむ。妙なことを企まないよう、時に先手を打つことも必要だ」
「先手……? そうですの。しかし、叔父様が自ら圧力をかけるのは多少過重な気もしますけれど……」
あれ、ニロとキャサリンだ……!
いま見た時はまだ中央のテーブルのほうで貴族たちに囲まれていたのに……。
「ごきげんよう、陛下、殿下」
近くまで来ていた2人にガウンの裾をつまみ、ゆったりと腰を落とした。するとキウスもスッと立ち上がり、ペコリと頭をさげたのだ。
王国の宴会ならニロとタメ口を利いていただろうけど、ここはプロテモロコ。
ちらりと辺りに目をやれば、やはり皆はこちらの様子をうかがっている。
「よその目など気にするな、フェーリ。余とお前の間柄だ。普段どおり話したまえ。キウス、其方もだ」
私に手を振って、ニロがそう言えば、キャサリンも小さく頷いた。
「ええ、叔父様の友人は私の友人。2人とも気軽に接してかまいませんわ」
そう言いつつ私の顔を覗きこむと、キャサリンは数秒ほど沈黙した。
な、なんでまじまじと私を見るの。口元は汚れていないはずだけれど……。
「……どこから見ても美しゅうございます、フェーリ嬢。息をして動いているのが不思議なくらい……」
「え、あ、ありがとうございます、陛下……」
プロテモロコのお世辞は誇張して言うものなのね……なんて思いながら、ふいに頬に熱を感じていれば、キャサリンは納得したようにコクコクと首をふった。
「……はにかんだ顔まで愛らしゅうこと。叔父様がのろけるのも仕方のうございます」
何を言ったのだろう? 声が小さくて全然聞こえなかったけれど、ニロの困った顔だけは目に見えた。
「大切なのは容貌ではなく、心、とおっしゃいましたね、叔父様?」
「……ふむ。心が清らかであれば、自然と面持ちも麗しくみえるものだ」
「ええ。それは同感でございますわ。ただ、フェーリ嬢を目にすると、妙に心だけではない気もしますけれど」
うふふっと面白げに笑うキャサリンにやや眉を寄せてから、ニロは私のほうを向いた。
そうして、しばらく私の眼を見つめると、ホッとしたように微笑んだのだ。
「……先ほどの様子が奇妙であったゆえ、ちと案じたのだが……ふむ。大事に至らなかったようで、余も安心した」
あ、私とキウスのことを言っているのか。
いつも何も言わないキウスが急にあんなことをしたから、ニロも驚かされたのだろう。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう……」
そう返しつつ、キウスのほうをチラ見した。
いつも通りぼんやりとどこかを見ているが、その表情にわずかな苛立ちの色がみえた。
うぅ、やはりキウスが怒ってる。
籠の中とか、どうして自分の嫌な言葉をそのままキウスに言ってしまったんだろう、私……。
ふいと心の呵責を感じたところ、
「……お前は悪気があって言ったわけではなかろう、フェーリ。何かの拍子で直感した言葉が、意図せず溢れでてしまっただけだ。そう気にするな」
あ、久々に会ったからうっかりしていたわ……っと、そういえば、ニロは瞳から情報を引き出せるんだった。隠そうとしても無駄ね。
「ありがとう、ニロ。でも、ひどいことを言った事実は変わらないわ」
「否。より酷いことを先にされたのではないか。……はあ、お前は……」
と私の背後に視線を動かしたニロはサッと口をつぐみ、眉根に深いシワをよせた。
なに? と後ろを向くと、先ほどまで社長と談話していた1人の公爵の冷たい眼差しが視界に飛び込んだ。
近くの従者に耳打ちされて、静かに相槌をうっている。
この人は……チャールズ公爵。
一度摂政に就任した、この国で一番有力な公爵だよね。
短く綺麗に整えられた緑色の髪。
細くて高いその鼻は公爵の峻厳な面貌をより一層際立たせた。
笑顔の時から厳しそうな雰囲気を漂わせていた公爵だが、その顔から表情が消えるだけで一気に不穏な空気が流れる。
あ、いま一瞬だけドナルド社長を睨んだ……。
従者から話を聞き終えた公爵がポツリとなにかを呟くと、社長はすぐに承知した素振りをみせて、こちらのほうへ向かってきた。
もしかして、凶報かなにか……?
「……陛下、ニロ様、少しお時間いただけますか?」
「ふむ。想定よりちと早いが……まあ、よかろう」
社長にそう返すと、ニロはキャサリンのほうに手を差し出して、囁いた。
「話したとおりにできそうか、キャサリン?」
「……ええ。失敗したら叔父様も困りましょうから、精一杯がんばりとうございます」
「案ずるな。余がついている。大船に乗った気持ちでいたまえ」
「まあ、心強うございますこと」
気丈そうに振る舞っているけれど、ニロに重ねたキャサリンの手は細かく震えている。
そんなキャサリンを安堵させるかのように、ニロはその手を軽く握り、凛とした笑みを見せた。
キャサリンは女王になったけれど、まだ12歳だ。不安がるのも仕方ないわ。それに政治に向いてなくても、私のように逃げるわけにはいかないもの。
なら、私にもできることはあるのではないか……。
こくりと唾を飲み、社長の顔を仰ぎみたら、
「君の心配することは何もないよ、フェーリ」
まだ口も開いてないのに、落ち着いた声でサラッとそう遮られた。
心配することはない。つまり、できることはない、ということね……。
政治のことはニロに任せる。
そう決めたのに、こういう時に何もできない自分が嫌だ。
悔しがる私の頭をふわっと撫でながら、社長がキウスに声をかけた。
「……キウス君、セルンは私に同伴するから、フェーリを君に頼んでもいいかい?」
「……はい」
「うん、任せたよ。……さあ、陛下、ニロ様。こちらへ」
本当に大丈夫なのか?
不安な眼をニロに向けると、「すぐに帰ってくる」と笑顔でなだめてくれた。
そうしてニロたちの姿が見えなくなった途端、会場がどっとざわめき立った。
コンラッド家のよくない憶説が耳に流れ込んだら、追うようにせせら笑う声が響くの繰り返し。
みなどこか面白そうに、私をみては囁きあった。
扇子でぱたぱたと隠されているその口元には、皮肉な嘲笑が浮かんでいるのが分かる。
嫉妬からくる憎悪もあると思うけれど、それにしてもコンラッド家は随分と嫌われているのね……って、え?
俯いて自分の両手をもみ合わせていると、目の前にキウスの手が伸びてきた。
「……寒いと思いますが、庭のほうへ出ましょう」
「うん。そうだね……」
気まずそうにしている私を気づかってくれたんだ。
あんな失礼なことを言ったのに、……本当にキウスに申し訳ないことをしたわ。
機会をみてちゃんと謝ろう。
そう思いつつ、すっかり暗くなった中庭へ出て、雪で湿った敷石の上をキウスと2人で歩いた。
席に腰をすえて、吟遊詩人の奏でる軽快な音楽に耳を傾ける人もいれば、中央のほうで優雅に踊る男女もいる。
談笑のどよめきに包まれて、私の隣に座っているキウスは始終無言のまま。
豪華な花で飾り立てられた燭台を呆然と眺めて、どこか悵然としてみえる。
うん、やはりあれは言いすぎたみたい。
キウスは怒っているわけではなさそうだけれど、もう少し落ち着いたらちゃんと謝ろう……。
そう思いつつ、明るい円形の部屋を見回した。
わ、すごい人だかりだわ……。
会場には戴冠式と謁見の儀に参加できなかった中堅貴族もいるから、先ほどより数倍以上の人が群れている。
ザッと数百人以上はいるよね。人海とはつまりこういう状況なのかな。
ここまで大規模な宴会は初めてなので、やや息が詰まるような、居心地悪さを感じた。
こういう場は苦手だから、キウスの優しさに甘えてあまり参加しなかった。しかし、ニロと一緒にいたいなら、そんな風に逃げるわけにはいかない。
ニロみたいに堂々としていられるか分からないけれど、まずは多くの人に見られることから慣れていかないとね……!
すぅっと胸を張り、こっそり覚悟を決めた。
社交の場は、言い換えれば貴族の交流会そのもの。
みな仲良く雑談しているようにみえるけれど、実はお互いの交易や縁談の意向を打診しあっているのよね。
特に王国とプロテモロコは親密な貿易相手だから、型どおりの食事会が終わって早々、ドナルド社長の周りに有力な公爵が集まり会話を始めたのだ。
ちなみに、コンラッド家の親戚の多くはこの国の公爵家の親戚と婚姻を結んでいる。
一応、有力な公爵家の遠い親戚だけれど、そういう貴族は数え切れないほどいるので、国が違えどコンラッド家は特段注目されることはなかった。
とはいえ、人脈はそれなりに広いから、それを利用して2国間貿易の仲介のような仕事をしている。
表向きでは王国の公爵家の補助役だが、実質的に全部コンラッド家の事業なんだ。
ただ傍からみれば、コンラッド家は公爵家から金をもらい、交渉、運搬から販売まで行う、いわば下請けのようなもの。
それで媚びる侯爵家として最初は見下されていただけだが、当主がドナルド社長に変わってから、一気に毛嫌いされるようになったとセルンが言った。
まあ、社長は優秀なだけに利益のないものの見切りが早い。
それで交渉がうまくいかず、逆恨みされているのかも。
私はそう思ったけれど、どうやら理由はそれだけではなかったようだ。セルンによれば、その根本的な原因は、社長と母の婚姻にあるそうだ。
自分の父を褒めるのもあれだけれど、ドナルド社長は頭脳だけではなく、容姿もかなり優れている。
セルンの話では、若かった社長を取り巻いて、当時の令嬢は随分とピリピリしていたとか。
そして下請けとはいえ、コンラッド家の基盤はしっかりしている。
それでプロテモロコの中堅貴族たちは社長を取り込もうと、縁談と共にうまい話を持ち込んでくれたらしい。
その勢いに乗じて、社長はプロテモロコの事業をグングン拡大させたそうだ。うん、さすがは社長、ってところかな。
そうして婚期をギリギリまで伸ばし、たっぷり蜜を吸った社長は唐突に従妹と結婚したのだ。それが相当予想外だったようで、社交界は一時騒然としたらしい。
なんでも、その婚姻に異議を申し立てようと、王国にプロテモロコの貴族が押し寄せてきたくらいだとか。
けれど、国王様と教会が手を合わせて、上手いこと収拾してくれたらしい。
その後、屋敷と母のほうに被害が出始めたから、社長は仕方なく辺境に身を隠して、私が8歳になるまで大人しくしていたみたい。
いつも利益を最優先する社長が愛を選んだのか?
この話を聞き、ふとそう呟いたら、セルンに微妙そうな顔をされた。
確かにドナルド社長のことだから、純粋に感情で動いたと思えない。
ということは、同じコンラッド家の者と結婚したほうが利益があると判断したのだろう。
例えば、……主権の維持? いや、社長が当主と決まっていたらしいから、それはないね。
うーん、なんだろう。まったく思い浮かべるものがないわ。
でもほら、社長だって人間だもの。最後に愛で母を選んだのよ、きっと。
元の屋敷にいた時、食事の場以外で2人が言葉を交わしたところをみたことないけれど……。
まあ、社長の真意はどうであれ、こういう過去があったから、プロテモロコの中堅貴族たちに激しく敵視されているのだ。
でも結局のところ、彼らは社長をうまく利用しようとして、かけ引きに失敗しただけ。だから、一方的に社長が騙したわけではないけどね。多分……。
うっ、私まで睨まれてるっ
ギラリと殺気を放つ貴婦人の眼差しに気づき、慌てて睫毛を伏せた。
もう20年も前のことなのに、みなまだ根に持っているのね。男性よりも、女性のほうが相当社長を恨んでいるのが分かる。
おそらくだが、甘い言葉で彼女たちに希望を持たせて、うまく利用していたからではないか。うん、若き社長って相当罪な男ね……。
いまこうして有力な公爵が近くにいるから、中堅貴族たちはちらちら社長と私を睨んでくるけれど、何も嫌味を言ってこない。
公爵たちがわざと足を運んでくるくらいだから、コンラッド家に手を出すなと暗に示唆しているからね。
……一応遠い親戚だけれど、これは情を遥かに超えているわ。
コンラッド家はこの国でもある程度の影響力を持っているということか? 少なくとも単なる商売相手、だけではなさそうね。
そんな風に思考を巡らせていたところ、ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。
視線を上げると、さっきまで私を睨んでいた貴婦人たちが高価そうな扇で自分の顔を隠し、くるりとそっぽを向いた。
なんだろう? と小首をかしげたら、
「……叔父様、敵意が漏れていますよ。よろしゅうございますの?」
「ふむ。妙なことを企まないよう、時に先手を打つことも必要だ」
「先手……? そうですの。しかし、叔父様が自ら圧力をかけるのは多少過重な気もしますけれど……」
あれ、ニロとキャサリンだ……!
いま見た時はまだ中央のテーブルのほうで貴族たちに囲まれていたのに……。
「ごきげんよう、陛下、殿下」
近くまで来ていた2人にガウンの裾をつまみ、ゆったりと腰を落とした。するとキウスもスッと立ち上がり、ペコリと頭をさげたのだ。
王国の宴会ならニロとタメ口を利いていただろうけど、ここはプロテモロコ。
ちらりと辺りに目をやれば、やはり皆はこちらの様子をうかがっている。
「よその目など気にするな、フェーリ。余とお前の間柄だ。普段どおり話したまえ。キウス、其方もだ」
私に手を振って、ニロがそう言えば、キャサリンも小さく頷いた。
「ええ、叔父様の友人は私の友人。2人とも気軽に接してかまいませんわ」
そう言いつつ私の顔を覗きこむと、キャサリンは数秒ほど沈黙した。
な、なんでまじまじと私を見るの。口元は汚れていないはずだけれど……。
「……どこから見ても美しゅうございます、フェーリ嬢。息をして動いているのが不思議なくらい……」
「え、あ、ありがとうございます、陛下……」
プロテモロコのお世辞は誇張して言うものなのね……なんて思いながら、ふいに頬に熱を感じていれば、キャサリンは納得したようにコクコクと首をふった。
「……はにかんだ顔まで愛らしゅうこと。叔父様がのろけるのも仕方のうございます」
何を言ったのだろう? 声が小さくて全然聞こえなかったけれど、ニロの困った顔だけは目に見えた。
「大切なのは容貌ではなく、心、とおっしゃいましたね、叔父様?」
「……ふむ。心が清らかであれば、自然と面持ちも麗しくみえるものだ」
「ええ。それは同感でございますわ。ただ、フェーリ嬢を目にすると、妙に心だけではない気もしますけれど」
うふふっと面白げに笑うキャサリンにやや眉を寄せてから、ニロは私のほうを向いた。
そうして、しばらく私の眼を見つめると、ホッとしたように微笑んだのだ。
「……先ほどの様子が奇妙であったゆえ、ちと案じたのだが……ふむ。大事に至らなかったようで、余も安心した」
あ、私とキウスのことを言っているのか。
いつも何も言わないキウスが急にあんなことをしたから、ニロも驚かされたのだろう。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう……」
そう返しつつ、キウスのほうをチラ見した。
いつも通りぼんやりとどこかを見ているが、その表情にわずかな苛立ちの色がみえた。
うぅ、やはりキウスが怒ってる。
籠の中とか、どうして自分の嫌な言葉をそのままキウスに言ってしまったんだろう、私……。
ふいと心の呵責を感じたところ、
「……お前は悪気があって言ったわけではなかろう、フェーリ。何かの拍子で直感した言葉が、意図せず溢れでてしまっただけだ。そう気にするな」
あ、久々に会ったからうっかりしていたわ……っと、そういえば、ニロは瞳から情報を引き出せるんだった。隠そうとしても無駄ね。
「ありがとう、ニロ。でも、ひどいことを言った事実は変わらないわ」
「否。より酷いことを先にされたのではないか。……はあ、お前は……」
と私の背後に視線を動かしたニロはサッと口をつぐみ、眉根に深いシワをよせた。
なに? と後ろを向くと、先ほどまで社長と談話していた1人の公爵の冷たい眼差しが視界に飛び込んだ。
近くの従者に耳打ちされて、静かに相槌をうっている。
この人は……チャールズ公爵。
一度摂政に就任した、この国で一番有力な公爵だよね。
短く綺麗に整えられた緑色の髪。
細くて高いその鼻は公爵の峻厳な面貌をより一層際立たせた。
笑顔の時から厳しそうな雰囲気を漂わせていた公爵だが、その顔から表情が消えるだけで一気に不穏な空気が流れる。
あ、いま一瞬だけドナルド社長を睨んだ……。
従者から話を聞き終えた公爵がポツリとなにかを呟くと、社長はすぐに承知した素振りをみせて、こちらのほうへ向かってきた。
もしかして、凶報かなにか……?
「……陛下、ニロ様、少しお時間いただけますか?」
「ふむ。想定よりちと早いが……まあ、よかろう」
社長にそう返すと、ニロはキャサリンのほうに手を差し出して、囁いた。
「話したとおりにできそうか、キャサリン?」
「……ええ。失敗したら叔父様も困りましょうから、精一杯がんばりとうございます」
「案ずるな。余がついている。大船に乗った気持ちでいたまえ」
「まあ、心強うございますこと」
気丈そうに振る舞っているけれど、ニロに重ねたキャサリンの手は細かく震えている。
そんなキャサリンを安堵させるかのように、ニロはその手を軽く握り、凛とした笑みを見せた。
キャサリンは女王になったけれど、まだ12歳だ。不安がるのも仕方ないわ。それに政治に向いてなくても、私のように逃げるわけにはいかないもの。
なら、私にもできることはあるのではないか……。
こくりと唾を飲み、社長の顔を仰ぎみたら、
「君の心配することは何もないよ、フェーリ」
まだ口も開いてないのに、落ち着いた声でサラッとそう遮られた。
心配することはない。つまり、できることはない、ということね……。
政治のことはニロに任せる。
そう決めたのに、こういう時に何もできない自分が嫌だ。
悔しがる私の頭をふわっと撫でながら、社長がキウスに声をかけた。
「……キウス君、セルンは私に同伴するから、フェーリを君に頼んでもいいかい?」
「……はい」
「うん、任せたよ。……さあ、陛下、ニロ様。こちらへ」
本当に大丈夫なのか?
不安な眼をニロに向けると、「すぐに帰ってくる」と笑顔でなだめてくれた。
そうしてニロたちの姿が見えなくなった途端、会場がどっとざわめき立った。
コンラッド家のよくない憶説が耳に流れ込んだら、追うようにせせら笑う声が響くの繰り返し。
みなどこか面白そうに、私をみては囁きあった。
扇子でぱたぱたと隠されているその口元には、皮肉な嘲笑が浮かんでいるのが分かる。
嫉妬からくる憎悪もあると思うけれど、それにしてもコンラッド家は随分と嫌われているのね……って、え?
俯いて自分の両手をもみ合わせていると、目の前にキウスの手が伸びてきた。
「……寒いと思いますが、庭のほうへ出ましょう」
「うん。そうだね……」
気まずそうにしている私を気づかってくれたんだ。
あんな失礼なことを言ったのに、……本当にキウスに申し訳ないことをしたわ。
機会をみてちゃんと謝ろう。
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その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
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