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カール領との対決編
第9話 隣領からの攻勢
しおりを挟む隣領であるカール領の兵士たちが、俺達の領地の境界線までやって来ている。
センダイからの報告は俺とセバスチャンを驚かせるには十分だった。
静まり返った執務室の中で、センダイの酒を飲む音だけが聞こえる。
「待て!? カール領が攻めてきたのか!? 敵軍の規模は!?」
「攻めてきたかは不明でござるが、武装していると聞いているでござる。おおよそ三十人ほどの軍と」
「三十人だと? カール領の兵士は十人だから……普通の領民も混ぜているのか」
……かなり嫌な予感がする。兵士だけなら演習の可能性もゼロではない。
だが演習で普通の領民たちも武装して率いる意味はない。意味があるとすれば、戦う時の戦力として連れてきていることだ。
他領との境界付近で、大勢の武装した者を率いている時点でおかしい。
攻撃を仕掛けてきたと見なされても文句は言えない。
「アトラス様!? どうされますか!? このセバスチャン、ご命令とあれば玉砕してまいりますぞ!」
「玉砕なんぞしなくていい。……センダイ、兵士たちを集めろ。隣領が攻めてきたと仮定して動け」
「承知。こちらも領民を臨時徴兵するでござる」
フォルン領の専属兵士は五人だけだからな。どう考えても数が足りないので、臨時徴兵もしかたないことだ。
不幸中の幸いなのは収穫が終了した農閑期なことだ……まあカール領も収穫時期は忙しいだろうし、普通は攻めてこない時期だが。
「しかしカール領主は何がしたいのでしょうな。仮にも同じ国の貴族、理由もなしに我らに攻め入っては王に裁かれかねないですぞ」
「分からん……フォルン領は正しく動いていると証明するために、カール領に使者を出せ」
俺達は執務室から飛び出して、各々の役目を果たす。
セバスチャンは使者を出し、センダイは兵士を集め、俺は屋敷の庭で【異世界ショップ】に来店していた。
いつものようにカウンターに立っているミーレに対して。
「ミーレ。バズーカと大型トラックと拡声器が欲しい」
「これでいい?」
ミーレが右手を振ると、俺が思い描いた通りのトラックとバズーカ。
そして拡声器が床に出現した。これならば文句はない。
「……大型トラックの免許持ってないでしょ? 無免許運転だー、いけないんだー」
「人を轢くのに免許はいらん!」
「発想が怖い!」
「まだ分からないがな。それとこれらは必要な時に、手元に呼び寄せたいができるか?」
「いいよ。君が必要と思った時にここから送るね」
ミーレが親指を立ててウインクする。
流石にトラックに乗って戦場に行くのは目立ちすぎるからな。
いざという時に呼び出せるほうが都合がよい。
「でも随分と殺意が高いね? バズーカに大型トラックって……」
「……カール領には散々嫌がらせをされてきた。こちらが力を見せないと、今後も同じことの繰り返しだ」
「弱者は虐げられるばかりだもんね。大丈夫、君は間違いなく正義だ」
【異世界ショップ】が閉店して、屋敷の庭へと景色が戻る。
バズーカに大型トラック、どちらもこの世界では強力な兵器だ。
これらを活かせば三十人程度の兵など蹂躙できる。
だがその時点で大量殺人になる……最悪の事態を考えて覚悟はしておくべきだな……。
「アトラス様ぁ! 使者が帰って参りました! カール領は我らに作物の返却を求めております!」
セバスチャンが息を切らせながら、勢いよく走って来た。
作物の返却だと? まるで意味がわからんぞ。
「返却とは何だ? カール領に借金などはしていないはずだ」
「それが……カール領の今年の収穫が異常に少ない、対してフォルン領は多すぎる。カール領から盗んだのは明白であると! 我らの収穫量の半分を引き渡せと!」
「どんな理屈だ!」
あまりにも滅茶苦茶だ。こんな要求を呑むわけにはいかない。
一度でも呑んでしまえば、フォルン領はカール領の植民地と宣言したに等しい。
もはや話し合いの余地はない。こちらの正当性を周囲に喧伝しつつ、対抗するしかないな。
「……セバスチャン。王都にカール領の暴挙を伝え、調停の希望を出せ」
「はっ!」
仮にも同じ国の領地だ。こうなれば国に仲裁してもらうしかない。
フォルン領に一切の非はないので調停が入れば万事解決だ。後は調停が入るまでに、フォルン領が攻められるのを防げばよい。
俺はセンダイ率いる防衛軍とともに、カール領との境界戦へ向かった。
到着するとカール領の兵士が武装して、今にも我が領に攻め入らんと動いていた。
その中には以前見たカール領主も混ざっている。
「カール領主! これ以上、我らの領地に踏み入れば侵略行為とみなして処断する!」
少し離れた場所から叫んだが聞こえたようで、カール領主の動きが止まる。
「貴様らが我らの作物を奪ったのだ! ゴミどもはさっさと首を垂れて、我らの言うことに従え! ろくな兵士も持っておらぬのだ! 戦えもせぬ者を数だけ揃えたのだろうが!」
カール領主からの返答は品性の欠片もない。もはや奴と和睦など不可能だ。
センダイが俺の横に立ち、腰に帯びた剣の鞘に手をかけた。
「アトラス殿、ご命令を。拙者たちがあの兵士たちを討ち取ってみせよう」
「……いや。お前たちのことは隠しておきたい」
俺達はカール領に勝つ必要はない。追い返せばよいのだ。
ここで戦えばせっかく育てたフォルン領の兵士にも被害が出る。
それにカール領と血みどろの戦いを演じても得るものは少ない。最悪、王都から喧嘩両成敗にされる可能性もゼロではない。
追い返せるならそれが一番なのだ。そして追い返すことを考えるなら、我が領の軍備が整いつつあるのは隠したい。
きっといつか、カール領とは戦うことになるから――。
俺は【異世界ショップ】に念じて、手元に拡声器を出現させる。
『聞けっ! 愚かなカール領主! そしてそれに騙された民衆たちよ! 我はアトラス・フォルン・ハウルク! フォルン領主にして、魔法使いだ!』
拡声器で増幅された俺の声に、カール領の兵士たちはざわつく。
当然だ。魔法使いは一人いるだけで戦力は大きく変わる。
三十人程度の兵士相手なら、低ランクの魔法使い単騎でも戦い方次第で勝てる。
「な、なにが魔法使いか! 騙されるな! バカみたいに大きな声を出しているだけではないか!」
カール領主が必死の形相で叫んでいる。だが兵士たちの動揺は消えていない。
ここで畳みかけて瓦解させる! 俺は拡声器を地面に置いて、バズーカを手元に呼び出す。
カール領の兵士たちから少し離れた場所を狙って、バズーカの引き金を引いた。
発射された弾丸はカール領兵士たちの近くに爆発を起こした。
敵の兵士たちは何が起きたかもわからず、ぼうぜんと爆発した箇所を眺めている。
俺は地面に置いた拡声器を拾うと。
『これが我が魔法だ! 次は直撃させる!』
「ち、ちがう! 奴は外したのだ! あの魔法を連発できるとは思えぬ! 今の間に攻めるのだ!」
ここまでしてなお、カール領主は進軍命令を叫ぶ。
もう一発バズーカを撃ち込んでも、同じことを言うだろう。次に撃つことはできないと。
だからこそ、俺は用意しておいたのだ。
目の前に大型トラックを出現させて、運転席へと乗り込む。
そしてクラクションを鬼のように押しまくる! 周囲にけたたましい甲高い音が響き渡る。
バズーカの爆発にぼうぜんとしていたカール兵士たちも、クラクションの音に我に返ったようで。
大型トラックの姿を確認すると、持っていた武器を捨てて逃げていく。
「ひ、ひいっ!? 化け物だ!?」
「あんな巨大な魔物、勝てるわけねぇ!」
腰を抜かしながらも必死になって、地面を這いつくばって逃げていく敵兵たち。
「ふざけるな! これは何かの間違いだ! 何かの……!」
カール領主もこれには心が折れたのか、先頭に立って一番速く逃げていた。
どうやら無事に追い返せたようだ。
「ひっく……我らが領主! アトラス殿の伝説級の魔法により、カール領は無様に逃げ帰った! 勝どきを上げるでござる!」
センダイの一言と共に、フォルン領の兵士たちが高らかに叫ぶ。
この勝利は大きい。フォルン領に魔法使いがいると喧伝した上に、圧倒的戦力差を示した上で互いに被害はゼロ。
国の仲裁が入っても、俺達に極めて有利な条件になるはずだ。
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