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カール領との対決編

第10話 王都からの調停者

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 カール領の兵士を追い払ってから一週間後。

 王都からの使者が来訪するとのことで、俺とセバスチャンは自分の屋敷の前で立って待っている。

 センダイ? 奴は酒瓶をはなさないからどこかに行かせた。

 何が拙者は無頼者だから、誰だろうが媚びへつらわないだ。おもいっきり酒頼者だろうが。

「アトラス様! 馬車が見えましたぞ!」

 優雅さを感じる白き馬が豪華な造りの馬車を曳いている。

 まるでおとぎ話に出そうな幻想的さだ。そんな馬車が俺達の前へと止まる。

 そして馬車の扉が開き、中から人が……出てこなかった。馬車の中にも誰もいない。

「……誰もいないな」
「いませぬなぁ」

 二人で馬車に近づいて観察していると。

「わっ!」
「!?」
「ぬほぉ!?」

 いきなり後ろから甲高い大きな声。思わず後ろを振り向くと、外套に身を包んだ者がいた。

 顔はベールのようなもので見えないが、声や身長を見る限り少女だろう。

「……あなたが王都からの調停者ですか?」
「そうだよ。ボクはカーマ……って名乗ったらダメだったんだ。我が国、レスタンブルクの調停者として、呼ばれたから来たよ」

 調停者と名乗った少女は元気よく返答する。

 ……調停者って感じがしないな。馬車に調停者の証明たる国旗が掲げられているので、間違いはないのだろうが。

 俺の疑いの目に気づいたのか、彼女は少し不機嫌そうに。

「むっ。ボクが調停者に見えないって? そんなこと言われると不機嫌になっちゃうよ!」
「あ、ああ……申し訳ない。自分の思い描いていた調停者よりも、遥かに話しやすいと思ったためでございます……」

 調停者への印象を悪くするわけにはいかないので、言い訳をしておく。

 言い訳というか事実だが。調停者が少女で、さらにこんなにフランクとは思わなかった。

 彼女は俺のことを見ながら首をかしげた。

「フランクって何?」
「え? フランクというのは、接しやすいという意味でして……」
「そうなんだ! ならいいや!」

 調停者はケラケラと笑い声をあげる。

 ……俺、フランクなんて口に出したか? まあいい、調停者の機嫌が直ったなら問題はない。

「ささやかですが宴の準備をしております。屋敷の中へ」
「それはいいんだけど……そこのおじいさん、大丈夫?」

 調停者が差した指の方向には、白目を剥いて倒れているセバスチャンがいた。

「せ、セバスチャン!? いつの間に!?」
「ボクも今気づいたから分からない……」
「そういえばさっきから随分大人しいなと……誰かいるか!」

 俺の叫びに気づいてやって来た領民に、セバスチャンを押し付ける。
 
 すまない、今の俺は調停者の接待をする必要がある。

「では改めまして、我が屋敷へお入りください」
「おじゃましまーす」

 調停者は鼻歌を口ずさみ、元気よく俺の屋敷に入っていく。

 そんな彼女を食堂に案内する。食堂のテーブルには、領民に用意させた豪華な食事が用意されている。

 ……ちなみに俺の一食の百倍くらいの値段がかかっている。調停者の接待のためだ、これも必要経費で致し方なし。

 王都の食事には劣るが、これならば調停者に失礼とは思われない。

 だがそんな予想に反して、調停者は腕を組んで首をかしげている。

 バカな、金貨十枚分の値段の料理だぞ! 王都の接待料理にも劣らないはずだ!

「…………うーん。ねえねえ、ボクは甘い物が食べたい」
「甘い物、でございますか?」
「うん」

 甘い物って……超高級品ではないか。ねだられても簡単に用意できるものではない……普通ならば。

 だが俺は【異世界ショップ】で楽に入手できる。今回も食事の後にデザートとして出そうと考えていた。 

 ……甘い物がご所望ならば先に出すか。

「承知しました。ではお持ちいたします」

 俺は食堂から出て、調理部屋に入る。用意している風を装うために、二分くらい待ってから【異世界ショップ】でカップアイスクリームを購入。

 アイスをこの世界の容器にうつして、食堂へと持ってきた。

 そのまま調停者の前にアイスの入った容器を置く。

「お待たせいたしました。こちら、アイスクリームでございます」
「冷たくて甘い! なにこれ、すごくおいしい!」

 調停者はテーブルに用意されたスプーンを使い、パクパクとアイスを食べる。

 お気に召したようですぐに食べ終わると、俺に空の容器を手渡し。

「おかわりください! できれば2つ!」

 ……全く遠慮がないな。しかも2つ要求って……ん? なんかこのやり取りを以前もしたような……。

「お兄さん、それ以上考えるのはいけない。ボクとお兄さんは初対面だよ」

 調停者が真面目な声で語り掛けてくる。やはり王都でクリームパンを渡した少女か。

 ……わりとやばいなこれ。彼女の言葉は冗談っぽく聞こえるかもしれないが、調停者は調停相手と懇意であってはいけない。

 あくまで第三者として平等に接する必要がある。

 だが俺は調停者にクリームパンを渡したことがある。この世界では甘味は高級品。

 つまり王都で賄賂わたしたみたいになってる。

「そうですな。以前に調停者様に似た別人と、お会いしたことがありましてな」
「そうそう。名前も聞いてないくらいだし、間違いなく似てるだけだよ」
 
 二人して笑い声をあげる。ここに闇協定が結ばれた。

 何と言うことだろうか。さっそく調停者と俺は隠し事を抱える運命共同体になった。

 だがこれは俺に非はない。悪いのは彼女を調停者に采配した国だ。
 
「お兄さん。アイスのおかわりを……、それと以前と同じくクリームパンも! それとアンパンも!」
「……少しは別人の振りをしろ!」

 少女は闇協定が結ばれたからと、もはや隠そうともせずに以前と同じ要求をしてくる。

 いやアンパンが増えた分、前よりも要求が増えている。

 もういいかと思いながら、食堂から出ようとすると。

「も、申し訳ございません! このセバスチャン、一生の不覚でございます!」

 セバスチャンが勢いよく駆け込んできた。さっき気絶していたのに随分と元気だな。

 そして調停者に顔を向けると、セバスチャンは見事な仕草で土下座した。

「申し訳ございません! 調停者様に対して無礼なマネを……! どうかこのセバスチャンの首でお納めください!」

 セバスチャンは頭を下げたまま少女に接近する。

 少女からスプーンを取り上げて剣を手渡し、自らの首をはねるように要求するセバスチャン。

 なにこれ新手の押し売り?

「い、いらないよ……」
「ご遠慮なく! ズバッと!」
「お、お兄さん……助けて……」

 何がズバッとだズバッと。

 涙声で助けを求めてくる少女。ベールで顔は見えないが、おそらく涙目になっているだろう。
 
 俺はセバスチャンを張り倒して、少女から引きはがすと。

「余計に困らせてどうする。調停者様、どうかセバスチャンをお許しください。首ではなくて代わりの罰を」
「ほっ……そ、そうだね。じゃあこのテーブルにある食事を全て食べてよ。ボクはお腹がいっぱいだけど、残すのは無礼だからね」
「承知しました! たとえ腹が張り裂けても!」
「……そ、そこまでしなくていいかな」

 勢いよく食事を食べていくセバスチャンに、少女は軽くひいている。

 たぶん今後も苦手意識を持ちそうだな……いたしかたない。

 俺は先ほどと同じようにアイスやパンを用意して、少女へと手渡す。

「お代わりでございます。調停者様」
「ありがとう! それともうカール領主の前以外では、調停者じゃなくていいよ。カーマって呼んで」
「よろしいので?」
「うん。いざとなったらお兄さんに責任取ってもらうから」

 ……どうやら何かあれば、俺が闇協定の全責任を押し付けられるらしい。

 調停者を呼んだはずなのだが、実際に来たのは爆弾だった。
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