33 / 220
レード山林地帯開拓編
第31話 元カール領主
しおりを挟む「アトラス様。元カール領主に近づいた勢力がありますぞ!」
「……マジかよ」
サトウキビの栽培を見に行っていたら、セバスチャンが報告があると執務室に戻された。
外で間者の話をするわけにもいかないが……サトウキビの成果を確認したかったのに。
仕方なく椅子に座って、セバスチャンの報告を聞くことになった。
そんな理由で少し不機嫌だったが、思わぬ朗報に思わず笑みが漏れる。
「へっへっへ。まさかあの策がうまくいくとはな……!」
「アトラス様もなかなかの策士で……」
セバスチャンと悪代官ごっこをしていると。
「……お兄さん、悪い顔してるけどどうしたの?」
「!? カーマ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、焦って振り向くと何故かカーマがいた。
……執務室には誰もいなかったはずだが。俺の首を狙いに来た賊かと思ったくらいだ。
カーマは俺に向けて舌を軽く出すと。
「ごめんね。どうせ執務室でサボってると思ったけどいなくて、なら驚かせてあげようかと」
「はぁ!? い、いつもサボってないし!? 二日に一回くらいだし!?」
「……アトラス様?」
「待てセバスチャン! 違う、違うから手に持った斧を放せ!」
背筋の凍るような笑みを浮かべるセバスチャンを必死になだめる。
ええい! 何の証拠があって俺がサボっていると分かるのだ!
「カーマ! 事実無根なことを言うな!」
俺の叫びに対して、カーマは笑顔で俺のそばに寄って耳元に顔を近づけると。
「お兄さんの机の中に、大量の絵本があったんだけど。セバスチャンさんに言っていいよね?」
「カーマ! 何か食べたい物はないかな!? お兄さんが何でもおごっちゃうぞ!?」
くそっ! 机の引き出しにいれた漫画がバレている!?
執務中にこっそりサボるように、毎日五巻ずつ読んでいてそろそろ読み終える全六十巻の漫画が!?
「わーい。じゃあアイスちょうだい! それと着物と石鹸とシャンプーと!」
「カーマ……着物と石鹸とシャンプーは美味しくないぞ」
「食べないからね!? おね……ラークがもらってるの見て、ボクも欲しい! 何でラークにだけあげるのさ! 自慢されたんだよ!」
カーマは頬を少し膨らませて怒っている。
……ラークに着物と石鹸とシャンプーを渡したのは、商売として売って欲しかったからなんだが
そもそもラークが自慢してくるのもあまり想像つかないが。
「くれないと絵本を」
「わかった。やる、やるから引き出しにかけた手を放せ」
まさか引き出しの漫画がバレる時が来るとは……しかもそれを脅しに使われるとは。
執務室に護衛を置いておいたほうがいいな。今回はカーマだったが賊が忍び込む可能性もある。
決してサボっている証拠を守るためではない。
俺は軽く咳払いをすると、なるべく威厳が出るように胸を張る。
「カーマ、執務室は立ち入ってはならない。お前のことは信用しているが、今はうちで働いているわけではないんだ」
「ちなみに床の一部が、何か隠したかのように剥がれそうなんだけど」
「いやあ。カーマは特別だなぁ! 自由に入っていいぞ!」
カーマの黒い笑みを見て背筋に冷や汗が流れる。
やめろ! あそこには俺のとっておきの酒とかが入ってるんだ!
うちの屋敷で酒を隠すのがどれだけ大変だと思っている!? 迂闊なところに隠すと、すぐにセンダイが盗っていくんだぞ!
「アトラス様、報告の続きをしてもよろしいですぞ?」
「あ、ああ……頼む」
ぐったりと椅子にもたれながら、セバスチャンの話を聞くことにした。
ヤバイ。カーマに弱みを握られた……。どうにかして俺も彼女の弱みを握らねば……!
俺の脳内はカーマ対策で一色になる。セバスチャンの話など全く頭に入らない。
「というわけでいかがですかな?」
「いいんじゃね」
てきとうに空返事をしておく。どうせ大したことは言ってないはずだ。
重要事項なら他の面子も集めるからな。そんなことよりカーマの弱みを…………盗撮?
いや待て、いくら何でもクズ過ぎる。よくある薄い本的な弱みだろそれは!
だがカーマの弱みって何だ……? そもそも彼女の家すら知らないんだぞ。
たぶん貴族のお嬢様なんだろ、くらいしか知らん!
「では行きますぞ!」
「……へ? ちょっ!?」
セバスチャンに腕を掴まれて、引っ張られて屋敷の外に出る。
そしてそこに用意されていた馬車に乗せられる。
ちなみにこの馬車はうちの! うちのだから! 借り物じゃないから!
カーマも馬車に乗り込んできて、セバスチャンが御者台に座って馬車が走り出した。
「……どこに向かってるんだ」
向かい合うように椅子に座り、カーマのほうを見ると彼女は不思議そうな顔をした後。
「えっ。セバスチャンさんが言ってたじゃない。元カール領主の無様なところを、笑いに行きましょうって。積年の恨み、百倍返しですぞぉ! って」
「……陰湿だなおい」
セバスチャンの気持ちも分からなくはないが。
元カール領主は俺の親父に対して、かなり酷いこともしてたみたいだし。
それを横から見ていたセバスチャンからすれば、思うところもあっただろう。
しばらくの間、カーマと楽しく話をしていると馬車が止まった。
「アトラス様! 着きましたぞ!」
セバスチャンの声が聞こえたので馬車から降りる。周囲はカール領、つまり何の特徴もない普通の農村だ。
領民は畑仕事に精を出して、鼻歌まじりに作業をしている。
いやあよくここまで持ち直したものだ。俺がカール領を接収した時は、木の皮を食べるような生き地獄だった。
「おお、アトラス様!」
「どうされました? ここはいたって平穏ですが」
「あっ。もしかしてアレを見に来ました?」
一人の農民が指さした先には、広場で元カール領主が演説を行っていた。
そばには数人の男たちがいて、奴の手助けをしている。
なお広場には全然人が集まっていない。皆、無視を決め込んでいる。
その中でも元カール領主は健気に叫んでいた。
「聞け! フォルン領主は貴族ではない! 奴はそこらの農奴が生んだ子! この私こそが正当なる血である!」
元カール領主の周囲にいる男たち。一人はフォルン領の用意したサクラだが、残りは他の領の間者だろう。
俺が人気のないところにコッソリ向かおうとするとカーマが。
「お兄さん、ボクはアイスで!」
「……はいはい」
俺が何か用意しようとするのバレてるし……【異世界ショップ】までは知られてないと思うが。
建物の影に隠れて、【異世界ショップ】でカメラを購入する。そして元カール領主の取り巻きたちに向けてシャッターを押す。
これで何かあったら指名手配できる。やはりカメラは文明の利器だな。
ついでにカーマにアイスを餌付けすると、彼女は幸せそうな顔で食べ始めた。
再び元カール領主のほうへ視線をうつすと。
「無様ですぞぉ! も、と、カール領主どの! やはりアトラス様の足もとにも及ばぬ者ですぞぉ!」
「黙れぇ! この死にぞこないの翁がぁ! 卑劣な手段で権利を得たのだろうが、最後には正しき者が勝つのだ!」
「すでに勝負は決したのですぞ! 元カール領主どの! いや元どの! 元どのは無様に這いつくばって、泥水すすって生きていくのがお似合いですぞ!」
「黙れぇ! それは以前に私が貴様らに言った言葉だ!」
……おっさんと爺《セバスチャン》の恐ろしく低レベルな口争いが始まっていた。
醜い争いだ。口直し、いや目直しの美少女《カーマ》を見ることにした。
立っているのも疲れたので馬車に乗り込み、しばらくカーマと話して時間を潰した。
ずっと大声で喧嘩してるし流石に疲れただろうと、馬車を出てセバスチャンの様子を見ると。
「今に見ておれ! 我がカール領民が、貴様らなんぞぶっ潰してくれよう!」
「もはやカール領など存在しないですぞ! それすらわからないとは、やはり元どのは無能極まりないですぞ!」
「黙れ! 俺がいる場所がカール領だ!」
まだまだ続きそうである。そしてセバスチャンが今までで一番楽しそうである。
もう帰りたい……帰るか。
「セバスチャン! 馬車を出せ! 帰るぞ!」
「お待ちを! まだ考えてきた煽り言葉の三分の一しか言っておりませぬ!」
「どれだけ話すつもりがお前は!?」
「アトラスゥゥゥ! 貴様のせいで俺はぁ!」
「うわっ!? 俺に飛び火してきた! セバスチャン、さっさと馬車を出せ!」
ぐずるセバスチャンを無理やり言うこと聞かせて、馬車を出発させた。
長い間待たされたせいで、カーマは俺にもたれて寝息を立てている。
これは役得だ。ムダな時間を過ごした代償とも言えるが。
「やれやれ……戻ったら仕事しないと……なんだっ!?」
いきなり馬車が勢いよく揺れて、壁に叩きつけられる。
「大変です! 盗賊ですぞ!」
セバスチャンの悲鳴に似た叫びが聞こえた。
1
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる